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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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890/1000

がんばり、


『しかし意外だなディオス。以前、家では料理や手伝いもしていると言っていたからてっきりこういったのも得意だと思っていたが』

『こういう高そうなものは淹れたことなくて……。あの!お水ならちゃんと淹れられます!!』

『いやそれ当然でしょ』


先週、失敗を繰り返し落ち込んでいたディオスにセドリックが楽しそうに笑っていたことは、使用人内でも話題になっていた。

なに焦ることはない、始めたばかりだ、水をくれと。セドリックの上機嫌な様子を目にしていた給仕長も、目くじらを立てる気にならなかった。最初から彼らには食器さえ割らないでいてくれればそれ以上は求めない。


不器用というわけでもなく、むしろ他全般は器用な方であるディオスは給仕以外であれば問題ない。使用人の仕事をままごと程度できれば良いというわけではないが、あくまで給仕だけは彼らにとって重要な技術ではなかった。

セドリックが給仕係にではなく彼らに給仕を望む時は、あくまで〝友人〟の淹れたものを飲みたいという欲求が主要なのだから。


寧ろ、少し不出来で初心者染みた味の方がセドリック様も「らしい」と喜ばれるだろうと彼らは思う。

初心者の淹れた物など、それこそディオスとクロイにしか淹れられない。ここから成長するのも下手なのも、どちらにせよセドリックは喜ぶのだからどちらでも良い。……と、それを先輩であるアドルフは心に仕舞った。

まさか気合充分である新入り二人に「君達に給仕は期待していない」「むしろ失敗しても喜ぶ」と言えば、向上心を折るだけだ。場合によっては、やはりセドリックの情けだけで雇われると考える。

あくまで他の業務ではしっかり役立ち仕事に慣れ、役立っててくれることを使用人側もセドリックも望んでいる。寧ろ、彼らの場合は使用人であると同時に〝友人〟としての期待もある分、実は単純な使用人よりも難しい。

本来の距離感でセドリックと友人であり従者だった経験と、使用人としての研修中で在る彼らにはそれを説明する方が混乱されるのは目に見えていた。

長年セドリックの傍で、気難しく心を開かなった時期もある彼から一度の恨みも記憶されていない使用人達だからこそ、そういった気遣いの機微には長けていた。


「他に質問なければ次に行くぞ。セドリック様が起床される時間よりも前に済ませなければならないことは多い」

空気を入れ替え終えたところで次の窓へとまた向かう。

はい!と声を揃えた双子に「セドリック様を起こさないように」と口元に指を立てて注意する従者は速足で次へと向かった。

初心者としては覚えも早く気も回り、先週教えた内容はしっかり頭に入れている彼らは使用人達にとっても好感は強い。月に数回しか来れない彼らだが、仕事さえ覚えれば可愛い後輩だ。


それに何より、彼らに最も求められる業務は研修期間中の今も、休息時間にこなしてくれていた。




……




「ディオス、クロイ。休憩ならば俺の部屋に来ないか?話を聞かせて欲しい」


行きます‼︎と勢いよく手を挙げたのはディオスだ。

セドリックが朝食から昼食も追え、やっと休息時間を得たファーナム兄弟への誘いは毎回のことだった。

兄に引っ張られるようにクロイからも控えめな言葉で返事を受ければ、使用人服を身に着けた彼らは先輩達に挨拶後一度使用人達用の部屋へと急いだ。本来であれば荷物も置いているその部屋で休息も取るが、彼らの場合は必要な物を取りに来ただけだ。

早く!ちょっと押さないでと言い合いながら持参したバッグごと抱えた二人は音を立てないように速足でセドリックの自室へと向かった。


ノックを鳴らし、失礼しますと入室を許された彼らが部屋に入った時には既に給仕係の先輩達によって淹れられた三人分のカップがテーブルに置かれていた。

二人が寛げるようにと、従者や侍女も廊下に控えている中二人も扉を閉じられれば一番肩の力が抜けた。本来であれば一番緊張する相手である筈のセドリックが、彼らにとっては尤も心安らぐ相手なのは変わらない。

待っていたぞと嬉しそうに笑いかけるセドリックは、いつものように向かいのソファー席へと二人を促した。

失礼します、と何度座っても慣れないふかふかのソファーへ腰を下ろした二人は荷物を膝に乗せたままセドリックへ向き直る。


「今日はどうだった?まだ二度目だが早朝の仕事は初めてだっただろう」

「今朝は。……問題なくできたと思います。掃除や花瓶の水の入れ替えは家でも慣れている方だったので」

いつもディオスに第一声を負けてしまうクロイが、今回は最初に口火を切った。

セドリックの自室として扉も壁も分厚いとはわかっていながら、声を潜めてしまう。呼びつけるべく声を張れば間違いなく扉の向こうに聞こえることは確かである以上、軽はずみに先輩達が聞いている上で「できた」と断言するのは躊躇った。まだ教えてもらって見様見真似で時間を掛けて言われた通りにやっているだけなのに、セドリックの前で見栄を張ったと思われるのは嫌だった。

しかしクロイの発言に、ディオスは元気の良い声で躊躇いなく「楽しかったです!」と響かせた。


「セドリック様のお召し物もすっごく格好良くて‼︎あんなたくさん色んな服持っていて!僕もいつかセドリック様に服を選ばせて頂きたいです‼︎」

「ちょっとディオス図々し過ぎ。ていうか選ぶのはあくまでセドリック様でしょ。ちゃんと見てた??」

大雑把な感想を繋げるディオスに、クロイも眉を寄せて指摘する。

早朝の準備後、起床時間を迎えたセドリックの部屋へ入ることを許された。だが、事前に説明を受けるだけで初めの一回は窓とカーテンを開ける以外は壁際に控えて仕事を見ているくらいだ。


起床したセドリックの身支度用の品々を用意し水を張り、着替えは装飾はと一斉に大勢の使用人達が動く姿はクロイの目にも壮観だった。

そしてディオスにとって最も目を引いたのが、従者達がそれぞれ手に掲げたセドリックの衣服である。

今日はどのお召し物に致しましょうかと。複数人が一斉に見せる衣服からセドリックが「今日はこれにしよう」と指差し即決する光景は、それだけでまるで社交界のパーティー準備のように映った。

あくまでパーティー用の礼服ではなく、セドリックにとっては普段着だが王族の衣服はどれをとっても煌びやかで上等なものであることに変わりない。


「けど、装飾もたくさんあって驚きました。王族の方ってあんなに毎朝選ばないといけないの大変ですね」

なんだよ!と唇を尖らせるディオスを無視し、クロイも感想を放つ。

身支度も追え、服に袖も通した後に従者達がそれぞれ用意する装飾の数も高級感も、遠目ですら目が眩んだ。セドリック本人はパンの種類を選ぶような気軽さに数個選ぶだけだったが、自分だったらどれも高級そう過ぎて付けられない。もし選ぶとしてもどれが良いかなど決断するのに時間がかかるとクロイは思う。

それを平然と選び身に着けるセドリックはそれだけで「王族なんだ」と二人に改めて思わせた。

クロイの言葉に「そうか」と笑うセドリックだが、続けて片腕を軽く上げて見せながら懐かしんだ。


「昔はもっと身に着けていたものだ」

今は腕を軽く動かしたところで、ジャラリとも音は鳴らない。

もっと??二人も言われたところであまり想像がつかなかった。宮殿の中にはセドリックの過去の兄弟での肖像画がいくつか飾られていたが、ああいうのは大事な記念だからいくらジャラ付けされていたところで変には思わない。……まさか、その恰好ですら当時兄達に「付け過ぎだ」と怒られ複数外させられた後である格好だとは思わない。


「フリージアの民になったとはいえ、ハナズオの人間でもあるからな。身に着ける品は変わらず故郷の装飾にしている」

「!だからお屋敷も全部ハナズオの物ばっかりなんですね!」

ハナズオ連合王国王弟。その肩書は変わらない以上、常にハナズオの王族としての身嗜みも職務の一つである。

故郷を愛するセドリックとしても、今まで通りの装飾や衣装を身に着けることには全く不満もない。自分にとってはその恰好が一番身に馴染んでいる。


しかしわかったと言わんばかりのディオスの言葉には「いや」とカップを片手に否定した。

客を招く際にハナズオの文化や流儀で歓迎することも一つの手法だが、フリージア王国の城内に住んでいる以上そこはフリージアらしい住まいにすることも選択肢の一つだった。実際、セドリックが最初にこの宮殿を提供された時には、フリージア王国の文化に沿った装飾だったのだから。

その後、ハナズオらしい装飾に模様替えしたのはセドリックの意思である。


「やはり故郷のものが落ち着くというのもある。お前達には物珍しいものが多いだろうが、俺にはこれが普通だからな」

苦労もかけるがと、付け加えながら笑う。既にハナズオの食器や花瓶、絨毯などに二人が何度も口を開け目を白黒させたのは知っている。

故郷を離れたセドリックにとって、ここは尤もフリージア王国で自分が落ち着ける我が家である。持参したサーシスの装飾品で飾り付ければあっという間に宮殿内はハナズオ一色だった。


あ、そっか……と少しだけディオスの声色が小さくなった。こうして城の中で煌びやかな生活をしているセドリックだが、やはり王族でも故郷を離れるのは寂しいのかなと思う。自分達自身、かけがえのない家があるからこそその気持ちは理解できた。

思わず首を萎めて視線を落としてしまうディオスに、クロイは分かりやすすぎると溜息と共に肘で突いた。

「僕はハナズオの装飾も好きです」と言えば、ディオスもすぐにハッとなり「僕も!」と声を上げた。お世辞ではなく、二人にとってもセドリックの宮殿の装飾や雰囲気は異国だからこそも魅力があった。何度見ても飽きず目が奪われる内装は、むしろ掃除ですら楽しくなる。

二人の言葉に笑みを返すセドリックは、一口飲んだカップを置く。テーブル中央に置かれた菓子の皿を何気なく二人の方へと数センチ寄せた。サーシス王国の料理人が作った菓子だ。


「そういえば昼前に一度声が聞こえたが、あれは大丈夫だったか?」

「?昼……、!あっ。あの、クロイが!」

「ちょっと!!!」


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