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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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そして満足する。


銀色に光る小ぶりのナイフが、一本。


ハリソンさんや八番隊の人らが投げるナイフとは違う。

ひと目見ただけでも、手持ちに花の彫刻まで施されたそれは使い捨て用でもなければ、安物でもない。ンで、戦闘用でもない。っつーか、使い捨てって言われても絶対使い捨てられねぇ。

持ち手の彫刻が毎年プライド様にステイルとティアラが贈ってる花と同じのだとか、最初に言われた時は心臓がひっくり返るかと思った。今回もやっぱりプライド様が今年受け取った花のと同じだって確認すれば、触れるだけで指の腹から熱が灯るようだった。王族姉弟妹同士ならまだしもなんでそこに俺も入れンだよ死ぬほど嬉しいけどふざけんな。


「またすげぇ高そうなのにしたな……絶対去年よりまた高ぇだろ」

「気にするな、代金は貰ってるんだ。堂々と使え」

銀貨一枚は代金になんねぇだろと思うけど、もう何度も言ってることだし無視する。

こういう屁理屈まで掲げてくるのは昔から変わらない。

ステイルが毎年くれるのは、ナイフはナイフでも武器用とは違う多目用のナイフだ。遠征中の野営とか、外で使う用のナイフを毎年大振りなモンから小振りまで一本ずつ良いのを贈ってくれる。今年のはわりと大振りで、果物とかだけじゃなく肉とか切るのにも使いやすそうだ。

毎年どれも結局すげぇ切れるし、縄でも木皮でもパンでもハムでも林檎でも使えるっちゃ使える。最初にくれた時の小ぶりナイフだって手入れしてて未だに使えるし、正直形状をどんなに変えてくれてもくれなくても毎年貰わないで良いくらい長持ちの良い品貰っちまってるんだけど




『お前との縁は切りたくない』




「肉とかすげぇ切れそうだな」

「去年が小ぶりだったからな。今年は戦闘でも使えるぞ」

使わねぇよ。

眼鏡の黒縁を指先で押さえながらのステイルに返してから、取り敢えずもう一回礼を言う。

最初からそれ用にくれたなら良いけど、ダチから貰ったもんを粗末に使えるかよ。最初にくれた時、銀貨を求めた理由をああ言われたのを思い出せば余計にだ。


試しに手に取ってみれば、見かけよりもずしりと重かった。でも握った感じは相変わらずしっくり来て、刃を見れば剣かと見間違ってもおかしくないくらいの質の良さがわかった。


プライド様とティアラも背中に回っていた位置のまま、俺の両側からナイフを見る。プライド様やティアラと違って、ステイルは二人にも俺に贈るモンを当日まで見せない。

綺麗な彫刻ね、格好良いですっ!と言ってくれる中、今度はカラム隊長まで「永く使えるな」と肩に手を置いて祝ってくれた。

ステイルから贈り物貰えるのは近衛騎士でも俺だけだしすげぇ申し訳ない気もするのに、カラム隊長も、アラン隊長もエリック副隊長も誰も「ずるい」の一言どころか嫌な顔もしない。

前に聞いたら「俺らもステイル様には何も祝ってないし」ってアラン隊長にあっけらかんと笑われた。エリック副隊長からも「ステイル様にとってご友人への贈り物だから」と微笑まれて、……未だにあの時のガキを見守る優しい眼差しは全員変わってない。今もカラム隊長がそうだ。


ステイルから貰ったナイフは全部揃えて保管してるし、遠征とか城を離れる度に毎回愛用させてもらってる。

一応はなるべくちゃんと用途に合わせるようにもしてる。このままだとその内ナイフっつーナイフが全種類揃っちまうんじゃねぇかなと思う。ナイフがいくつ種類や形状あるかなんか知らねぇけど少なくともこの誕生日祝いはずっと数が増え続けるのは間違いない。

なにせこの先ずっとの付き合いだ。



ステイルも、プライド様も、ティアラも、みんな。





……






─ まだ気付いてないんだろうな。


「ではプライド、そろそろ朝食へ向かいましょうか」

プライドへ声を掛け、ティアラもこちらに振り返る。

いつも通りアーサーが受け取った品を全て瞬間移動させた俺は、階段でプライドの手を取りながら考える。彼女の背中越しに降りるアーサーを視界に捉えれば、まだ機嫌が良さそうに顔が笑んでいた。プライドやティアラから貰う時こそ萎縮しても、受け取った後は素直なものだ。




『似てるか気になるならこれでも掛けとけ』




アーサーから眼鏡を貰ってから、俺もあいつから贈り物を希望するのをきっかけに解禁した。

本来なら友人になった時から贈りたかったが、ただでさえ俺の稽古場での出入りにも悪いと言っていたこいつだ。誕生日祝いなんか俺が受け取れば、確実に無理をして高価な品を用意しようとするのが目に見えていた。


父親があの騎士団長だし生活水準は想像できたが、それ以上に普段着を見ると貴族のような贅沢な生活をしているようにも見えない。当時はまだ俺と同じで子どもだったし、騎士団長も必要以上資金も与えなかったのだろう。厳格な騎士団長らしい。

だから俺から断った。そういうのは本隊騎士になって充分な収入を得られるようになってから考えてくれれば良い。どうせプライドへの贈り物に金を使った後のあいつにそれ以上の浪費はさせたくなかった。


もうあの頃には友人として見て接してくれていた俺へと違い、アーサーはプライドやティアラからの贈り物は〝目上相手からの〟贈り物という感覚が強いからか、当時から貰っても恐縮はしてもそれ以上気にしなかった。自分は祝われたのにティアラの誕生日に渡し損ねていたことに気づいた時も、謝罪こそしたがそこまでは気にしてなかったようだった。あの時もまだ、ティアラのことを今のように妹のようにではなく目上の第二王女という認識だったのだろう。


最初はアーサーに何を贈るべきか俺も色々悩んだが、プライドやティアラと違い俺はもう金額もある程度は気にしないで良いと決めた。

二人はアーサーが気にしないように高級品を避けたが、もう本隊騎士になった上に既に俺への贈り物は固定されたあいつにいくらの品を贈ろうと問題はない。これでもナイフひと揃えにしなかっただけ自重はした。


実家が小料理屋だとは聞いていたし、ナイフならば使いようもあるからと考えた。料理の腕もちょうど確認できたばかりだったお陰で大して悩むことなく決められた。

使ってくれれば騎士の時でも実家にいる時でも別段構わなかったが、騎士館や遠征中にも使ってくれてるらしく、俺も送り甲斐がある。

俺達より誕生日が後だったお陰で、取手部分の彫刻も特注は間に合った。最初贈った時は一体どんだけ金がかかってるんだと言われたが、それこそ野暮だ。……何より、アーサーは未だに気付いていない。




プライドとティアラから貰っている品も充分高額だということに。




恐らくアラン隊長とエリック副隊長も気づいてないだろう。貴族出のカラム隊長は恐らく気付いた上で口を噤んでくれているのだろうが。

二人とも主は花であることは変わりないが、市場に出せばどちらも値は他の花の比にならない。そして、プライドもティアラも隠してるつもりもなく、素直に〝花なら大丈夫〟という考えの元贈っている。

俺も知らないならお互い幸せだろうと未だ黙ってるが、あいつがティアラからの花を何の疑問もなく受け取りプライドからの品にも何も疑問を唱えず受け取った時は意味もなく笑むのを堪えた。今思えばそんなことしなくても当時はまだ表情に出にくかったし堪える必要もなかっただろうが。


ティアラの花束は、確かに王居の庭園で摘んでいる。だが、もともと城の庭園に咲いている花自体が高価か、城下でも滅多に手に入らないような花ばかりだ。

本来城内に咲いている花なんて他者に譲渡されない。特に王居に咲いている花なんて、どれも王族の目を満足させる為の花ばかりだ。第二王女のティアラでなければ、摘むなんてとても許されない。

花屋の花が一輪でいくらするのかも、アーサーはあまりわかってないのだろう。王族の買い物では値段などわざわざ聞かないし、店も値札がついていない場合が多い。

少なくとも俺は子どもの頃、庭園の花一輪の値段を教師から聞いただけで本気で驚いた。庶民出の俺と、もともと王族だったプライドとティアラじゃ値段の基準が違う。


〝王居の庭園で摘まれた花束〟というだけで付加価値は計り知れないが、そうでなくても花屋に同じものを卸させたら確実にアーサーは目玉が飛び出るだろう。

プライドに至っては金を掛けているのが花だけではないことも、多分あいつはわかっていない。


プライドが毎年アーサーに選んでいる花自体、あいつが育てやすいようにと王居を任されている庭師が選んでとり寄せた品だ。

しかも年々、アネモネ王国を初めとする国外から取り寄せまでしている。希少性だけで言えば王居の庭園を越えることも珍しくない。

なるべく長持ちさせられるように栄養不足で枯れないようにと土や肥料まで王居で使う最高級のものを使っている。更には鉢植えも、……「あまり飾り気がない方がアーサーも安心よね」とプライドなりに気を遣ってはいるが、城でわざわざ庭師に新しい鉢植えに移させた時点で城仕様の品に変わっている。いや、もともと城へ取り寄せさせた時点でそれなりに相応の鉢植えだろうから手遅れだが。

どちらにせよ、プライドからの贈り物もティアラからの贈り物も庶民出身のアーサーの目線から見れば恐ろしく高額だ。俺が贈ったナイフと大差ない時もある。


「そういやぁステイル、様」

ふと階段を降りきったところでアーサーに呼びかけられる。

プライドの部屋ではなく廊下でそう言ったのを焦ったのか途中で付け足したが、宮殿内でも気にしなくて良いものをと思う。

基本近衛の業務中は必要以上の会話は控えるようにしているが、別段聞かれて俺は困らない。こういう律儀というさ真面目なところは昔から変わらない。

なんだ?と俺から足並みを遅らせアーサーに耳を近付ける。耳打ちとまではいかずとも、やはり俺達に聞こえない程度の抑えた声で続きを話し出した。


「今日休息いけそうか?」

「合わせる。時間は?」

手合わせの誘いに当然乗る。

祝いの品と同じくらい、今更毎年のことなのに俺がヴェスト叔父様の補佐につくようになってからは毎回確認をとってくる。

夜はどうせまた騎士団に盛大に祝われての飲み会だし、その分祝わせてくれる意図もあるだろう。本人は「祝いの日ぐらい手合わせしてくれンだろ?」と笑っていたが。相棒の誕生日ぐらい予定の一つや二つ開けるに決まってる。王族と違い、誕生祭の式典もない日だ。

アーサーから休息の予定時間を聞きながら、今から予定を合わせるように算段つける。プライドとティアラからくすくすと楽しそうな笑い声が聞こえると思い振り向けば、紫色と金色の瞳に順々と目が合った。


「私も絶対見に行くわね。折角のアーサーの誕生日だもの」

「私もっ!絶対父上から休息頂いて行きます!」

ねっ、と。直後には姉妹揃って顔を見合わせた。これも毎年と変わらない。

ありがとうございますとアーサーも腰を低くしながらはにかんだ。その途端、またちらりと長い髪を束ねる青の髪紐が見えた。やはり似合ってる。

アーサーは俺達と違って飾ることをしないから、少しの変化も珍しい。さっきのカラム隊長の反応からしても既に騎士団で気付いた者はいるだろう。


未だアーサーの部屋に飾ってあるあの知恵の輪の方が、俺達の今までの中で考えると安い方だろうか。あれも難易度のなるべく高いと評判の品を買い付けたが、それでも比較的に一番アーサーの金銭感覚に合っている方だ。あくまで比較だが。……まぁしかしだとしても。



『誕生日にはまた鉢植えの花を贈って貰えます……か……?』



あの時、こいつが望むことは変わらなかっただろう。

毎年手入れを欠かされない花を見てるから、わかる。


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