Ⅱ537.騎士は部屋を出る。
「よォアーサー!!!誕生日おめでとなー!!!!」
「!ありがとうございます。……けどアラン隊長、響くンであんま大声は……」
いま早朝ですよ?そう続けながら、周囲をぐるりと見回す。
取り敢えず今年は部屋から怒鳴り出てくる人はいない。去年は「うるさいぞ!!」と俺まで一緒に怒られた。
騎士団演習場の騎士館。毎年この日はなんだかんだ早朝演習の時間より早くに目が覚める。良い年して未だ誕生日が待ち遠しいなんてと思うけど、こればっかりは仕方がない。
ンで早めに部屋を出ると、かなりの確率でアラン隊長に会う。しかも俺より先に外に出てて演習より先に身体を温めていることが多い。今も騎士館の廊下じゃなく、外を出たところで逆立ちに腕立てしているところに見つかった。
一番隊でもない俺の誕生日を毎回覚えてくれているのは嬉しいけど、毎回この大声だから焦る。
しーっと口に指を立てながら肩を丸めて頼むと、アラン隊長も去年と同じように「わりぃわりぃ」と頭を掻いて笑った。……逆立ちのまま。
日によっては普通に演習所行ってたり走り込みをしてることも多いのに、この日は玄関で待ってくれているのを考えるとやっぱ俺に言う為に待っててくれてるのかなと思う。近衛騎士になってからは特にだ。
「今夜飲むだろ??今年もお前の部屋で良いよな?」
……いや、やっぱこっちの確認の為の方が強いかもしれない。
去年隊長部屋に移ってから、俺の部屋で飲み会をすることも増えた。それまではアラン隊長とかの隊長格部屋か、もしくは演習場内でテーブル出すか食堂で飲むぐらいだった。でも俺が副隊長……っつーかすぐ隊長に押し出されてからは、わりと先輩達も遠慮なく俺の部屋に詰め入ってくる。他の隊長格と比べても会場にされる割合は多いくらいだ。……俺の部屋は散らかってないし物が少ないから集まりやすいらしい。
ンなこと言ったらハリソンさんなんてと思うけど、あの人はまず飲み会自体開くどころか参加しない。
アラン隊長の部屋は駄目っすか、と言ってみたら「お前の祝いだし」とやっぱり言われた。わかりましたと諦めて、今夜お願いしますと頭を下げる。
騎士の人達を部屋に呼ぶのも飲み会も好きだけど、持て成すのがどうにも上手くできてるか自信なくてすげぇ色々考えちまう。
アラン隊長やカラム隊長、エリック副隊長とかは自室でも入りきらねぇで演習場内にテーブル出すか食堂だけど。
アラン隊長がいると「よし飲むぞ!!」って誕生日祝いに酒大量に抱えてきてくれるからすげぇ助かる。俺の部屋じゃ酒なんて一本も置いていない。
「今年こそハリソン呼んでみるかー?今年は一緒の近衛騎士だし、お前が頼めば来るんじゃねぇ?」
「いや流石に飲み会を隊長命令で誘うのは……。アラン隊長一人が祝ってくれるだけでも自分は充分なんで……」
俺一人じゃねぇって。と、すかさずアラン隊長が声を出して笑った。
ハリソンさんに今まで祝われた覚えはねぇし、この先も祝ってくれるのなんて命じない限り絶対ねぇだろと思う。あの人が誕生日を覚えてるのなんて父上とクラークくらいだ。
去年もその前もずっと、俺が誕生日の夜には結構な数の人が祝ってくれる。
新兵の時は同じ新兵同士、本隊騎士になってからは騎士の先輩達が。同じ八番隊じゃねぇけれど、その頃からアラン隊長は祝ってくれてたなと思う。っつーかこの人の場合は飲む理由がある騎士のところに顔出しては毎晩飲んでるみてぇな時期もある。
「カラムから聞いた」って言って、……そういや本隊騎士になったばっかの俺の誕生日もカラム隊長やエリック副隊長は覚えてくれてた。今はこうして同じ近衛騎士になれてるけど、その前からあの人達には世話になりっぱなしだった。
多分カラム隊長とかは騎士団全員の誕生日くらい覚えてるんじゃねぇかなとマジで思う。
今年は前夜からノーマンさん達に祝って貰えたし、なんか年々贅沢な祝われ方になってるなと自分でも思う。
「早いよなー!アーサーももう二十かー。ちょっと前まではすげぇガキだったのに」
「二十一です。……あと、それ去年も同じこと言ってましたよ」
近衛騎士として一緒にいることも多いのに、まだアラン隊長はガキの時のことを弄ってくる。
去年でもう二十代にはなったのに、まだこの人の中じゃ俺は十代のガキなんだなと思うと少し恥ずかしい。昨日も親と一緒に誕生会しちまったのは絶対言わないで置こう。馬鹿にはしねぇだろうけど、多分いや絶対揶揄われる。
そんなことを考えてたらアラン隊長が逆立ちから両手の力だけで跳ねた。空中で反転して元通り足で着地すると「手合わせするか?」と汗を拭う前に誘ってくれる。
是非!!と毎年通りちょっと期待してた俺も拳を握って声を上げた。うっかりアラン隊長の第一声と同じ音になって、直後に口を自分で覆って止める。
騎士館の方へ身構えると、今度は一つ二つと声が来た。「アーサー」と呼ばれ、怒られると思って首を窄めながら振り返るとエリック副隊長と七番隊のジェイルさんが窓からそれぞれ顔を出していた。
エリック副隊長の方はひらひら手を振ってくれていて、取り合えず二人とも怒ってなさそうだから頭だけ先に下げて挨拶する。おはようございます!と言ったけど、またでかい声で良いのか抑えるべきか悩んで半端な音になった。
「アーサー今日誕生日だろ?おめでとうー!」
「あ、そうだったか!おめでとうアーサー!」
緩やかな声で祝ってくれるエリック副隊長に続いて、ジェイルさんも祝ってくれた。
ありがとうございますとまた頭を下げると、アラン隊長がまたでかい声でこれから手合わせするから来るかと二人を誘う。
ジェイルさんはもう少し時間が掛かるからって断ったけど、エリック副隊長は身支度を終えたらすぐに合流するって言ってくれた。
俺とアラン隊長で手合わせ場だけ決めてゆっくり行けば、到着して準備運動してる間に合流できた。
アラン隊長とエリック副隊長、三人で手合わせしたら時間が経つのもあっという間だった。外が明るくなり始めるのに目が引っ掛かったのが合図に、早朝演習場へ一度向かい始めたその時。
「?お、アーサー。髪留め珍しいの付けてるな」
似合ってる。と、エリック副隊長が最初に気が付いた。
エリック副隊長とは途中合流だったしさっきまでは一緒に手合わせで正面ばっかお互い向けてたから、今気付いたのかなと思う。つーか気付いたのがすげぇ。
俺も半分もう馴染んで忘れてて一瞬何の話かわかんなかったけどすぐに思い出す。アラン隊長もわざわざ確認する為に俺の背後にまで回ってくると「おー!確かに」と声を上げた。多分も理由もなくそのままぐいぐい束ねた髪を引っ張られて思い切り顎が反る。
足も半端に止めたまま固定された首の角度でも、二人の視線が集中してるのはわかった。
エリック副隊長がすぐ気づいたのも流石だけど、アラン隊長も言われたら違うのわかってくれるんだなと思う。あんま装飾とかそういうのに関心なさそうなのに。
「良いじゃん!」ってアラン隊長にまで褒められて、少し口の中を噛んで緩むのを誤魔化した。……誕生日に早速とか、俺もやっぱ結構燥いでる。
「青かー、アーサーに合ってるよな。貰ったのか?」
「……えっと。取り敢えずその、…………贈り物ではありますけどくれたのは野郎ですから……」
アラン隊長の言葉に考えすぎとは思いながらも別の誰かを含んでる気がして先に否定する。
そっかー、といつも通り簡単に返してくれるけど、自分でも〝まるで〟と一人空回りした感覚に顔が熱くなる。正直にくれた人の名前を二人にも言いたいけど、それを言うのはがっつり昨晩口留めされた。……すっっっっげぇ自慢してぇのに。
近所の友達か?とエリック副隊長にも聞かれて答えに少し悩む。
友達……友達……みてぇな、もんかもしれないけれどやっぱ正しくは部下だ。でもまぁブラッドの方は友達みてぇなもんだし嘘にはならねぇけど。最終的には「実家で働き始めた子とそのお兄さんが祝ってくれて」と言えば、バレずに納得してくれた。
集合場所に少しだけ遅めに着いてから、騎士団長の父上が来る前に八番隊列の先頭で整列する。
さっきは全然気にならなかったのに、早速アラン隊長とエリック副隊長に気付いて貰えた所為で急に首の後ろがむず痒く感じた。
特に八番隊の人らが気付くわけねぇってわかってても、また別の勘違いされてるんじゃねぇかなと思っちまう。よく考えると髪留めなんて男同士より女性から貰う可能性の方が高い。ブラッドとかノーマンさんよりネルさんに貰えたって言う方がまだしっくり
「誕生日おめでとう。髪留め変えたな」
ポンッ、と横切りざまに早口で肩を叩かれる。クラークだ。
騎士団に入ってからは毎年のことだけど、すげぇ不意打ちみてぇに祝われる。
俺にだけ聞こえる声で言ってくれた言葉に、相変わらず気付くのも早いと思う。すぐバレたのも何か全部わかってるみてぇに微笑まれたのも気恥ずかしくて、気付けば自分で髪の結び目を掴んだ。
まぁ一発で気付くのもクラークだし、って頭の中で唱えながら口を結ぶ。
「ネルから誕生日祝いにクッキーを預かってる。あとで取りに来い」
ネルさんが⁇
すっげぇ懐かしい誕生日祝いだと思いながら、返事をする間もなくクラークが前に出る。そのまま定位置にまで付く間に、騎士達全員が早朝挨拶で声を張った。
片手でそれに応えるクラークは、俺の方をちらっと見てまた笑った。コノヤロウ。
なんで飾り立てまくったわけでもねぇのに、これくらいで目立ったような気分にならねぇといけねぇんだ。こんな妙な気恥ずかしい居心地悪さはプライド様に香水吹きかけられた後の時以来だ。
おはようございます!と二度目の声を全員で張る。
騎士団長の父上の影が見えて、俺も同じように声を上げた後は背筋を伸ばして礼をした。
いつも通りに堂々と騎士達の前に現れた父上から、全体への朝礼と早朝報告を受けてからも別段目は合わない。クラークと違っていつも機会が合った時にだけ「誕生日おめでとう」って声を掛けてくれる父上だけど、夜の飲み会に参加してくれるのかなとちょっと思う。
去年もほんの少しだけど、途中だけ飲みの席に来てくれた。母上と違って父上は毎回当日に騎士団演習場でなんだかんだ一言は祝ってくれる。今度近々休みも合う予定だし、そしたらまた剣を磨いてくれるんだろう。騎士団に入団してから、……いや騎士をもう一回目指すようになってから、父上からの誕生日祝いは変わらない。
最後に騎士団長の号令を受けて、全隊で早朝演習へ向かう。演習場内の周回に駈け出したところで、やっと首を左右に捻らせ回した。この時間だけはあんまり隊ごとの区分なくで俺も先頭を切る必要がない分自由に動きやすい。ハリソンさんが特殊能力無しで横を駆け抜けていく中、振り返った結構先で頭の先がちょこっと見えた。
「ノーマンさん」
おはようございますと声を掛け、走りながら速度だけ落として後方のノーマンさんに並ぶ。
俺の呼び声にすぐ気づいてくれたらしいノーマンさんは視線だけはすぐに首ごと向けてくれたけど、返事はない。むしろ若干眉間の皺が深くなったような気がする。
それでも、並べばなんとか「おはようございます」の言葉を返してくれた。周囲には大勢まとまって騎士が走っているから、なるべく俺も声を落としてノーマンさんに投げかける。
「……昨晩は、ありがとうございました。あの後は充分寝れましたか?」
「こちらこそお世話になりました。今朝演習場へ戻ったところですが、必要程度は眠れたと思います。もともと騎士として一晩二晩程度の不眠には慣れていますのでご心配は不要です」
びしゃりと、窓を閉められたような言い方に思わず口を絞る。相変わらずのノーマンさんだ。
昨日全部片づけを終えた後に騎士団演習場に戻った俺と違って、ノーマンさんはそのままブラッドと母親さんと家に帰ったらしい。結構遅くまでだったし、朝も早めに行動しているノーマンさんだと余計に睡眠が短かったんじゃねぇかなと思ったけど……やっぱ余計だったらしい。
走りながらも眼鏡の丸淵を中指で押さえつけるノーマンさんは、話している間にどんどん目が険しくなってる。昨晩俺ン家に家族で招かれたのを他言しねぇで欲しいってのはノーマンさんに強く言われたことだ。
「あ!あと……アレ、ありがとうございました。早速エリック副隊長達にも朝から褒めら」
「失礼ですが今それを僕に報告する必要がどこにありますか。お言葉は嬉しいですが、このような騎士達が密集する中で言って頂く必要は全くないかと。昨日僕がお願いした内容をもうお忘れでしょうか。それとも、覚えていて敢えてこの時と場所を選ばれたのであれば部下である僕からは何も言う権限など持ちえませんが??」
すみません!!って、慌てて謝る。直後にまた謝っちまったと気付いて唇ごと噛んで抑えるけれど、ノーマンさんの顔は険しいままだ。
剣の先みたいな目で睨まれて、足を合わせるどころかむしろ遅くなりかける。確かに声をいくら押さえてももっと聞かれにくい場所を選ぶべきだったと思う。
そりゃあノーマンさんと目立たず二人で話せる時とか場所も正直滅多にねぇけど。俺ン家に来たことだけじゃなく、髪留めを贈ったのが自分と弟ということも騎士団やプライド様達に言わないで下さいと言われてたのにうっかりここで礼をしたがった俺が悪い。
すみませんとまた言いそうになって口の中を飲み込んだ。「他に用件がなければお先にどうぞ」と、黙ったままになればすぐノーマンさんから先に行けと無言で促される。いつもはわりと俺が騎士団の中でも先頭の方に走っているから、気を遣ってくれたのかもしれない。
失礼しますと頭を下げ、足に意識的に力を込めて速度を上げた。取り敢えずまた八番隊の演習で言えそうだったら言おう。
早朝演習が始まってからはまだ他の騎士にも何も言われねぇし、やっぱり目立った気分なのは自意識過剰だったなと考え直す。
中盤後方から速度を上げて先頭へと順位を上げていけば、そこでカラム隊長から「今日はゆっくりだったな」と声を掛けられた。
そっからすぐ「誕生日おめでとう」と「髪留めも良く似合っている」と両方さらっと言われて、……また後頭部が擽ったくなった。




