そして自重する。
「のん兄、アーサー隊長にも怒っちゃうの??」
やめてくれライラ。
きょとんと、僕とアーサー隊長を見比べるライラに僕の方が居た堪れなくなる。別に妹を前に虚勢を張りたいわけではないのに。
むぐぐ、と息ごと止めて耐える間にもアーサー隊長がまた「すみません」と今度は僕とそしてライラにまで謝る。なんでそこで妹にまで頭を下げるんだこの人は!!
首を重そうに垂らすアーサー隊長に、ライラが手を伸ばす。よしよしと銀色の髪を撫でて慰める様子に僕の胃が痛くなる。八番隊隊長且つ最年少で入団入隊し最年少騎士隊長記録を上塗った聖騎士がなんで僕の妹に慰められているんだ!!!!
「のん兄ねぇ、いじわるじゃないからねぇ。アーサーさんのこと嫌いなんじゃないよ??」
「はい…………、いえ俺が毎回考えが足りねぇだけで、……本当お世話になってます……」
「いつまで僕の妹相手に言葉を整え続けているのですかアーサー〝さん〟」
あああもう!!僕は!!!!
つい、本当についまた言った!目の前で僕の妹相手に腰が低い姿に若干嫌味まで入ってしまったと自覚する。
またアーサー隊長から謝罪を受ける中、本気で「僕は妹の送迎にきただけですから」と口走って逃げる自分が頭に浮かぶ。
ブラッドにならまだしも、なんでまだ十歳の子ども相手にまで腰が低いんだ。新兵にまで腰が低いのも未だに僕は見慣れないというのに、妹にまでそんなことをしたら僕が怒るのも想像できるだろう!!!
段々と気恥ずかしさと情けなさが混ざってアーサー隊長相手に腹立たしさまで覚えてしまう。
アーサー隊長に結局こんなことしか言えない自分もさることながら、…………ライラが、僕を前にちゃんと気を遣って僕の本音を隠してくれていることにも。歳の離れた妹にここまで気を遣わせる長男の僕ってと、折角騎士として頑張ると決めた筈なのに落ち込みたくなる。
流石にアーサー隊長の前で堂々と落ち込むなんてできないけれど、表情筋に力が入る僕を察してかライラが今度は僕にまで頭を撫で始めた。
アーサー隊長と揃って良い年した騎士が何をしているんだと自分で思う。本当に騎士の団服を着てこなくて良かった。
「のん兄もね、怒っちゃだめだよ。もっと優しくいわないと怖がられちゃうから」
その人はハナズオの防衛戦で敵の大群相手に騎士団長と共に二人で圧倒した凄まじい騎士なんだが。……確か、ライラにも十は話した筈なんだけどなと思いながら今は言えない。
いつも途中からは「その話飽きたー!」「騎士なんか嫌い!」「アーサー隊長きらい!」と言っていたライラだし、やっぱりその話も最後までは聞いてくれていなかったんだなと改めて痛感する。そういえば聖騎士の話もまったく覚えていなかった。
嫌い嫌い言っていたアーサー隊長にもこうして仲良くしてくれそうな兆しを見せていることだけ今は喜んでおこう。
「すまない」と僕からもライラに謝罪しながら半分はアーサー隊長に向けても言う。
間違ったことを言っているとは思わないが、それとは別にこんな日に玄関の前で早速恥をかかせるようなことをしてしまいったことについては謝罪しなければ。
申し訳ありませんでした。と、低い声で力なくアーサー隊長へ謝罪をすれば、さっきまでと同じ言葉がまた返って来た。僕が謝罪した時くらいそこは「こちらこそ」の続き以外で返して欲しい。
そう思っていると、騎士二人が十歳に仲裁されている場にやっと別の足音が近づいてきた。
「ライラいらっしゃーい!兄ちゃんまたやってるのー?今日くらい我慢しようよー」
「ノーマンお迎えありがとう。ライラ、久しぶり」
「あらブラッド君の言う通り可愛い妹さんね。アーサー、大皿運ぶの手伝ってくれる?」
厨房からブラッド、母さん、そしてアーサー隊長のお母様であるクラリッサさんがそれぞれ湯気を零した皿を両手に現れた。
やっぱりさっきまで料理の最中だったんだなと思いながら、慌てて僕は姿勢を正す。お邪魔します、お招きありがとうございます、と頭を下げたのとライラが「お母さん!!」と声を上げるのが途中まで重なった。
床を蹴り、二つ結びしたオレンジの髪をぴょこぴょこと跳ねさせながら母さんに駆け寄った。ライラの突撃に、急いで近くにあったテーブルへ皿を置いた母さんは両手を広げて膝を折った。が、……直前でライラはいつものように立ち止まった。
ぴたりと母さんの目前で一度両足を止め、それからゆっくりと両手を広げてぽふんと抱き着いた。今まで通りの光景に、もうこれからはそんな遠慮はいらないんだなと少し思う。
大皿を運ぶべく立ち上がるアーサー隊長に、僕もそのうしろに続いた。
「手伝います」
「!ありがとうございます。でも客ですし、テーブルについてて貰ってても」
「弟や母も手伝っているにも関わらず、主役であるアーサー隊長を働かせるわけにはいきませんから」
ありがとうございます……、と今度は少し引き攣った顔で返された。
むしろ祝われる側の相手に持て成される僕の立場も考えて欲しい。アーサー隊長こそテーブルについていて下さいと言いたかったが、クラリッサさんのご指示ならここで僕に言う権利はない。
カウンター席から回り込む形で歩けば、途中でテーブル席へ方向を変えた。「これノーマンさんからです」とアーサー隊長がクラリッサさんへ一言断って手に持っていた菓子をテーブルに置く。
「せっかくなんで皆で食いましょう。あとで皿に並べて貰っても良いすか?」
「あら、美味しそうな匂い。すみません、ノーマンさん。気を遣わせちゃって」
「いえ、こちらこそ大事なお祝いなのに自分の家族を招いて頂きありがとうございます。妹もずっと楽しみにしていました」
テーブルに置かれた菓子の包みを手に、顔を綻ばせてくれるクラリッサさんは本当に綺麗な方だと何度も思う。
「とんでもありません」と微笑んだクラリッサさんは、小さく肩を上げると改めるように「ようこそおいでくださりました」と礼をしてくれた。
視界の端ではブラッドが一度菓子の包みを覗き込んでから、ぱっと目を輝かせたのが見えた。「お皿僕が持ってきまーす」と返事も待たずに足早に厨房へと戻っていく。開けてもいないのにもう中身が予想できているらしい。
ここに来てから賄に美味しい物食べさせてもらえているらしいブラッドだが、未だに好きなものは変わらない。
いえいえ、と僕に上品に手を振って笑ってくれるクラリッサさんは、一度テーブルの上へと目で示した。
「むしろ遠慮なく作ることができて嬉しいです。ブラッド君の歓迎会もやっていなかったし丁度良かったわ」
「いえ、その……今日はあくまでアーサー隊、ッアーサーさんの誕生日祝いですので。御子息の折角のお祝いですし、主旨を違えてしまうのはどうかと」
「ッノーマンさん!自分は全ッ然良いンで!!!実際誕生日は明日ですし!今日はブラッドの歓迎と引っ越し祝いも纏めて飯食いましょう⁈ライラちゃんのお誕生日仕切り直しも込めて!!」
大皿こっちです!と、途端にアーサー隊長に腕を伸ばされ背を押される。
御自分の誕生日が疎かにされるのは気にしないのはアーサー隊長らしいが、知り合ってまだ二週間程度の僕らと自慢の息子をいっしょくたんにするのはどうかと思う。
それでも慌てた口調で言うアーサー隊長に押されるまま、厨房へと入った。確かに料理を運ばずこのまま立ち話するわけにもいかない。
すれ違いざまに花柄の皿を両手のブラッドが早足だったから「転ぶなよ」と声だけ掛けた。ここ最近、ブラッドは前よりも動き回ることが多くなったと思う。
前の家では転ばないように歩くことが多かったのに、今じゃパタパタと家の中でも駆け回ることが増えた。遠慮が減ったのは嬉しいが、気を緩ませ過ぎて後悔するような結果だけは招かないで欲しい。
厨房に並べられた皿を見れば、まだ三皿も大皿が残っていた。既にテーブルに並べられていた皿でもかなりの量と皿だったのに、まだこんなにと圧倒される。
アーサー隊長と騎士団長は御実家では一体どれだけ食べているんだと思う。いやでも今日は僕らが招かれたからふんだんに作って下さったのだろう。
「すみません。ノーマンさん達呼ぶってなったら母上が張り切っちまって。例年は食うのも俺だけの時が多いし大皿でも三皿くらいなンすけど」
「三皿食べるのですか」
これを、と。思わず耳を疑う。
てっきり家族三人でそのくらいの量かと思ったのに、アーサー隊長一人でだ。僕自身、家族の中では比較食べる方だと思っていたのに騎士団の中では普通だったことを思い出す。そして絶対アーサー隊長は絶対大食いの部類だろう。
「いつもじゃないっすよ」と平然と言いながら片手に一枚ずつ大皿を持つアーサー隊長だが、いつもじゃなくてもその量が食べれること自体凄まじい。
アーサー隊長が体格にも恵まれているのは鍛錬と騎士団長の遺伝だけの話じゃないような気がしてきた。…………というか、この量を食べれてまだ余る量をクラリッサさんはお一人で作っているのか。
茫然としながら、残された大皿を僕も一枚持つ。本来なら僕が二枚持つべきだけど、残念ながら重さ関係なくこの大盛りな大皿を片手ずつで落とさない自信がない。見栄を張って落とすくらいならここは手慣れたアーサー隊長に任すべきだろう。
厨房から出てテーブル席へ歩み寄れば、クラリッサさんが早々にフォークやコップを並べてくれていた。
「ありがとう」と僕らへ振り返り、アーサー隊長から一枚皿を受け取った。
「アーサーが友達を連れて来るなんて何年振り??」
「家には十年以上ぶりじゃないっすかね。外ではわりと会いますけど」
…………そんな貴重な数に僕らを入れていいのかという気持ちと、そもそも〝友達〟ではなく部下ですと言いたい気持ちが同時に沸いた。
いやでも僕はともかくブラッドは友達の部類に入るのかもしれない。




