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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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つかまり、


「!おぉ、アンタ達か!!久々だなぁ、今日も配達か⁈」


足早に市場の中心部へ差し掛かった時、先ほどまでの騒めきから一層目立ったその声にヴァルは振り向く前から奥歯を食い縛った。

来やがった、と思いながら無視して足を進める。しかし一度その声を掛けられれば、周囲も黙ってはいなかった。

口々に「おぉ!!」「あら久しぶり」「あの人達って」と騒めきの方向が自分達に寄ってくる。中には「セフェクちゃん」「ケメト」とフードを外したままだった二人の名前を気さくに呼んでくる人間まで現れる。

視線の数もあっという間に十を超えた時点で、セフェクはがっしりと両腕でヴァルにしがみついた。べったりくっつかれて若干歩きにくくなったヴァルも、それには引きはがそうとはせず無言でセフェクのフードを被らせ直す。

よりにもよって人通りが多いところでフードを外しやがってと後から思うが、ハナズオでなければもう外しても良い単なる市場だ。ハナズオに来ること自体久々のセフェクが長期配達に興奮するまま油断していたのも無理はなかった。


ケメトもセフェクに気付き、ヴァルの反対腕から手を離しセフェクの隣へと回り込んだ。ヴァルとセフェクを挟むようにしながらくっつき、それから話しかけて来た市場の人間へと笑いかける。


「こんにちは!久々に来れて嬉しいです!おじさんも元気でしたか?」

「元気元気!最近来ないから心配したぜ。ほら、魚焼けたところだから食ってけ」

「セフェクちゃんもまた大きくなったわねぇ。ケメト君、ほら林檎お姉ちゃんと一緒に食べてね」

「ほらケメトのお姉ちゃんもこれ。長旅大変だったなぁ」

ケメトの笑顔を皮切りに、またどっと人が押し寄せる。

その様子にヴァルは早くも舌打ちを鳴らしたが、セフェクの掴んでくる腕を内側に寄せるだけだった。

隷属の契約で一般人相手には暴力も犯せない彼は、善意で迫ってくる彼らへ特殊能力は愚か自分の腕で突き飛ばすことすらできない。馴れ馴れしく肩にかけられた腕を振りのける程度はできたが、それまでだ。

特殊能力を安易に人前で見せるのもしたくない上に、こんな市場のど真ん中で高速移動しても壁を作っても意味がない。今の目的は市場の買い物だ。


ほら飲むだろ持ってけ、と。苛立たしく舌を二度三度打ったところで顔も覚えてない相手から酒瓶を渡される。買う前から渡されたそれをヴァルは空いてる腕で抱えれば、また他の男達から歩けば歩くほど別の酒を瓶ごと押し付けられた。

四本目になると小脇に抱えるのも面倒になり、仕方なく特殊能力で酒だけ地面を滑らせ運ぶことにする。この後も黙っていても増えることはよく知っている。


ヴァルが特殊能力を使い始めたことで、片手がいっぱいになっていたケメトも「ヴァル!」と助けを求めた。

既にセフェクを守っていない方の手は林檎やお菓子でいっぱいになっているのを見れば、いつものようにケメトの隣にも同じように砂を持ち上げ地面を滑らせた。まるでそりのようにして貰った物を運び始めても、今更その程度で驚く民はここにいない。買い物をするまでもなくどんどんと食料と酒が溜まっていく。


……馬鹿王子の国が。


「おーい!ハナズオの恩人が来てるぞ!!フリージアの配達人だ!」

そう言われ、頭の中で悪態を吐くヴァルは増していく荷物に買い物の必要性を捨てた。

ハナズオ連合王国の防衛戦。それに関わってから自分達への扱いは未だに変わらない。それまでは門前払いすら受けていたにも関わらず、今ではむしろ毎回毎回鬱陶しいほどに寄ってこられる。

防衛戦では主に救助方面で動いていたヴァル達の顔を覚えている民は多い。しかも風貌からして特徴的なヴァルのことは顔を見たことがない民でも一目で気付けてしまう。あの時助けてくれた、うちの娘が、婆さんが、兄が助けられましたと言われその度にお礼の品にと何かしら貰うことが今では通例にも近かった。

主に言葉で応対しているのは唯一社交性のあるケメトだが、ヴァルも貰えるものは全て貰う。今は金銭面でも余裕があるが、それでもタダでもらえる食料は大事な生命源だ。既に両手で持ちきれず特殊能力で運んでいるが、それでも数は以前より減った方だった。最初の頃はフリージアへの配達帰りでも三人で食べきれない量が集まったほどなのだから。


未だにハナズオの恩人と呼ばれると、その度にヴァルは腹の中がひっくり返されるような不愉快さに襲われる。

恩人もなにも、当時の自分が動いたのは全て命令と成り行きだ。決して彼らを助けたいと思って動いたわけではないのに勝手に美化されていることが気味が悪い。

しかし、最初の頃「テメェらの為にやったわけじゃねぇ」と否定しても謙遜だ照れてるだと誤解された時から、もう貰えるもん貰って勘違いさせておくと決めた。

ハナズオが国を開いて国外の人間も受け入れるようになってからは、フードを被っていればバレないこともでてきたがやはり目立つ三人組は人通りが多ければそれだけ気付かれやすい。


同じく救助活動に関わり、その主導者と思われているレオンのように黄色い悲鳴があがるようなファンはいない。

だが、あまりに馴れ馴れしく、何度こうして貰うだけ貰って去っても構わず命の恩人感謝している飲んでくれ貰ってくれと構われると、やはりあの馬鹿王子の国だとヴァルは痛感させられる。


しかしそれでもこの後のチャイネンシス王国と比べればマシだった。

信心深いあの国では、こんな気安い絡みではなく恭しく感謝されるから気色悪くして仕方がない。深々と礼儀正しく礼をされ、更には「貴方方の為に祈らせてください」と言われた時は虫唾が走った。

チャイネンシスの各所で視界に入るクロスが彼らの神の象徴だと知った時からはどこへ歩いても気が休まらなくなった。

神など信じてはいないが、それでもその象徴にどこにいても見張られ観察されているような感覚に心が休まらない。お蔭で未だにサーシスでしか買い物も滞在もしたことがない。

今もさっさと市場を過ぎてその先にあるサーシスの宿屋へと突っ切ろうと、貰った酒瓶のうちの一つを片手で栓を抜いた時。


「そこ!そこの配達人さん!お嬢ちゃん達にこの服いかが??」

ひときわ明るい声が、進行方向先からかけられる。

他の呼びかけてくる人間と同じように歯牙にもかけず無視をしようとしたヴァルだが、その瞬間にさっきまで自分にくっついていたセフェクの足が遅くなったのに重心の重さで気が付いた。

酒を仰ぎながら視線をセフェクへ落とせば、フードの下からじっと声をかけてきた先へと顔を上げていた。他の貰って言ってくれと近づいてくる人間と違い、進行方向の年配女性は自分達へ売るべく声をかけている。

セフェクの足が急に重くなったことに殆ど同時にケメトも気が付いた。「セフェクどうしました?」と言いながら、隣に並んでいた彼はフードの下で輝かせるセフェクの緑色の瞳がすぐ目に入った。


「!ヴァル!僕あのお店ちょっと見たいです‼︎セフェクに似合いそうな服もありますよ!」

見つめるだけで、足を遅くしようとする理由を言えないセフェクに代わりケメトが声を張り上げる。

やっぱりか、とヴァルもケメトの言葉に呆れるように息を吐いた。ずるずると集まっては呼びかけてくる周囲を無視し、方向を道脇へと変える。

おいでおいでと手招きで笑顔を向けてくる女性には苛立ちを覚えたが、店の前で立ち止まればさっきまでがっしり自分にしがみついていたセフェクの腕からは解放された。ヴァルとケメトの間に挟まれ、周囲の大人達からも守られた状態のセフェクは肩幅だけを狭くしながら招いてきた女性へぺこりと腰ごと使い頭を下げた。

「いらっしゃい」と言われても「こんにちは」しか出なかったが、大人しめのセフェクの声に女性も満面の笑顔で返した。


お嬢ちゃんこれいかが?と、女性が掲げたままセフェクへと近づけるのは丈の長いスカートだった。

今までワンピース系統の服を着ることが多かったセフェクに珍しい、足首まで隠れる動きにくそうな服ではあった。形自体はフリージアでも見るが、その布の染色が美しい。グラデーションのように腰回りの位置までは薄茶色だった色合いが足先へと近づくにつれじんわりと濃くなり、黒茶に近い色合いへと広がっている。

今まで見たことのないスカートは、セフェクの目には魅力的に映った。


「すごく綺麗ですね!セフェクに似合うと思います!!」

ぽかりと小さく口を開けたまま目を奪われているセフェクに、ケメトは力いっぱい呼びかける。

まだ自分は何も言ってないのに、全力でお勧めしてくれる弟にセフェクも一度唇を絞ってから恥ずかしくなり視線を落とした。しかし落とした先にもまたスカートとは別の様々な衣服が一つ一つ皺にならないように視線の高さの台に整頓されている。

動きにくそうなスカートとは別に、寝衣の用途らしい着心地の良さそうな服もまた同じように目に映った。


なんだなんだと、さっきまでくっついてきていたサーシスの民も、配達人と少年二人にお姫様扱いされている少女の買い物に配慮し少し距離を取るか遠のいた。

いくらか風遠しの良くなったヴァルは、酒をまた一口含み飲み込むと店の端から端までざっと目を通した。


子どもの、というよりも女性向けの衣服が主に並んでいる品揃えにケメトが買いそうなものはないなとだけ結論付ける。


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