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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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受注し、


「本っっ当に素敵!どれも綺麗。これなんて凄く可愛くて。この前見せて貰えたのとも違うデザインよね?」

「わ、私っ!こちらの刺繍デザインがすごく好きで、是非本物も拝見したいですっ……!」


きらきらと星を繋ぎ合わせたような美しい刺繍を前に、王女二人の目が同調し輝く。

アーサーの人形事件から本題へと落ち着き、テーブルに広げられた刺繍を一枚一枚確認する作業はそれだけで胸が跳ねた。あれも欲しいこれも欲しいああこれもと、ネルが用意したデザイン画や実際に縫われた刺繍を手に取りながらいつまでも目が飽きない。

王族二人が少女のように盛り上がる姿に、ネルも肩の幅を狭めながら口が緩んでしまう。恐縮です、と顰めたような微かな声で返しながら、視線の先ではまだ褒め足りないと言わんばかりの王女二人がまた一枚デザインを手に取った。


「ステイル、この刺繍とかどうかしら?貴方にも似合うと思うのだけれど……!」

「‼︎素敵ですお姉様っ!これなら男女どちらにも似合いますし、私とお姉様にもお揃いを作って頂きましょう!!」

ぴらりと、デザインが描かれた紙を一枚ステイルへと見やすいように差し出すプライドにティアラも目の奥が一層輝いた。

ネルのデザインは女性向きのデザインから、繊細な細やかさを売りにするデザインまで幅白い。プライドがステイルへ提案したのは後者だった。

ネルでも流石に片手間の期間では完成できるようなものではなかったが、同時に時間と労力をかける代償を保証された状態ならば是非実際に縫いたい作品の一つでもある。


熱量がいつもの三倍以上は燃え上がっているだろう女性陣に、ステイルも未だに圧されたままだった。

差し出されたデザイン画を受け取りながら、確認する前に「そ、そうですね……」とつい肯定を返してしまう。プライド達とお揃いというのはまんざらでもないステイルだが、今はそれよりもプライドとティアラの威力が強すぎる。アネモネ王国の特別な服屋にも未だ同行したことがないステイルには、姉妹の買い物の熱量としても今回は別格だった。


更にはその傍に立つことを許された専属侍女のマリーとロッテまで、主人達の両脇から覗き込んでは目がきらめいている。

いつも愛想が良いロッテはまだしも、いつもは落ち着き払っている時が多いマリーまでまさかの眼光が鋭く光って見えたのにはステイルも思わず怯む。口角が不安定に上がってしまうまま、無表情もできず自分がどういう表情をすれば良いかも惑ってしまう。

少なくともその背後に立つ近衛騎士のアーサーとエリックの表情を見るからに、この圧倒的温度差を感じるのは自分だけではないのだとそれだけが安心材料だった。


腰を僅かに浮かせ、片手を伸ばし受け取ったデザイン画をステイルは改めて座り直してから両手で持ち直す。

先ほどまで女性陣が目を輝かせていた刺繍よりも飾り気は少ない刺繍だ。中央は植物のモチーフを象りシンプルだが、その周囲に夥しいと言っても良いほど細かかな刺繍により鮮やかさを演出されている。

男性のステイルからすれば、あまりの細やかさにこれを発注されるのは苦ではないかと思ったが視線を向けた先のネルは相変わらず穏やかな照れ笑いだ。ここで自分が頷いても彼女は確実に喜んで受注してくれるのだろうと思えば、目の前にいる女性が現騎士団副団長の妹なのだということを静かに思い知らされた。

取り敢えず今は素直に感想を……と、ステイルは一度無意識に口の中を飲み込んでから改めてデザイン画を見つめ直す。


「確かに、とても良いと思います。是非お願いしましょう。恐ろしく繊細な刺繍ですし短くても一年以上は期間を設けましょう。服飾職人の所在もお伝えしますので、職人同士で調整を頂ければと。分業とはいえ三着であればもちろん三年、それ以上はかかりますよね?」

「!あの、……因みに早く仕上がった分は問題ありませんでしょうか……?」

「…………」

エエモチロン。数秒の沈黙後、そうステイルはとうとう社交的な作られた笑みでネルに返してしまう。

控えめに手を肩の位置で上げて柔らかく尋ねてくるネルにこっそり「怪物がいる」と思ってしまったことを胸の内だけで謝罪する。

刺繍は今まで携わったことはないステイルだが、無数の衣装を発注する王族の立場としてどれほどそれが時間が掛かるものかは知っている。本音を言えば完成までに五年は覚悟すべきだと思っていた。

戦闘や頭脳であれば身近に化物染みた存在に慣れ切ってしまっているステイルだが、こういう気の遠くなる針と糸の作業を仕上げてしまうネルはまた別枠で畏敬の存在だった。


ステイルから社交的な笑みを返され、ほっと胸を撫でおろすネルは早速三つも刺繍の注文を得たことにこっそり拳を握る。今まではデザインだけで満足して時間をいくらかけてもその分売れる見込みがないからと控えていたが、発注されればこちらのものだ。

ステイルの同意とネルの心強い息込みに目を輝かせるプライド達は、ではこちらを‼︎と先ずその三つを最初に決めた。

三人でモチーフの植物もお揃いでと姉妹二人が提案すれば、ネルも目が輝いた。素敵ですね、と。完全に女性だけの独壇場にステイルは覚悟していた以上に冷たい汗が静かに頬まで伝った。

てっきり今まで城に呼んでいたドレス職人の時のように、姉妹両方とも落ち着いて「じゃあこれにしようかしら」と二十分程度で落ち着くと思ったのに全く熱が収まらない。それどころか一枚一枚見るごとに高熱化している。


ネルが早速人形のメモを書いたものと同じ手帳に刺繍三つの発注を書き記す中、その間も姉妹や時にはマリーとロッテまで「確かにこれならティアラに絶対似合うわ」「とても愛らしいデザインですね」「ロッテにまで言って貰えると嬉しいですっ」「プライド様、ドレスにはこちらを起用されるのはいかがでしょうか」と先ほどよりも前のめりに会話に混ざっている。

自分もデザイン画を見ればそれぞれプライドやティアラに似合うとも、そしてきっと絵になるとも思うが、今ここで自分が中途半端な意見を言うことは酷く躊躇われた。

せめてきちんとした意見や発言をと、いつもの雑談の倍は思考を巡らせる。姉妹弟お揃いの刺繍が決まった今、いっそ残りは全て姉妹に任せて自分は退室することも視野にいれた時、そこで一つ話題を思い出す。


「……ところでネルさん。先ほどはアーサーのことで言い損ねてしまったのですが、実は貴方に依頼したいといくらか希望を頂いています」

兄君から伺っているかもしれませんが、と。

盛り上がるのは女性陣に全て任せ、ステイルは落ち着いた声でネルへと投げかける。突然の第一王子からの言葉にネルは思わず落ち着きかけていた肩が上下した。

はい、となんとか跳ねずに返せたが若干喉が裏返った。先ほどプライド達からの意見には肯定してくれたステイルだが、男性である彼からネルは特にこれといった反応は得ていない。


しかも依頼、と言われれば以前に兄であるクラークから聞いたセドリックの誕生パーティーの一件が当然のように頭に過った。

依頼でしょうか、と一音一音確認しながら聞き返せばステイルはやっと調子を取り戻した笑みでそれに返した。ネルの方向へと座り直し、膝の上で指を組む。

ステイルの言葉に、あの件かとプライドとティアラは揃って視線を上げたが、お任せくださいと手の動きだけで断られた。

むしろプライド達の興奮についていけない以上、その間はこちらの方を全て任せて貰える方がステイルとしても気が楽だった。


「先日、実はセドリック王弟の誕生パーティーで姉君とティアラが貴方から頂いた小物をいくつか身につけさせて頂きまして。それが、社交界でとても好評で是非作った職人を紹介して欲しいという話をいくつか受けました」

ビククッ!!と正直にネルの肩が両方上がってまま固まってしまう。

まだある程度知っていた話題の筈なのに、王子の口から言われてしまうと心臓が正直にバクついてしまう。兄のことだから気休めや方便で言ったとは思わなかったが、それでも本当にそんなことがあったのかと心の中で叫んでしまう。

うっかり見苦しくならないようにきゅっと下唇を噛みながらステイルの言葉を続きを神妙な面持ちで待った。


フリージア王国の貴族が大勢、当然パーティーに呼ばれたのは一部の上級貴族だけ。肩掛けも、手袋もそして髪飾りもそれはもうと。次第にぽっぽと顔色が紅潮していくネルを可愛らしいと少し余裕を取り戻した頭で思いながら、ステイルは言葉を続ける。

横ではすっかりステイルに全て安心して任せきったプライド達がネルの顔色にも気付かず刺繍やデザイン画を手に花を咲かせ続けていた。


「僕の方で一応希望者の名は控えさせて頂きました。依頼人の中には上層部も居り、貴方があくまで姉君の〝専属〟ではない以上こちらとしても依頼を無碍にはできませんから。将来的に店を望んでおられることも聞いていますし、僕ら以外にも出資者にも成り得る方々です」

勿論断っても我々が守ります。僕らの名前を断る為に使ってくれて構いませんと、ステイルはネルへ安心できるように言葉を置きながら段取りを置いて彼女の状況を説明していく。既に彼女は路傍の服飾職人ではない。誰もが喉から手が出るほどその作品を欲する刺繍職人だ。


王族専属であれば、ネルを抱えられるのはあくまでプライドだけになるが直属であれば他に客を取ることも問題ない。そして、直属の刺繍職人が名を上げることは雇い主としても喜ばしいことだ。

雇い主の交友関係経由で仕事を得ることは業界では珍しくもない。しかし、だからといって自分への依頼書をまさかの第一王子から渡されることになるなどと、ネルはまた細い喉を鳴らした。差し出された依頼書を遠目でもわかるほどぶるぶる震える両手の指で受け取る。

ネルのあまりの緊張ぷりに、エリックとアーサーも今だけはプライドよりもネルの方へ注視した。緊張が伝染してしまったかのようにごくりと太い音を鳴らす。


二人は、その依頼書に書き込まれている人間が誰かをいくらかは知っている。


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