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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
我儘王女と準備
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そして身構える。


「…………皆さんも、よろしくお願いします。あくまで他の騎士達にも御内密に」


勿論です、と騎士達全員がその場で頭を下げて応える。

その中で、一人だけ下げた頭がそのままテーブルに付きそうなほど下がったままになった。

ステイルもすぐに気付き、大きく瞬きをしてから肩を竦める。その動作にアーサーだけでなく、アランとカラムも振り向けば、端に座っていたエリックが思い出したように耳を赤くして沈んでいた。

彼がそうなった理由を誰もが理解し、同情しながら苦笑う。アランが慰めるように肩に腕を回せば、エリックは絞り出すように吐露をした。


「本当に……、アーサーならまだしも、プライド様やステイル様まで自分の家になど。……本当に、本当に恐れ多いのですが……」


騎士団長やジルベール、プライド本人を前に言えなかった本音が酒に押された。

大して酔ってはいないが、それでも思い出せば顔が熱くなり頭痛がした。自分でも酔ってしまったのではないかと錯覚するほどにクラクラと視界まで揺れる。

エリックの吐露にアランが「いや本当に悪かったって」と気遣うように謝った。状況として仕方なかったとはいえ、エリックを最後の最後に切り離してしまうような形になったことだけは、アランも若干罪悪感があった。だが、実際に自分の実家から帰ることは不可能なのだから仕方がない。それをわかっているエリックも「いえ、アラン隊長に責任は……」と力なく呟きながら、まだ首は垂れたままだった。

二人のその様子にアーサーもジョッキから手を離し、膝に両手を置いたまま深々と頭を下げる。自分の家も庶民の家ではあるが、父親である騎士団長のロデリックが上手く断ってくれた時には心から安堵した。更には消去法で絞られた時、一人また一人と不可能になっていけばこれは一番可能性があるのは自分の家になるのではないかと背筋が冷たくなった。そのせいで、エリックの家が城下にあると聞いた時は最初に「助かった」と思ってしまったことに今は心から反省した。


「だが、邪魔するのは玄関だけだ。その後はすぐにステイル様が瞬間移動をして下さる」

「いえいえいえ……もう、自分の家族を王族の方々に紹介するというだけで胃が痛みそうです……」

今度の休みに急いで片付けないと……と、とうとうエリックは垂らした頭のまま突っ伏してしまった。

王族の人間、しかもプライドを家族に紹介する。それだけでもエリックには畏れ多いことこの上ない。しかも、家族には王族ではなくアランの親戚だと伝えなければならない。家族が一体どんな不敬をしてしまうのか、何か余計なことを言わないかと考えば、胃の中身が重力を増し、最悪の事態を想像すれば顔が内側から火で炙られる。

アランもカラムも、アーサーもエリックのその気持ちは痛いほどによくわかった。他ならないプライドに自分の家族を全員を紹介することになるなど想像もできない。そしてほんの僅かでも想像するだけで自分達まで熱が上がった。


「あ、いやでもエリック副隊長の御家族なら絶対良い方々ですし、自分もステイルも、勿論プライド様もお陰で安心できます……!」

な⁈!と必死にエリックを慰めようとするアーサーがステイルの背中を叩く。

それに押され、ステイルからも「勿論です」と応戦した。しかしエリックの額はテーブルと同化したままだ。


「アーサー。何度でも言うが俺の家、本っ当に普通だからな……?俺が一番わかってるから頼むから無理して褒めないでくれよ……」

エリックにしては少し低い声がゆらりと放たれる。

言葉自体はアーサーに向けているが、遠回しにステイルにもそう願った。

エリック自身、自分の家や出生を恥じてはいない。だが、あまりにも平凡な自分の家と家族をプライドに見られることはこの上なく恥ずかしく、更には気遣いなアーサーが目一杯頑張って自分の家を褒めようとしてくれる図すら想像できてしまった。

いつもの彼にしては珍しく卑屈な思考に落ちかけているエリックに、カラムは一度席を立ち、アランと挟むように彼の隣に席を下げた。肩に手を置き「重役を任せてすまない」と全てを察した上で労った。


「本当にお気遣いは不要ですのでエリック副隊長。僕からもなるべく長居はしないように配慮させて頂きますし、きっと関わるのも最初のご家族への挨拶だけになると思いますから」

極最小限の関わりで詮索もしない、とステイルからも最大限のフォローを入れる。

エリックの言葉に唇を絞ったまま話せなくなっていたアーサーもコクコクと何度も頷いた。本音を言えば尊敬する騎士の先輩でもあるエリックの実家訪問は個人的にはかなり嬉しい。更にはご家族に会えるというならば、エリックの昔の話も聞けるだろうかという欲がアーサーにはあったが、今はそれを耐えようと決めた。

ありがとうございます……と力なく応えるエリックに、アランは背中をポンポンと叩きながらジョッキに酒をジャバジャバ注ぐ。


「でもさー、プライド様の昔の御姿見れるのは楽しみだよなー?ステイル様、何歳に戻る予定かは決まってるんですか?」

話を変えるべく明るい声でステイルに笑いかけるアランにステイルは「まだ未定ですが」とすぐに乗り返した。

生徒に混ざる以外、詳細には決まっていない。しかし、恐らくはと予想を口にする。


「高等部の年齢では年齢の差異が少なく気付かれる恐れもありますし、小等部以下だと身を守るのに不便ですから。恐らくは中等部程度になると思います」

「ということは十三歳から十五歳辺りでしょうか」

ステイルの言葉にカラムが顎をつまむように添える。

その途端、話を聞いていたエリック達も数年前のプライドを思い返そうとした。が、あまり具体的には思い出せない。

毎年プライドの姿を確認している身としては、成長や変化の区切り目はわかり辛い。いっそ十一歳の姿の方がすぐに思い出せた。そして自身の記憶の代わりに城内にあるプライドの姿絵を思い出せば、やっとあの頃辺りかと予想もつく。


「アーサーなんて騎士団に入団してきた頃だよな?」

なっつかしいなぁ、と感慨に耽るようにアランは笑う。

視線を向ければ、アーサーは唇を絞ったままビクリと肩を上下した。自分では成長の自覚も難しいが、一番姿が変わるのは三人の中で一番年上の自分だろうと思う。そして最低でも六歳近く年齢を戻した姿をプライドや騎士の先輩達に見られるのかと思うと、今更になって物怖じしてしまう。喉を鳴らし、動転する気を紛らわせるように、気が付けばジョッキをグビグビと一気に傾けた。


「年齢幅とかどうするんですか?やっぱ護衛するなら同い年ですかね」

「ならばアーサーとステイル様、プライド様も同年ということになるな」

続けるアランの言葉に今度はカラムがアーサーとステイルを見比べた。

三歳差のある二人が同い年の姿を見られるのかと思うと、少し興味深い。エリックもそれを思い、接着された額をゆっくり離して二人を覗いた。

すると今度は、アーサーではなくステイルの目が泳ぎだす。カラム達や姉であるプライドに子どもだった自分の姿を見られること自体は大した感想はない。しかし、今まで年上として当然のように並んでいたアーサーと同い年になると思うと、一つの疑問が思考に過ぎり、嫌に喉が乾いた。


………………身長は。


そう思った瞬間、チラッと思わず正直にアーサーへ目を向けてしまう。

今まで年齢が三つも差があるアーサーに、自分は一度も身長で勝てたことがない。既にお互い身長が止まる年齢になった今の時点でアーサーの方が背が高い。むしろ、アーサーだけは未だに数ミリずつ伸びている。

一つ年上のプライドも女性としては背が高いが、それでも自分は早々に抜かすことができた。しかし、アーサーと同い年になった時、はっきりと自分とアーサーの優劣が目に見えてしまうと思うと妙に脈が重く、遅くなった。昔から自分よりも身体が出来上がっていたイメージしかないアーサーに、年齢が並んでも勝てる気がしない。そして、同い年でありながらアーサーに身長で負ける姿をプライドに見られるのは、言いようもなく羞恥心が込み上げた。

どうした?と顔色の変わっていくステイルにアーサーが首を傾ければ、次の瞬間にステイルはむぎゅっとアーサーの頭を頭頂から手のひらで力の限り押した。今からでも縮め、と心の中で呪いを掛ける。


「ッだ⁈なにしやがるステイル!」

「やっぱりお前だけは十年若返れ。」

「アァ⁈!ンなことしたらプライド様を守れねぇだろォが!」

「ならお前はヴァルと共に高等部に行け」

「ざけんな!中等部と高等部は建物もちげぇだろ‼︎」

ぎゃあぎゃあとステイルからの無理難題にアーサーが怒鳴る。

途中でここがアランの部屋だと思い出し、声を抑えたがそれでも未だに自分を真上から圧迫してくるステイルを睨み、力付くでその腕をギリギリと掴み上げた。

何故急にステイルが機嫌を悪くしたのかわからないアーサーと、敢えて理由は言いたくないまま再びアーサーの背を力付くで縮めようとするステイルに近衛騎士達はすぐに察した。だが、ステイル自体、背は騎士団の中で見ても決して低くはない。一般男性で見れば寧ろ高い方だ。ただ、アーサーがそれ以上に背が高過ぎるだけなのだが、それを口にしてもステイルを怒らせるだけだとわかった。更にはステイルの発言からアーサー相手では一、二年の差をつけても身長が負けることを危惧していることも理解した。

こればかりは仕方ない、と彼らは心の中だけで思う、自分達ですら、発達途中の年齢で並ばされればアーサーに勝てるかはわからない。現段階でアーサーに少し競り勝っているアランとカラムでさえそう思う。


「……何だかんだで、俺とハリソンが一番楽なの取っちまったなぁ」

「言葉に気をつけろアラン。王弟の護衛だぞ」

いやそれはそうだけど、とアランは自分を窘めてくるカラムに苦笑いをする。目でぐるりと一度、彼らを示してからまた気遣うようにエリックの背中を優しく叩いてからカラムと目を合わす。


「だってカラムも講師だろ?俺とハリソンは通常の任務と大して変わらねぇし。お前には講師も合ってると思うけどさ」

好かれそうだし、とアランはカラムの講師姿を用意に思い浮かべる。

普段も教師のような口調や声かけが多いカラムなら、確実に講師も馴染むだろうと思う。そしてカラム自身、講師になること自体にあまり不安はない。自分自身も本隊騎士になるまでは家で教師の授業も受けていた為、教え方もある程度は想像もついた。子どもも決して嫌いではない。


「ていうか、講師ってことはセドリック王弟とかアーサーとかステイル様にも手解きすんだよな?」

「恐らくは。……アーサー、あくまで一般生徒の域を超えないように。ステイル様、どうかその際はお手柔らかにお願い致します」

はい!勿論ですとも、とカラムからの言葉に、互いに攻防した体勢で二人は返す。自分の頭頂部を狙う両手を掴み押さえるアーサーと、無意味だと分かりながらも衝動のままにやつ当たるステイルは顔だけをカラムに向けた。喧嘩する二人の姿も見慣れたアラン達も、その様子に今は突っ込もうとも思わない。


「セドリック王弟な〜、もうこれ以上は変なこと教えねぇようにしねぇと」

「その最たるはお前だぞアラン」

「自分は送迎だけなのでその心配はありませんが……」

飲みきったジョッキに自分で酒を注ぐアランに、エリックも少しだけ気を持ち直したようにヘラリと笑う。


「ラジヤもそうですが、プライド様達の正体が気づかれないように万全を期させて頂きます」

穏やかにそう笑ったエリックは、なみなみと注がれていたジョッキに口をつけた。

宜しくお願いします!とステイルとアーサーが気を持ち直してくれたエリックへ今度こそ構えを解いて身体ごと向き直る。

アランとカラムも安堵したように小さく息を吐き、それぞれエリックの肩を背中に手を置いた。


「まぁ皇太子の年齢じゃ生徒には混ざれねぇし、学校に現れるとまでは予知にもなってねぇもんな」

「学校に潜入していることも隠し通せれば、城より安全にもなり得る。……プライド様をお守りすること自体は何も変わらない」

頼んだぞ、とプライドの招待を隠すにあたって最も重責であるエリックに声を掛けた。にっこりと笑うエリックはそれに一言返事をすると


「今後、プライド様が自宅訪問や御親族に会うことになるのが自分だけとは限りませんしね」


「「「……………………」」」

さらりと言ったエリックの言葉にアーサー達三人は同時に固まった。

ステイル一人が平然としているが、パキリと石化した彼らにエリックは笑顔で更に言葉を続ける。ジョッキを持ち直し、喉を潤す前に言い放つ。


「近衛になってまだ三年の自分がこれですから。まだこの先長らくプライド様の御身を守るにあたって、この場にいる全員に同じような可能性が」

「ッやめろエリック!日頃の行いが良い奴に言われると本気で実現しそうで怖ぇから‼︎」

「落ち着けアラン。お前の発言の方が遥かに」

「エリック副隊長水飲みますか⁉︎‼︎」

酔ってはいない。

ただ、次第に来月に待っている重責よりも、プライドが新設した〝学校〟に関われるアラン達が少なからず羨ましく思えてきてしまった。自分はあくまで送迎だけ。学内にまで深く踏み入るわけではない。

グビグビと一気にジョッキを仰ぎ、空にしたエリックはぷはーっ、と大息を吐き出した後に、自分で酒瓶の蓋を開けた。酔いの所為にして今だけは少し不貞腐れていたい。

アーサーに水の入ったグラスを勧められ、アランに「悪かったって!」と背後から両肩を掴まれ、カラムに「何かあれば相談しろ」と諭され、ステイルに珍しそうな眼差しを受け、開けたばかりの酒瓶半量を一人で飲み干してからやっと気が静まったのは、既に時計の針が翌日を指してからだった。


温厚なエリックからの小さな報復は、ステイルが自室に戻るまで続いた。


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