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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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惑い、


アーサーの誕生日。

子どもの頃から仲が良いアーサーに誕生日をお祝いする為、前日には綺麗な花を摘むのがティアラにとって毎年の恒例だった。

以前はアーサーが居ない時を見計らってプライドにも付き合って貰っていたが、こうして自分も忙しく休息時間を合わせられない今は一人で摘むしかない。城が誇る庭園には、この時期にも贈り物にぴったりの花は多く咲いている。

毎年アーサーがどんなのは喜ぶかと考えながら摘むのはティアラにとって楽しみの一つでもあった。


なるほど、と。セドリックもやっと腑に落ちる。

まさか明日がアーサーの誕生日など知らなかった彼には驚きもあった。

ならば自分も何か贈るべきだろうか、とも考えるが自分はアーサーとはそこまで親しくはない。ハナズオの防衛戦では北の最前線で大活躍で勝利を収めた優秀な騎士であることも、その件について心から感謝もしているが、それで言えばアーサーだけでなく騎士団長や他の騎士達にも送るべきだ。

今までそういった贈り物を騎士にはしていなかったセドリックには難しい問題だった。

腕を組み、思わずその場で自分とアーサーとの接点と他の騎士との接点回数を照らし合わせてみるが決定打というものは思い浮かばない。敢えて言えばあのプライドにとって、そしてティアラやステイルにとっては間違いなく親しい相手であるアーサーに自分も何か礼を尽くすことは必要だろうかと。フリージアの民になった今、伝説の聖騎士の再誕を祝すべきかと考えたところで、ティアラが細い肩で小さく振り返った。


「いっ、言っておきますけれどセドリック王弟までお祝いする必要はありません。ただ、アーサーが私にとっては特別なだけですから」

「特別⁈」

ハッ!!!と、過剰に単語へ反応するセドリックは息を飲んだ。

しかし次の瞬間には間髪いれずティアラからも「違います‼︎」と叫ばれる。セドリックがきっと余計な気を回そうと考えていることも想像できていたティアラには、彼が今〝特別〟の意味を勘違いしているだろうこともすぐにわかってしまった。

ぷんぷんっと頬に力を込め、身体ごと振り返る。ふわりと勢いのままに風を切る黄金の髪にセドリックの目が一瞬奪われたことには気付かない。

目が合えば丸く燃える瞳の焔を見つめながら、ティアラは改めて念を押す。


「お姉様にとっても、兄様にとっても、私にとっても特別です!他の騎士の方々と違って、子どもの頃からずっと仲良くしてくれた人なんです。私にとってもう一人のお兄様みたいに身近な人ですっ」

そういう特別とは違う。

それを間接的に訴えながら、細い眉を吊り上げる。

ティアラの言葉に、ほっと深く息を吐き出したセドリックは正直に「すまない」「そうだったのか」と言葉を返した。自分がまたステイルと関係を疑った時のように早合点してしまったのだと、そう気付けばじんわりと耳に熱が籠る。額に手を当て、力の抜けた顔で落ち込むセドリックにティアラもついフンッとそっぽを向いた。


いつもならば「特別」の一言を誰から聞いても気にならないのに、どうしてもティアラからの「特別」だけは引っ掛かってしまう。

自分にとって喉から手が出るほどに羨ましく焦がれる言葉だ。そんな素晴らしい称号を与えられた男性は何者なのかと考えれば、つい過剰に反応してしまう。しかもアーサーは今では〝聖騎士〟であり、ティアラとの親しさはセドリックも今まで目にしている。まさか、選定後のティアラの婚約者候補の一人はアーサーなのではないかとまで考えかけた。

第二王女であり次期王妹の彼女が、フリージア王国の民であり聖騎士のアーサーと婚姻することは、政治的観点からプライドの立場を危ぶませるという意味で難しい部分はある。しかし、伝説の聖騎士とティアラと考えればお似合いではないかと一瞬だが思ってしまった。


「他の近衛騎士の方々にも、お誕生日に心ばかりのお祝いはさせて頂いています。ですがアーサーは一番昔からの仲良しですから、私もいっぱいたくさんお花を摘んで喜ばせてあげたいんです」

そこまで特別な騎士だとはりきっているティアラの声を聞きながら、本当に彼女は花が好きなのだなと思う。

美しく、心を和ませてくれる花はセドリックも好む。愛らしいティアラには似合いの贈り物だ。自分もあの日ー……、とそこまで考えればうっかり脱線のまま記憶が鮮明に思い浮かびかけて必死に止めた。

ここで彼女を前に、誕生日の奇跡を想い出したらそれこそ暫く茹だり放心したまま固まってしまう。

雑念を薙ぎ払うように意識的に口を開きながら、耳の奥でさっきより自分の鼓動が近づいて聞こえるのを自覚する。


「お前らしい、心に潤いを与えてくれる素晴らしい贈り物だ。他の近衛騎士にもやはり花を?」

何か決めている花などはあるのか。投げかけながら自分でも想像を膨らませる。

自分の誕生日にティアラが贈ってくれた花。一つは自分の好きな花を選んでくれたが、もう一つは彼女自身が好きな花を選んでくれた。

ならばアーサーや近衛騎士達にも彼女が好む花を贈っているのか、だとすればこれを機会にまた少し彼女の好む花を知れるだろうかと期待する。

ちらりとティアラの侍女が抱える籠を見れば色とりどりの花が潰れないように入れられている。この数種類の花々で作った花冠ならばきっと豪華な出来に違いないと思う。


一度は城中を歩き回った自分は、庭園に咲いている花も名前は知らずとも姿や配置は覚えている。だからこそ、教えてもらえたら一度足を運んでみようかと考えた。

俺に贈ってくれたあの花も美しかった、とそう言おうとしてセドリックは止まった。当時、彼女は恥を忍んで一人で自分に贈り物を届けに来てくれた。プライドやステイルと一緒にではなく一人でこっそりと。

ならばここで自分が安易に侍女達の前で言いふらすのは配慮に欠けると、一度唇を結び彼女の言葉を待った。


「……お姉様は、いろいろ花言葉や意味を込めて贈られることが多いですが、私はそこまで詳しくはないので単純に綺麗なお花を近衛騎士の方々にも選んでいます」

「それも良い。俺も花言葉までは通じていない。その目を引く美しさで選ぶのは王道だ」

むしろ詳しくない者の方が多い中、ティアラの選び方が一般的だ。

プライドが花言葉に通じている中、そういったものを好みはするティアラだが自分からはそれ以上覚えようとしたことはない。プライドが教えてくれた花言葉は全て胸に残っているが〝姉から教えてもらう〟ことが一番嬉しくて楽しかった為、自分だけで覚えるのはもったいなかった。

贈り物の花を選ぶ際、プライドから教わった花言葉の花を選ぶことも勿論あるが、わからなくても綺麗であれば迷わず選ぶ。


今、アーサーの為に摘んでいる花にも自分が花言葉を知らない花が多く含まれている。花言葉に詳しくないアーサーもまた、それを気にしたことはない。明日もきっとこの花を両手に笑ってくれるのだろうと思う。

「近衛騎士の方々にもアーサーにも贈る花の種類も色も毎年違います。庭園には色々なお花がありますし、たくさんの種類の花が入っているのも楽しいと思うので」

「そうか。お前が仕立てる花ならば間違いないだろう。素晴らしい気遣いだ」



「だけど貴方には、〝あれ〟しか贈りませんから」



うんうんと頷いていたセドリックへ、どこか突き放すような鋭さだった。

〝あれ〟と揶揄された言葉に、セドリックはすぐどの花のことを言っているか理解した。つい先ほど絶対的な記憶力をもって思い出された二種の花は今も大事に自室で保管されている。

キッ!と睨むような鋭さで自分を見るティアラに、すぐには言葉を返せない。下ろした手でぎゅっと拳を握り、眉間に力の入れる彼女は真正面を自分にまた向けた。


他の騎士達やアーサーのように、自分には二種以上の花は贈ってくれないという意味かと、セドリックは飲み込みながらもあまりピンとはこない。

まるで「貴方にはそこまでしてやらない」とも聞こえる言葉だが、セドリックからすればあの思い出深い花とティアラが愛した花の一種を贈ってくれただけで充分過ぎる。

彼女の手製で、しかも自分の為につくってくれた花冠にその種類や数など比べるどころか求めようとも思わない。「あれしか」と言われたところで、それも良いなと素直に思う。

寧ろ、いまの言い方だと今後も贈ってくれるつもりがあるのだろうかとぬか喜びしてしまいそうな自分の表情筋を意識的に引き締める。少なくとも彼女の真剣な眼差しは、ここで自分が「良いのか?」と喜んでいい顔ではなかった。

むしろ彼女なりになにか遠回しな不満や怒りを示そうとしているのであれば、ここは自分もそれを汲み取り反省するべきだと




「お誕生日に花冠は、たった一人と決めましたっ」




?!、と。

今度ことセドリックの思考が止まった。

意を決したように告げるティアラの言葉に、思考が二種に過る。もう二度と花冠は作ってやらないという意味ならば自分はいつの間にそれだけ彼女を怒らせたのかと。もしくは、…………もしくはその贈るたった一人がまさかと。

そう思った瞬間、驕り過ぎだと頭の中で己を叱咤しながらも心臓が危なげに高鳴った。

いやしかし、今こうしてアーサー殿へ贈る花を摘んでいるのならば!と愚かな期待をしないようにと自分以外の〝誰か〟のことだと予防を張る。そしてもしそれが、彼女の想い人でという意味で在ればと。そう思った瞬間に今度は痛みが走る。

たった数秒の間に様々な憶測と感情が瞬くセドリックは自分の胸を服越しに鷲掴んで留まった。


明らかに顔色の変わっていくセドリックに、ティアラも白い喉を鳴らす。

だめだ、まだきっと伝わらないと、もう一歩だけでも勇気を出せと自分で自分を奮い立たす。

口にしたたった一人が、また別の人だと勘違いされたらきっと自分はまた怒る。


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