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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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Ⅱ535.騎士は朝を迎え、


─ 誕生日。予定があると気が晴れて、……少しだけ急き立てられた。


目が覚めて、最初に窓の外を見る。

カーテンの閉められた部屋で、まだ朝陽が昇ってないことに最近はほっとする。邪魔な髪を前髪ごと掻きあげながら身体を起こした。一年前には持て余すのが苦痛にも近かったのに、最近はやることが多くて忙しい。

毛布をのけてベッドを降りて、欠伸混じりにベッド脇に置いた紐で髪を括る。部屋の中は暗くて夜と大して変わンねぇけど、足を引っかけるほど物もない床を踏んで歩いた。頭の中で今から今日の予定をぐるぐる回すけど、まぁなんとかなるだろと毎朝同じ結論に行きつく。


部屋を出ると奥から物音がして、もう起きてるのかと少し驚く。いつもはこの時間はまだ寝てる筈なのに。

まさか泥棒じゃねぇよなと眉を寄せながら姿勢を低めれば、音の先から見慣れた影がこっちに振り返った。


「あらアーサーおはよう。本当に早いのね」

お袋だ。

いつもの朝支度よりも少し手を抜いて、長い金色の髪を顔の横に纏めて結い降ろしている。

朝の挨拶に一言返しながら、お袋こそ今日はなんでと言う間にもでかい鍋を抱えて厨房へと歩き出す。ン重いもんは俺が持つって駆け足で鍋の掴み手ごと持った。

「大丈夫だから」と笑いながら断られ、そのまま厨房へふらつかず進むお袋に俺も続く。昔から爺さんの小料理屋を切り盛りしているお袋は、細腕のくせに力は強い。


なんでこんな早く、ってもう一度聞いたら今日は特別な日だから早く目覚めたと笑われた。

ンな真正面から言われると俺もくすぐったくなって口を閉じる。別にそんな気合入れねぇでも、別に今更祝うほどの年でもねぇのに。

お袋がガキ扱いしてくるのは嫌じゃねぇけど、良い年しておいて未だにこうして嬉しそうにされるとクソ恥ずかしい。

毎年、この日になるとお袋はご馳走を作るとすげぇ張り切る。子どもの誕生日はいくつになっても嬉しいものよ、と毎年言われるから今年こそは敢えて突っ込まない。……っつっても




なんだかんだもう〝十四〟だ。




「アーサー、誕生日おめでとう。今日も朝から畑?それとも騎士の?」

「両方。……ンで昼はいつもの手合わせと、近所のダチにも会ってくる」

ありがとうっつーのも恥ずかしくて、取り合えず雑な予定だけ言う。

今日はステイルとの手合わせの約束も入ってる。誕生日なら忙しいから無理かとか言われたけど、近所のダチにはその後で平気だし寧ろ会うって決めた。ステイルもダチなのは変わンねぇし、……またあの人にも会えるから。


夕食にはちゃんと帰る、飯も食うからって伝えたらお袋も「お腹空けといてね」って笑った。

毎年、誕生日になると俺が誰かしらに会うのもなるべく店から遠のいているのもいつものことで慣れている。店に来る客に絡まれるのが嫌で離れてるのもあるし、まだこうして祝ってくれるダチがいるのも嬉しい。

ただ、今までとは少し違う気分なのは、年を食ったからなだけじゃないってわかってる。


去年までは、ダチに会えるのは楽しみでもどこか億劫になる時もあった。わざわざ一箇所に集まって祝わなくて良いとか、もうガキじゃねぇし贈り物とか良いと断ったことも結構ある。

別に皆仲良いし、今でもガキの頃みたいに腕組んで笑ってくれる。俺のこともわかってくれてて、店の客みてぇにズカズカ突っ込んでこないから気分も楽だ。


ただ十も超えると皆、それぞれ家の都合とかやりてぇこととかにいつも進んでた。


単純に段取りを踏んでるってわけじゃなくて、決めた方向を向いている。

「家を継ぐ」とか「店やりたい」とか「親を手伝いたい」とか「恋人欲しい」とか「結婚して子ども欲しい」とかなんでも良いから自分のやりたいこととか忙しい理由とか全部〝将来の為に〟って口にできるのが、それだけで羨ましくて。

俺一人がいつまで経ってもやりてぇことに目ぇ逸らし続けてることに、鉛でも飲んだ気分になることが年々増えてた。

「朝食はどうする?出かける前に食べる?」

「あー、食う。でもその前に畑と」




「いや先に稽古だ。そうでないと騎士団の早朝演習に間に合わない」




「ッ親父!!?」

いたのかよ!!

そう叫びながら思わず声のした方向に振り返る。てっきり騎士団にいると思ったのに。

寝室から出て来た親父はもう騎士団の団服も着込んでて、家ン中で一番身支度が整ってた。一体何時に起きてンだ。


去年から、親父が家に帰ってくる日が増えた。

それまでは休みの日に合わせて帰ってくることが殆どだったのに、今では少なくとも二日に一度は帰ってきて俺に稽古をつけてくれている。でも昨日も早朝に稽古をつけてくれてだし、しかも今日から遠征だっつってたから帰ってこないと思った。


思わず肩が上下したまま目を見開く俺に、お袋から小さく笑う声が聞こえてくる。

昨晩、俺が寝た後に帰ってきてたらしい。だったら叩き起こしてくれりゃあ夜も稽古できたのに。今日に備えて無駄に早く寝るんじゃなかった。

背後から現れた親父はいつも通りの無愛想面で、俺と目を合わせた後は「行くぞ」と隣を通り過ぎざまに背中を叩いてきた。

先に畑に行くつもりで稽古用の剣も持ってなかった俺は、大急ぎで取りに駆け戻った。


「今日稽古つけるつもりだったンなら言っとけよクソ親父!!うっかり寝過ごすとこだったろォが!」

「息子の誕生日に顔を出しに来ただけだ。今夜は任務で帰れないからな」

外に出て、準備運動をしながら怒鳴っても平然と返される。

ケッ、と改まって言われて思わず吐き捨てた。まるで稽古の方がついでみたいなこと言っておきながら、朝一番に稽古っつったのはテメェだろ。

別にこの年にもなって誕生日に親父が帰ってこねぇからって腹立ちはしない。今までもそういう家族の特別な日に任務だの遠征だので居なかったことなんて珍しくもない。寧ろ今までは俺の誕生日だからって親父も別に、……。……………………いや、そういやぁ帰ってはきていた気がする。


足を伸ばして姿勢を低めながら、舌打ちした口が止まる。

腕を組んで俺を見下ろす親父を目だけで見上げながら、頭では今までの誕生日どうだったか思い出す。

今までも、ガキの頃はさておき誕生日だからって親父に祝われることはなくなってた。でも、今思うと毎年仕事でも任務や遠征でもねぇ日は毎年朝か夜には帰ってきてた気がする。っつーか祝われなくなったっていうよりも、……避けてたのは俺だ。


いっつも喧嘩してて、顔合わすのも嫌で、誕生日だからって急に媚びんのもテメェが嫌でムカついて、親父が帰ってる時は畑や部屋に逃げてた。

「誕生日おめでとう」を言われンのを待ってるって思われるのも嫌で、朝はわざと親父が出かける時間まで部屋で寝てたし夜は親父が寝付くか出ていくまで畑に出てた。

今考えると、もしかして毎年一応俺の為に帰ってきてくれてたのか。何も言わねぇし何もくれねぇしいっつも無愛想面だったけど。

そう思うと何となく気まずくて、首を伸ばしながら目を逸らす。ほんッとに、親父とのことは今でもたまに気付いちまうことが多い。


準備運動が終わって、いつも通り素振りに入ろうとしたら止められた。

今日は素手での身体稽古だって言われて、稽古用の丸太に向かわされる。教えられた構えから思いっきり蹴りを入れたら「呼吸を整えない内からやるな」と早速怒られた。

何度も何度も蹴りいれて拳叩き込んで、足も手もそれなりに痛くなるしついでに剣が握れないのが地味に辛い。


わかってるけど、親父が折角いるのにと思うとどうしても剣を振りたくなる。しかもこれやった後に剣を握ると、拳が痺れたままだから上手く力が入りにくくて最初から剣振る時の倍は集中力使うことになる。

誕生日から疲れさせる気かよと思いながら、やっぱ手加減なしのそれが嬉しくて口だけでも文句が言えない。


ひと通り型が崩れずやりきれて、息が切れた頃に今度は親父からかかってこいと構えられた。

今日こそ一発いれてやると決めて、最初っから飛ばして地面を蹴った。効いてるかはどうかは置いても、親父は重い団服着てるし鎧も着込んでるのに簡単に避けられるし捌かれる。今も左肩狙ったのを片手で受けられた。クソッ。


うっすら空が明るくなってきてから、やっと剣を持てと言われた。

もう時間もないからこのまま手合わせだと言われて、俺ばっか息が切れたまま地面に置いてた剣を取る。親父も腰の剣を抜いて構えるから、俺も手合わせの一分一秒も惜しくて鞘から剣を抜



「……えっ」



……すげぇ、綺麗な剣身が剥き出した。

明るくなってきた空のまだ薄い光にすら綺麗に反射して、鏡みてぇに光ってた。昨日の夜まではこんなんじゃなかった筈なのに握りは間違いなく使い込んだ剣が、刃だけ新品だ。

気が付いたら顎が外れてて、ぽっかり口を開けた自分の顔が剣に映った。目まで皿になって間抜けな顔だ。

数回瞬きしても、やっぱり見間違いじゃなくて真っさらな銀色のままだ。むしろ見間違えられるような輝きじゃない。



「誕生日おめでとう」



真正面から掛けられた低い声に、間抜け顔のまま視線を合わす。

さっきと同じ、剣を構えたまま待ってた親父の口元は少しだけ笑んでいた。

俺の部屋に置いてたのにいつの間に、って思ったけどすぐにどうでも良くなって、それよりもすげぇ久々に祝われたことが後からじわじわ腹の中から喉へと上がって広がった。


ぐっと口の中噛んで、綺麗な刃越しに親父を見る。

俺の部屋は鍵も掛かってねぇし、昨晩帰ってきてたんならその時にこっそり取ってったんだろうと俺でもわかる。

俺だって普段剣の手入れは欠かさねぇし、ちゃんと磨いてる。でも、こんなすげぇきらきらするほど磨くのは絶対一時間二時間で済まない。親父の方が俺より剣の手入れが上手いのは知ってるし当然だけど、ンなことしねぇでも行きつけの鍛冶場に頼めば楽できンのに。まさか金ケチってるとは思わねぇし、……鍛冶場でやられるよりずっと良い。


返す言葉が頭には浮かんだけど、お袋に言われた時と同じで口にするのはすげぇ恥ずかしくて。やっと口を結んだら勝手に端が緩んだ。


そうして構えたまま棒立ちになってる時間も勿体無くて、待ち続けてくれてた親父に一回だけ頷きで返してから飛び込んだ。力一杯握る指先が痺れて感じるのは絶対さっきの鍛錬のせいじゃない。


まともに礼も言えないで手合わせに逃げた俺に、親父も何も言わず剣で受け返した。ガキィンッ!って短い金属音の後、思いっきり全身ごと弾かれて地面に転がった。うっかり勢いのまま振り過ぎた。

受け身はとれてすぐに体勢を戻せたけど、誤魔化したつもりがむしろ剣にはしゃいでるのがバレた気がして遅れて顔が熱くなる。

親父からも「構えはどうした」って言われて、素振りしなかったぐらいで型も忘れた自分に思わず「クッソ‼︎‼︎」って声が出た。

その途端、親父も何がおかしいのかまた口元だけで笑った。馬鹿にされてる気がして睨み返したけど、前より俺にそういう顔見せること増えたなと頭の隅で思う。


「入団試験まで半年を切っている。常に冷静に構えられなければ、一次試験も叶わないぞ」

「ッせぇ‼︎‼︎嬉しいンだから仕方ねぇだろクソ親父‼︎」

紛れて無理矢理言って、クソ恥ずかしい。

冷静どころか顔も全身熱くなって歯を食い縛る。親父も少し目を見開いた気がしたけれど、それだけだ。

続きの言葉を待つのが嫌で、剣を両手に飛び込んだ。今度は型通りにと頭の中で言い聞かせれば、弾かれても踏み止まれた。


……十四になった俺は、騎士団の入団試験を受けれる。

本当は下地できるまで受けるつもりもなかったけど、ステイルのゴリ押しで取り敢えずは出ることになるンだろうなと思う。親父にも一応そう言った。


「若い内から入団試験を受けるのはそれだけで利点もある。受かるつもりでいけ、しかし気負う必要もない」

「……ン」


手合わせしながら腹ン中読まれたように言われて、今度は一音だけ返す。

親父なりに気ィ遣って言ってくれたんだなとわかって、目が合わせられなくなったらその隙に足を蹴りで払われた。マジで手加減ねぇ。

地面にまた転がって、今度はその勢いのまますぐにまた飛びかかってやった。


受けるもんなら受かりたい。だけど、もし落ちちまってもステイルも……親父も。ンでクラークも多分、絶対、責めはしないんだろう。

今はそれもちゃんとわかってて、ちゃんと見たい先に胸を張れてる自分がそれだけで誇らしかった。


ステイルにも、近所のダチにも世界中の誰にでも「絶対騎士になる」って、迷わず言えることが。


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