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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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Ⅱ547.男は把握する。


「はぁああああぁああ?駄目だっただぁあ??」


ガシャン、とベッド脇に置かれた小さなテーブルが包帯まみれの腕に倒される。

献身的な治療のお陰で片腕だけは包帯は巻きながらも吊るさずでも良くなった男は、自分の傍にあるものは頻繁に倒し壊す。しかし置いていなければそれはそれで「なんでねぇんだ」と怒り狂う為、既に何十ものテーブルが同じ理由で置かれては廃棄されていた。

今も倒れたテーブルを急ぎ目立たないように起き上がらせる奴隷に振り上げた手が偶然当たれば、何の理由もなくそのまま掴まれ発狂させられる。アアアアアアと、一音の叫びしか発せられず転がる人間へ一瞥もくれない男は、自分の力では起き上がることができなければしようともせず、豪奢な天井を見上げながら顔を酷く歪めて不快を露わにした。

包帯の隙間から見える狐のような細い目が僅かに開かれ、血の色をした瞳が怪しく光った。ぎょろりと目玉を足の方向へ動かせば、今もびくびくと全身を振るわせ床に平服する大男の丸い背中がちらりと目に入った。

申し訳ありません、手は尽くしたのですがと謝罪と言い訳を織り交ぜながら思いつく限りの言葉で許しを請う。額から顎まで伝う脂汗が上等な絨毯を汚せばそれだけでも殺される理由になるのではと、膝から下の感覚すらなくなっていた。


つい3週間程前の大失態。足が付かないようにできたことなどあくまで大前提。それよりも大男には間違いない失態があった。

ビクビクと指関節が自分の意思とは関係なく小刻みに屈折を来る返し全身が恐怖のあまり痙攣を起こしかける中、ベッドで悠然と転がる男は「言ったよなぁああ?」と無駄に大きく響かせる声を上げる。


「村ァ焼く情報ぉ騎士団に漏らしやがったあのガキ見つけてぶち殺せって。せっかくさぁ、フリージア連中者村ごと手に入ると思ったのにさあ?!一人も手に入らねぇでガキ一人に嵌められてんじゃねぇよ塵屑が‼︎」

しかも見つからねぇだぁあ⁈と、更に低めた圧の声で唸れば喉に負担がかかり過ぎガラガラと痛んだ。

発端は数日前。男の秘密道具使用許可を得て、フリージア王国への潜入と奴隷狩りまでは成功した。下級層の人間を捕らえ、誰にも気付かれることなく国外へと運び出すこともできた。殆どは特殊能力者でもなく不用品になったが、その間は男の機嫌も良かった。

命じられた大男も命の心配などは覚えず生きていられた。更にはその内で一人の少女が、男の興味をそそる情報を提示してきた。特殊能力のない少女は本来であれば処分の予定だったが、彼女の情報は本人一人分以上の価値があった。


フリージア王国の山奥村への抜け道。


それを使えば国外からでも簡単にフリージア王国内の村へと入れると。知っている人間も極わずか、本来であればその村の緊急抜け出し用の隠れ経路であるそこを逆に利用すれば良い。山に囲まれた村だからきっと騎士団にも誰にも気付かれず、上手くやれば一度に大勢のフリージア人を捕まえることができる。

早口で語られたその提案は当然一人でも多くのフリージアの人間を集めたがる男には魅力的だった。秘密道具を使い村へと繋がる抜け道を確認させ、準備も整えた。


提案を飲み、生かし、今回上手く村一つ分の人間を得ることができれば自由にしてやると言えば少女も媚びへつらってきた。しかし実際に裏稼業を雇い村を襲撃させてみれば、騎士団に駆け付けられ一網打尽にされたのは裏稼業の方だった。

いつものように雇い主である国や男の正体も明かしていない為、フリージアとの条約反故はバレずに済んだがしかし無駄に労力と駒を失うだけだった。しかもその抜け道すら騎士団により完璧に塞がれ、もう二度と使えない。

ベッドで横になる男でなくとも怒り狂うのは当然のことだった。


計画を知っているのは自分達とその少女のみ。ならば、その情報を与えた少女が裏切るかドジを踏み騎士団に情報を漏らしたに決まっている。どちらにせよ生かしてはおけない。

手足の一本は捥いでここに連れて来いと、そう唾を飛ばし怒鳴り命じた男は、秘密道具まで使い大男たちに捜索をさせたが、ここひと月近くどう探しても少女は見つからなかった。


もともと、無理もあった。

不特定多数のフリージア人を攫うのと、たった一人の下級層少女を探すのでは難易度が違う。一週間掛け、二週間かけそれでも全く足取りすらつかめない。恐らく城下にはいないと判断するのが妥当だった。

計画の失敗を知り、報復を受ける前に城下から逃げ出して何処かへ行方をくらませたのだろうと。もともと村への抜け道も知っていた少女であれば、他にも金がなくともどこかへの逃げ道を知っていたと考えてもおかしくない。

結果として「少女は見つかりませんでした」「恐らくもう城下から逃げたのかと思われます」と、男にとって最もつまらない結果報告しか持ち帰れなかった。

床に額を擦り付け、何度も何度も謝罪を許されるまで続けるが、繰り返される男はとうに飽きていた。


─ もう塵の顔も思い出せねぇし……


あ゛~あぁ……と、溜息にも聞こえる音を漏らし、怒鳴るのをやめた男に、平伏者も少しだけ震えが収まった。

見つけたら身体の半分は原型がわからなくなるほどにぐちゃぐちゃにするか、目の前で泣いて生まれたことを後悔させるほど嬲り続けてから最後に廃人にしてやりたい気持ちは今も変わらない。しかし、もともと全く興味の欠片もなかった少女の顔をまともに見ていなかった為思い出せない。知って最初の一週間程度はぐちゃぐちゃに殺してやると残骸になった後の姿を想像して怒りを保ち続けたが、流石に二週間以上になると苛立ちはその少女よりも役立たずの部下の方へと移行していた。


せっかく長年かけて集めたフリージア人を公的に手放さないといけなくなった。

その良い憂さ晴らしに秘密裏に直接フリージア王国から奴隷を新しく補給したのに、ここで手も一時的に止まってしまった。

攫う為に雇っていた裏稼業も騎士団に捕まり、次の裏稼業を見つけるまでは人を攫えない。ただ動かす駒としてならば裏稼業など今自分がいる国にも、わざわざ裏稼業にせずとも手足になる兵隊がいるが、黒幕を知られない為にはあくまでラジヤとは関係のない国、フリージア王国もしくは国外を根城にする裏稼業の一団を雇わないといけない。


今すぐまた代わりの裏稼業を見つけて雇え、絶対こちらの情報はバレるな、大金を鼻先に掲げて黙らせろと。そう疲れた声で命じた男に、床と一体化していた平伏者は勢いよく顔を上げた。

「はっ!!!」と、助かったという歓喜に目を輝かせながら再び何度も何度も頭を上下させ感謝した。ただちに用意致します、我が兵団にお任せください、必ずやと繰り返せば今度は「あと」と手招きされる。

低い姿勢位置で立ち上がらず、膝で歩くようにして招かれるまま大男が小さくなった姿勢で歩み寄る。何でしょうか、と疲れた様子の男の声を間違いなく聞き拾うべく耳を近づければ、次の瞬間には頭を掴まれ奇声を上げ転がった。

アアアァァアアアア?!?!と喉を張り上げ、鍛え抜かれた太い腕で頭を抱え転がる大男は、倒れたままのテーブルを背中と肩で潰し壊すがそのことにも気付かない。目を血走らせ、あとは呼吸をするしかできない生き物へと変えられた大男の雄叫びは、男にとってはさっきよりも聞きごたえのある響きになった。少なくとも目覚ましにはなる。


「……ま、また仕入れもあるからいっか」

ふわぁああー、と無駄に大きな欠伸に顎を伸ばし、それから壁際で控え並んでいた衛兵にさっさと命じた通り代わりの裏稼業を用意させろと繰り返した。

最初から、今後の展望は失敗者の仕えない兵団長ではなく、彼らにしか言っていない。

承知致しました!と姿勢を伸ばし逃げるように部屋から出ていく衛兵一人に任せ、他の衛兵達は一人としてその場を動かない。目の前でのた打ち回り藻掻き叫ぶ兵団長の醜態と、テーブルの次には大きな身体に半分潰され始めている奴隷に気付きながら、命じられるまでは動かない。ここで回収でも救助でも男の指示なしに動けば、今度は自分がそうなるのだとこのひと月以上の間に全員が学んでいた。


「ティペット、……プライドはァ?」


気がまぎれ、そこで最重要事項にと意識が回る。

今の今まで一度の発言もせずに壁際に控えていたフードの人物へ声を掛ければ、返事はすぐだった。

現状では継続し城からは殆ど出てこない。最近では隣国の王子との定期訪問で降りたのが最後だと。

その情報を聞きながら、初めて男はニタァと涎の垂れそうな笑みを溢した。

プライド・ロイヤル・アイビー第一王女の生存。

それは、ティペットを使い奴隷狩りへの手引きと並び、フリージア王国の城下へ忍び込ませながら定期的に調べさせていたことだった。

警備の厳重な城には近づけられないが、それでも城下を歩き回れば第一王女の噂は耳にできる。プライド王女が生存し、影武者ではなく実際に何度か民の前にも姿を表していたと。つまり




あのプライドが正気を取り戻し元の生活に戻っているのだと。





最初聞いた時は嘘か偽物か上手く隠しているのではないかと男も思ったが、間違いない。

民の前に出たプライドは間違いなく王族らしい振舞いと笑みを見せ、そこには何の違和感を誰にも覚えられなかった。

ティペットが新たな証拠として持ち帰った紙束を手渡せば、男が見たことのない広報誌だった。〝新聞〟と呼ばれるそれはティペットが潜入した際には全て売れ切れていたが、近隣住民の家へと忍び込めばすぐに手に入った。

プライドへ会うべく定期訪問へと訪れた隣国王子、国際郵便機関の統括役として名高いハナズオの王弟、次期王妹として公表された第二王女、次期摂政として名高い第一王子、そして奪還戦で重態から奇跡の復活と共に救出された第一王女。



「プぅうらぁいどオォ……」



以前よりはまともになった声で、その名を囀る。

新聞には鮮明な挿絵も描かれているが、それ以外は全て文字。その他大勢の王族などどうでも良く、男はひたすらに〝プライド第一王女殿下〟という文字を探せてはその前後を読んだ。独占取材と書かれた一面を舐めるように読めば、どれも間違いなく〝御立派な王族らしい〟言葉ばかりだった。己の狂気に飲まれている状態では決してする筈がない。更に記事には「フリージア王国の安寧の為に今後も全身全霊で身を捧げていきたい」という彼女の言葉が刻まれていた。彼女を発狂させた時通り、フリージアに破滅を望んでいれば決して言う筈のない台詞だ。


〝プライド第一王女殿下は取材中も、花のような笑みを取材陣や妹君であるティアラ第二王女殿下へ向けられた〟

〝レオン王子殿下とは引き続き盟友として大事な存在であると〟

〝聖騎士再誕という功績に続き、今後も近衛騎士には期待が〟


グシャリ、と。

そこで男……アダムは新聞の束を握り潰した。何度読んでも胸糞の悪くなる、吐き気しか覚えないプライドの言動に今日一番不快に顔が歪む。もう自分を裏切った小物のことなど存在も消えどうでもよくなる。

あの自分が魅入られたプライドが、今はまだ元のクソで甘いだけの平凡でつまらない女に戻ったのだと、その証拠を突き付けられる。怪我をしていなければこの場で手足をバタつかせ暴れていた。

自分が生きてしまっていた以上プライドも生きていたことはそれなりに面白いが、元に戻っていれば話にならない。あのプライドでないのならあのまま死んでくれて良かった。寧ろ自分もちゃんとあの時に心中するつもりだった。

しかし自分は生き延び、そしてプライドも生き延び何故かもとに戻った。自分が重体で気を失っている間に、今までかけた内の何人かの特殊能力がうっかり解けてしまったのか、なにか別の方法か、それとも治せるような特殊能力者でも現れたのかそれはわからない。

しかし、どちらにせよ現にプライドが生き、自分も生き、そしてプライドが元のつまらない塵女に戻ったのならば、遺された選択肢はただ一つ。









「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!!」









アダムは嗤う。

現状をまた正しく裏付けされた上で、だからこそ。

プライドが生きていると知った時点で、もう決めていたことを変えるつもりは毛頭なかった。


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