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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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戸惑い、


「今度はねぇ、ライラがおかーさんとブラ兄に買っていってあげる。あのねぇ、ブラ兄の連れて行ってくれたお店ね他にも色々なお菓子がたくさんあったの」

「うーーーーーん……、そっかぁありがとう。でもねぇライラ。…………もう僕ら、村には帰んないんだぁ」


ダックワーズ二個目を食べながら言うライラに、ブラッドは笑いながら少しだけ影を落とした。

さっきまで後回しにし続けていた話題に、母さんも唇を結んでしまう。僕もだ。

ライラ一人が丸い目でブラッドを見返す中、口の中を飲み込んだ。まだライラには家が焼けたことも城下に移り住んだことも言っていない。……言えていない。


母さんの病気が治ったことやブラッドが新しい場所で働くことを言えたが、まだ住居についてははっきり明言していなかった。郊外に近い店とはいえ城下の店だし少しは疑問に思うかと思ったが、まだ何も気づいていなかった。

人付き合いが下手な僕や、特殊能力者の為に外に出ることを控えていたブラッドと違って、ライラはちゃんと村でも人間関係を築けていた。学校に移り住むことには頷いてくれたライラだが、それでも村にも家にも思い入れはあるに違いない。

空気が重くなり始めるだろうことを肌で感じつつ、僕からも「ライラ」と声を低める。長男である僕がここは話すべきだろうと思う気持ちと、……そういう話題を今この場ではするべきじゃないという気持ちが鬩ぎ合う。


「村のお家は?誰が住むの??」

「燃えちゃった」

早速一番言いにくいことを直球で投げつけるブラッドに思わず息が止まった。絶対順番がおかしい。

せっかくの祝いの席でなんていう話題をと、もう一度ライラとそして今度はブラッドの名前も呼ぶけれど、二人とも今は僕を無視する。

ライラの方は「えーーー!!」と声を上げているからそれどころじゃないんだろう。まだ焼けたことの深刻性を完全に理解できているかはわからない。それでも劈く声は間違いなく嬉しいものじゃない。

いつもの笑顔をにこにこと浮かべるブラッドは、……多分今はわざと笑ってる。さっきまでと違う、村の外を歩く時と似ている笑い方だ。


「お家燃えちゃったの?!じゃあライラのベッドは?!ブラ兄の部屋は?!?」

「燃えちゃったー。ごめんねぇブラ兄も頑張ったんだけど。それでねぇ、兄ちゃんがこの近くに新しいお家を買ってくれたんだぁ。だからこれからは母さんもライラに会いに行けるようになったんだよ」

「…………ブラ兄も??」

「うん、ブラ兄もー。これから、またライラとも会えるよ。新しい家は台所も広いし庭も広いし、ライラの部屋もちゃんと用意しているよー。元気になった母さんもライラにご馳走作ってお菓子も焼きたいって。…………だから、良い?」

僕より長い間ライラの世話をしてくれていたお陰か、ブラッドの話にライラは瞬きもせずに落ち着いて聞き入っていた。


実際は家が焼けたことと、母さんの病気が治ったことは関係ない。

新しい家だって広くはあっても、その分ずっと古い。引っ越す前は掃除が大変だった。

それでも、ライラが喜んでくれそうなことを先に並べるブラッドは、本当に僕よりも昔からこういうのに慣れている。


良いかと、その問いにライラはすぐには応えない。さっきまでの騒がしさが嘘のように静まり返ってしまった部屋で、ライラは数十秒何もいわなかった。ぱちん、と瞬きすればやっと唇が動き出す。


「……ブラ兄は、こっちの方が楽しい??」

「うん楽しいなぁ。ここで働いてお客さんとお話してもねぇ、…………誰も僕を嫌いにならないんだぁ」

そう言って初めて、さっきまでの笑みが本当の意味で緩んだ。

ライラの頭に手を乗せ笑んだブラッドに、母さんも視線が落ちる。今まで母さんの身体の為に村で暮らしていたことも事実だ。でも、ブラッドの扱いまでが母さんの所為なわけじゃない。

静けきった空気の中で、ライラの丸い瞳が揺れる。幼いライラも、ブラッドが村でどういう目で見られているかはわかっている。だから


「じゃあ良かったね!ブラ兄」


ぱっと、明るい笑みが光った。

ライラの声色とその表情に、ほっと音を出さずに胸を撫でおろす。家の為に学校の寮住まいも受け入れてくれたライラは、……充分強かった。

まだ子どもでわかってない部分もあるとはいえ、それでもこの場で笑ってくれるライラは偉い。

見守っていた母さんからも肩のこわばりが落ちるのが目に見えてわかった。一番驚いたように目を見開いているのは、ライラの言葉を真正面から受けたブラッドだ。父さん譲りの水色の瞳を揺らし、それから細めた。

「うん」と、笑ったブラッドは首を傾けながらも満面の笑みだ。


「ライラは良いよ!もう学校に新しいお友達たくさんいるし、ブラ兄も楽しいならここでも。ブラ兄も学校来る??」

「うーんそれはどうかなぁ。流石に人がたくさんいるのはまだ怖いしー、お店で働く方が楽しいし。……特殊能力が制御できるようになってもまだ、学校に通える年だったら考えようかなぁ」

首を反対方向に傾けながら言葉を返すブラッドは、この前よりもまた前向きになっている。

この前までは店で働ける時間を増やそうだったのに、今は学校も視野に入れている。それだけ温かい人に触れて来たからか、それとも特殊能力を制御できる兆しや見通しでも得たのか。…………プライド様が仰っていたように。


やったー!と声を上げるライラは文字通り両手を上げて喜んだ。母さんもこの話は初耳なのか、皿のような目を僕と合わせた。

クラリッサさんが「それも良いわね」と初めてここで発言をする。この店の主であるクラリッサさんを黙させてしまったことに、肩が狭く感じてしまう。アーサー隊長も「良いと思います」と続けるからやはり同じだろう。本当に、ここでライラが泣き出さなくて良かった……。


はあああああ……、と息を全身から吐き出すとそこでアーサー隊長から「そろそろケーキも食いましょうか」と提案が上げられた。

視線が別方向へ向いたと思えば、時計がもう少しで日付けを回りかけている。…………明日はなるべく食事も制限しよう。


すみません、と改めてクラリッサさんとアーサー隊長へ家族の事情に巻き込んだことを謝罪すれば母さんも続いた。「それよりケーキを」と話を流してくれるクラリッサさんがケーキを切りわけようとしたところで「私が」とケーキナイフを受け取った。

僕も何かできることをと、取り合えずケーキ用の皿を重ねられた状態から全員に配ることにする。ブラッドが「蝋燭立てます?」と勢いよくまた奥の厨房へ向かおうとしたが、それはアーサー隊長が断った。流石にそれは気恥ずかしいのか。


「えー、ケーキ食べるなら蝋燭に願い込めましょうよ!アーサーさんがどういうお願いするのか気になるなぁ」

「ブラッド、そういうのは自分の中だけでアーサー隊長から内容まで聞けるかは別問題だ。それに家によって祝い方は異なるんだから文句を言うな失礼だろう」

「いえ、ちょうど蝋燭切らしちまってるだけで。いつもは二人だけだったンで、うっかり母上も自分も料理のことばっかで忘れてて……」

「ならば自分が買いに行きますが???」


どうしてそういうところだけ雑なんだこの人は。

まさか別方向の問題だったことに、今から馬を走らせようかと立ち上がり、……気付く。もうこの時間にやっている店はない。

ならば僕らの家に行けばたしか数本程度は……!と玄関に足を向ければアーサー隊長から「本当に大丈夫ですから!!」と叫ばれた。

せっかくの年に一度の祝いの日に、習慣を抜くなんて。気が付いた時点で言ってくれれば僕が買いに行ったのになんでこんな最後の最後まで言わないんだ。騎士団でも報告の重要性は何度も言われているのに。

気付けば眼差しが鋭くなっていた僕に、アーサー隊長がまた「すみません」と謝った。だから僕に謝罪はいらないのに!!!


「も~兄ちゃんてば。それよりもさー、ほら〝アレ〟もう良い?」


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