売られ、
「彼は城に入ったのも今日が初めてなんだ、悪戯に不安をあおることや俺について無駄にお節介なことでも言っていないだろうなと言っている」
「さぁ。彼の不安についてはまだ何も聞いてもおりません。それよりもなかなかの良い成績だったようですよ。担当した者から採点表も受け取りましたが、従者としての業務は殆ど一通り基準を超えています。まさか一度で通るとは私も嬉しい誤算です」
「見せろ」
「申し訳ありません、今ここには。宜しければ私の部屋に取りに行きましょうか?」
なんだそれ恥ずかしい!!!
カチャッ!!と先ほどよりも少し大きな音をフィリップは立ててしまう。湯を沸かしているだけの作業だった筈なのに、全く別の器具が音を立て傾いた。今は振り向いてはいけない気がする。さっきまで喧々諤々に見えた二人が、いつの間にか今は普通の会話をしている。
やっぱり仲良いのか⁈と思いながら、必死に表情筋を引き締める。今まで従者として働いてこんなにおかしい気分になったことはなかったから余計に戸惑いが大きい。
しかも気付けば流れるようにステイルへの御節介については話題が返答されることもなく消えていた。
ジルベールが腰を浮かしカタリと小さく物音が立った直後「今は良い」とステイルから断りが入った。そこは取りにいかせないのかと、やはりフィリップの頭の中は背中を向けたまま状況把握で忙しなくなる。取り敢えず自分の成績評価をステイルに目の前で見られる危機が去ったことに息を吐き、上がり切っていた肩が落ちる。
よしよしと思いながら、沸騰し始めた水面に視線を落とす。
「ジルべール、珈琲が淹れ終わる前に答えろ。わざわざフィリップと俺の紹介人に名実ともになったんだ。何か、理由でも考えたのだろう」
「そうですねぇ、まぁ大体は。ステイル様もいくらか策はお持ちの上で彼を勧誘されたのではありませんか」
「母上達には彼を俺の元に移す許可は既に得ていたからな。第一王子の俺が、彼の〝能力〟を偶然知り、急遽手元に上げたとなっても誰も疑問に思わないだろう」
「なるほどやはり。彼の〝能力〟ですか」
うわ、また怖くなった。と、背中を向けたままぞわりとなぞられたような感覚にフィリップはまた口をきつく結ぶ。
ステイルの発言を確かめるようにジルベールからの〝能力〟という言い方が、間違いなく従者としての能力ではなく〝特殊能力〟を指しているのだとフィリップもわかった。
ジルベールにステイルがどこまで教えているのかわからない今、これが探っているのかそれとも敢えて含みをいれて言っているのかも確信は持てない。
もともと城でステイルの元で働くことになったら、自分が特殊能力者としてバレることくらいは覚悟もできている。本当にこんなに早く回収されるとも思わなかった為、今まで通り就活では特殊能力は伏せてしまったが、本当に城は特殊能力者贔屓なんだなぁと痛感させられる。
家柄を求めないのはありがたいが、自分と違い特殊能力がないアムレットがどうかちゃんと補佐官として無事就職できますようにと今は願う。
「だが、お前にこうやって紹介されてしまった以上そうもいかないだろうな??今は、〝何故〟お前が俺に彼を紹介したかという理由付けが問題だ」
ステイルやっぱ性格悪くなっただろ。
そう、心の中で三回繰り返す。バチバチと音まで聞こえてきそうな会話を聞きながら、遠回しにステイルが「俺は俺なりにちゃんと対策を考えていたのにそれを台無しにしたのはお前だぞどうしてくれる??」と圧を掛けているのを全身で感じた。
ステイルほど社交界や策謀ひしめく界隈にいなかったフィリップだが、同年齢としてそれなりに経験を積んだ大人だ。貴族同士の口での攻防ややり取り自体は居合わせたこともある。しかし、その中のどれよりも今二人の会話は域を超えていた。
ジルベールの方もジルベールで「それはそれは」「余計なことをしてしまい申し訳ありませんでした」「考えが足りず」と謝ってこそいるが、全く申し訳なさそうな声ではない。むしろ「何をご冗談を」といって良そうな明るさだ。
そしてステイルも謝罪が謝罪になっていないこと自体は咎めない。どうせジルベールが間違えたわけではないとわかっている。事実、ジルベールを介した方がより自然にフィリップを自分の元へ上げられることはステイルも最初から考えていた。
ただ、既にフィリップと自分を一度屋敷までつなぎ合わせてくれたジルベールにこれ以上頼み事をすることも、そして頼むのも気が引けた。
自分の都合でジルベールをこれ以上はと考えれば、ジルベールを介さずその上でできる限り自然にフィリップを引き入れる表向きの手段の策ばかりに頭を回した。そして、……結局こうしてジルベールの胸を借りることになったことに口の中を噛む。
言葉ばかりの謝罪だけをゆったりとした口調で続け、あきらかに時間経過を狙っているジルベールが口を開いたのはフィリップが二杯分の珈琲を淹れ終えた後だった。
「まぁ、私も考えたのですよ。私自身、彼を屋敷に招いたという経歴を貴族に知られている手前、それなりに彼ら全員が納得する理由付けをと思いまして」
「で??」
いい加減話せ、と。ステイルの漆黒の眼差しが口よりも妙実にジルベールへと問い詰める。
ジルベールまその眼差しに笑みのまま眉を垂らした。さっきよりも明らかに珈琲を淹れる手際が遅くなっている青年を視界の隅に捉えながら、おもむろに手で示す。抽出された珈琲の入ったポットをステイルのカップへ注ぐべく背中から正面を自分達に向けたばかりの青年に。
「彼を、私からの〝お誕生日祝い〟ということでいかがでしょう?」
はい……?と、丸い目で最初に声を漏らしたのは〝お誕生日祝い〟本人だった。
ステイルも口を閉じ目を見開く中、ジルベールは「先月お誕生日でしたよね」とにこやかな笑顔を維持し言葉を続ける。
「優秀な特殊能力を持ち年齢も近い、腕の良い従者の青年を多忙なステイル様の御助力になればと私がお送りした。……であれば、彼が私の紹介で城で使用人として雇われ、その後ステイル様へ献上されたのも当然ではないでしょうか?」
ちょうど今年は形に残らないものを贈ったからちょうど良い、と。そこは伏せながらジルベールはつらつらと理由付けを並べていく。
実際は既にステイルへの贈り物は終わり、遅れながらも彼にしっかりと受け取られたと認識されたことは双方理解している。しかしそれは表向きにはできない贈り物故に、〝表向き〟の贈り物は彼でどうだろうと。そのジルベールの提案に流石のステイルも意表を突かれた。
「ステイル様は、年の近い青年の方が気気兼ねなく肩の力も抜けるだろうと。どの家柄の貴族とも深い繋がりはない庶民出身の青年です。更には昔から〝庶民の暮らしに〟興味を持たれていたステイル様には相応しい青年かと判断致しました。何よりもその優秀な特殊能力はプライド様を今後も補佐なさり支えるステイル様にはきっと役に立たれるだろうと、ステイル様を幼い頃からよく知る〝この私が〟判断致しました。実際会話を重ね、彼の人となりも問題ない良い若者だと確認も致しました。いかがでしょう?ステイル様。プライド様が近衛騎士と近衛兵、そして陛下も近衛騎士を付けられたのですから、未来の摂政となられるステイル様にも近衛騎士まではならずとも〝専属従者〟を付けるのはきっと良いことだと思うのですが」
すらすらすらすらと。まるで川の流れのように詰まることない持続的な流れの言葉に、フィリップはもし言える立場でも口を挟む間はなかった。
気付けばまるでジルベールが自分をステイルに今、売り出しているような、紹介をされていることにカップから珈琲を溢れさせかけた。
状況が読めな過ぎて焦点が合わなくなり、ひっくり返す前にと一度ポットもカップもテーブルへそっと置けばすかさずジルベールが立ち上がった。
彼が両手に何も持っていないことを確保してから、その背中にまわり、まるで自分こそが旧い友かのようにその両肩へ手を置いて見せる。
「私が自信を持ってお勧めいたします新しき従者。〝フィリップ・エフロン〟です。まだまだ城に来たばかりですが、どうぞこれからステイル様のお好みに育てて頂ければと思います」
「ぶふっ!!!!……~~っっどッ……この奴隷商人だお前はっ……」
とうとう耐えきれず、第一王子が噴き出した。




