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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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Ⅱ545.双子は心構え、


「先ず第一にセドリック様の元でお仕えする上で最重要注意事項は?」


そう堂々とした年季の入った声で問われた二人は、びしりと同時に背筋を伸ばす。

意図せず綺麗に揃った姿勢の角度に、彼らを見定める男性も頷きとともに見定める。

フリージア王国城の王居、その一角にいる宮殿で身支度を整えた青年二人は朝日が昇るより前に到着していた。

予定よりは遥かに早い時間だったが、宮殿の使用人用の入り口をノックすればすぐに通された。早朝からの仕事を一通り覚えなければならない二人により、宮殿内の使用人達は全体的に忙しない。

セドリックにより雇われた、月に数回のみ訪れる使用人未来の青年達に。


ディオス・ファーナム、クロイ・ファーナム。双子であり、学校プラデストにて体験入学した際セドリックが誘い招いた生徒。学校で主席と次席の優秀な特待生でもある彼らは、今は生徒としてではなく専用の従者服に身を包んでそこに立っている。

以前の顔合わせでは歓迎会がメインだった為、挨拶のみで済んだ双子使用人だがこの先もそうとはいかない。本来従者とは持て成される側ではなく持て成す側の人間だ。

先週は午後から就寝時間まで使用人見習いで時間を過ごした二人だが、今週はセドリックの用事も重なり早朝からの出勤になった。使用人の仕事は時間帯によってその仕事内容も大きく変わる。


「「言動に注意し、決してセドリック様の前で失言や誤魔化しなど騙そうとしないこと」」


使用人を纏める執事へと一字一句綺麗に答えた双子の返答は、一つの声のように揃っていた。

よろしい。と、整列する双子に先ずは第一優先事項を忘れていないことを確かめた執事は一息分の空白を空ける。セドリックという人間の元へ仕える際、最も留意すべきことである。

単純に雇い主に対しての心構えにも聞こえるが、それ以上にセドリック相手には決して犯してはならない。彼は、一度の失言もそしていくらとぼけ誤魔化そうとしても相手の発言全てを一生覚えている。


過去にも、新入りの使用人の従者や侍女が第二王子への緊張のあまり嘘や「いえ私は言っておりません」と自分の間違いを誤魔化そうとした結果、セドリックの信頼を大きく損ねたことがある。

国王ランスを含む他の人間であれば「そうだったか?」と受け流されることも、セドリックには嘘をつかれたという事実にしかならない。

もし間違った報告へ発言をしてしまった場合は、たとえどんな小さいことであろうとも素直に認め謝罪すること。特にセドリック殿下から「こう言っていただろう」と言われたことは間違いなく正しいのだと。当時そう説明された時は、双子も単純に主人が第一正義として振舞うこととしか思わなかった。そして実際、セドリックのそういった指摘は決して間違いがない。


失言においても同じである。セドリックはたとえどんな軽口であろうとも、一度の失言を誰がいつどんな話の脈絡で言ったのか一字一句違えず覚えている。

一度の失言を、セドリックの個人的執念関係なく一生忘れてもらえない。事実、今セドリックの宮殿に仕えるサーシス王国から連れてきた使用人達は全員一度もそういった失言も誤魔化しも犯さずに仕えてこれた猛者達だ。


「よろしい。それでは第二をディオス、第三をクロイ暗唱」

「ここで知った情報を決して他言しないこと。来賓にも不用意に口にしてはならない。尋ねられても〝口外は許されていないので〟と答えること」

「ハナズオ連合王国であるサーシス王国並びにチャイネンシス王国、そしてセドリック様について知りたいことはセドリック様に直接ではなく執事や先輩方へ先に尋ねること」

第四は?第五は?と、そのまま朝の朝礼と共に宮殿で働く上での注意事項をしっかり暗記していることを確認する。


先週教えた項目全てを二人とも把握していることに、満足げに頷いた執事はそこで初めて「よろしい」と早朝からの仕事について説明と指示を始めた。

セドリックが起床する前にカーテンを開き空気を入れかえ、掃除と朝食の準備をと。仕事を教育してくれる担当者を紹介し、そこで執事による第一チェックは終了した。


まずはこっちの窓からだ、と。従者の先輩に先導されるまま広く長い廊下を歩きながら、ディオスは「アドルフさん」と潜めた声で先輩の背中へと投げかける。

執事の前では緊張で張り詰めてい糸が今はやや緩み、早朝の眠さに目を擦れば隣を並ぶクロイに無言のまま肩でこずかれた。

緊張感持って、と。そう言葉にせずとも動作と冷ややかな眼差しで弟の言いたいことを理解したディオスは、むっと唇を結んでから先輩の「なんだ?」に口を開いた。


「セドリック様は、その……ぷ、プライド様とはどれくらいの頻度で会いますか?」

「その時々にもよる。王宮へは国際郵便機関についての打ち合わせで週に数度赴かれることもあるが、プライド第一王女殿下個人に会うのは月に一、二度程度だろう」

学校潜入期間中はむしろディオスやクロイのことで頻繁に会っていたが、基本的に同じ王居でも会うことは少ない。

セドリック様もプライド様もお忙しいと締めくくる先輩に、ディオスは「そうですか」と静かに肩を落とした。先週も、そして今日も会えるわけではないのだと落ち込むディオスにクロイは冷ややかな目をまた向ける。

仕事中の為、発言をなるべく控えるクロイが本音を言えば「王女様相手にそんな気軽に会えるわけないでしょ」だ。むしろこれから時々会えるというだけで充分、一般の民の人生としては多すぎる回数だ。


しゅんと萎んだディオスの声に、振り返らずとも彼がプライドに会いたがっているのだろうと察した先輩は正面も向いたまま口だけが笑った。そういう落ち込み方が、自分達の主人に少し似ているんだよなぁと思いながらも敢えて発言は控える。

最初の窓へと辿り着き、開閉方法と時間を説明へと移行した。


「あと、そういえば早朝って朝食の準備とかは……?僕ら!皮むきとかくらいなら手伝えます!!」

「テーブルや装飾は手伝うこともあるが、料理や下拵えは料理人達が行う」

「……あの、先週僕ら給仕について給仕長から教えて頂いたのですが……紅茶と珈琲の淹れ方を。あれも、従者ではなく給仕係の仕事ですよね」

「給仕程度は状況によって俺達も行う。あと、……お前達の場合はセドリック様の為にだな」

はは、とそこで振り返った先輩は双子と順々に目を合わせながら笑った。

一口に使用人といっても、屋敷の財産によって使用人の仕事は幅広く変わる。

少数しか雇えない使用人に料理の下拵えから庭掃除まで全て任せる場合もあれば、侍女が従者のような力仕事も職務内に含まれることも、逆に従者が侍女のような洗濯や着替えの手伝いをさせられることもある。


しかし、ここは王族の宮殿だ。セドリックが故郷から連れて来た使用人達はあくまでセドリック一人分の為の小人数だが、それでも各種の専門職達が勢ぞろいしている。上流貴族の屋敷一つは賄える使用人数だ。そんな中で、使用人自体が未経験であるディオスとクロイがわざわざその専門職達の仕事まで手伝う必要はない。


しかし、つい先週使用人として訪れた際、ディオスとクロイは執事の指導により給仕役から紅茶や珈琲、水差しなどの給仕方法も教わっていた。

これだけの使用人がいるのならば、そういった仕事も自分達ではなく専門職の出番じゃないのかとクロイに疑問が浮かぶのは当然だった。てっきり先週は、仕事を全くやったことがない自分達の為にできそうな雑用を一通り教えて貰っているのかと考えたが、今の説明ではそれも違うらしいと気付く。

セドリック様の⁇と先輩の言葉に揃って同じ小さく角度で首を傾げてしまう二人に、先輩は少しだけ言葉を選ぶ。


「勿論、基本的にセドリック様への給仕は専門の給仕係が行う。セドリック様や客にお淹れすることが許されるのは給仕でも一部の人間だけだ」

お前達ももし何かあって給仕役が見つからなくても勝手に自己判断で客に飲み物は淹れないように。そう念を押せば、二人は慌ててメモを取り出した。

ペンを握り、それぞれ「絶対客に自分で給仕はしない!」と記載する。その様子を少し微笑ましく見届けてから先輩は「セドリック様の威厳にも関わるからな」と言葉を続けた。


「ただ、お前達はセドリック様の御友人でもある。使用人としてでなく友人としてこの屋敷でもそういったことをセドリック様に望まれることもあるだろう」

その為に先週は教わったんだろうと、恐らく間違いない推測を語る先輩に双子も納得の一色を若葉色の瞳に写した。

ディオスに至っては、思わずほっとわかりやすく安堵を息で表した。前回給仕を習った際、緊張のあまり湯を溢れさせ茶葉の種類を間違え、せっかく淹れたカップを運ぶ途中で溢してしまうという失敗の連続をしてしまったディオスには、今後も客に出すことはないのだという情報だけでも安心できた。

その思考を読み取ったクロイから「聞いてた?セドリック様にはお出しするかもしれないんだからね」と釘を刺されたが、優しいセドリック相手にはまだマシだと思う。それよりもセドリックの大事な客にうっかり粗相や自分の所為で失敗をしてしまった時がディオスには怖い。


そして執事を含む他の使用人達もまた、ディオスとクロイがセドリックへ個人的に頼まれて出す分はあまり給仕についても心配はしていなかった。

当然、最低限飲める程度の給仕能力は身につけさせたいが、セドリックが彼らにそこまでの能力を求めるとは考えていない。あくまで「できれば良い」程度である。


味が薄くて湯であろうと逆に濃かろうと出涸らしが残っていようとも、セドリックが彼ら二人に給仕を望む場合、それは味ではなくその気持ちの方なのだから。


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