Ⅱ531.配達人は届け、
「よく届けてくれた。明朝には返事を用意しておこう」
黄金の玉座に座する国王へ、フードを被る男は傅いたまま深々と礼をした。
その左右には、今では国王も見慣れた少年少女が同じようにフードを被ったままぺこりと頭を下げる。慣れたお互いのやり取りに、国王も今更フードの少年少女について疑問もない。元より彼が派遣されることを聞いた時からフリージア王国より彼やその連れがフードや口布を外さないことも、そして終始発言どころか応答すら無言を通すことも断りをいれられている。
〝王族専属配達人〟はそういうものだと、今や全ての同盟国が理解していた。
特に、今配達人の前に座している国王は他の同盟国よりも彼らのことは知っている。一度は自国の窮地にも関わった存在だ。
「それまでは我がハナズオ連合王国を堪能してくれ。必要ならば城に部屋を用意させるが」
ハナズオ連合王国サーシスの国王ランスの言葉に、ヴァルは迷うことなく首を横に振って断った。
フリージア王国が同盟を結んでから、こうして訪れる度に手紙の返事を待つ一泊二泊くらいはと城での停泊も提案されるヴァル達だが。未だに一度も頷いたことがない。
他の国でもフリージア王国配達人相手にそういった待遇を提案することは珍しくないが、一日中王族がいる城になど落ち着けるわけがない。できる限り王族との接点を減らしたいヴァルにとって、金がかかっても城下の宿や野宿の方が何倍もマシだった。
そうか、とヴァルからのいつもの断りに一言返すランスはそこで彼に退室を許した。
無言のまま礼だけして立ち去っていく配達人が扉の向こうへ消えていったのを確認してから、受け取った封筒二枚の差出人を確認した。一つはフリージア王国女王ローザ。もう一つは、〝国際郵便機関統括役〟である弟からの手紙だった。
最初に見慣れた文字で書かれた方の封筒を開き、弟からの書状を確認する。代筆ではなく自らペンを取り書いた文字を見れば、単なる兄弟同士の手紙かとも思えたが〝国際郵便統括役〟と正式に書かれたのを確認しそちらの用事かとすぐ理解した。
中身を開けば手本のように整った文体で〝ランス・シルバ・ローウェル国王陛下〟と書かれていたのを見れば、それだけでフ、と笑みが零れてしまう。兄弟同士のやり取りでは差出人名から「兄貴」と書く弟が他人行儀で書いているのが何度見ても飽きない。
察した通り、書状の内容は国際郵便機関の進捗について。フリージア王国でも国際郵便機関の施設は準備も整い、人員募集もとうとう始まったと。幹部責任者を決めた後は、一般の民にも大々的に募集をかければ始まりはすぐそこだと書かれていた。
整った文面の所々に文字だけでは伝わり切らない弟の希望に満ちた顔が目に浮かぶようだった。
自分に届いたということは、ハナズオの片翼であるチャイネンシス王国にもこれから同じ書状が届くのだろうと検討を付けながら頬杖を突き手紙を読み進めたランスは
「…………?!……なんと」
大きく、瞬きを零した。
ぽつりと呟いた声と共に、頬杖をついていた顎を上げ両手で書状を持ち直す。間違いなく弟の字で書かれた内容を少し疑ってしまいそうになりながら、先ほどまでとは比べ物にならない集中力で読み進めた。
用件に続き、何故そのような方針に至ったかまで詳細に記載された書状に途中からは瞬きも忘れた。数文読んだら残りは自室でと考えていたのも忘れ、玉座の上でそのまま最後まで読みきった。
「どうか前向きに検討と了承を願いたい」に続く、締めくくりの最後の一文を穴が開くほど見つめてしまう。
そこだけ弟として書き綴られていた一文でも、セドリックもまた悩みに悩みを重ねて決断した結果なのだろうということをランスはひしひしと感じ取った。
深く溜息を吐き、背後に流した前髪を片手で掻きあげるようになぞった。まったく、と目の前にセドリックがいるような感覚で顔を一人顰めてしまう。
「セドリックもフリージアの民として努力しているということか……」
ハァ……、と二度目の溜息は浅くなった。
最後まで読み切ってしまった書状を弟からの手紙の癖で元通り封筒に仕舞いながら、もう一枚のフリージアからの書状を手に取る。
摂政が読み終えた方の手紙を受け取りながら「セドリック様が何か……?」と心配そうに顔色を伺った。今では立派な王族に成長したことを知っている摂政だが、それでもランスがこういう顔をして溜息を吐くのは何かあったのだろうと察しがついた。
眉を垂らす摂政へランスは「いや」と一言杞憂だけ否定しながら新たな書状を開く。
女王からの要件は、国際郵便機関が順調に進行していることへの謝辞。更にはセドリックの手紙にも書かれていた内容への重ねての了承を望む言葉だった。
最後は同盟共同政策の進捗についても記載されていることを確認したところで、ランスは今度こそ手紙を閉じる。続きは部屋に戻ってからゆっくり読もうと決め、玉座からゆっくりと腰を上げた。
先ほど去った配達人が先にチャイネンシスへ手紙を届けたか、それともこれから届けに行くのかはわからない。しかしどちらにせよ、セドリックからの手紙を読んでしまった以上これからの行動は変わらない。
ハナズオ連合王国という一つの国ではあっても、互いに国王を持つ自国では確実にチャイネンシスの国王にも自分へと同じ手紙が送られているに違いないのだから。
「ヨアンの元へ行く。部屋に戻っている間に馬車を用意しておいてくれ」
自室でフリージアからの手紙を読んだらすぐに、チャイネンシス王国の友へ会いに行けるようにと。
そう摂政へ命じたランスは、足早に一度自室へと戻った。急遽予定を変更してしまったことで、帰ったらしわ寄せがくることも覚悟する。
頭の中には先ほど読んだセドリックからの手紙の内容と、最後の一言が何度も巡らされた。
〝兄さんを頼む〟と。
「相変わらず世話の焼ける弟だ……」
そう心配せずとも平気だろうに、と思いながらも馬車の準備を取り消そうとは思わない。
敢えて弟として頼み事を押し付けて来た弟に、眉間の皺へ力を込めながらランスは苦々しく呟いた。
……
「ねぇヴァル!すぐにチャイネンシスへ行かなくて良いの??」
「先に食事ですか⁈それとも今日の宿はサーシスですか??」
サーシス王国の城を出てすぐ、市場へと直行するヴァルへセフェクとケメトは彼の腕を引っ張りながら喉を張った。
学校が休みとなる二連休二日目。学校最終日の放課後から彼らはヴァルの配達に同行していた。高身長のヴァルへ視線ごと顔をあげれば、フードがぱさりと背後に垂れ落ちる。その途端、ざわりと周囲が騒々しくなったことも今は気にしない。サーシス王国城下でも港に近い市場は人通りが多くもともと賑わいが絶えない。
自分の足でズンズンと進みながら、左右からの未成熟な声二つに顔を顰めるヴァルは「うるせぇ」と一言返してから肩に掛けていた荷袋を持ち直した。
「先に飯だ。セフェク、ンな急いでもハナズオじゃ学校に間に合わねぇって言った筈だ」
「!別に急いでないわよ!!学校だってちゃんと休むって友達にも言ってきてるんだから!」
「僕もです!僕もちゃんと心配かけないように管理人さん達にも伝えておきました!
プライドの潜入視察中、殆ど毎日フリージア王国の学校に通わないといけなかったヴァルにとっても久々の遠出だった。今までは周辺諸国を中心に回っていたが、ハナズオ連合王国ともなるとケメトの特殊能力を使っても二日でフリージアまでの往復は難しい。仕方なくハナズオを含める遠方国に関してはケメトも仕事休みを余儀なくされることになった。
そしてケメトが行くなら自分もと、セフェクも共に学校を休むことも承知の上でヴァルとの遠距離配達に同行していた。
ヴァルとの遠距離配達に当然わくわくとしていた二人は、ハナズオに到着した後もいつも以上に元気が良い。
ケメトはともかくセフェクは別に学校に残っていりゃあ良かったじゃねぇかとも考えたヴァルだが、結局はセフェクに押し切られた。「私がいないと誰がヴァルとケメトを守るの!!」と言われればもう言い返す気力も削がれた。
実際はセフェクのように反撃はできずとも、特殊能力で裏稼業相手ならば捕らえることはできる。ケメトとセフェクへ攻撃されれば自己防衛程度もプライドから許可を得ている。
しかし事実、ここに来るまでも一度裏稼業でも凶悪の部類に入る人身売買に絡まれた。フリージア王国から遠く離れ、別の同盟国に近かった為フリージアではなくその国の詰め所へ放り投げてきたが、それでも最近は裏稼業に絡まれることがフリージア周辺では特に減ったなと思う。
時間も優に午後を過ぎ、それなりに小腹も減った。チャイネンシス王国までは特殊能力を使うまでもなく徒歩で充分の近さだが、その前に腹を埋めておきたかった。
チャイネンシス王国にも市場はあるが、ハナズオの中ではチャイネンシス王国の方があまり長期滞在はしたくない。今までも宿を取ったのは全てサーシスの方だ。




