Ⅱ541.騎士は狼狽え、
「よーし!んじゃあ改めてアーサーに〜乾杯っ!!」
乾杯‼︎と。ジョッキの中身を溢しながら掲げる騎士達の一声に、アーサーは一人肩の幅を狭めた。
ありがとうございます……と畏れ多さに飲む前から血色が良くなりながら、祝ってくれる騎士達と同じようにジョッキを掲げる。目だけでぐるりと周囲を見回せば、会場となった周囲に騎士達が恐ろしく敷き詰まっていることを確認する。
今まで自分が主役として味わったことのない飲み会の規模に嬉しさと戸惑いが均等になり目が泳ぐ。
エリックが外に今日は他に飲み会の予定もないとアーサー達へ声を掛けてから、会場が整えられるのはあっという間だった。
もともと騎士団全体の飲み会であれば演習場内で騒ぐことも珍しくない騎士達は、それぞれがテーブルや机を運び出し酒やツマミを次々と並べ出した。騎士団長、副団長でなくてもこれだけの規模の誕生日祝いの席をすることはある。特に隊長、副隊長の隊長格であれば当然の数だった。その隊全員が自身の隊長の誕生日を祝い集うのだから。……唯一、八番隊を除いて。
アーサーが所属する八番隊だけは騎士隊長であろうと副隊長であろうとわざわざ祝おうなどしない。そして隊長格自身も隊員に祝われようとなど考えもしない。
そういう騎士ばかりだった為、アーサーもまた例に漏れず隊長格に上がった後も誕生日に他の隊長格と同規模で祝われたことなどなかった。
その為、隊長格でありながらアーサーにとっては初めての大規模な誕生日祝いだ。八番隊騎士が祝わずとも、隊員数以上の人数の騎士が祝うべく集まっているのだから。
いやー集まったなー!と声を張りながらテーブルから一度降りるアランは、着地点にいたアーサーの背中をバンバン叩く。
最初はアーサーにテーブルへ上れと勧めたが、既に大勢の騎士が集まっていること自体にいっぱいいっぱいだったアーサーにお立ち台はまだハードルが高かった。
なんとか二番目に目立つ位置であるアランの横に佇むアーサーだが、未だにその位置も慣れない。隊長格の誕生日祝いに参加したことは何度もあるアーサーだが、自分がその規模に祝われるなど思ってもみなかった。今も「ありがとうございます」「エリック副隊長が場所取って下さって」「カラム隊長が提案してくださって」「アラン隊長が呼びかけて下さったお陰です」と周囲への感謝の言葉しか出てこない。
お前が主役なんだからもっとふんぞり返っても良いんだぞと揶揄い混じりにアランが笑いかけるが、そこで調子に乗れるアーサーでもなかった。
むしろ結局騎士達への歓迎も盛り上げも支度も持て成しも全て先輩達に主導して貰ってしまったという申し訳なさまで滲んでくる。大慌てで片付けた自室も会場になったのはほんの三十分でのことだった。
「すみません本当色々……まさかこんな数になるとは思わなくて」
「いやいやお前の部屋って最初に言い出したの俺だし。八番隊いなくてもそりゃあ入りきらねぇよなー」
悪い悪い!と軽く謝り飛ばしながら、アランはじゃばじゃばとアーサーのジョッキへ零れるまで酒を注ぐ。
今年のアーサーへの誕生日祝いの人数が増えるだろうことは予想できていたアランだったが、それを遥かに凌ぐ数が集まっていた。アーサー個人の誕生日祝いということばかりで、聖騎士の誕生日祝いということがすっかり抜け落ちていた。
アーサーの肩に腕を回し、「いやーでっかくなったなぁ」と今朝と同じ話題を投げかける。初めて目にした時は自分よりも遥かに下回った背の少年が、今では殆ど同等近くまで成長しているのが素直に嬉しいと思う。
しかも、隊長格になってやっとアーサーも隊長らしい規模での誕生日祝いを叶えられた。八番隊騎士にしては大人数に誕生日を毎年祝われているアーサーだが、今まで一度もこの規模の主役になったことはない。
ある意味奪還戦後の騎士団祝会がそれに最も近かったが、あれはアーサーの祝いにしてはあまりに湿り気が強すぎた。自分のように大笑いして喜べただけの騎士が少なかったことはアランもよく知っている。大半以上はアーサーに泣かされるばかりだったのだから。
そう考えれば今のようにカラッとした笑いの祝会はアーサーにも貴重な日だなと、そこまで考えたアランは一人大きく頷いてからアーサーの背中を手のひら全体で強く押した。
「ほら今日は正真正銘お前だけが主役なんだからもっと祝われて来いって!なんか言いたいことかやりたいこととかあったら今が機会だぞ!」
主役だからこその特権をよく知るアランの言葉に、周囲の騎士達も耳にしては声を張って同調した。
そうだそうだ来い来い!言ってやれ!!と笑いながらアーサーを手で招き腕を引く。
今までは参加者として〝主役〟の騎士隊長の姿はよく見ていたアーサーだが、今そこに自分が立っているのだとやっと自覚する。ぱちりぱちりと繰り返し大きく瞬きを繰り返しながら、先ずは大勢の騎士達に背中や肩を叩かれる。
一瞬だけ、以前の祝会を思い出したがあの時とは違うカラッとした空気感が今は言いようもなく胸が熱くなり体温が上がった。
とにかく自分からも隊長らしくと、握っていたジョッキを手へ酒を零しながら高く掲げ、そして一気に仰ぎ喉を鳴らし飲み干した。その瞬間、騎士達全員から「おおおおおぉおおお!!」という歓声と笑い声や拍手まで鳴らされる。
騎士に囲まれての囃し立てに、アーサーもいつも以上に酒が飲み干した後も美味く感じられる。ぷはぁ!!と大きく息を吸い上げれば、四方からまた酒が溢れんばかりに注がれた。中には自分よりも先輩騎士からの酒もあり、慌てて「ありがとうございます」と頭を低くすれば当然のように「主役だろ」と笑い飛ばされた。
今だけは大勢からの注目も緊張はしても居心地の悪さは感じない。羽先で擽られるような感覚はまだ残るが、それ以上に高揚感に口の中を甘く噛んだ。閉じたままの唇が緩み上がってしまうのが、鏡を見なくてもわかる。
黙ってしまう間も「何か言えよ!」「ひとこと一言!」「乾杯もアラン隊長が言ってたろ!」と言葉で突かれる。
まだ飲み会の主役らしいことは大してできていないと、アーサーも言葉を探すがすぐには出てこない。今まで隊長らしいことなど自分に覚えもないアーサーには、こういう時どういえば良いかわからない。アランやカラム、エリック達の今までの飲み会を思い浮かべるが自分が真似しようと思えば一気に羞恥が上塗った。
その間も押し寄せる騎士達からの歓声と期待に、目が回りそうになる。言いたいこともなにも「今日はありがとうございます」と月並みの言葉しか出てこない。
また酒に逃げてしまいたくなったところで、また背中や肩をバンバン叩かれジョッキの水面が零れた。
「ええと、今年はすげぇ数の人が来てくれて本当に今日は……」
「主役の言うことなら聞くぞー!!」
「バカ!ちゃんと話聞いてやれ!!アーサーが折角がんばってんだぞ!」
「今日ぐらいもっと偉そうで良いぞ!!胸張れ胸!!」
「声張れ聖騎士!」
「俺達に命令ぐらい言ってみろ聖騎士ー!!」
聖騎士、聖騎士、とその二つ名である異名が繰り返し重ねられれば、次第にその名がだけが一斉に繰り返される。
聖騎士、自分意味する異名を何度も騎士達が声を合わせ呼びかければ、酒が関係なくアーサーの目も頭も本格的に回り出した。ぐるんぐるんと焦点も合わず、顔だけが赤くなる。
未だにその名で揶揄ってくる騎士はいるが、ここまで大勢にその名で呼ばれれば呼吸の仕方もわからなくなる。「う」「ああ」と譫言のような声しか小さく漏れなくなるアーサーは完全に混乱しきった。
なにか言わねぇと、何かすりゃァ良いのか、先輩達みてぇに格好良いことを、飲めば良いのかと、自分がどうすれば騎士達からの歓声に正しく答えられるのか自分の中だけで迷走していく。
騎士達の渦に沈みそうになるアーサーを遠目に、カラムも悪乗りにならない内に一言止めるかと見計らい始めたその瞬間。
「~~~っっや、やりてぇことあります!!!!」
上擦り、若干ひっくり返ったアーサーの声は安定しないままに声量だけは全員に行き渡るほどに響いた。




