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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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Ⅱ550.兄は困惑し、


「どうも、ステイル様。お忙しい中お呼びたてして申し訳ありません」


ゼェハァと息を切らせた第一王子が自らの手で扉を開け放ったまま固まる。

ここに来るまで許される限りの速歩で急ぎ続けたステイルは、最後の最後叫んだ所為で一気に肺の空気を出し尽くしてしまった。腹立たしいジルベールの涼しい声を聞きながら、背中を丸め大きく吸い上げながら上目の先にはジルべールともう一人目星の相手が佇んでいる。


ヴェストからフィリップの使用人としての採用を聞いたステイルは、猛速度で仕事に取り組んでいたがその半ばで従者伝てでの連絡が来たのはほんの十五分前だった。

フィリップの身柄が使用人長の誰かの元でも、ましてや今日は去ったのでもなく言付けを送り付けて来たジルベールに預かられているのだと確信したステイルは、更に仕事を1.5倍速増して片付けた。

溢す黒い覇気を隠すこともせず、集中力が部屋中の空気をピリつかせるほどに張り詰めさせるステイルにヴェストも声は掛けず息だけ吐いた。ジルベール、という単語を聞いた時点で肩をピクリと揺らした甥がどういう心境かもある程度は察した。最近は仲が良好になってきたかとも感じていたが、やはり相変わらずそういうところは変わらないと呆れた。ステイルにも、そしてジルベールにも。


「ステイル様に急ぎお水を。扉は一度閉めて下さい」

扉の向こうでステイルの丸い背を心配そうに見つめる侍女へ指示を投げるジルべールの言葉に、合わせてゆっくりと扉が閉められる。

再び密室となった部屋にはステイル、そしてジルベールとフィリップだけが残された。閉め切られた部屋では余計にステイルの酸素を欲する荒い息の音が響く。

フィリップも、大丈夫かと声を掛けたいがどういう口調で言えば良いかも定まらない。ジルベールはステイルと自分を引き合わせてくれた張本人ではあるが、その関係までは知らない。

ステイルには砕けた話し方も許されているフィリップだが、今この場でいきなり「どうしたステイル」とでも言ったら、流石の優しい宰相も不敬だと怒るんじゃないかとも考える。折角ここまで友好的に接してくれている宰相にここで印象を悪くするような危険は侵したくない。

おろおろと目を動かし、ジルベールとステイルを見比べる。息を荒く未だ呼吸を整えながら自分とジルベールを漆黒の眼差しで睨み付けているステイルと、そして寧ろ愉快と言わんばかりのにこやかな笑顔で「おやおや」と言うジルベールはまるで明暗のように対照的だった。


「どうぞステイル様もお掛け下さい。今ちょうど新しい使用人に珈琲を淹れて貰ったところなのですよ」

「この俺相手に人質を取るとは良い度胸だジルベール……!!」

茶飲み話のように明るい声に、地の底から響いたような低い声が返される。

一瞬ステイルの声かもわからない低い声に、フィリップも佇んだまま肩が大きく上下した。これステイルの声か⁈と心の中で叫ぶ。気のせいか、上目にこちらへ向けられる眼光もナイフのように鋭く見えた。

しかも〝人質〟と言われれば、何か自分は知らず内に恐ろしいことに巻き込まれていたのだろうかと、ジルベールからも足一個分距離を取ってしまう。

呼吸を整え終えたステイルは眼鏡の黒縁を指で押さえつけながらゆっくりと顔を上げた。姿勢をピンと伸ばした状態に戻し、乱れた髪を手櫛で整える。せっかくフィリップの前なのにこんな取り乱した姿を見せてしまったと細く長い息を吐き出し気持ちも整理を付ける。

やっと会話が可能になったステイルに、ジルベールも静かに笑みを広げた。珈琲を一口また味わってから食器をテーブルへと置き、ゆったりとした動作で向き直る。


「人質とはとんでもない。少々お茶に誘っただけですとも。ステイル様が御公務に一区切り終えるまで、私も少しお話をしてみたかったもので」

「〝新しい使用人をご紹介致します是非とも私のお部屋に〟と犯行声明を送ってきておいてよく言えたものだ」

「おや、何か問題でも?」

この野郎。と、今この場にフィリップがいないで二人きりだったら口走っていたかもしれない自分をステイルは自覚する。

そのくらいには今の状況に身体が熱い。今日という日をずっと待ち続けていた自分にとって、ジルベールに先取りされた上に計画を狂わされたことも腹立たしい。本当はここで自分が最初にフィリップを呼び出して最初に珈琲を淹れて貰う気だったのだから。

にこやかに笑いかけてくる切れ長な眼差しは、それを全部わかった上でしらばってくれているのだろうと思うと余計に腹立たしい。

しかしそれを言語化することを恥じらう程度の感情が残っているステイルは、敢えて唇を結んだ。カッカッと絨毯へ靴のかかとで音を敢えて立てながら、真っすぐにフィリップへと歩み寄る。


「フィリップ、すまなかった。ジルベールに何か余計なことは探られなかったか?」

「おやステイル様、何か探られたら困ることでもおありでしたか?」

ギロリ、ととことん遊んでくるジルベールに今度こそはっきりと眼光で睨み付ける。

フィリップから整った言葉で「いえ何も」と返されてもまだ落ち着かない。ジルベールが本気になれば自分の子ども時代からフィリップとの関係から彼の特殊能力まで聞き出すことは容易いものだとステイルはよく知っている。

いい加減沸点が限界に近い様子の黒い覇気まで溢れさせるステイルに、ジルベールもそろそろ自重を決めた。「大変失礼致しました」と謝罪をしてから、肩を竦め頭を下げる。


「彼を強引に招いたのは申し訳ありませんでした。ですが、表向き彼を城へ誘ったのは私ということになっておりますので。ステイル様も、私から紹介されたという方がいくらかご都合が宜しいのではないかと」

ステイルが元関係者であるフィリップを城の使用人として入り込むように勧誘したことを知るのは極一部の人間のみ。表向きはフィリップへ身分証明の推薦書を用意したのも、彼の元職場から自身の屋敷へ連れ出したのもジルベール、そしてステイルに紹介したのもジルベールだ。

それをジルベールに頼んだのは他でもない策士ステイルでもある。フィリップと自分の関係が明るみにはならないように。


だからこそここでもジルベールが先にフィリップを部屋に招き、そして第一王子へ紹介するという形式を取ったということにステイル自身理解していないわけではない。

しかし、それでもあまりに不意打ち過ぎた。せめて前もって打ち合わせしていればここまで取り乱すこともなかったのにと思う。

ぐっ、と奥歯を噛みそれから飲み込んだ。更にはまるでこれもジルベールが図ったかのようにノックが鳴らされ、侍女が急ぎ持ってきた水を扉の隙間から受け取った。再び閉じられると同時にグラスをぐいっと傾け、一度に飲み干した。

もう良い、とこれ以上ジルベールにしてやられているところを見られてたまるかと、ステイルは顔を一度フンと背ける。空になったグラスと共に彼らへ歩み寄り、フィリップのソファーに腰かけてからグラスも置いた。


「フィリップ殿、申し訳ありませんがもう一杯淹れて頂けますか?口を付ける前とはいえ、ステイル様の分にするにはそちらは冷めてしまっていますので」

「もうこれで良い。……全く。フィリップ、お前も座ってくれ。改めて俺の口から紹介する」

フィリップの分として入れられたカップを手元に寄せ、有無も言わせず一口飲む。紅茶とは違う苦味を堪能して心を落ち着けた。

ステイルからの促しにフィリップも早速三杯目を淹れようとした手を浮かし、ゆっくりとソファーに着いた。自分が第一王子の隣に座って良いのかもわからないまま「紹介」という言葉に改めてジルベールを正面に捉える。


「あの、……つかぬことをお尋ねしますが、こちらの御方は宰相の……?」

「そうだ。ジルベール・バトラー、この前知った通り正真正面我が国の宰相だ。俺の父上の代から宰相を任じられている」

やっぱりそうだよな、と。

改めて第一王子の口から紹介されたジルベールの立場にフィリップは無意識に姿勢を伸び直した。自国の宰相、更にはステイルが〝父上〟と呼ぶのがどんな立場の存在かはよくわかっている。

思わず唇を結ぶフィリップに、ジルベールは優雅に笑みと共に礼をした。「ご紹介いただき光栄です」とステイルへも含めて感謝を告げながら、自身の胸に手を当て改めてフィリップにも首を垂らす。


「ステイル・ロイヤル・アイビー第一王子殿下には昔から良くして頂いております。この度はステイル様の専属従者へ最初にご挨拶することができ幸いです」

「こんな優男に見えるが、二回り差がある大男でも素手で叩き伏せられる。背後には気を付けろ」

「おや?注意すべきなのはそれだけで宜しいのですか?」

ピキッ、と。カップを再び傾けようとした指が攣る。

ここまできてまだ上げ足を取ってくるかと、今この場で珈琲をひっ被せてやりたくなる。わざとフィリップの前で嫌味を言ったのは自分だが、それもまた倍にしてさらりと返された。ジルベールが言いたい言葉の含みを理解した上で、だからこそ苛立ちを覚える。


一秒固まったあと、今度は少し大口で珈琲を含み飲み込んだ。

早々にカップの中身が半分近くなりなり出したことに、ステイルも「すまないがやはりもう一杯、いやお前の分も淹れてくれ」とフィリップへ頼む。

ジルベールにそんな戦闘力があるのかという事実と、明らかに青筋を立て出しているステイルにフィリップも口を結んだまま頷きだけでしか返事をできなかった。安易に声を発しただけで刺されそうなほど、戦場に近い空気を醸し出すこの空間にそっと膝へ力を込め立ち上がる。

間違いなく珈琲を淹れる作業を始めながら、敢えて自分は背景に溶け込むことを選んだ。まだステイルのこともジルべールのことも深くは知らないフィリップだが、少なくとも今二人の間の火花には自分が仲裁で入っていいものではないと長年主人の空気を読んできた勘が言っている。


「……彼に余計なことは話していないだろうな?」

「おや?ステイル様ほど洗練潔白な御方に何か話されて困ることでもおありでしょうか。少なくとも誰を貶めるような発言もしていないとここに誓いましょう」

僅かに潜めた探るようなステイルの声に、ジルベールのなだらかな声がすぐに返される。

その返答を聞きながら、フィリップは「ステイルに珈琲を飲ますなくらいかなぁ」と頭の中だけで考える。取り敢えず紅茶の美味しい入れ方も勉強し直そうかと逃避のように思いを馳せた。

ジルベールのことは変わらず会った時と同じ威厳のある上層部というイメージのままだが、妙にステイルがこの前会った時よりも大人げないような余裕がないような気だけが引っ掛かる。てっきりジルベールがステイルの紹介したかった親友だと思ったのに、結局その紹介はされなかった。

むしろ何故か敵対しているようにも見える会話は犬と猫の喧嘩のようだった。

自分をここまで誘うのに協力してくれたジルベール宰相さんと、まさかステイルは敵対しているのかと考える。貶める発言など、それこそ妖し過ぎる。さっきも「注意するのはそれだけで」と何かを仄めかすようだった。なら、さっきの会話ももしかしたら自分が知らない内に手のひらで不味いことを言ってしまっていないかと記憶を辿


「そんなことはわかっている。彼は城に入ったのも今日が初めてなんだ、悪戯に不安を煽ったり俺について無駄にお節介なことでも言っていないだろうなと言っている」

あ、わかってるんだ。

そうフィリップは思わず無言のままぽかりと口だけ開いた。てっきり弱みを握られる握っているような会話だと思ったのに、まるで初めて預かった子どもの行方を考えるようなステイルの発言に肩がくすぐったくなる。お前俺と同い年だよな??と心の中で突っ込むが口にはしない。

二人に背中を向けたまま先ほどの緊張感がひっくり返され、絞る口が笑いそうにぷるぷる震えてくる。


ついさっき、お節介かどうかは置いても、ステイルの的を得た通り珈琲の摂取量に注意を受けた事実が今は面白くなってきた。


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