Ⅱ534.本隊騎士は居た堪れず、
「お母さん本当にずっと元気なの?!」
大皿をテーブルへ置いたところで、突然飛び上がった声に肩ごと振り返る。
見ればライラがキャラメル色の目をくりくりさせ、母さんに抱き着いたまま両腕をしっかり掴んでいた。母さんの回復に嬉しそうに顔を輝かせるライラの言葉に、僕も正直疑いたい部分はまだある。身体を悪くしてから長かった母さんに、子どものライラも勢いをつけて飛びつかないようにといつも気を付けていた。
大体、医者にかかっても症状を悪化させないようにするだけで精一杯だった病状が気付けば治るなんて話が本当にあるのか。
母さんが僕らに負担をかけまいと医者と口裏を合わせさせて隠しているのではないかとも思ったが、……今日まで母さんは一度も苦しそうにする素振りどころか咳すらしない。
以前は咳き込まない日がなかったくらい頻繁だったのに、今は新居で家事にも取り掛かり毎日こうしてブラッドの仕事を見に行く為に自分の足で通っている。
過去騎士だった父さんが留守にしている間、僕ら三人の面倒をみてくれたことを僕は覚えているけれど、未だにブラッドは戸惑い気味だった。
今はなるべく演習後にも新居に様子見も兼ねて帰っている僕だが、……そろそろ騎士館通いに戻して良さそうじゃないかと考えている。正直、家に帰っても僕のやることがない。今もライラへ「本当よ」と笑顔で返す母さんは血色も良い。
「もう少し生活が落ち着いたら、今度からはノーマンの代わりにお母さんがライラの顔を見に行くからね」
「お母さんにも会えるの⁈ブラ兄は⁈」
「ブラ兄はライラの学校まではまだ怖いかな~。でも休みには会えるよ。兄ちゃんこれからもここで働くから」
ライラの好きなくまちゃんもうさぎさんも作るよと、そうブラッドが締めくくればライラから嬉しそうな悲鳴が上がった。ぴょんぴょんと両足で飛び跳ねては二つ結びの髪がうさぎの耳のように揺れている。
お騒がせして申し訳ありません、と僕が代わってクラリッサさんに謝罪すれば笑みだけが返された。本当に今日が客のいない時で良かった。
料理やケーキを並べ終わり、テーブルの準備が全て終えたところで母さんを僕が、ライラをブラッドが椅子を引いて座らせる。アーサー隊長もお母様であるクラリッサさんに椅子を引き、最後に僕らが席についた。
改めてテーブルを並べれば、本当に凄まじいご馳走だと思う。この人数で食べきれるのかも若干自信がない。
「さぁどうぞ」とクラリッサさんの言葉を皮切りに全員が皿を片手に料理を取り始めたが、クラリッサさんや母さんに並んでアーサー隊長までもが「それか食いたいもんありますか」と取り分け係に進み出る。
そういうのは主役であるアーサー隊長ではなく、僕が先にするべきことなのだが。…………ここは、今日明日だけは!今度こそぐっと堪える。
気付けばライラ以外全員が取り分けるべく動いていた。これではライラの誕生日会だ。
やっと全員の皿に料理が行き渡り食べ始めた時には、もうライラはよそわれた分を食べ終えていた。口の周りが早くも赤く汚れている。
「ブラ兄はここでお料理してるの??」
「今はまだ料理よりもお客さんに注文聞いたりお掃除かしら。でもね、ブラッド君すごくお客さんに人気なのよ。今日なんて初めて珈琲淹れて好評だったくらい」
ライラの投げかけに答えてくれるクラリッサさんの言葉に「そんなことないですよ」と嬉しそうに返すブラッドは、僕が向かい席から腕を伸ばすより先にライラの口を拭った。否定はしても顔は正直で嬉しそうだ。
僕の隣で「本当に人気」と自慢げに微笑む母さんも気持ちは同じだろう。今のところブラッドに、大きな失敗はないことも聞いている。
すごいですね、とアーサー隊長がミートパイを片手に言えば、拭ったハンカチをポケットにいれるブラッドの注意は主賓席へと向かった。
「アーサーさんも大人気ですよー。お客さんよくアーサーさんの話をしてますし」
「いえ、俺は………。まぁ、昔からの顔見知りだからですかね」
アーサー隊長は、客との話になると何故か歯切れが悪い。
無意味に眼鏡の丸縁位置を直しながら、視線を泳がすアーサー隊長を見る。
僕の目には少なくともここの客は全員良い人ばかりだ。アーサー隊長のことを悪く言っている話など僕もブラッドも一度も耳にしていない。なのにアーサー隊長はどうにも客とはあまり関わりたくないようだった。
接客が苦手とは聞いたが、騎士団ではあんなに人に囲まれている人がどうして店では駄目なのか。八番隊で唯一、他隊の騎士達と関わりが多い人だぞ。
今もブラッドへ返答した後にまるで言葉ごと飲み込もうとしているかのように大口でパイをあっという間に平らげてしまう。「もう一個いいすか」とまた大皿に手を伸ばせば、ブラッドが腰を浮かせて大皿をアーサー隊長の手元へ近づけた。
「アレックスさんは「本当に良い騎士になったもんだ」って言ってますしぃ、ランドルさんなんて「俺は昔から騎士になると知ってた」ってお酒飲みながら十回は言い続けてましたし他のお客さんも流石は騎士団長の息子さんとか~、あっ。あとシェリーさんとはどういう関係ですか?ずっとアーサーさんに会えないの残念がってましたよー」
「俺がいると絶ッ対あの人達ろくなこと話さないンで……。アレックスさんはともかくランドルさんは本ッ当俺が居ると絡んできてばっかなンすよ。あまり騎士団でのことは話せないことが実際は多いですし……、それにアレックスさんもそうですけど俺がいると皆してガキの頃を引き合いに弄ってくるンで。っつーか、シェリーはわりとダチ同士の飲みでは会ってる方すよ?」
ブラッド、そういうことは軽々しく聞くんじゃない、アーサー隊長に失礼だろう、お前も探られて良い気がしないのなら聞くな、と。そう注意しようと口が開いたのに、声を出す前にアーサー隊長が答えてしまう。この人に隠し事はないのか。
何気に女性関係まで指摘されたのに顔色一つ変えない。それどころか「あとランドルさんの言ってることは八割酒の勢いでの作り話です」と言い切る時の方が若干顔が引き攣っている。
「えー本当に?」と言及するブラッドに今度こそ僕も声を荒げる。ブラッド!!と名前を呼べば、すぐにその口は閉じられた。
今度こそ決めていた言葉で叱れば、一言が返って来た。…………本当ならここでアーサー隊長にもなんでもぽろぽろ答えなくて良いと念を押したい。けれどこの祝いの席でそれはと酒で流し込んだ。
アーサー隊長の子ども時代、という話が遅れて思考にめぐる。
以前にアーサー隊長から子どもの頃については少しだけ聞いたが、そこまで弄られたくないことでもあるのか。
騎士を目指すのを諦めた時期、というのが関係するのだと考えるのが自然だが、今は誰もが讃える聖騎士なのだから隠す必要もないのに。
むしろご自身が聖騎士ということを隠したがるアーサー隊長は奥ゆかし過ぎるとさえ思う。本来であれば国中の人間に振り返られては讃えられる毎日を過ごしてもおかしくないアーサー隊長は、未だご両親にしか自分が聖騎士アーサー本人だと話していないという。僕には正直勿体なく思う。
「でもこの辺本当に良い人ばっかでー、アーサーさんも話さないの普通に勿体ないなぁって思うんですよ。ランドルさんのことも、騎士になったアーサーさんの話聞きたい気持ち僕もわかるなぁ。今度お休み合ったら一緒に接客とかできます??」
「いや、俺は……。むしろブラッドが接客してくれンならもう全力で表には出ねぇでいられるってありがたく思ってたくらいですから」
「ええー。勿体ないなぁ、アーサーさんが給仕したら皆喜びますよぉ。アーサーさん格好良いし僕より絶対人気者ですよ」
本当に申し訳ありませんと。その意思を込めて隣に座るクラリッサさんへ頭を下げる。
すぐに僕の意図を組んでくれたクラリッサさんは首を横に振ると「どんどん食べてね」と敢えてだろう話を逸らしてくれた。
本当に、流石はアーサー隊長のお母様だ。おおらかで心も広い。
正面からブラッドがこれ以上失言をしないように睨めば、目が合ったあとのブラッドは「すみません」と言いながら一度取ったサラダをフォークで刺す前にテーブルへ置いた。
「いつかアーサーさんの好物とかも作れるように練習しますねぇ」
どんなのが好きですか?と切り替えた先の話題でまた投げかけるブラッドに、アーサー隊長も全く気にするそぶりもしない。
「そうですね」と言いながら腕を組み、テーブルの上を見つめだした。そのまま料理名を一つ一つ語ると思えば、どうやら今僕らが食べている料理の殆どがそうらしい。今更ながら今夜はアーサー隊長の誕生日祝いなのだと思い直す。
確かにどれも絶品だし、アーサー隊長が好物に思うのも納得できる。中にはブラッドも僕も一度も食べたことのない料理もあった。
一通り言った後、今度はアーサー隊長の視線が僕らに映る。「皆さんは?」と投げかける視線は一秒程度だが、ライラや母さん、ブラッドだけではなく僕にも合った。
「兄ちゃんは結構甘い物好きだよね。昔から勉強とか疲れた時とかなにかにつけてあったら食べてたし」
「っ栄養補給にちょうど良いだけだ。ブラッドこそ、好物の半分以上は菓子じゃないか」
「ライラはねぇケーキと果物とぉ、あとブラ兄のパンケーキとポトフ〜!」
ライラの言葉に、次の瞬間アーサー隊長とクラリッサさんが同時に果物の盛られた皿をライラへと寄せた。
本当にこれでは誰のための席かわからない。ケーキなら予約した二度目のライラの誕生日ケーキを明日取りに行けるのに‼︎連日ケーキになる‼︎
しかも続けて「パンケーキはないですけどケーキはありますから」「シチューはどう?」とお二人に言われるからどうしようもなくなる。流石にこれには僕だけでなくブラッドも母さんも頭を下げた。
「美味しい〜」と頬を綻ばせるライラだけが平和だ。
大体今日はアーサー隊長の祝いの席なのだからライラの好物は気にしなくて良いというのに‼︎
「ブラ兄今度これ作って〜!」
「あ、ミートローフ?これ美味しいよねぇ、兄ちゃんも作り方まだ知らないんだぁ」
野菜もたくさん入っていて美味しいです。と、母さんがライラとブラッドに続く。
クラリッサさんも嬉しそうだし、アーサー隊長も先程好物と言っていたからか微笑を浮かべている。……こういうのを見ると、本当に僕だけが家族で社交性がないんだと思い知らされる。
いやだが僕は中身〝は〟父さん似だと母さんも村の人も話していたし……‼︎




