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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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そして願われる。


「昼前に一度声が聞こえたが、あれは大丈夫だったか?」

「?昼……、!あっ。あの、クロイが!」

「ちょっと!!!」


セドリックからの投げかけに最初は思い出せなかったディオスだが、気付けば思わず当時の責任者を口に出す。

セドリックに言われた時点で自分のことだと肩を微弱に揺らしたクロイも、これには僅かに顔が赤くなり目を吊り上げた。ディオスだって先週は失敗ばっかりしたくせにと思いながら、自分の恥ずかしい失敗を槍玉にされた気がして怒鳴る。

クロイの怒った声に、気が付いたディオスもすぐに口を結んだがもう遅かった。いつもの宮殿内には珍しい騒ぎ声に、二人に何かあったかくらいしか考えなかったセドリックも「クロイが?」と疑問のまま言及してしまう。


今日の昼食前、今日使う予定のない靴を磨くように命じられた二人だったが、やり方を教わりながらとはいえ慣れない作業は苦戦した。やっと要領を得て聞かなくても磨く作業が進み始めた際、指導者が少し目を離した間にうっかりクロイが今回はやらかした。

靴の磨き方や薬剤を間違ったわけではない。だが、もともと泥のあるところを歩くことも滅多になければ少しでも傷や使用感がついたら廃棄されるセドリックの靴は、二人の目からみれば磨く前から新品同様だった。……結果、作業に没頭し過ぎたクロイはうっかり傍にあった新品の靴まで最初から磨いてしまった。

戻って来た先輩に指摘され、新品のまだ誰も触れていない高級感のある靴へ無駄に薬剤を付けて一から磨き出してしまったことに流石のクロイも「すみません!」と大声が出た。

汚したわけではなく、ただ磨いただけだったことと外出用ではなく屋敷内用の靴である為そこまで大きな問題にはならなかったが、クロイにとっては未使用と新品の見分けがつかなかったという大恥だった。

しかもその後には、青みがかった黒靴をただの黒色と間違え、磨く靴ブラシを間違えかけ、あと一歩止められなければ本当に靴を駄目にしかけた。


それを、自分の口で正直に告白するクロイはいつもより更に鬱々とした低い声だった。

ディオスにまだ誤解を招く言い方をされるよりはと自分から言い始めたが、正直わざわざ言いたい話じゃない。ディオスもクロイの心情を理解した上で肩幅を狭くする中、セドリックは「あの靴か」と自身の履いたことのある靴から照合する。

ハナズオ連合王国から離れすぐには新品が手に入らない今、持参した靴類も昔よりも大事に使うようにしているが、まぁ一つくらいと王族の思考で結論づける。しかし普通の民は靴一つ駄目にされるのも大ごとである。


「そう気にするな。初めてのことであれば間違うのも仕方がないだろう。気に入った作業や仕事はないか?」

「!僕、手紙の作業が楽しいです!!仕分けとか確認とか、どれも封筒だけでもすごく綺麗で、中身も皆すごい字が上手で何度見ても飽きません!!」

慰めつつ話を変えてくれるセドリックに、ディオスはびしりと肘の伸ばして手を挙げた。

セドリックへ毎日のように届く書状の数々。それを分類ごとに仕分けし、ものによっては中身の安全を確認するべく開いて目を通すのも使用人の仕事である。

何十、日によっては百にもなるような手紙の束を仕分けるのは熟練の使用人や従者にとっても重労働で目が疲れるが、ディオスにとっては楽しい作業の繰り返しだった。パーティーの招待状や、貴族ならではの刻印、さらには時折混ざっていく異国の書状を見つければ宝探しに成功したような気もする。

字もすべてお手本のように綺麗な綴りのペン捌きに、人の手紙の中身を確認なんて普通の生活ではできない。恥ずかしくなるような恋文や、招待状に交流を求める手紙も、差出人一人一人に目に浮かぶようで物語本を読むのと同じくらいディオスには胸が躍った。


目をいっぱいに輝かせて話してくれるディオスに、セドリックも言葉を返しながら更に菓子の皿を彼へと近づけた。

今度はディオスも気付き「失礼します」と言いながら、美味しそうな焼き菓子を摘まみ口へと運んだ。


「クロイはどうだ?何かあるか」

「僕は、……。……お茶を淹れるのが、楽しかったです」

いつもより更に優しい声色で尋ねてくれるセドリックに、クロイも俯きがちの視線のままゆっくり口を動かした。

手紙一つ一つを手にとっては「これすごい綺麗!」「あっ、これすごい恋文だ」「セドリック様に最優先でお渡しするのはハナズオからだよね」とはしゃぎ続けていたディオスと違い、クロイは手紙も靴も大して感想はない。綺麗だな、高価そうだなとは思うが、興味よりも作業の効率の方を優先する為、やはり間違えないようにしなきゃと頭を使ってばかりの印象が強かった。

しかし先週何度も事故を起こしたディオスと違い、紅茶と珈琲淹れ作業を自分は少しだけ得意な気持ちになれたのは覚えている。先輩に、今後あの作業は自分達にはないのかと少し確認したくなる程度には。


「あと、珈琲も。ディオスよりそっちはわりと上手く出来ましたし、初めてにしては器用って先輩にも言われました。給仕の仕事なので、僕らが普段することはないでしょうけれど、……その内……」

ぽつぽつと、落ち込んだ気持ちを浮上させるように呟くクロイは最後に少し唇を結んだ。

その内、とそれ以上をここで言えば調子に乗り過ぎだと思う。実際、給仕は専門職の仕事の一つであり、それなりの技術も年季も必要になる。ただ言われた通りに手を動かして、ポットを少し上手く注げたからってそれだけで得意というのも恥ずかしい。しかし。


「ならば仕事が慣れた頃に、是非俺に淹れてくれ。お前の腕が上達していくのを楽しませて貰いたい」

「!はいっ……」

その内。の、続きをセドリックの口から言われた途端、クロイも曇った顔へ一気に赤みを差した。

目を大きく見開き、落ちていた視線を正面のセドリックへ合わせれば、眩しいほどの金色の微笑で返された。

おもむろにセドリックの右手が動き、てっきりディオスと同じように菓子の皿を寄せてもらうのかと思えばそのまま自分の頭へと伸ばされた。ポン、と大きな手のひらで撫でられればそれだけで両肩が上がり嬉しさに息が詰まった。

「頼むぞ」と任されたのが、失敗を慰められた時の万倍嬉しい。


隣に座るディオスから「クロイずるい!」とあまりにも正直な羨みの声が上げられれば、その大きな手が今度はディオスへも動いた。「お前にも大事な手紙を任せられて嬉しい」と撫でられれば、えへへとディオスからも柔らかな声が漏れる。


今は自分が頭撫でて貰っていた時なのに!と少なからずクロイの胸にむっとした気持ちが灯ったが、ディオスの嬉しそうな顔を見るとそれもすぐ収まった。

自分もこんな風に正直に嬉しい気持ちをセドリックに返せれば良かったなと思いながら、表情で素直に返せない分自分から皿の菓子を摘まみ食べた。「美味しいです」とわざと口に出して感想を言ってみたが、まだ気恥ずかしさも勝って独り言のような呟きになった。

それでもしっかり聞き拾ったセドリックからは「そうか!」と張りのある声で喜ばれる。ハナズオでは一般的な菓子で、城下で子どもにも人気な菓子だと流暢に説明されてもまだ上手く目が合わせられない。代わりにディオスがセドリックへ真っすぐ目を合わせ元気よく相槌を打ってくれた。


「そうだ、今日は勉強の方はどうだ。また俺で良かったら教えるが」

「「!お願いします!!!」

ふと時計が目に入ってから思い出したセドリックからの投げかけに、今度は双子揃っての意気の良い声が被さった。

同じ声の二重音のように重なった二人の返事と、輝く若葉色の視線にセドリックも笑って返す。途端に二人が膝の上に乗せていたバッグを開ければ、取り出したのは使用感のついたノートだった。


お願いします!とどちらか競うようにノートをテーブルに開く二人がセドリックへ見せるのは、それぞれ違った教科だ。

学校で今もアムレットとの勉強会も自主勉強も重ねている二人だが、理解を深めたいと言えばいくらでもある。必須科目は勉強会でお互い理解できても、今は選択科目も勉強中である二人は余計に知りたい内容も多かった。


二人の広げるノートを覗き、今回も綺麗にノートを取っているなと関心するセドリックは学校の必須科目ですらない選択科目のノートにも全く怯まない。

ディオスが広げる〝マナーと礼儀作用〟も、クロイが示す〝統計学〟もセドリックが短期間で習得した勉学のほんの一部だ。

では順番に行こう、とノートを最初に目で撫でるセドリックにディオスもクロイも期待に頬が紅潮する。お互い将来の展望が同じ為、必然的に選択科目も同じ二人はどちらの話を聞いても為になる。

初めてセドリックから教わった時は緊張と畏れ多さが先立った二人だが、一度セドリックから講義を受ければまるで専門書を何冊も提示されたような内容まで教えて貰える。授業で講師にも教えて貰えない、その根源や所以から仕組みや理屈まで細かく教えて貰える。

ちょっとした何気ない疑問すら、まるで専門書でも開いたかのようにすぐにセドリックから答えが返ってくる。


「そういえば一週間後にプライドと打ち合わせがある。午後からだが、時間を合わせればまた会えるぞ」

フ、と二人が喜ぶだろうことを、返事を聞く前に察したセドリックへ、次の瞬間には二人から予想通りの反応が返され来た。

本当ですか⁈宜しくお願いしますと、重ねる彼らとの勉強会は休憩時間終わりまで続いた。


プライドとの再会と、そしてセドリックからの勉強講習とノートへの直筆に、いつの間にかディオスだけでなくクロイまで声を抑えることを忘れ、セドリックへ質問や明るい返事を上げる声は当然ながら分厚い扉の向こうまで届いた。

先週もこれくらいの時間経過で声が聞こえたなと、優秀な王族使用人達は廊下で佇みながら視線を合わせ合う。まだ若い使用人だけでなく、仕える主人の声まで聞こえる中はただただ微笑ましい。そして同時に。


「……こればかりは我々にはできないからな……」

「国では、ランス国王陛下とヨアン国王陛下が担われておられたことだ。今更俺達にできるわけがない」

うんうん、と。潜めた声で会話し合う使用人達はそこでそれぞれ頷いた。

全員、ディオスとクロイが使用人としても仕事を覚えようとしていることも理解していれば、本気で教え込むつもりもある。しかし、彼らが当然のように熟達しできていたそれぞれの使用人業務とは別に、ディオスとクロイにしかできないことも存在する。

それぞれが専門職を持ち得ている中で、ディオスとクロイにもまた専門担当を期待し任せることは当然だった。

故郷であるサーシス王国の城では子どもの頃から常に傍にいた兄と、そして実の兄のように慕われたチャイネンシス王国の国王。その二人が居ないフリージア王国で、セドリックはよくやっている。王族として、ハナズオの王弟として、国際郵便機関統括役としても、過去とは別人と言って過言ではないほど振舞い務めている。しかし



「セドリック様に親しい御友人ができて本当に良かった……」



ハァ……、と息を吐く一人に誰もが肯定の沈黙しか返さなかった。

社交界でも幼い頃から人気が高く、国を開いてからは大勢の王侯貴族と親交をかわし、王族としてすさまじい人気を誇るセドリックだが、言葉を砕くような友人は殆どいない。

あくまで社交相手として親しい相手は大勢いる。しかし、肩の力を抜き他愛のない会話をする相手ではない。パーティーやお茶会、食事会、そして王宮では国際郵便機関の会議でも大勢の人間の親しく関わっているセドリックだが、警戒心の強さはハナズオトップである。


フリージア王国に対しては、過去の大恩のお陰で親しみをもつ相手がいるが、自分を利用しようとする人間だと判断すれば一瞬で見切りをつけて距離を取る。

〝親交が深い〟〝仲良くしている〟といっても〝友人〟と呼べる相手が殆どいない。王侯貴族によりも、フリージアやアネモネの騎士団への方が親しみを抱いている。パーティーに招かれる時よりも、騎士団演習場へ見学に訪れる方が楽しそうにしている。人との距離が極端すぎる。


セドリックの過去を熟知している彼らは、その原因も経過も理解している。当時ランスやヨアン以外、セドリックへ何もできなかった自分達にも責任はある。

使用人である自分達には心を砕いてくれるが、立場上垣根を超えることはできない。同じ城に住んでいるプライド達には「忙しいだろう」と自分から用事がなければたまにしか会いに行こうとせず、意中の第二王女には嫌われているからといつまでたっても距離を守ろうとする。

社交で様々な場所へ足を運ぶことはあれど、自分の宮殿に呼んで親しくしようとする相手を昔から全く作らないセドリックへ兄達の代わりともいえる交流相手の友人の存在は、使用人の彼らも望むところだった。

今後、ファーナム兄弟が仕事を身に着け余裕が生まれれば、セドリックの身の回りの世話を任すこともできるようになる。そうすれば必然的に休憩時間以外にも会話程度はする余裕が生まれる。


「あ!セドリック様、今度綺麗な字を教えて貰うこととかって」

「ディオス、図々し過ぎ。セドリック様みたいな綺麗な字、僕らが書けるわけないでしょ」

「だって選択授業の先生よりセドリック様の字の方が綺麗だから……」

「文字か……練習にぐらいならば付き合おう。自分の名だけでも書ければサインの時に役に立つ」


永く仕える立場として、異国に住むことになった主人にはなるべく幸福で健全に暮らして欲しいと。

そう心から願う使用人達は、今度も新入り使用人への教育に手を抜く気はなかった。


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