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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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Ⅱ553.兄は近付き、


「ジャンッ、ジャンヌに会ったのか?!手紙っ、えと、どうやって……」


「違う!!違うぞ!?!これはあの騎士の、えーと??ジャンヌの親戚の騎士の人に偶然会って!それで預かっただけで!!」

半分混乱しながら声を荒げるパウエルに、フィリップも引っ張られるように声を張り上げる。

まさかここまでパウエルが盛大に反応するとは思っておらず、決めていた言い訳文句が前後する。騎士の名前もアランとすぐには浮かばず朱色の目を白黒させた。

まさか庶民である筈のジャンヌに城で会ったなど言えるわけもない。しかも実際は王族だ。


さっきまで落ち着いて座っていた筈のパウエルが今は床に手をついて前のめりに自分へ首を伸ばしてくる。

パウエルともジャンヌ達が友達なのは知っていたが、アムレットのみならずパウエルともたった一か月でそこまで仲良くなったのかと驚かされた。

ジャンヌの親戚、預かって、とその言葉を聞き、やっとパウエルも少し落ち着いた。「そうか」と息を吐きながら視線を一度落とし首を引っ込めるパウエルに、ジャンヌに直接会ったわけじゃないとわかって落ち込んだのかとフィリップをそこで一度口を止めまじまじと見てしまう。まさかパウエルがジャンヌに、と思えばその恋は確実に叶わないからやめて置けと今から言いたい。


そしてパウエルもパウエルで、てっきりフィリップがプライド王女と会ってジャンヌの正体を知ったのかと思ったが、親戚の騎士と聞けばそっちかと収縮する心臓を少しずつ深呼吸で意識的に落ち着けた。「そういえば城の中に騎士団のもあるもんな……」と言葉にして〝ジャンヌ〟の表向きの境遇を思い返せば、今度は自分がうっかり口を滑らせないようにと頭に言い聞かせた。

パウエルの言葉にフィリップも肯定の言葉を繰り返しながら改めて手紙の差出人名をパウエルへ掲げて見せる。ジャンヌ・バーナーズと綺麗な字で書かれたそれは、封筒も完璧に庶民向けに偽装された何の変哲もない手紙だった。

第一王女としてではなくあくまで庶民のジャンヌの名に、やっぱりフィリップは城の使用人となっても何も知らないままなのだなと。通常ならば、当たり前のことを思う。


「そうだよなぁ……ジャンヌ、……そっか……。……えっとそれで、騎士の人はなんて?」

口にしてみながら、実際は庶民のジャンヌも、フィリップも、ジャックも存在しないのだということが少しだけ寂しい。

友達になれたことも、そして本当に良い奴だったことも間違いないが、その正体を思えばやはり遠い世界の住人なんだよなと思う。……そしてだからこそ、自分はその遠い世界に足を掛けたいのだとも。


パウエルの投げかけに、フィリップも思考の中で言葉を選びながら改めて説明をしなおす。最初のような勢い任せの説明ではなく、順を置いてステイル達からも託された理由を正確に思い出す。

城から帰る途中でたまたまジャンヌの親戚であるアラン隊長に会った。校門前で一度ジャンヌと話していた自分の顔を覚えていた。ジャンヌから預かっていた手紙をちょうど良いからと託された。城の使用人をすることを話したら、今後もジャンヌへの手紙の受け渡しを任せたいと頼まれたから請け負ったと。

わざわざ騎士団演習場まで手紙を取りに戻って渡してくれたと説明するフィリップに、パウエルも真剣に聞き入り整理した。きっと実際は王女のジャンヌが今回の潜入に協力してくれたアラン隊長に頼んで届けさせるつもりだったのだろうと考えながら、やっぱりフィリップは何も事情は知らないのだなと思う。まさかその手紙の差出人がこの国の王女だと知ったら目玉が飛び出るんじゃないかと考えながら、息を吐いた。

首を引っ込め座り直すパウエルに、フィリップはテーブルに置いたままだったアムレットの読みかけの本へ目を向ける。そして手紙をそっと皺がつかないようにと挟んだ。


「そういやパウエルもジャンヌと知り合いだったよな?なら、明日学校でこれアムレットに渡してくれるか?知り合い同士ならアムレットも怒らねぇだろ」

「?!あ、ああ……それは良いけど。…………なぁ、フィリップ。俺も……」

王女の手紙を人伝手と思うと少し躊躇いも覚えたが、今は早く届けることが優先でもある。何よりパウエルなら信頼もできた。手紙を勝手に読むこともなく間違いなくアムレットに渡してくれるという確信があった。

パウエルが〝ジャンヌ〟と知り合いである以上アムレットも気にしないだろうと、手紙を挟んだ本ごと手渡し託す。すると、受け取るパウエルはまさか自分が任されるとは想像しなかったまま少し目が泳いだ。

言おうか、でも……だけどやっぱりと。葛藤のままに口の中を飲み込み、意を決してフィリップと真正面から目を合わせた。言うなら今しかない。

パウエルの真剣な眼差しにフィリップも、大きく目を開いてで見返した。


「ッ俺も、………手紙。預かって貰って良いか……?アムレットが手紙返す時に、そのアランさんに俺の手紙も預けて欲しいんだ。俺も、実はジャンヌ達が学校辞めるって聞いた時からアムレットとついでにって頼んでて……」

「お、おおお……多分、良いけど……。パウエル、そんな文通したいくらいジャンヌと仲良かったんだな……」

言いながら顔に力が入りじんわりと顔が紅潮するパウエルに、フィリップも目がぐるりと丸くなる。

今までも人付き合いは苦手なパウエルが手紙を書きたいなんて初めて聞いた。パウエルが過去になんらか下級層か人狩りかどっかから逃げて来たんだろうとは察しがついているが、今まで誰に手紙を書きたいと相談されたことなど一度もなかったのだから。


国内の郵便委託は、それなりに金がかかることもある。だがたとえ金に困っていなくてもパウエルが誰かに手紙を書きたいと言っている節など一度もなかった。唯一パウエルが口にする過去は、恩人に会いたいというそれだけだ。

もう元の家族はいない、帰りたいとも会いたいとも思わない。ここに居たいとパウエルが何度か打ち明けてくれたこともフィリップはある。


そんなパウエルが初めて手紙を書きたい相手がジャンヌかと思えば、これはまさかやっぱりと顔が変に引き攣りそうになる。親友の初恋と思えば大盛り上がりで根掘り葉掘り聞きたくなるが、よりにもよって相手が相手だ。

だが事情を話せない以上ここで無責任に「ガンバレ」とも「やめとけ」とも言えない。

そう考えている間にもパウエルはフィリップに投げられた言葉に口を結び、一度紅潮したまま頭を掻いて黙ってしまう。

好きなのか?好きなのか⁈ジャンヌ確かに美人だもんなああああ、そりゃ王女様だからな!!!!!!!と、許されるならば脂ののった舌で声が枯れるまで言いたいのを堪えながら見つめるフィリップに、パウエルはゆっくり「ああ」とまた口を開いた。


「ジャンヌもジャックも仲良いし、友達だ。けど俺が書きたい相手はそっちじゃなくて、もう一人の。……黒髪のバーナーズで」

黒髪、と。

その言葉にフィリップは息が止まった。ン゛、とつんのめりながら予想をしなかった人選にさっきまでの期待と不安が木っ端微塵にされる。そっちか、そっちか、そっちかよと思考を繰り返しながらそれはそれでまた別の人物に戸惑いが大きい。

ジャンヌとジャックは自分も顔を合わせたことがある。しかし黒髪の少年については、今考えれば間違いなく敢えて避けられていた。そして今、あの黒髪が何者かを自分はよく知ってる。

何故パウエルが照れながらそんな思わせぶりな反応をしたのかはわからないが、それだけ大事な友達なのかとだけ結論付ける。それよりも今は「ジャックならまだしも黒髪の方か」と叫びたい。そして同時に納得も。



── こいつリネットさん大好きだもんなぁああああ……



街に来てから自分とアムレット以外で唯一パウエルが懐いた大人。そして今はパウエルの母親のような存在でもある。

今もリネットが不在の中でパウエルが学校の寮を断ってまで毎日家と学校の往復をしている理由も、フィリップなりに知っている。

そんなリネット大好きなパウエルが、男とはいえリネットに子どもの頃から顔が似ていたステイルに懐くのも無理はないなと思う。

勿論顔だけでなく性格も気が合ったのだろうとも考えるが、それでも美人なジャンヌやどちらかというとタイプ的に合いそうな気がするジャックよりもステイルに懐いた理由に少なからず影響している気がしてならない。

なら照れているのも、リネットさんに似ているから仲良くなったとかかと考え直しながら「あー、あの体調崩してたやつ」と無駄に大きな声で全力でとぼける。若干わざとらしい口調になってしまったが、パウエルもパウエルで今は隠し事がある為相手の違和感にも気付ける余裕はない。


お互い気付けば目を逸らし合い、膝を抱えて額を湿らせた。

あまりにお互いにとって別の意味で気まずい沈黙に、最初に耐えられなくなったのは当然フィリップだった。

「……そっかー、パウエルあいつとそんなに仲良くなったんだなー」

「あ、ああ……。ジャンヌとジャックと同じくらい本当にすげぇ良いやつなんだ……」

「パウエルに友達できて兄ちゃん嬉しいなあ、あの黒髪のやつ俺は挨拶もできなかったけど」

「いや、それは本当に偶然で。あの時は体調が悪かったとかで」

「わかってるわかってる。パウエルと仲良くなったってことは良い奴だもんなあの黒……、……えーと、名前は?」



「…………………………………………………………………………」



止まる。

せっかく滞りなく落ち着き始めた会話が急激にパウエルにより止められた。

フィリップも膝を抱える手に力を込め動揺を隠しながら投げかけた筈にも関わらず、急に妙なところでパウエルが止まったと思う。

ちらりと目だけを動かし見れば、パウエルの汗が薄明りの中でも尋常ではないほど滴っている。風邪か⁈と思わず声を上げたくなったが、今は唇をびっしり閉じているパウエルが何か隠し事か、まずいことを思い出したかのどちらかだろうと長年の付き合いで理解した。だが、どうしてここで止まるかはわからない。


黒髪の正体を知らない筈のパウエルが名前を言いたくない相手など、一体どんな偽名を使ったんだとステイルへ思う。

まさかリネットとか⁈と一瞬思いついたが、目立ちたくない筈の仮の姿でわざわざ女の名前を使うとも思えない。

ならどうしてパウエルは名前をこんなに……と腕を組めば、そこでふと、パウエルが名前を言いたがらない人物が〝過去にもう一人〟いることを思い出す。


「あっ」と微かに音になった息が大きく開いた口から洩れた。

本当にしゃっくり以下の微かな呟きに、それでも目の前に座るパウエルの肩が大きく上下した。びくり、と動きながらも頑なに口を閉じ目を別方向へ逸らし続けるパウエルにフィリップも嫌な予感がじわじわ背筋へ這いあがってくる。

これを尋ねて核心を突くか、それとも話を変えることになるかと、そう考えながら賭けを張るような気持ちと抑えた声でパウエルを凝視する。


「……そういえばパウエル、前に〝恩人に会えた〟って言ってたよな……?」

「………………………………ぉう。……」


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