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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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そして双子は応戦する。


「良いなぁ……僕らもネル先生の服欲し」

「ディオス。そういう図々しいこと言わないの。ネル先生は城に卸すようなすごい人だよ?僕らのみたいな平凡な服作る暇あるわけないでしょ」


羨みのまま爪先に力が籠るディオスに、クロイが途中で遮った。

レイの服に関してもただ材質が興味深いだけ。自分達が買って良いような服ではない品々をネルに要求することが非常識だと判断する。まさか、今現在進行形でもしかすると姉のものになるかもしれない衣服がネルの膝にあるのだとは思いもしない。

ディオスの言葉にくるりと首の向きを変えたネルは、にっこりの笑顔だった。自分の商品を安くみられることも安売りすることも嫌いだが、同時に自分の作った衣服を無理強いして押し付けることも嫌な彼女にとって寧ろ今の情報はありがたい。


「良いわよ、二人が着てくれるなら。もちろんヘレネさんの分も」

片手間になっちゃうけれど。そう言いながら柔らかく笑いかけるネルに、若葉色の瞳が輝いた。

良いの⁈と大声を出すディオスだけでなく、期待をしていなかったクロイまで胸が浮き立った。隣のヘレネも「本当に良いんですか?」と温かみのある瞳を輝かせネルを写した。


嬉しそうにしてくれる三人の反応に、ネルも心の中でガッツポーズする。フフッと笑いを溢し、女性らしさは維持する。

この家を紹介された時から、双子の二人へ作ってみたい服も、綺麗な女性であるヘレネに着せたい服もパッと思いつくだけで十はある。しかし住民且つ講師だった自分に勧められたら嫌でも着ないといけなくなることもよくわかっていた。

ジャンヌのお陰で好きな刺繍仕事に集中できるようになったが、それとは別で趣味の服飾も止める気は全くない。いつかの自分の店にも置くつもりであれば、むしろ実際に着てくれる人がいるままに作るのは良い練習でもある。

今まで身内や友人など極限られた範囲の人間にしか作ってこなかったが、新しい素材や違う体格の相手に作るのはそれだけでも楽しい。

ジャンヌに作ったワンピースも本当に作るのが楽しかったなと、自分の中の天使をぼんやり思い出した。同時に、彼女と並んで無名な自分の作品を褒めてくれた第二天使の存在も。


「……アムレットにも作ってあげたいな……。ジャンヌもそうだけど学校辞めてから会えないのが寂しくて」

「?じゃあ今度僕らが家に呼んできます!アムレットなら学校で毎日会ってるから!」

はぁ…………と溜息と共に頬杖を突くネルに、今度は堂々とディオスが前のめりりになった。

学校がある日は毎日勉強会をしているアムレットは、今ではファーナム兄弟にとって身近な女性の一人だ。もともとネルを紹介してくれた友人の一人でもある。

本当?とパッと笑顔を見せるネルに、クロイは「え、これ以上人増えるの多過ぎない?」と人口増加は眉を寄せるがアムレットという人選には反対も唱えない。それよりも自分達の新しい服なんてそれこそ何年振りだろうと考えながら、今からそわそわと想像にばかり頭がいってしまった。

ヘアピンがお揃いなのは恥ずかしいクロイだが、ここで男らしい服でお揃いとか着れたら格好良いかもしれないとは思う。それこそ城に腕を買われたネルの作ってくれる服なら、セドリックの元へ向かっても恥ずかしくない服だと今から期待する。

いつかは丈の合わない服を着ないでも良い日がくるかもしれない。


いっそ皆で集まって裁縫や勉強会をする日を作るのも良いかもと和気あいあい盛り上がる彼らに、そこで一つだけフンと鼻息が鳴らされた。

先ほどと打って変わり芸術的な仮面に隠されていない右半分を顰めるレイは、全員に届く声量で低めた。


「駄犬は良い気なもんだな。この前までジャンヌジャンヌと吠えてた分際でもう他の女とよろしくやりやがって」

アムレット加入でこれ以上煩くなるのかということよりも、寧ろ不満はそっちだった。

続けて舌打ちまで鳴らしたくなったところはぐっと堪えたが、それでも眼差しは顔と一緒に険しくなる。むしろ仮面の方が穏やかな表情をしていると思えるほど顔は嫌悪に歪められていた。


この前まではジャンヌがいないジャンヌに会いたい手紙はできるかな次いつ会えるんだっけと毎日のように話していたディオスが、一週間前から急に話題にしなくなったのはレイにも印象的だった。

アムレットのことはレイも会ったのを何となく覚えているが、やはりジャンヌと比べると印象も薄い。

同じ生徒なら、あの野良猫よりも自分を椅子ごと転ばせたゴーグルの少年の方が印象も強いと思う。今ではネルや、そしてアムレットと他の女性ばかりに愛想を振りまくディオスに腹立たしさが募る。

何故自分がそれで腹立たしく想っているのかも直視したくなかったが、今だけは良しとする。そうでなくても機嫌が悪かったことも手伝った。

まるで代わりを得たかのようにアムレットの話題が増えれば増えるほど、ディオスのことが腹立たしい。結局犬は飼い主が代わればそんなもんなのだと、今日まで何度も自分の中で結論付けた。


「それはっ!……っ。だ、だってジャンヌは山に帰っちゃうし、アムレットも友達だし、……アムレットも優しくて凄い良い子だから」

一瞬口を滑らしそうなのを踏みとどまったディオスに、クロイは口を結んだまま静かに胸を撫でおろした。

まさか〝これからは城で会えそうだから〟などと言って良いわけがない。ジャンヌの正体は未だに極秘事項なのだから。


しかし言われてみればまるで表向きは自分が〝ジャンヌ〟を雑に扱っているように思われていたのだと、レイだけでなく何も知らない姉や学校の友達にもそう見えたのかなと思えばそれだけでディオスは首が垂れた。

肩ごと背中まで丸くなる中、クロイは無言のまま眉を寄せる。ディオスが友達が多いことは今に始まったことじゃないのだから、その中で接点が多い相手の話題が増えるのは普通でしょとレイに思う。

せっかくジャンヌとのお別れがなくなったことで持ち直していたディオスがまた面倒になったらどうしてくれるのと、レイを睨みながら唇を尖らせた。大体どうしてジャンヌの話題が減ったことでレイが怒るのかもわからない。まだ恋人気取りなのかと、第一王女とは知らない分際でと方向違いな不満まで細く渦巻いた。


三人の言いようのない空気感に、ネルも少しだけ眉を垂らして見守った。

よく言えば「複雑」そして悪く言えば「拗らせてるなぁ」と端的な感想を持ちながら、口にはしない。三人それぞれがジャンヌにどういう感情なのかまで安易に推測できないが、どうであれこれだけ想われているのも流石だわと思ってしまう。


波風立たせないように「アムレットは本当に良い子なのよね」と言えば、家中に響く大声でディオスから「でしょ!!!?」と叫ばれた。まるで自分が怒鳴られたと勘違いするほどの大声に、ピリリッとネルは肌の振動まで感じた。


「アムレットは優しいし勉強も一生懸命で家族想いでこの前なんかお兄さんの誕生日お祝いする為に学校まで休んでて……」

「特待生を狙っておきながらたかが身内の誕生日祝いで休むとは余裕だな?奨学生制度がなけりゃあ来期で落とされるのはあの女で確定だ」

「そんなことない!アムレットはちゃんと毎日勉強してるし、翌日だって僕らも休んでた日の範囲教えて欲しいって頼まれたんだぞ!!」

「ていうか君に言われたくないし。仮面の元貴族生徒が殆ど毎日遅刻ギリギリに登校してるって中等部まで噂なんだけど??」

「ちょっと待てレイちゃん。既に浮いてんのか⁇早いだろ?お前ただでさえ顔デロドロの仮面男なのにそれ以上目立つなよマジで」


ぎゃあぎゃあとまた騒ぎが膨らみ上がっていく中、ヘレネはまるで子猫の喧嘩をみているかのように笑顔のままだった。

「あらあら」と言いながら、全く止める気配もない。これだけディオスに褒められる女の子ならきっといい子なのだろうと、呑気に今からアムレットに会える日が楽しみになった。

ジャンヌに会えないのは寂しいが、それ以上に弟達が順調に友達を作っているらしいことが嬉しくてたまらない。社交的なディオスだけでなく、今まで友達らしい友達もいなかったクロイまで友人の名を話題にすることがある。

今もクロイの口から「アムレットは君と違ってまともだし」と彼なりの賞賛が語られている。


そんなやり取りに一人首の向きが安定しないネルは、一度自分の左手を摩ってからポカンとしていた口を閉じた。

これはアムレットが来たらまたひと騒ぎありそうだという想いと、さらりと語られたアムレットの身内の誕生日というディオスの言葉に無事贈り物は遅れたのかなと考える。

それまで昼休みの度に自分の元に訪れては一生懸命刺繍を縫い込んでいた彼女の努力が実っていればと思う。それこそ、この家に彼女が招待されたら直接こっそり話を聞かせて欲しい。



……にぎやかだなぁ。



そう思いながら、目の前の騒ぎをヘレネと共に見守った。

勉強に夢中だったファーナム兄弟だけでなく、不機嫌だったレイまでいつの間にか仲良く言い合いを楽しんでいるように見える。

ここに更には「兄が過保護で」と怒っていたしっかり者のアムレットも加わればさらに賑やかなものになると思う。そんな戦場をちょっと見てみたいなと興味本位に想ってしまう自分がいる。


「あ、そうだヘレネさん。明日明後日にでも焼き菓子作り手伝ってくれる?」

「?ええ、もちろん」


この家での暮らしは飽きそうにないなと、小さく結論付けてからネルは喧噪を背景曲に再び針に糸を通した。


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