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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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そしてなんとか祝いきる。


「も~兄ちゃんてば。それよりもさー、ほら〝アレ〟もう良い?」


相変わらずの僕を見兼ねてか、今度はブラッドが間に入る。

ライラの頭を一度するりと最後に撫でてから、両手を小箱の形にして僕に示した。言いたいことはわかるが、わかりやすすぎる。

ぽかりと口を開けたまま僕らを見比べるアーサー隊長を確認し、ブラッドへ僕から頷く。もう日付けも変わるし、ケーキを食べるなら頃合いとしても丁度良い。


僕からの返答に、一度姿勢をきっちり跳ねさせたブラッドはこそこそと服のポケットに手をいれた。どうやらずっと肌身外さず持っていたらしいそれを、席から立ち「アーサーさん!」と渡しに満面の笑顔で歩み寄る。

「なんすか」とブラッドに合わせて身体ごと正面を向けるアーサー隊長は、恐らくここまできても尚気付いていない。僕もブラッドに合わせ、一度その場で立ち上がった。

自分の背中に回して小箱を隠すブラッドは、えへへと口元を緩ませきったままアーサー隊長の前に立った。


「お誕生日おめでとうございまーす!これ、僕と兄ちゃんからのお祝いですー」

大したもんじゃないんですけど、と繋げながら小箱をアーサー隊長へ見せた。

まだ何が入っているかもわからない、ブラッドの両手にぎりぎり隠れきるくらいの大きさの小箱だ。それを見て、やっと僕らからの誕生日祝いだと理解してくれたアーサー隊長から「えっ!」と思わずらしい声が上がった。

もうその反応だけでこっちは動悸が酷くなる。中身を知っている母さんは笑んでいるが、僕としては未だにあんなもので良いのか失礼じゃないのかと気が気じゃない。いや、だが、知ったのも遅かったしもう思い当たらなかった。

せめてあの時、アーサー隊長が質問に的確に答えてくれたらこんなことにはならなかったものを……!!


ありがとうございますと受け取った箱をアーサー隊長が「開けて良いですか?」と開く前から、頭を抱えたい欲求を必死に堪えた。

いや、アーサー隊長がこの程度で気を悪くされるような方じゃないことは僕が嫌というほどわかっているが!!!

喉から細い声が絞り出す僕と、そしてブラッドから伸びやかな声での了承を合図に、アーサー隊長が小箱を開く。

ブラッドや僕でも手の中に隠せそうな大きさの箱は、アーサー隊長が持つと余計小さく見える。しかもその中に入っているのは単なる─



「腕輪……、っすか?」

「髪紐です」



始めから判断を間違えるアーサー隊長に、考えるよりも先に訂正してしまう。

緊張の所為で自分でも焦るほど冷淡な声になったことに、後から後悔する。良くも悪くももう僕の声色には慣れているからかアーサー隊長は「あぁ……」と一音だけでそれを箱から手に取った。

本当に何でもない、用途の判断が難しいのも無理がない糸製の輪っか三本だ。「あら綺麗」とクラリッサさんが褒め、ライラが「良いなぁ」と言ってくれる中、僕だけが居場所がない気分になる。



『日常であの子が使うような物といえば髪紐かしら』



「僕が編み込んで作りました~!糸は兄ちゃんが買ってきてくれてー」

クラリッサさんからの提案が、始まりだった。

アーサー隊長が普段使いする物といえば、髪を括る紐だと。もともと自分を飾ることに興味がないアーサー隊長は、髪紐にも拘らない。だから贈ってあげれば喜ぶし使うだろうという提案に、ブラッドも自分が作るからと即断だった。

もともと家のこと全般慣れていたブラッドは、編み物も上手い。髪紐作り程度、暇な時間に作るのも難しくなかった。一本一本違う色で編み込んでたった一週間で髪紐を三本作り上げてくれた。僕も僕でアーサー隊長に合う色が思いつき過ぎて糸を買い過ぎたから全色使ってくれたのは良かったが。

アーサー隊長が用途を間違えてもおかしくないほど、ブラッドの作品は良い出来だ。


「青と白色はーやっぱり組み合わせた方がアーサーさんっぽいなぁと思ったんですよ。こっちの白と金糸の方も騎士っぽくて格好良いなぁと自分でも思うんですけど!あとあと、こっちの赤色と紫色のも良いと思いませんか?兄ちゃんがやっぱりアーサー隊長はプライド様の騎士だからーって!それにこの色って一番不死ちょ」

モゴッ!と、そこでやっとブラッドの言葉が止まる。髪紐の説明を始めたところで嫌な予感がして背後に回り込んで正解だった。僕の意見なんてどうでも良いだろ!!

しかもあとちょっとで「不死鳥みたいで格好良いと思わないか?!」と発言したこともバラされかけた。


フーッ………と息を大きく吐き出し整えながら、口の中を噛む。

塞いだ手の下でモゴモゴとブラットが何か言っているけど今は無視をする。それよりも気になるのはアーサー隊長の反応だ。

一度小箱ごとテーブルに置き、一つ一つ順番に手にとっては全体の編み込みから使われている糸の色まで確認するように見つめるアーサー隊長は、予想以上に無言が長かった。

お蔭で自分の心臓の音が聞こえるんじゃないかと、ブラッドごと押さえつけた。贈った側の僕から「どうですか」や「気に入って頂けましたか」なんて言ったら、感謝を強要することになってしまう。ここはアーサー隊長が何か言うまでは黙するべきだと固く口を絞った。



「……ありがとうございます」



一分、いや二分は長い沈黙の後にゆっくりと。

最後に一番長く見つめ続けていた赤と紫の髪紐をそっと小箱に戻すと、改めるように僕らへ頭を下げた。

僕もブラッドの口から手を放し、当たり障りない言葉を一言返す。良かった、贈り物だけでもなんとか普通に波風立てずに渡せた。アーサー隊長の表情も、感想こそ少なかったがその表情は僕でもわかるほど柔らかく嬉しそうだった。

小箱の蓋は閉めず、おもむろに後頭部へ手を回したかと思えばそこでバサリと頭の上に括っていた銀色の髪が降りた。

今まで注意して見てこなかったが、解かれた髪紐は本当に何の変哲もない麻紐だった。多分ライラの方が良い糸を使っている。


一度降りた髪を鏡も使わずその場で再び頭の上に纏め出す。片手で纏めたまま、空いた手を小箱へ伸ばしたところで数秒止まった。

どれにするか悩んでいるように指先を浮かせたまま左右に泳がせ、最終的に取ったのは青と白の髪紐だった。

慣れた手つきで迷いなく髪を括り始めるアーサー隊長は、そこで「すげぇ嬉しいです」と言葉を紡いだ。


「まさか贈り物まで貰えるとは思いませんでした。もう二つも、大事に使わせて貰います」

噛み締めるように言われ、それだけでなんだかくすぐったくなる。

ブラッドが気合を入れ過ぎて少し長めになった髪紐は、結い終えれば麻の紐と違い、存在を主張していた。

白糸の方はアーサー隊長の銀髪に紛れてわかりにくいが、ブラッドが青糸も上手く交互に編み込んでくれていたお陰で両色引き立っている。……まさか今後本当にこの髪紐で演習にも出るつもりだろうか。アーサー隊長に身に着けるような品を贈るなんて畏れ多いと断った理由も大部分がそれなんだが。

しかしだからといって贈ったものを僕から「騎士中は使わないで下さい」なんていえるわけがない!僕が贈ろうがブラッドが贈ろうがアーサー隊長の物になった時点でいつどういう時に使うかはアーサー隊長の自由だ。使用方針を指定するなんてそれこそ烏滸がましい。…………いや、だがしかし!


「…………無理、しないでも結構ですので。あくまで祝いの品ですし使うことを強制するわけではありません。何より騎士団は任務でなくとも演習中も動きが激しいですし慣れている髪紐を使って頂いても全然僕は構いません。あくまで気持ちということで、どう使うかはアーサー隊長のご自由に」

「?!いえ使わせてくださいよ!!」


ックソ。まさかの前のめりに断られた。

眼鏡を中指で押さえつけながらなるべく言葉を選んで遠回しに言う僕に、アーサー隊長は残りの二つを収めた小箱を慎重に蓋を閉じながら声を上げた。

そう必死に言われると余計無理して身に着けてくれている気がしてしまう。いやアーサー隊長に限ってそんなことはないとわかっているが。


僕の裾を指先でつんつん引っ張りながら「もう兄ちゃんー」と呆れた声で咎めるブラッドに目も合わせられない。言いたいことはわかってる、なんで素直に言えないんだとか着けてくれたなら良いでしょとか言いたいんだろそれはわかってる。だがアーサー隊長だぞ⁈

聖騎士の、八番隊隊長で最年少入団の最年少本隊騎士でプライド第一王女の最初の近衛騎士で今じゃ騎士の憧れの的といっても過言じゃないアーサー隊長に、誕生日に託けて身嗜みを指定するような品を贈るなど!!!

使って貰えるならそりゃあ嬉しいが、それ以上に畏れ多い!!ブラッドの手製だなんて知ったらこの人が迷わず使ってくれるだろうことは僕だって最初からわかりきって




「初めて自分の〝部下〟から貰えた品ですよ⁈寧ろ早く団服に合わせてぇくらいです!!」




……………………この人は。

「ブラッドがわざわざ俺の為に作ってくれたもので」「どの髪留めもすげぇ格好良いです」「糸も編み込みもしっかりしています」「むしろ前のより丈夫だと」と一気に決壊でもしたかのように握り拳を作って熱弁してくれる言葉も、中途半端に頭へ入ってこない。

うっかり目の奥に熱が籠りそうになって、口の中を噛みきった。そういうところで隊長らしさを急に出すのは反則だ。いきなりアーサー隊長が上官に戻った。この人は、僕をちゃんと〝部下〟として見ているんだ。


八番隊は、今までアーサー隊長の誕生日の祝いの席で前に出た騎士はいない。

そう言われれば確かに、大勢に祝われているアーサー隊長が〝八番隊の部下〟から貰うのは初めてだろうということも察しが付いた。まさか、そんな重要な位置づけに自分がやってしまったということに今気づく。


「本当にありがとうございます!わざわざ来てくれただけでもすげぇ嬉しいのに、こんなすげぇ良いモンまで貰っちまって!!」

人前で贈り物一つに子どものように燥ぐアーサー隊長に、……小言がないわけじゃない。

それでも今は、この人が揺らす髪束を彩る青に、さっきよりも気まずさを感じない。

本当に調子が良いことに、あの言葉だけでこんな大はしゃぎのアーサー隊長でさえさっきよりも〝隊長らしく〟見えてしまう自分がいる。


「……。改めまして、お誕生日おめでとうございます」


気付けば日付けが過ぎたことを時計が示しているのを見て、目も合わせれずになんとか言った。

続けてブラッドやライラ、母さんやクラリッサさんに祝いの言葉が掛けられてもずっと「ありがとうございます」を何度も繰り返すアーサー隊長は相変わらずだ。

僕らからの品だということは騎士団や他の人には伏せて欲しいと頼んでも、首を捻りながら「?わかりました」と即答だった。

もともと聞かれなければ言いふらすつもりはないですけれどと言うアーサー隊長に、何故周囲に聞かれない気付かれないという前提があるのかと思う。


ケーキを切り分け、食べ終えた時にはもう不思議なくらいアーサー隊長に髪紐は馴染んで見えた。


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