そしてお願いした。
「お姉様が、せっかくならすぐに飽きないものにしましょうって一生懸命選んだんですっ。兄様もアーサーならすぐ」
「ティアラ俺のことは良い。……~っ、とにかく、ちゃんと姉君に贈ってもらったからには俺達の前で解いて外せるまで諦めるなよ」
〝解けちゃうかもしれないからって厳重に選んでいました〟と、そう続けようとしたティアラの言葉を、ステイルは早口で上塗った。そのまま、意地の悪くも見える笑顔を作りアーサーへと向けてみせる。
腕を組み、挑戦的に笑んだステイルにアーサーは「マジで一生になンぞ」と言いながらも少し笑ってしまう。ティアラが続けようとした言葉は想像つかないが、ステイルも一緒に選んでくれたのならこれはプライドとステイルからの贈り物でもあるのだなと受け取った。
和やかな三人の会話に押されるように、プライドもそこでゆっくりと呼吸を繰り返した。
アーサーががっかりしないでくれた今、もう大丈夫成功だと思いながらもやはりここまでの経過はちゃんと説明すべきだと心臓を落ち着かせる。指を組み、それから上がってしまう肩の位置も戻せないままに「本当は……」と口を動かした。プライドの声に、三人もぴたりと唇を閉じて彼女へ注目する。
「本当は、今年も去年と同じように植木鉢に植えたお花を贈ろうと思ったのだけれど……」
言いながら口の中が苦く感じてしまう。楽しくもないのに口角の筋肉が笑うように横に引っ張られる中、細い眉だけが下へと垂れた。
苦しそうに言うプライドの言葉に、アーサーもそこで初めて「そういや今年は違うんだな」と気が付いた。別に去年「来年も同じもの」と約束したわけでも、自分が頼んだ覚えもない。
ティアラは去年と同じように花束をくれたが、別に人の誕生日祝いに同じ品を贈るという伝統も決まりもない。近所の友人から贈られる品など、毎年違って当たり前だ。そんな中、プライドから去年と違う品を贈られること自体には大して驚きもなかった。
まさかそんなことを気にしてくれていたのかと思うと同時に、ならば何故違うのかと別の疑問がアーサーに過る。花でも知恵の輪でも貰えて嬉しいことに全く変わりはないが、ここまで来ると経緯は気になった。一度戻った首の角度が再び斜める中、プライドは顔を手で覆いたくなる欲求を抑えて言葉を続けた。
「このままじゃアーサーの家に毎年毎年植木鉢も花も手間も増えちゃうから……‼︎」
「……へ??」
一瞬、理解不能だった理由に瞼を無くすアーサーに、プライド一人が申し訳なさでいっぱいになった。
言い終えてから唇をぎゅっと結んで堪えるが、やはり肩には力が籠ったままになる。ステイルとティアラは短く溜息にも近い息で微笑ましいような仕方がないような気持ちになる中で、プライドだけが眉の間まで寄ってしまう。
本当に本当にごめんなさいと口にする前に自分の中で数十回目の懺悔を唱えた。本当に、去年の自分はあまりに考え無しの無計画で見通しも甘かったと今でも思う。
きっかけは、数か月前にアーサーから聞いた『去年貰った鉢植えに芽が出ましたよ』だった。
アーサーからすれば純粋に去年貰った花が今年も咲いてくれるのだという喜びを共有したかっただけだったのだが、プライドからすれば足元に火がつく想いだった。何故なら、当時は今年もまたアーサーに植木鉢付きの花を贈るつもり満々だったのだから。
既にステイルやティアラにも今年はどんな花を贈ろうかしらと話題にもし、また花屋を城に呼ぶ手筈も整える予定だった。
基本的に花の寿命は一年未満。畑もしているというアーサーへ一年通した癒しと楽しみになれば良いと思っての品だった。
しかし、今年も新しい花をどころか一年前の花は第二世により今も健在。毎年一つの植木橋を傍らに楽しんで欲しいという目論見は、二回目にして見事に打ち砕かれた。
このまま今年も同じように植木鉢付きの花を贈れば、アーサーは二つも植物の世話をしないといけなくなる。アーサーなら植物の世話も丁寧だし上手だろうと思ったのは事実だが、まさか植物の永久ループまでは想定していなかった。
しかも、植物が二つになるだけではない。植木鉢も二つになり、そしてこの先も一年ごとに一つ増えれば流石に場所も取る。
まさかアーサーが、今年新しい花を上げるから去年の花は要らないかと処分するような人間ではないこともよくわかっている。このまま五つや六つも植木鉢が増えればいっそ有難迷惑にしかならないとプライドは本気で考えた。
しかも、問題なのは植木鉢だけではない。花の水やりなどの世話も今後増加していくということになる。
……ただでさえアーサーは新兵になって家にも帰らない日が多いのに……!!
そう思えば、世話が必要な花を一つ以上渡すことは確実に迷惑行為だとプライドは決断した。
騎士団入団試験に合格し、新兵になったアーサーはそれ以降休みの日以外は新兵用の共有スペースで寝泊まりをしている。新兵同士が共有生活をするということは、当然植木鉢どころか私物すら最低限が当然だ。
去年プライドが贈った花も、植木鉢ごと実家に置いていたからこそ芽が出ていたのに気付くのも遅れた。今後、アーサーは本隊騎士になるのがいつになるかはわからないが、そんな中で世話が必要になる植物を一つ二つ三つ四つと増やし続けるわけにはいかない。
ティアラとステイルには、アーサーなら絶対喜びます、アーサーはそんなこと気にしないですよと言われたが、心優しい彼が植物を放置し枯らすことの方が想像できないプライドにはやはり今年の贈り物は無機物でというのが結論だった。
既にアーサーの誕生日も間近に近付き、他に何か彼に喜んでもらえる、貰っても迷惑にならない、そしてアーサーが気負うほどの効高価な品でもないものはかしらと考えに考えた結果が、昔アーサーが趣味だったという知恵の輪だった。
これなら枯れないし世話もいらないし場所も取らないし暇つぶしにはなると思うからと。早口で捲し立てるかのように必死に説明をしたプライドは、そこまで言い切ってやっと自然に顔も笑えた。アーサーも知恵の輪に喜んではくれた結果、まさに英断!と自分を褒めたい気持ちにもな
「ブッ!!」
ーった、ところで。アーサーの吹き出す音が異様に響いた。
口を手の甲で押さえつけ、笑ってしまった顔のままぷるぷると肩を震わせるアーサーは直後に慌てて上体を捻らせ顔を隠した。しかし当然目の前にいるプライド達には見られた。
あれ??と、プライドも笑った顔のまま固まってしまう。なにか外したかしら?と首を捻れば、隣でティアラも姉には気付かれないように顔を背けながら顔いっぱいに釣られかけた。姉を傷つけまいと息を止めて必死に堪えるが、アーサーが笑ってしまった気持ちは痛いほどよくわかった。
ステイルも、アーサーが笑った時点で自分も心の中では笑いたくなったが本来の無表情も手伝い口角が上がってしまうだけで抑えられた。しかし、やはり笑ってしまうよなとしみじみ思う。
プライドが疑問のままに「アーサー⁇」と呼びかければ、アーサーもプライドが告白した三倍の苦しく早口で「すみませんなんでもねぇです……!」と絞り出した。噴き出したままの口が今もにやけてしまう。
……この人そんなこと気にしてくれたのか……!!!
まさか、自分に。
そう思えばまた込み上げて破顔しかけた。手の甲で足りず腕も使って押さえたが、目の前の王女様が今は年相応にすら見える。
贈り物にそこまで考えてくれること自体、珍しい。一年前は花の世話もまるごと楽しめるように贈ってくれたのに、数が増えたら大変だからと気を回してくれた。
確かに自分は今騎士団演習場で寝泊まりしていて、世話を直接見れる数は減っている。毎日水やりも難しくはある。だが、水を毎日与えられないからといって即日植物が死ぬわけではないことをアーサーはよく知っている。
何より、花を贈ったところでその後の相手の生活まで贈った側が気にする必要などないと思う。水やりなど、それこそ一つあれば二つも三つも大して変わらない。もともと植物を好む自分の家では、花瓶も鉢植えも家中にある。毎年たった一つ増えたところで気にしない。考えるにしても一周回った気遣いが、いっそいじらしかった。
しかも今の発言から考えても、つまりは今後も毎年祝ってくれるつもりなのかとまで察すれば余計に顔が緩んでしまう。
ティアラも、そしてステイルも、プライドが過剰に気にし始めた時点でアーサーがこういう反応するだろうことは大体想像できていた。
生き物を贈られるなら未だしも、水やり程度の定期的な世話で済む植物で、プライドからの贈り物へアーサーがその程度の手間を惜しむ筈がないと二人もよくわかっていた。
「すみません」と、その後も二回アーサーは言葉を繰り返す。それからやっと頬の火照りも抜け、息も整ったアーサーは大きく深呼吸を終えてからプライドに向き直った。
「失礼しました」と言葉を整え、それから心からの笑みを彼女に向ける。
「どっちも、本当に同じくらい嬉しいです。でも、花の方は気にしないで下さい。俺が、……自分がいない間は母に他のと一緒に水やりも頼んでいます」
もともと植物とか好きな人なんで。と、そう断りながら、母親に植物の世話を任せていることが少しだけ恥ずかしい。しかし今はそれ以上に、本人なりに恥を忍んで経緯を説明してくれたプライドに誠意をもって返したい。笑ってしまった分も含めて。
自分が新兵になり騎士団演習場で寝泊まり住むと決めてからは、自室に置いていたプライドからの鉢植えも居間へと移して頼んでいた。もともと水やりが習慣の一つだった母親も快諾した。そして、期待通りに芽は出た。
「もし本当に鉢植えが場所取り過ぎるぐらいの数になったら、畑もありますし植え替えます」
それにまだプライド達には話していないが、家は小料理屋だ。店の前にも彩りとして鉢植えと花はいくつも置いて飾ってある。
その内の一つやいくつかを第一王女からの贈り物にするのは勿体ないと今は思うが、もし本当に場所をそこまで圧迫するほどの数になればその時は良いとも思う。……つまりはその分、自分とプライドとの関係の年月が重ねているというのならば、いっそそんな状況になるのが楽しみですらある。
「畑の世話の為に休みの日はなるべく今も家には帰ってますし、……実家に帰る楽しみが増えるのは嬉しいです」
勿論今も、と。既に成長が進んでいる花を思い出しながらアーサーは笑う。
毎日自分で世話をできないのは確かに歯痒いが、演習場で暮らせばプライドと同じ城内にいられて、そして家に帰ればプライドが贈ってくれた花がある。むしろ今の環境はアーサーにとって変わらず潤いと癒しのある生活だ。
そこまで聞いてプライドも深く胸を撫でおろす。今年も咲いたという去年の花も決してアーサーには迷惑でもなく、今も変わらず喜んでくれているのだと思えばやっと肩も下がった。
良かったわ、と言葉にして言えれば自然と笑みも広がった。彼が休みの日に実家に帰っていることは知っていたが、そこで「楽しみ」とまで言って貰えるのは嬉しい。
次は知恵の輪か花か両方か、どちらにするかゆっくり一年かけて考えようと思ったその時。
「本隊騎士になれたら、……個室も貰えます」
最初の皮きりははっきりと、そして途中からは少し控えめな声が確固たる意志と共に放たれた。
紫色の目で大きく瞬きをして返すプライドに、アーサーは一度口を結んでしまう。自分でも大それた、少し調子に乗り過ぎたかなと思う発言だと自覚する。だが、……いずれは必ず叶えると決めている。
本隊騎士。新兵が入隊試験を通過すれば許される正真正銘の騎士だ。そうなれば大部屋での生活ではなく全員一人一人に個室が与えられる。フリージア王国騎士団の本隊騎士は、隊長格でなくともそれほどの地位を確立された存在なのだから。
個室になれば備え付けの家具も与えられ、部屋に私物を置くことも当然許される。鉢植えの花を飾ることも。
「そしたら、誕生日にはまた鉢植えの花を贈って貰えます……か……?」
祝って貰えるならですけれど……。と、最後は消え入りそうな声だった。
言おうと思っていた言葉を一度脳に通しただけでも顔が熱くなり、目の焦点も合わなくなった。恥ずかしさのあまり変に口端が上がってしまう。
まるで自分の誕生日をこれから先も祝って貰えることが当然のような言い回しにそれだけで全身も熱くなる。自分でも大それた、分不相応なおねだりだとわかっているが、ここまできたらどうしても頼んでみたかった。
今年貰えた知恵の輪も嬉しいし、毎年貰えるのがそれでも間違いなく嬉しい。しかしプライドからそんな理由を聞いてしまえば花が欲しくなってしまう、花が貰える〝立場〟が欲しい。実家ではなく騎士団演習場の中で、それを好きに育てられる立場が。
言い切ってからぐるぐると思い切りすぎたことにプライドの顔も見れなくなる。焦点もふわふわとぼやけたまま俯きかければ、そこで「ふふっ」と幸福な音が耳を掠めた。
「勿論よ!」
思考よりも先に顔を上げれば、花のように笑うプライドがそこにいた。
アーサーが喜んでくれたことも、また花を贈って欲しいといってくれたことも嬉しい。アーサーの誕生日に花を贈れる日がくるのが楽しみに思いながらプライドは両手を合わせた。
プライドからの快諾に「ありがとうございます……」と頭を掻きながらはにかむアーサーに、ステイルとティアラも無言のまま目だけを合わせて笑い合う。アーサーが本隊騎士になりたい理由がもう一つ増えたことを、声に出さずとも互いに疎通した。
本隊騎士になれば遠征や任務で帰れない日もきっとある。ならば入隊の時がきたら世話のしやすい花を贈ろうとプライドが今まで以上に花選びを厳選するのだろうとステイルは思う。
そして、……そんなアーサーの誕生日は必ず来るだろうとも。




