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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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Ⅱ69.騎士は逃げる。


「ごめんなさい。私達いま、特待生試験の為に自習中なので」


明らかに高等部ですらないうら若い彼女の言葉は、高等部三年の彼らにはそれなりに驚きだった。

自分達は成人であり、生徒としては最年長。にも関わらず、毅然とした態度で迷わず断りをいれてくる女生徒は生意気としか言いようがない。更に言えば今日まで女生徒に声を掛けて成功率も高かった彼らは、それなりに自負もあった。

にも関わらず、あっさりと断られた上にもう自分達とは話すことがないといわんばかりに背中まで向けられる。自分達に目を向けるだけで何も言ってこない噂の窓際の美女の方が遥かに可愛げがあった。

更には彼女に同調するように自分達を睨んでいた黒髪の少年まで無視に徹し出す。白髪の少年達に声を掛け、とうとう彼らの最後の砦である筈の高等部の青年まで引かせようとした。歳上の自分達に対し、明らかに〝大人の対応〟を年下の彼らにされることは、肩透かしを通り越して屈辱ですらあった。

馬鹿か、ガキのくせに、大人ぶりたいんだろと互いに言い合いながら青年達はせせら嗤う。更には先程まで声を掛ける相手として見ていた筈のプライドを含めて「大体なんでガキが高等部にいるんだ」と投げ掛けたが、返事は誰からも返されなかった。それどころか自分達など居なかったかのように勉強を進め出す。ここで素直に引けば、確実に高等部の笑い者だと自意識過剰に彼らは思う。


「えっ、いやでもこいつら……」

一番まともな反応をしてくれているのはパウエルと、無言のままステイルと青年達を交互に見るファーナム兄弟だけだった。

残すは自分の教室に戻ってきただけの全く無関係な生徒のみ。一番自分達に怯えるべき中等部の女生徒が、一番平然としていることに黙っていられない。


「良いから。……ディオス、クロイ。お前達も手を動かせ」

ステイルが更に言葉を重ね、彼らを相手にしないようにと呼びかける。

プライドが無視を決めたことで、ステイルも準じるように興味は薄れた。何より自分達が相手をする必要はないのだと思い直した。

成人である上級生相手にディオスとクロイも睨むことしかできず、ぎこちなく机に向かい直した。パウエルもステイルと、そしてプライド達を何度も心配そうに見比べながら一歩だけ青年達の前から身を引く。その途端、痺れを切らした青年の一人が敢えて肩をぶつけるようにしてパウエルを退かした。更に前へと進み、自分達が近付いていることがわかるように敢えて足音を強める。恐れるようにちらちら上目を向けてくる白髪の女性の方は愛嬌もあったが、それでもやはり深紅の髪の少女からの態度は改善されない。


「気にしないで下さい。それよりもさっきの読解についてですけれど……」

振り向くどころか、視界にすら入れようとしない。

完全に彼らを蚊帳の外へと決め込むプライドに、青年達は流石に苛つき出した。ムキになっていると思われたくもなく表には出さないが、本心では今すぐ怒鳴るか深紅の髪を思い切り引っ張ってやりたいくらいだった。しかし、先ずは軽く説教の形で自分の立場をわからせるか、軽く脅してやろうかと言葉を捻り、口を開く。

「なぁ。お前ら良くて中等部だろ?上級生にそんな態度で」


「すんません」


言葉の途中で上塗りされる。

謝罪というよりも断りを入れるような抑揚でかけられたその言葉に、彼らも視線を向けた。

見れば先程までは間近に居たパウエルの存在で気づかなかったが、もう一人高等部にも見える背丈の青年が佇んでいたことに気付く。言葉を止め、見返せば深く蒼い眼差しが銀縁眼鏡の向こうから自分達を捉えていた。


「…… ジャンヌ達の勉強の邪魔しねぇで貰えますか?」

言葉こそある程度丁寧な彼から、怯えの色が全くない。

自分達を窘めるような眼差しは落ち着き払っていた。このクラスの生徒か、それとも中等部生徒の仲間かと考えながら彼らはアーサーを凝視する。今度はせせら嗤う余裕もなかった。

形のない覇気に押されるように気が付けば唾を飲み込んだ。ゴクッ、と音を鳴らした後にも続きの言葉が出てこない。すると、彼らが返答を捻り出すよりも先に再びアーサーが言葉を続けた。


「話なら俺が聞きます。……取り敢えず、廊下に出ましょう」

ここだと迷惑なんで、と言いながらアーサーはおもむろに彼らの腕を片手ずつ鷲掴む。

突然気安く触れられ、考えるよりも先に振り払おうとした三年生だが力を込めてもびくともしない。数センチ動かせたところで動きが止まる。信じられない力で掴まれた腕はアーサーの手を振り払うどころか、その分に彼の指がめり込むだけだった。

痛みに押され、やっと「離せ‼︎」と声が上がったが反対の腕で掴み返してもびくともしないことに怒りより焦燥の方が強まった。更には自分達の怒鳴り声も気にせず、アーサーは「こっちです」と一方的に言うとズルズル自分より背の高い二人を引き摺るようにして廊下へと歩き出した。

おい、ふざけんな、なんだコイツ、特殊能力か⁈と青年二人が声を上げるが、それ以上は敵わない。体格や筋力こそ十四歳の状態に落ちていても、たかだか一般男性二名程度に力で負けるアーサーではなかった。

いいようにアーサーに引き摺られることに一人が歯を食い縛りながら、床に踏み止まる足を彼へと蹴り上げる。同時に「調子に乗んな‼︎」と叫ぼうとしたが、言い切る前に中断される。自分達を引き摺る為に背中を向けているアーサーが、振り返りもせずにその場で跳ね避けた。

しかも、ただ跳ねただけではない。自分達の腕から手を離した彼はその一跳ねで自分達の身長よりも高く跳ね上がり、くるりと宙返りをして背後に着地した。とっ、と軽い音が聞こえたと思えば、視界から消えたアーサーに二人揃ってドンと背中を手で突き飛ばされる。不意打ちと勢いのまま青年達は前のめりに扉を潜らされた。

宙返りした拍子に少しずれた眼鏡の位置をアーサーは蔓を両手で押さえて直す。それからペコリとプライド達を含めた教室にいる生徒全員に頭を下げた彼は、何事もなかったかのように続いて教室を出た。

意図せず廊下に足を踏み出した二人組は、訳もわからないままアーサーへと振り返る。あまりに一瞬のことでどうして彼が自分達の背後に移ったのかもわからない。蹴り出した足を下ろす前に背後から突き飛ばされたのだから。


「あんまり他生徒に迷惑掛けるようなことはやめた方が良いですよ。何かしら問題を起こしたら学校にもいられなくなりますし」

整えた言葉でありながら、やはり下手(したて)には聞こえない。

三年二人が上から険しい表情で睨む中、アーサーはクラスの扉から阻むように彼らの前に立つ。

ここから先はもう行かせない、と意思表示のように佇む姿はどう見ても虚勢には見えなかった。むしろ二人の肌が危機を知らせるようにうっすらヒリつき出した。自分の教室へと戻っていく高等部一年の生徒が自分達を横切る中、妙な居心地の悪さは決して彼らからの視線によるものではない。

気味の悪さにも似たそれを振り払うように、青年の一人が返事代わりに正面からアーサーに彼より長い足で蹴りを放つ。しかし、ひょいっとアーサーはいとも簡単に最低限の高さの跳躍でそれを避けきった。触発されるようにもう一人が掴み掛かるべく飛び込むが、身体の向きを変えるだけで避けられ、流れるように軽く足を引っ掛けられる。うおっ、と勢いのまま前のめりに転びかかるが、その前にアーサーが彼の背中を掴み、軽々と引っ張り戻した。

あくまでプライド達のいるクラスの扉へはこれ以上近付けるわけにはいかないとその為だけに彼を引き戻し、もう一人の方へ軽く突き飛ばす。

体勢を整える間も無い。よろめいた足のままもう一人の正面に背中からぶつかれば二人揃ってバランスを崩し、尻餅をついた。あまりにあっけなく自分達が地につかされていることが信じられない。一人佇むアーサーをその場で地についたまま見上げれば、自分達より背の低い彼の目線は当然ながら今は自分達より高かった。


「名乗り遅れました。中等部二年のジャック・バーナーズです。彼女達に用がある時は先に俺ンところに来て下さい。話は聞きますし、また殴り掛かってきてくれても構いません」

矢のように真っ直ぐと蒼い眼光が彼らを射抜く。

淡々と落ち着いた声色に反し、有無も言わせない迫力がそこにはあった。今、この場で自分達が再び殴り掛かってもきっと一撃も入らないだろうと彼らは理解する。中等部二年とは思えない身体つきが、年齢の壁を超えて彼らの前に立ち塞がる。

無言のまま歯噛みし、言い返す言葉も見つからない。何よりもここでアーサーの怒りを買えば、自分達の方がただではすまないのは明らかだった。既に二度も背後を取られた彼らは、まだアーサーに一撃も向けられてはいないのだから。

床についた拳を震えるほど握り、膝を曲げて起き上がる。互いに顔を見合わせる余裕もなく、まるで獣にでも遭遇したようにアーサーから目を離さず立ち上がった彼らは、最初は数歩だけ間合いを取ったと思える程度に後退った。

彼らの返事もなければ未だ意図に確信を持てないアーサーは、さっきより低めた声でもう一度〝まだ〟十八歳の彼らに釘を刺す。


「取り敢えずもうこのクラスには近付かないで下さい。……自分は、何度でも貴方達のところに行けるンで」

忠告を聞かなければ報復を覚悟しろ、と……そうとも取れる言葉にゾクリと彼らの背筋に冷たいものが駆け抜けた。

もともと軽い気持ちで、自分達に反抗できる生徒などいないことを前提で来ただけだった。なのにこうして明らかに自分よりも喧嘩慣れした相手に凄まれれば、どう考えてもわりに合わない。

何人も一年の生徒が行き交い、注目を浴びる中でせめて下級生に従うように見える言動だけはと彼らは二人揃って固く口を結ぶ。片方が隣に並ぶ相手の肩を叩き、それを合図に踵を返して駆け出した。

もう一年のクラスにも、中等部にも近付きたくないと心から思いながら。

三年生の二人が自分達のクラスへ戻るべく登り階段へと消えるのを最後まで見届けてから、アーサーは小さく息を吐いた。緊張、というほどではないが、ここで乱闘騒ぎまで発展しなくて良かったと胸を撫で下ろす。


「……流石に喧嘩なんかしたらアイツにも文句言えねぇし」

学校初日、生徒を四階から突き落とした配達人を思い出す。

アーサー自身、あそこで騒ぎになる前に決着をつけるには脅すか意識を奪うしかなかった。意識を奪うことも力尽くで制圧することも容易だが、学校で揉め事も目立つこともなるべくしたくはない。

何より少しの問題はあるとはいえ、たかがナンパと暴言と軽い暴力しかしていない彼らへ安易に暴力を行使したくもなかった。罪人や捕縛対象者になれば未だしも、彼らも騎士が守るべき民に変わりはないのだから。

早速プライドの元へ戻ろうと背後へ振り返り、そこでアーサーはピタリと今更ながら動きを止めた。気付いてしまったことにいっそ後悔しながら、冷や汗が額を伝う。

見れば、自分と三年生二人がいた場所から大きく距離を取った位置で、多くの一年生生徒がこちらを凝視している。プライド達がいるクラスからだけではない、他の教室の扉から顔を出し、中には見る為だけに廊下から出てきた生徒もいる。


……やべぇ、目立った……。


これでは今度はプライドのことを言えなくなると、アーサーは頭を抱えたい気持ちをぐっと堪えた。

さっきまで堂々と伸びていた背中が肩ごと丸くなり、焦る気持ちを隠しながら目を向ける。見れば、年下の筈の自分へ怯えている目もいくらかあった。そこまで大喧嘩をしたつもりはないが、それでも諍いをしていたことに変わりはないと理解したアーサーはそのまま頭を深々下げた。


「すみません、お騒がせ致しました……」

ぺこり、ぺこりと各方向に向けてひたすら頭を下げ続ける彼はまるでさっきとは別人だった。

銀縁眼鏡が蒼い瞳を隠すように反射し、更には編み込んだ銀髪を肩に垂らした彼が平謝りする姿はただの腰の低い少年でしかない。

すみません、すみません、と彼らが視線を逸らしてくれるまで謝り続ける。殆どの一年生生徒からすれば、自分達のクラスに火の粉がかかる前に不良生徒を追い払ってくれたアーサーは称賛ものだったが、それ以上に関わりたくない方が強い。

また今の上級生やその仲間が彼に復讐に来ないとも限らない。頭を下げまくるアーサーに会釈ほどの角度で頭を下げ返すか、手を軽く振るか半笑いを返すか目を逸らす。

教室の中へこそこそ話をしながら戻っていく一年生達に、アーサーは長く深い溜息を吐く。双方無傷且つ迅速に排したにも関わらず、プライド達の元へ戻っていく背は未だ丸かった。


続けて彼の背を押すように、昼休み終了の予鈴が校内に響き渡った。


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