Ⅱ71.支配少女は進めていく。
「……つまり、さっきの子が僕らの勉強を見に来るってこと?」
「騎士だけでなくどうしてあんな子どもまで巻き込むんだよ……」
三限終わりの休み時間。
クロイ、そしてディオスに私は苦笑いを禁じ得なかった。
ジルベール宰相が文字通り顔見せの為だけに来てくれた後、講師が選択授業を始める前に急いで教室に飛び戻った。そのまますぐに授業が始まってしまった私とアーサーは、にっこりと黒い笑みで機嫌良さそうにするステイルから事情を聞けなかった。
ただ、そのしてやったり顔とジルベール宰相の登場に一人平然としていた彼は確実に関係しているということだけはわかった。
さっきの授業で注意されたこともあり、今度は授業中に私語は厳禁だから訴えるように私もアーサーも無言でちらちらとステイルに視線を送ったけれど、敢えてかのように笑顔以外なにも返してくれなかった。
「ねぇさっきのはっ……?」
無事に三限の選択授業が終わった後、ファーナム兄弟の元へ行くより前に事情を尋ねた。
私が声を漏らすのとアーサーが「おいフィリップ!ジル、っ……を巻き込ンだのテメェだろ‼︎」は綺麗に重なった。更にステイルが返すより先にアーサーから「言えよ‼︎」の二撃目が先だった。あまりの大きさに周囲の生徒も皆振り向いていた。
「すみません」と悪びれない声で私に向けて言葉を返してくれたステイルは、昨日ジルベール宰相へファーナム姉弟の家庭教師依頼をしてくれていたことを話してくれた。その為にタイミングを見計らってジルベール宰相が今日私達を仲介して二人に学校へ会いに来るのも知っていたらしい。確かにジルベール宰相なら難なく守衛の目も躱して学校に紛れ込めるだろうけれども‼︎
「ジャンヌは、確実に遠慮してしまうと思ったので」
……どうして先に教えてくれなかったのかと尋ねればあまりにもシンプルな答えだった。
そりゃあ遠慮するに決まっている!ジルベール宰相の貴重な休日!更にはマリアだってまだ妊娠中だ!
ぱくぱくぱく、とまたパペット人形みたいになってしまった私にステイルは少し楽しそうに笑った。悪戯を成功させたような笑みの後、更には口をあんぐり開けたままのアーサーに笑いながら「良い反応だった」と肩を叩くのをみると、まさかそれも込みで黙っていたのでは無いかと思ってしまう。
その後も詳しくどんな話をと聞こうとした私だけれども、その前に「ちょっと」と別方向から声を掛けられたことで中断してしまった。
「!ディオス、クロイ」
まさかの今度はファーナム兄弟の方から私達のところに会いに来てくれた。
こっちが教室で悠長としている中で、二人はすぐに私達の教室に向かってくれたらしい。今朝は乗り気ではないようにも見えたけれど、自分からということは少しはやる気になってくれたのかなと思うと嬉しい。……ただし、眉間に揃いの皺を寄せて次に言ったのは「さっきの子は何」だったけれども。
突然の双子登場に、まだ彼らを見慣れない私のクラスの子全員から注目を浴びる。あまりの注目と騒めきに二人がたじろかないか心配だったけれど、むしろ本人達は全員野菜に見えるレベルで平然としていた。……セドリックと一緒に行動するようになって、注目にもいくらかは慣れちゃったのかなぁと思う。よく考えればただの双子ではなく、食堂で王弟と食事をしていた少年だから余計に注目を浴びたのかもしれない。
結果として私達も巻き込み事故でもう何度目かの注目を浴びながら、彼らに順を追って事情を説明することになった。正直、私もステイルから聞いたばかりで掴み切れてないところもあるけれど、元はと言えば私が彼らの勉強の面倒を見ると言ったのが発端だ。
時々ステイルが上手く補足をしてくれながら、ジルベール宰相のことを説明した。
今のはジルという少年で、学校には通っていないけれど顔見せの為にわざわざ会いにここに来てくれたこと。私達の遠縁で、いずれお世話になる予定の城下に住んでいる親戚の子であること。ステイルが彼に頼んで、今日明日だけ三人の勉強を見てくれるようになったこと。腕の覚えもそれなりにあるから心配もご無用ということ。……と、説明し終われば今度は彼らから大きな溜息が同時に漏らされた。
「びっくりしたぁ……。教えてくれるの、ジャンヌ達だけじゃないんだ……」
「突然ごめんなさい。だけど、ジルはすごく頭が良いからきっと頼りになるわ。教えるのも私よりも絶対上手いもの」
脱力するディオスに苦笑いしたまま必死に謝罪と弁明をしながら、私も頭の中を整理する。
そうだ、ジルベール宰相ならきっと完璧に彼らの勉強を見てくれる。人を〝説得〟することにも長けた天才謀略家の彼なら、誰よりも効率的に勉強を理解させてくれると思う。
実際にジルベール宰相が人に教えるのを見たことがある訳じゃないけれど、ステイルだってきっとそう思って協力を仰いでくれたのだろう。
「でも学校には通ってないんだよね?どうしてそんな頭良いの」
なんともクロイ!鋭い指摘をしてくる‼︎
なんだか昨日より、二人とも性格の温度差がはっきりしている気がする。一日同調をしていないお陰だろうか、人格が完全固定する前に間に合ったみたいだと今更ながらほっとする。……さっきパウエルへの塩対応は揃っていたけれど。
とはいってもお姉様も二人の発言が揃ったことに関しては何も驚いていなかったし、もしかしたらそれ自体は今までもあったのかもしれない。
「ジルは頭が良すぎるので。彼が入学したら即日で高等部三年に飛び級でも足りません。……僕やジャンヌよりも頭が良い、と言えば納得できますか?」
今の生活については本人の口から聞いて下さい、と続けるステイルは途中から少しだけ機嫌悪そうに声を低めた。
説得の為とはいえ、自分よりジルベール宰相の方がと言うのが悔しいのだろうなぁと思う。実際は多分、頭脳単品で言えば天才ステイルを超える人なんてなかなかいないと思うけれど。
ステイルの言葉にディオスとクロイは揃って目を丸くする。「ジャンヌよりも……⁈」と波打った声で若葉色の眼差しを私に向けた。まぁ実力試験で満点取った私よりも、と言ったら驚くのも当然だろう。
「化け物一族だっ……」
ざくっ。
ディオスからの苦そうな辛口が意外と胸に刺さった。まさか学校でもバケモノ扱いされることになるとは思わなかった。
確かに、確かに気持ちはわかるけども‼︎‼︎そうやって若干青ざめてドン引かれると落ち込む‼︎
苦笑いがもう笑顔にならないくらい強張ってしまうと、今度はクロイが「まともなのはフィリップくらい?」と呟いた。いや彼も彼で本当は私達の中で一番頭良い頭脳明晰次期摂政ですから‼︎‼︎
もう、心の中だけで何度も絶叫し過ぎて疲れてしまう。とにかく!と私は注目を浴びる中、更に目立つことも構わず声を上げる。釣り上がった目つきの悪い顔で彼らを真っ直ぐ睨み上げた。
「今日の放課後と明日はちゃんと彼に従って!明後日は私達も何とか都合付けて会いに行くわ‼︎三人で絶対に特待生を取りに行くんだから‼︎‼︎」
二人の肩をそれぞれ掴み、「良いわね⁈」と鋭く言い聞かす。
その途端、ビリッと電気が走ったように二人が肩を上下した。直後にはこくんっ!と思い切り髪が跳ねるほどに強く頷いてくれる。
彼らにジルベール宰相からの指導を素直に受けてもらうことが特待生になる為の最善策だ。
本当は明日も明後日も両日二人に会いに行こうと思ったけれど、護衛になるアーサー以外の近衛騎士とジルベール宰相が鉢合わせてしまうのは避けないと。明日はジルベール宰相に任せ、明後日は私達がと日を分けた方が良さそうだ。私の発言にステイルも同意を示すように頷いてくれたし、きっと昨日からそのつもりだったのだろう。
顔を引き締めた二人を私達の机へと促す。まだ休み時間は少しあるし、今のうちに少しでも勉強をすすませないといけない。
授業の合間だし、昼休みみたいに生徒の席は空いていないからディオスに私の席を勧める。するとステイルとアーサーが同時に立って、私と双子に座るように譲ってくれた。
二人の前に紙を敷き、ペンを持たせて私が言った文章をそのまま記述してみるようにと伝える。ステイルの話だとケアレスミスはあるけれど、文字や文法自体は大分頭に入っているらしいし纏めて確認するのにも丁度良い。
今日の彼らとの勉強はここまでだ。
次に彼らの進捗と本腰入れた勉強会も私達が見るのは二日後。……特待生試験の前日。その時には、もう仕上げだ。
ちゃんとコンディションばっちりにする為にも一夜漬けなんてさせられない。彼らが後悔しないように、もし万が一駄目でも〝次がある〟と思えるように、彼らの貴重な時間は絶対に無駄にしたくない。
「貴方達は必ずできます。私が責任持ちます。今は失敗よりも成功した時の未来を考えて努めなさい」
私の言葉を、彼らはそのまま筆記する。
カリカリとなれないペンを使いながら、必死に文字を綴っていく。彼らへ向けた言葉でもあるそれに二人は唇を固く結んだまま頷いた。四つの若葉色の瞳が光り、肩が力が入ったように強張る。
二人の書いていく文章を無言のまま目で添削すれば、ディオスが一度だけ手の甲で目を擦った。直後に鼻を啜る音まで続いたから、まさかもう勉強が辛くなったのかと心配になったけれど赤みを帯びた目で紙面を睨むその顔は、……〝生きて〟いた。
『…………ごめん……クロイ、……ごめん…………ディオス……』
あの時の褪せた白が、嘘のように。
Ⅱ56




