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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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そして辿り着く。


「アーサーや、近衛騎士の方々には毎年〝花束〟を贈っています……っ。たくさんのお花を摘んで、世界に一つしかない大きくて綺麗な花束を贈っています……」


大好きだから。生まれてきてくれて、出会えたことに感謝したいから。両手いっぱいにお祝いする。

だが、今まで〝花冠〟を誰かの誕生日の為に作ったことは一度もなかった。

あれは本当に特別で、たった一人にしか贈っていない。他の人にも同じような品を贈っていると、他の誰でもなくセドリックにだけは思われたくなかった。



『他の近衛騎士にもやはり花を?』



そう言われてしまってから、自分でも制御できないくらいに胸をチクチクと苛立ちが積もって止まらない。

まるで他の人にも自分と同じ品を贈っていると思っているようで、あの花冠が特別じゃないと思われてしまったようで、自分以外もあの花冠を贈られているのだと思っているようで、〝やはり〟という言葉にそれだけで目を尖らせたくなった。

あんなに一生懸命セドリックのことだけを想って花を摘んで、編み込んで、渡しに行く時には足が震えて、大好きな姉兄に知られたら恥ずかしくて死んでしまうと知られるのが怖くて、それでも自分の手で渡したくて勇気を振り絞ったあれを今日という日になって〝特別じゃない〟と思われるのが嫌で嫌で仕方がない。


「貴方には、あれしかあげませんっ。貴方だけです……他の人にはあげませんっ……」

じわじわと頬が閉めるほど顔を上気させる。

林檎のように真っ赤に染まり、それでも必死に言葉を絞し出す。あの時の勇気も気持ちも、ほんの少しでも良いから正しく伝わって欲しい。


必死に頭で考え口を動かしながら、泣きそうになってしまう声にティアラは何度も細かく口の中を飲み込み唇を内側から噛んだ。

もっと可愛い言い方をしたいのに、素直で、優しい言い方をしたいのにどうしてこんな意地悪に聞こえる言葉ばかり選んでしまうのだろうと自分で自分が嫌になる。

俯けないように上げた顔で、視線の先ではセドリックの呆けた顔がある。ぽかんと口を開け、丸い目の中で真っ赤な瞳だけが焔のように揺れている。

何も言ってくれない彼に、降ろした拳を持ち上げ自分の胸を押さえつけながら震える声で見据える。


「〝優しい心〟〝離れていても想い合う〟〝躍進〟……。貴方が好きだと言った黄の花の、花言葉です」

お姉様から聞きました。

告げればやっと、セドリックから瞬きが返って来た。今までただ心癒されると思っていたその花に、そんな意味があったのかと少しだけ思考の水面が鎮まった。

彼女が言ってくれた言葉の意味を必死に探りながらその一語も違えず記憶に焼き付けた彼は、花言葉もまた一生忘れられぬ記憶に残す。

どの言葉も自分にとって好ましい。その見目だけでなく意味までもと知れば余計にまた特別で好きになる。しかもティアラがその唇で教えてくれたのだから。

彼女がその花言葉の意味を知っていた上で、それでも自分にその花を贈ってくれた事実一つとっても胸が熱くなった。しかし



「あともう一つは、……。……~~っ。御自分で調べて下さいっ……」



きゅっと唇を絞り、そこで目を伏せた。

はっきりと断じたようなティアラの言葉に、セドリックは「は……?」と思わず息が漏れた。教えて貰えないことが不満なのではない。まるで、その言葉の意味が間違いなく自分に宛てたかのように告げるティアラの言葉に思考が止まりかけた。


一体どんな花言葉が、と疑問に浮かんでも絶対的な記憶力がある彼にも一度も見聞きしていない知識は知りえない。

目を見張り、ティアラを見つめ返すが唇を蕾のままにした彼女は応えてくれそうにもない。それどころか「私からはそれだけです」とまるで干からびたようなか細い声で告げた彼女はくるりと背中を向けてしまった。

待ってくれ、と引き留めようと空へ手を伸ばせば一度は振り返ってくれた。

侍女達と共に庭園の花摘みを続けようとするティアラは、薔薇のように赤い顔を彼へと向ける。顔中の表情筋に力が入り、強張り、緊張の糸があと少しで切れかかり目が潤んでしまう中、金色の眼差しで彼を照らした。

だが真正面から向けてくれた彼女の表情を見た瞬間、セドリックの心臓がひっくり返る。記憶の中では駄目だとわかっていても強制的に当時の彼女と被り記憶の海から引きあげられた。




『これは証でも誓いでも……っ、お礼でもありませんからねっ!』




自分にこの世で最も尊い贈り物を与えてくれた、あの日の記憶が。

ボッ!!と顔から火が出たと錯覚するほど急激に顔の熱が増し、セドリックは何も言えなくなった。ティアラに負けず首まで真っ赤になったまま、固まって動けなくなる。


伸ばした手もそのままに銅像のようになるセドリックを、ティアラは一度だけ眼光を強くして睨んだ後今度こそ背中を向けて足早に立ち去った。

急に態度が変わって真っ赤になった彼に、もしかして既に花言葉を知っていたのかしらと思いながら早まる心臓に気付かないふりをした。せっかく振り返ったのに何も言ってくれなかった彼に、これ以上沈黙が続いたら自分が緊張で泣いてしまう。


次の花はどこで摘むかも考えず、ただただセドリックから逃げる為に急いで足を動かした。

大丈夫、ちゃんと言えた、誤解もきっと否定できた、気持ちもちょっとは言えた筈と、自分で自分に言い聞かせてはその場でぴょんぴょん跳ねたくなる。だがあまりの緊張に、思い返そうと思っても自分の発言を上手く思い返せない。頭の中で叫んだ言葉と実際に言った言葉が記憶の中で混ざり合う。

ただあの時、セドリックの誕生日には勇気を出し切れず言えなかった言葉をちゃんと言えたことにじわじわと熱を持ちながらも胸が安堵した。

言えた、言った、ちゃんと言った!と思いながら、セドリックが振り返っても見えなくなった距離で立ち止まる。


大丈夫ですか、と明らかにティアラの様子も態度もおかしかったことにも、……秘められた恋心にも気付いていた専属侍女達に呼びかけられたティアラはまだ言葉が出ずに小刻みに頷くしかできない。

ただセドリックと話しただけ。今回は何も酷いことを言われてもいないのに泣いちゃ駄目だと、この後にもまた王配業務に補佐へ行かないと駄目なんだから化粧を落とすわけにはいかないと、必死に言い聞かせる。

深呼吸を何度も繰り返し、すぅはぁと長く酸素を小さな身体の中に取り込んだ。呼吸を繰り返す度に頭がすっとし、視界が開け、…………見覚えのある黄色い花に目が留まってしまう。



『あともう一つ、こっちはちょっと照れちゃうけれど─』



「~~~っっ…………」

プライドの言葉が蘇った瞬間、口の中を強く噛んだが今度は駄目だった。

何も考えず逃げて来た筈なのに、運悪くよりにもよってこの花の前に来てしまった。またセドリックが待ち受けていたかのような感覚に、じわりと目頭が熱くなったと思えばその事実も恥ずかしくて目を擦ってしまう。

侍女が慌ててハンカチを差し出してくれ、今度はそれで両目を押さえつけた。


さっきまでは言えたと達成感もあった筈なのに、今度はなんであんなことを言ってしまったんだろうと後悔が倍量になって襲ってくる。

もし本当にセドリックが花言葉の意味をあの時に知っていたのなら、さっき自分を呼び止めてくれたのはやっぱり何か気付いてくれたのしからと思う。

あのまま逃げるつもりだったのに、つい期待して立ち止まってしまった。だが、結局振り返っても真っ赤になったまま続きを何もくれなかった。

せっかく自分はあんなに勇気を振り絞ったのに、どうして彼はこういう時に限って返事もくれないし気付いてもくれないのと、ぶつけようもなく喚きたくなる。何よりも




「~…………心臓がもたないっ……」




たったこれだけの会話でこんなにも胸が弾んだり息もできなくなるほど悲しくなる事実に、戸惑いも大きかった。

膝を落とし芝生に座り込み、ハンカチに両目を押さえつけ、鼓動と火照りが落ち着くのを侍女達と共に待ち続けた。


鈍すぎる彼が、花言葉に託した気持ちにいつか気付いてくれることを祈りながら。






……






「花言葉の文献はどこだっ……!!」


ハァッ、と。息も絶え絶えにセドリックは図書館へ足を踏み入れた。

ティアラが去ってしまった後、気付けば放心して五分以上経過してしまっていた。何度も従者が呼びかけてくれても反応できず、医者を呼ぶか宮殿で休ませるかと馬車まで運ばれた後にやっと正気に戻った。

今まではうっかり思い出しても呼びかけられればすぐに気付けたのに、あまりにもティアラとの記憶が駆け巡り過ぎた。


自分に向けてくれた表情が、頬に口づけを与えてくれた時の表情と酷似していると思えば何度も何度も称号箇所を見つけてはまた夢のようなひと時が頭の中に鮮明に再生されるを繰り返された。

気付けば既に消えてしまっていたティアラが、何故あんな表情をしたのかが全くわからない。だが、それを理解する手がかりが今はある。彼女が最後に残した言葉を今すぐ確認しなければ一生眠れない。


ファーナム兄弟への勉強関連の本も全て後回しにし、先ずは花言葉の本を今すぐにとセドリックはそれしか考えられなくなった。

図書館前を守る衛兵が扉を開けきるのも待ちきれず、身体が入る隙間へ肩からねじ込む勢いだった。

図書館に入ってみれば、分類分けされた文献棚から植物関連の棚へと一直線に足を進めた。初めてフリージアの図書館を案内された時から図書館の全体図は全て頭に入っている。植物関連であれば、ティアラの十六歳の誕生日後にも幾度と足を運んで調べものに没頭したこともある。ただ、花言葉に関しては全く文献に触れたこともない。


こんなことになるのならばもっと早く植物関連全ての書籍を読んでおけば良かったと、こうして書棚へ手を伸ばす一秒一秒をもどかしく感じながらセドリックは本を開いた。

一冊目は奇しくも花の名称と育成方法しか記載されておらず空振りに終わり、二冊目になってやっと花言葉の本に行きついた。早速あの黄色い花の花言葉を調べようと思ったが、……肝心の花の名が出てこない。

もともとハナズオにいた時も無名のままその花の存在しか確認していなかった上、プライドとの会話でも一度も花の名前自体は出てこなかった。


従者達に聞こうにも、どのような花か説明したところで誰も名前まではわからない。

仕方なく一枚一枚頁に描かれた花の絵と、容姿情報の文面を確認しながら数百ある頁を探し始めた。花の見かけは鮮明に覚えているセドリックだが、白黒の手描きの絵では一目で判断は難しい。

これでもない、これでもない、これでもと、見つけるまでここから動かない覚悟で頁を読み進めた。途中から読むのもじれったくなり、バラバラと一枚一枚にだけ留意して一度書面を記憶して頁を進めた。今は読み切れなくとも、頁を全て捲り終えてから記憶の中に取り込んだ頁内容を思い返して探した方が早いと考える。

しかし全ての頁をめくりきるよりも先に、記憶の花と頁を血眼で照らし合わせていたセドリックの目にそれは止まった。


「…………これかっ……!!」

バシッ、と少し乱暴になってしまいながら捲り続けていた手をすかさず止めて書面に当てる。

そこには白黒ではあるが、記憶の中のあの花に酷使した絵とそして詳細な植物情報が書き綴られていた。主に花言葉が主要情報だった為、育て方までは掛かれていなかったが今セドリックが欲しい情報はしっかりあった。

〝優しい心〟〝離れていても想い合う〟〝躍進〟

一字違えず書かれていた言葉はどれも、ティアラが告げてくれたものだった。

やはりこれか、と急く心臓に内側から身体を何度も叩かれながらセドリックは読み進める。緊張のあまり微弱に震えてしまう指で文字をなぞり、そして辿り着いた最後には。








〝私を泣かせられるのは貴方だけ〟








淡々と。ただ文字の羅列として記載されていたそれに、数秒間呼吸が止まった。

〝まるで〟恋文のようなその言葉は、彼の中で愛しい女性との記憶を鮮明に再生させるのには充分だった。


〝もしや〟と期待する自分と〝言葉のままだろう〟と現実主義の自分が拮抗し、夕食も喉には通らなかった。


Ⅱ360

Ⅰ615-2


本日二話更新分、次の更新は明後日の金曜日です。よろしくお願いします。

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