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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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そしてやり直す。


……大丈夫、今日必要なのはデザイン画だけの筈。


ゴロゴロと転がすトランクの持ち手を握り直し、忘れ物はないかまた頭の中で洗い直す。

口の中を飲み込み、大きく深呼吸をする。今日、私はとうとうこの日を迎えてしまった。フリージア王国の第一王女、プライド・ロイヤル・アイビー様との約束の日だ。


『それでは……また、三週間後改めて刺繍デザインの提案と詳しいお話に伺わせて頂きます』


デザイン画。あれから毎日デザイン画を描き続けて、実際に見本となる刺繍もできる限り用意した。デザイン画だけじゃなく、やっぱり実際に見て選んで欲しい。……選んでくれるのならば。

振り返りながら、やっぱりあれは私の妄想じゃないわよね?と自問自答する。正直、ここ三週間が目まぐるし過ぎて、約束の日付けが合っているか間違っているか以前の心配がある。ここにマリーさんが居てくれたらちょっとは安心できるのだけれど。


城門前の衛兵に名前を告げ、用件を伝えればすぐに通された。

プライド様への直接の用事だからか、荷物を持つか送ろうかと提案してくれたけれど断った。道はこの前教えて貰ったし、トランクを引くだけなら今更重くもない。いっそこの先に待ち構えている運命の時に怖気る足の方がずっと重い。


兄さんから、セドリック王弟の誕生祭で夢のような話も聞いたけれど未だにここまで来ると疑いたくなる。

だって王族が自分用に仕立てられたわけもない、無名の品を身に着けるなんてどう考えてもおかしいもの。国中の服飾職人が城へ卸したくて着て欲しくて百以上の服を献上している筈なのに、どうしてわざわざと思った数は今日まで数えきれない。

ゴロゴロとトランクを転がし、馬車に引かれないように大きく広がった道の端を歩きながら私は一直線にひと際豪勢な建物を眺める。王居と呼ばれる最も誉れ高い地が、私の目的地だ。

歩いていくうちに上級貴族の居住地まで左右に見えるのに、そこを素通りして向かうのが自分でも変な感じがしてしょうがない。少し前まではあんな貴族の屋敷にいつか刺繍を買い付けて貰えるようになりたいと思ったくらいなのに。今は貴族どころか王族へと向けて私は歩いているのだから。

騎士になれたアーサーはともかく、私までこんな立派な城に出入りすることになるなんて想像もしなかった。


『自分、……息子のアーサーです。…………ご無沙汰、しています……』


「…………本当、立派になったなぁ」

ふと、この前会えたばかりのアーサーを思い出せば今度は丸い息が出た。ずっと続いた激しい動機が少し鎮まったのを感じて、歩きながらこのままアーサーのことで気を紛わそうと決める。これからプライド様にお会いすることを考えれば、昔馴染みと言えなくもないアーサーを思い出す方が落ち着く。どちらにせよ城で今日会いたい人の一人だ。

プライド様の近衛騎士ということだったし、また都合よくプライド様と一緒に会えるかしら。もし会えなかったらその時は騎士団演習場に寄って、兄伝てで渡して貰うかいっそそのままアーサーを呼び出して貰うか。少なくとも兄さんの妹と説明すればまた中にも通して貰えるだろうし、直接渡しにいけるかもしれないけれど、……あのハリソン副隊長さんに誤解されるのも嫌だし。アーサーのことは好きだけどそういう風に見たことは一度もない。


そんなことを考えたらまた心臓が煩くなってきた。駄目、今は落ち着ける為に考えているんだから。

スー、はーと息を深く繰り返しながら少し足を緩める。服の中から時計を取り出し時間を確かめたけれど、充分時間に余裕はある。

そういえばアーサーは何番隊だっただろう。昔兄さんが所属隊も手紙で教えてくれたけれど、もともとどの隊がどういう特色で分けられているかもわからないから覚えていない。すごい立派に活躍する騎士になったとか、史上最年少で入団だったか入隊だったかしたとか……あれ、それとも隊長か副隊長にだったかしら。兄さんの経歴も混ざって余計わからなくなる。


「!ネルさん。あの、ネルさんですよね?!」


頭を片手で押さえた直後、背後から声を掛けられる。

聞き覚えのある男性の声に振り返れば、まさかのアーサーだった。てっきり宮殿で会えると思ったのに、王居に辿り着く前に会えるなんて思わなかった。


アーサーの隣にはもう一人この前のカラム隊長とは違う栗色の髪の騎士が並んでいた。どこかで見たこともある気がする。

ぺこりと頭を下げて礼をしてくれる騎士に、私も同じ動作で返す。アーサーと同じ団服だし騎士なのは間違いない。……よく見るとアーサーの団服と微妙にデザインが違う。副団長である兄さんの服とも違うし、騎士団のこういう微妙な団服の差とかも一度目につくとつい気になってしまう。

うっかりアーサーの目を丸くした顔よりも二人の団服を交互に見比べてしまう私に、アーサーが「これからですか?!」と呼びかけてくれる。

当時プライド様とのお約束にアーサーも同席していたから、今日私が来ること自体は覚えていたのだろう。いや、プライド様の近衛なんだから第一王女の予定くらい全部把握しているのかもしれない。


「あの、クッキーありがとうございました!プライド様にデザイン見せる予定ですよね。ッあ、すみません。こちらエリック副隊長で、自分と同じプライド様の近衛騎士です」

こちらはネルさんで……!と、アーサーが続けて今度は私のことをエリック副隊長さんに説明し始める。

既に兄のことはアーサーから聞いていたのか、副団長の妹と言われても納得したような眼差しになるだけの副隊長さんは改めて私に挨拶をしてくれた。副隊長……となると、アーサーの隊長とデザインが違うのも納得する。

エリック・ギルクリストさんと。その名前を聞きながら、丸い印象の騎士さんにプライド様の近衛らしいなと思う。アーサーやカラム隊長もそうだけれど、やっぱりあんなお優しい王女様の近衛だからか人選も間違いないのだろう。

「副団長には常にお世話になっております」と続けてくれるエリック副隊長さんは握手の後にはトランクを持ちますと手を貸してくれた。一度断ったけれど、道も方向も一緒ですからと柔らかい笑みで言われてお言葉に甘えさせてもらうことになる。

本当に、アーサーといいカラム隊長といいアラン隊長といいハリソン副隊長さんといいエリック副隊長さんといい、兄さんは良い部下に恵まれている。学校の守衛に派遣されてきた騎士も皆感じの良い人ばかりだった。


ゴロゴロとエリック副隊長さんの手で丁寧にトランクが転がされながら、私達は歩いて三人一緒にプライド様の元へ向かうことになった。話を聞くとアーサーとエリック副隊長さんもこれからちょうど近衛騎士交代の時間だったらしい。ならどちらにせよこのままプライド様とご一緒に会えた。

もう引っ越しは済ませたのか、新しい家はどうか、デザイン画の出来栄えはどうかと。私のことを色々尋ねるアーサーは相変わらず人の話を聞いてくれる。そういう性格だったから、友達にも恵まれ続けたのだろう。


「それにしても兄さんから聞いた時は驚いたわ本当。アーサーがまた騎士を目指すなんて」

「あの、昔は本当に色々ご心配をおかけしました……。騎士目指したのも色々あって、…………ちょっと、説明しにくいンすけど」

「ネルさんはアーサーが子どもの頃からお知り合いなんですか」

途中で頭を掻くアーサーに代わって、エリック副隊長さんが首を傾げて私と目を合わせた。

ええ、まぁと言葉を返しながら本当に〝知り合い〟止まりだったなとしみじみ思う。エリック副隊長さんにそういう意図はないのだろうけれど、結局アーサーとはそこまで親しくはならないままお別れしてしまった。

私も国を出てからずっと帰ってなかったので、と説明すればすかさず「すごいですね」と明るい笑みでエリック副隊長さんに褒められた。


「刺繍の勉強で国を出るなんて誰にも真似できることではないと思います。どちらの国に?」

「ロウバイ王国です。小さな国で、フリージアからは離れた地ですけれど刺繍や縫物が盛んな国です。本当に良い経験になりました」

フリージア王国と比べれば本当に小さな小国。隣国でもあるアネモネ王国よりも小さな国だ。

きっと知らないだろうと思ったけれど、意外なことにエリック副隊長さんは御存じだった。以前本で読みましたと、続けながら刺繍のことも興味深そうに言ってくれる。これからプライド様の近衛として一緒に拝見させて頂くと思いますと続けれられれば、そういえばこれからプライド様だけでなくこの人やアーサーにも見せるのだと忘れかけていた緊張が全身に張り巡らされていった。

乾いた喉を感じながら、なるべく考えないようにと必死に気を取り直す。まだ王居にも入っていないのに、ここで緊張していたら身体が持たないと自分でもわかっている。

頬に滴り出す汗を慌てて拭おうと服の中を探りながら、エリック副隊長さんにこちらこそと頭を下げる。すると、そこで手がポケットのハンカチに触れると同時に別の物に触れた。お蔭でアーサーに今日会いたかった理由を思い出した私は一度両足を揃えて止まる。

アーサー、と身体ごときっかり彼へと向けて姿勢を伸ばす。突然私が改まったからか肩を大きく揺らすアーサーは、私よりもずっと高い視線で更に顎を反らした。さっきの私よりも緊張を露わに背筋までピンと伸ばし出す彼へ向き直ったまま、私は上着のポケットへと手を伸ばした。



「昨日、お誕生日だったでしょ?これ、……本当にただの気持ちなんだけど」



クッキーもらったのにいいんすか?!と、ポケットから取り出す前にアーサーの声が大きく飛び上がった。

ありがとうございます!と渡す前に勢いよく頭を下げられて思わず困り笑いを浮かべてしまう。私が覚えていること自体、きっおアーサーには昨日の時点でびっくりだっただろう。

実際つい最近まで忘れちゃっていたからこんなものしか用意できなかった。……でも、時間があってもきっと私はこれを渡したかっただろう。

片手で一度取り出したそれを両手に持ち直し、差し出す。本当に一瞬でも期待させたら悪いなと思いながら両手のひらに乗せたそれをアーサーは水晶のような目で映した。……覚えていても、忘れていてもこれはきっとびっくりだろう。



あの頃よりずっと似せられた、騎士の人形なんて。



「懐かしいなと思って作ってみたの。アーサーももう立派な騎士になったんだなと思ったら、作りたくなっちゃって。こっちは直接渡したかったから」

「ありがとうございます……。…………すげぇ、懐かしいっすね……」

ああ覚えてた。

ちょっと苦いような、ばつがわるい気持ちに口が勝手に閉じる。アーサーの言い方は全く嫌味もなくて本当に懐かしそうな声だったけれど、それでも私には苦い記憶だ。

でもここで今更みたいに謝るのは卑怯な気がして、肩を竦めるだけで返す。たぶん笑った顔は少し苦さが隠せないままだろうけれど、アーサーは私よりも人形を凝視しているから多分気付かれていない。

そっとあの時と同じように丁寧に両手で受け取ってくれたアーサーは、……あの時と全く違う顔で微笑んでいた。

懐かしいです、と。また同じ言葉を温かみのある声で紡いで、顔を上げたと思えば少し恥ずかしそうに唇を私へ結んでもまだ笑んだままだ。


「昔、作ってくれましたよね。あの時よりやっぱ腕上げてるっつーか、いやそりゃあ当然なんすけど!…………ガキの頃作ってくれたの、今も実家にあります」

「え…………」

途中まで苦笑交じりで返せたのが、途中で思わず声が漏れた。

あるの?まだ。…………あの時は、絶対見たくもなかった筈の人形に違いないのに。

自分でも目が丸くなるのがわかりながらどういう顔をすれば良いかもわからなくなる。エリック副隊長さんが少し驚いたように両眉を上げていたからきっと少し呆けた顔になっている。

アーサーも小首を傾げながら「覚えてませんか?」と不思議そうに言うから、慌ててちゃんと覚えていることは首を横に振って返す。「覚えてるわ」と少し聞き取りづらい早口になってしまった。私が忘れて良い訳もない。

茫然としてしまう間も、アーサーは嬉しそうに顔を綻ばせながら「団服のところもすげぇ細かい」「しかもちゃんと隊長服なんすね?!」「街で売ってるのより絶対上手いですよ」「あの人形と一緒に並べますね」と褒めてくれるから少し目の奥が熱くなった。…………本当に、この子はあの頃とは変わって、……そしてずっと変わらないんだなと思う。


「大事にさせて貰います。ちゃんとあの時期待してくれた通り騎士になれて、本当に良かったと思います」

「カラム隊長の格好を見本にしたの。兄さんの格好は明らかにアーサーと違ったし、カラム隊長の格好は学校で何度も見ててアーサーにも近かったなと思ったから」

流石です、と。直後に深々頭を下げられた。

手のひら大の小さな布人形を指差しながら説明してちょっと得意な気分になった私も、気付けば口元が緩んでた。自分より背の高い、立派になったアーサーに昔みたいなお姉さん気分に笑い返す。

この年の女性から自分に似せた人形なんて気持ち悪がっても良いのにと、贈った本人である自分で思ってしまえばフフッと笑い声が漏れた。そういう純粋なところも変わっていない。

やっぱり、贈ってみて良かった。別れを告げた時は、ただただ時間を持て余していた彼はきっとあれから私と同じくらいかそれ以上にがんばったのだろう。


「改めてお誕生日おめでとう、アーサー。これからも頑張ってね」

「ありがとうございます。すげぇ頑張ります」


あの時は苦しそうに笑った彼はあの時と同じくらい大事に両手に持って、別人みたいにはにかんでいる。

昔はただ思い描いただけだった騎士の団服は、人形以上によく似合ってた。


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