命令し、
「~~~っっや、やりてぇことあります!!!!」
おおおおおおおぉぉぉ、とアーサーからの初めての提案に騎士達も楽し気に歓声を合わせる。
まだ酒は序盤にも入っていないにも関わらず目の焦点が合っていないアーサーが何を言うのかと胸を膨らませて言葉を待つ。
自分達に対しても隊長になった今も変わらず腰も低いアーサーがどんな我儘を言うかと目を輝かせる騎士達は一度酒の手も止め待った。なんだなんだ、言ってみろと、一度言い切ったところで唇を絞ったアーサーを後押しする。
騎士達からの熱のこもった視線の声を一身に浴びながら、アーサーは一度大きく息を吸い上げる。
目の前にいる尊敬する騎士達相手に言えるような隊長らしい言葉が思いつかなかったアーサーには、名言よりも我儘の方が思いつきやすかった。口にするぞと思った寸前、こんなくだらないことを目の前の騎士達に願っていいのだろうかと過ったがもう遅い。一度覚悟を決めてしまったままに身体が先に動く。
手に持っていたジョッキをもう一度一気に仰ぎ空にすると、くるりとそこで騎士達に背中を向ける。ふらふらと落ち着かない足取りでさっきまでアランが上がっていたテーブルまで戻るとそこでジョッキを置いた。
ガン、と少し乱暴にジョッキ底が音を立てた後、アーサーはテーブル越しに騎士達を見据えられる位置へと回り込んだ。肘を置き、また勢い余ってガッとテーブルが音が鳴る。構わず緊張でぎこちなくに笑うアーサーは、そこで再び声を張る。
「騎士だけの腕比べ!!全員でやってみてぇですッ!!」
ぶはっ、と直後にアランが最初に笑った。
力強く響かせたアーサーの大宣言と、腕相撲の形で構える腕に騎士達も目を見張った。ぎこちなくだがそれでも子どものように目をぎらぎら光らせながら自分達を見るアーサーが何を言いたいか、一秒の間を以てから理解する。
おおおおおおおおおおっっ!!!!と血気盛んな騎士達が声を賛同も声を上げれば緊張の糸を張り詰めていたアーサーも今度は震えない声を張る。「特殊能力抜きで!!!!!!」と完全実力勝負での力比べを望めば、騎士全員がジョッキを掲げた。
最初の一番は俺だと言わんばかりに腕を構えるアーサーに準じ、他の騎士達もテーブルに近い者から同じように腕を構えてジョッキを置いた。トーナメント表も不要の正々堂々の勝ち抜き戦が号令もなく始まる。
学校の潜入視察で一度生徒相手に腕試し勝負を行ってから、騎士団でやったらどうなっただろうと密かに思っていたアーサーにとって今一番やってみたい勝負ごとだった。
生徒相手では余裕の勝利だったが、鍛え抜かれた本隊騎士とそして実年齢の身体の自分での本気勝負は夢の勝負でもある。
今日の主役の命令は絶対と言わんばかりと騎士達も次々と腕を組み合い、次の瞬間には一方へ叩きつけるか鬩ぎ合う。
手近なテーブルをアーサーと他の騎士の対戦に奪われたアランも急ぎ、空きやすいテーブルはないかとその場を駈け出した。主役であるアーサーの前には既に騎士が列を作り並び始めている。アーサーが速攻で一人目の挑戦者騎士を叩き伏したところでアランは俺も俺も!と声を上げ、敢えて決勝戦で挑めるように別のテーブルの勝ち残りを測る。
優勝候補でもある一番隊騎士隊長の飛び入りに、どのテーブルも挑戦心と同時に「来るな!」と思いながら身構える。アランの腕節の強さは騎士団でも周知の事実の為、テーブルに着いた瞬間主導権を奪われるのは目に見えていた。
「カラム!お前こっちかかってこい!!特殊能力抜きだからな!」
どのテーブルへ行くかと見渡していたカラムも早々に一角から呼びつけられる。振り返れば二番隊所属の同期騎士の一人が手招きをしていた。
怪力の特殊能力を持つカラムだが、それを使用禁止された以上同条件。しかも相手は、一番隊に次ぐ切り込み部隊の騎士。手合わせであれば今までも何度も勝ったことがあるカラムだが、単純な腕試しでは結果はわからない。
しかし、挑まれた以上受けないわけにもいかない。三番隊隊長として恥ずかしくない勝負をと、カラムはテーブルに着く前に腕を捲った。後衛の三番隊だからといって非力なわけでは決してない。
「よーしエディ、カラムに勝てたら今度高い酒奢ってやる」
ダン!!とテーブルへ相手の腕を叩きつけた二番隊隊長のブライスは、その直後に眼光を鋭くさせる。
若者同士の勝負であれば絶対負けるんじゃねぇと、テーブルを一番隊騎士から奪い取った手で拳を握る。隊長からの驕り宣言に気合を入れ直した二番隊騎士もまたその言葉に目の奥を燃やしカラムに倣い、腕を捲った。隊長から驕られる酒は破格の高さだということをよく知っている二番隊には、あまりに高額な商品だった。
カラムと腕を組み合う部下の勝敗を見届けた後、再びブライスは挑戦者へ腕を構える。二番隊騎士隊長として簡単には負けてやるかと闘志を波立たせた。
「っ……。エリック副隊長、やはり一番隊ですね……。…………申し訳ありません少しだけ自信ありました……」
「いや、俺もかなり本気だった。でも十番隊腕比べで簡単に負けたらアラン隊長に申し訳立たないから……」
悪いな、とエリックは苦笑を浮かべながら一応は倒せたローランド相手に軽く手を振る。
総合ではそれなりに平均以上は取れていても、突出した能力に自信がないエリック自身この腕比べで上位は難しいだろうと思う。しかし、仮にも切り込み隊である一番隊の副隊長として後輩且つ十番隊の騎士に腕で負けるわけにもいかなかった。
本来ならば他の一番隊騎士やアランのように即殺で勝ちたいところだったが少し鬩ぎ合ってしまった時間があったことに心の中で自分を叱咤する。年も下で騎士歴も後の後輩相手に負けては格好がつかない。
アランのように跳びぬけた身体能力よりも銃撃を含む総合力で実力を認められたエリック相手ならばもしかしてと、こっそり思ってしまったローランドは深々と頭を下げてからその場を引いた。てっきり自分と同じで筋力よりも技術方面で優秀な騎士だと思っていたが、やはり基礎身体能力も一番隊だと、自身の甘すぎた認識を静かに改まる。
今後女王付き近衛騎士になるのなら、自分もエリックを見習わなければと省みた。……同時に、一番隊騎士の模範の一人である副隊長が何故エリックなのかも理解する。
「ッハリソン。……お前もやるのか……」
ぎぎっ……と、今の今まで次々挑んでくる騎士を叩き伏していた九番隊隊長ケネスは反射的に出していた腕を思わず引っ込みかけた。
目の前ではいつもはこういうイベントどころか、飲み会にも滅諦に参加しないハリソンが列通りに並んだままそこにいた。さっきまで目の前の挑戦者ばかりを相手にしていた為気付かなかったケネスだが、ハリソンを前に一瞬〝棄権〟の言葉が頭に浮かぶ。
勝てる勝てないは読めないが、それよりもハリソン相手に腕を組むこと自体が恐すぎる。年齢も入隊もハリソンより先のケネスだったが、初めての入団試験で腕を折られたことは今だに記憶に沁みついている。
プライドの近衛騎士になりたいと思ったことは何度もあるが、同時にハリソンと一緒に任務はなるべくしたくないと思ったことも数知れない。
引き攣った顔で喉を鳴らすケネスを相手に、ハリソンは一言で返した。
ケネスのことなど名前と自分が入隊した後に知った実力しか覚えていないハリソンだが、取り合えずはわかりやすい勝負対象だと判断した。アーサー自ら「全員で」と命じたのだから、参列した自分がやらないわけにはいかない。そして、隊長の命令を受けた以上手加減無しの本気で挑むということも。
腕の単純な太さで言えばケネスの圧勝にも関わらず、その周囲だけは異様な空気で九番隊も手に汗握り緊張感のあまり気配を消した。
外に持ち出されたテーブルの数だけ正々堂々の腕相撲が行われる中、あまりある騎士の数も次第に減っていく。
一番隊、二番隊の騎士が特に後半まで残る比率も高かった。特殊能力を抜けば、所属の隊によって求められる能力は変わっていく。十番隊が騎馬での実力を最も重視されるように、三番隊四番隊が作戦指揮や後衛の実力を求められるように、当然戦闘でも前衛を受け持つ一番隊と二番隊の実力は圧倒的だった。
三番隊を始めとする騎士の中には敢えて勝負を後回すことで、テーブルを守る連続勝利者の疲労を狙おうと策謀する騎士もいるが、それも腕力一つで叩き伏せられるのが彼らだ。
テーブルごとに勝ち残り勝者が決まったところで、とうとう騎士達が観戦する中でテーブルごとの勝者により本格的なトーナメントが始まる。
テーブルが近い同士で腕を組み、順々にひとテーブルごとに勝者を決めて勝ち抜き者を決めていく。他の勝者もテーブルで腕を休めて観戦する中で、一番隊副隊長のエリックが五番隊の騎士隊長に敗れ、カラムに勝利した一番隊騎士をブライスが下し、ハリソンが二番隊副隊長を下し、アーサーが十番隊隊長を下し、そして
最後の最後にアランが叩き伏した。
「ッっしゃあああああ!!!見たか一番隊ッ!!!」
ハハッ!と笑い声を漏らしながら最終挑戦者であり今日の主役でもある筈のアーサーを下したアランは、腕をぐるりと回しながら喉を張る。
おおおおおおおおおおおおおおぉおぉおおお!!流石アラン隊長!!!!流石です!!と渦巻く歓声の中で、アランは高々とテーブルに足を置き知らしめる。
目の前ではつい今さっき苦戦の結果アランに推し負けたアーサーが息を切らせ、潰れていた。




