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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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男爵子息は腹立ち、


「炭??」


今までレイの特殊能力を見たことがないネルが首を傾ければ、ライアーからも簡潔に説明された。

炎の特殊能力者、感情で火が周囲に生じる、水ぶっかけるか俺を呼べと説明されてから最後に「だからネルちゃんの大事な商品も近づけるなよ⁇」と念が押された。妹の大事な手間暇かけた商品を炭にされたと聞いたら、あの天使の顔した騎士も悪魔に変わるだろうと確信する。


言われてみれば確かに珍しい布地ではあると、ネルも改めてレイの衣服を上から下まで観察する。

元貴族であることは教師同士でも聞かされていたから珍しい布地の服ということも気にしなかったが、なるほど防火性の布かと気付けばソファーのまま前のめりにレイへと姿勢を傾けてしまう。被服に携わる人間として、レイの衣服は充分興味深い。


「それ、……今はどこのお店で買ってるの?」

いや近づくなって、と。腕でネルを制するライアーだがまだレイの特殊能力を直接目にしてない彼女にはそこまでの怯えはない。火の特殊能力自体はフリージア王国でも珍しくないと思えば、今はレイの特殊能力よりも身体から火を生み出す系統の特殊能力者には需要のある服だと胸が疼く。


今までネルと会話らしい会話をしたことがないレイだが、急に話題を振られ少しだけ視線をやった。ライアーが妙に媚びる女相手に、庶民くさい彼女はどうみても脅威には感じられない。

騎士団副団長の妹とは聞いても、この女には何の力もないのにと思う。ならば今のライアーの標的は双子の姉よりもこっちの女かとも思ったが、どうみてもライアーの好みには見えない。

好みだけでいったらこういう人畜無害そうな顔の女よりも……、とそこまで思考がいったところで止めた。余計なことを考えないように、本を再び片手で閉じたレイは気まぐれ気分でネルへと口を開く。


「……屋敷から服は根こそぎ持ってきただけだ。前の服飾職人なんか名前も知らねぇ」

どうせ城下のどっかだろ、と雑に返すレイは言い切った後も本は開かない。

アンカーソンが職人を直接自分に会わせたのは、採寸の時だけ。それなりに腕の良い職人ではあったのだろうが、着替えで仮面を落とした時に怯えてからは目も合わせてこなくなった。レイとしても服飾職人なんかに興味もなかった為、無駄に会話をしなくて済んだのは幸いだった。


横からライアーが「いやこらネルちゃんには言葉気を付けろ??」と言ってくるが無視をする。ライアーから唯一彼女にだけは言葉を正すように言われたのもレイは不満だった。

自分の失った権力には未練もないが、何故自分が騎士のたかだか妹にそうしないといけないんだと思う。騎士本人にならばまだしも貴族でもない女に下手に出たくない。

明らかに年上女性相手にも容赦なく圧をかけるレイに、ライアーも冷たい汗が頬に伝う。はいはいはいと言いながら、腕だけでなく身体ごと使いネルとレイの視線が合わさる間に塞がった。


「レイちゃんは本当に人見知りだからなぁ?全く困ってるんだよ俺様も。こんなんじゃ友達も彼女もできねぇし普通の服じゃ簡単に燃え移るし女口説く前にど緊張して服燃やして裸じゃ格好もつかねぇだろ?」

「おいこらライアー。テメェなに勝手に妄想語り散らかしてやがる」

早口で捲し立てるように語るライアーに、全ては聞き取り損ねたが取り合えず馬鹿にされたことは理解する。

普通の服なら燃え移るのは本当だが、子どもの頃は下級層にいる間ずっと同じ一着の着の身着のままで過ごし続けられた。炎だって感情が荒ぶらなければ生じないし、身体から生まれるのではなくその周囲に生じるだけ。

まるで普通の服じゃいつでも裸になるような言い方に、腹の底が渦巻くように苛立った。


ソファーからも前のめりからそのまま立ち上がり、本を座っていた場所に放り投げる。ズンズンと大して距離の離れていなかったライアーへ大股で歩み寄るレイは、既に黒い炎が周囲に小さく灯り出していた。

言った傍から炎を垂れ流すレイが迫ってくることに、ライアーも肩を上下する。自分は良いが、裁縫中のネルとヘレネに近づくなと慌てて立ち上がりレイへと歩み寄る。

あくまで平静を装いながらも、レイの炎がこれ以上増さないようにと空中の炎を視界に入れる。

試しにレイの視界にはいる分だけでもと小さな黒い灯を虫でも掴むように手をかけてみれば、ライアーの手を焼く前に火の方が自ら消えた。

やれば消せるのになんで今自分で消そうとはしないんだとライアーは頭の隅で思う。


「ほらもうまたそういうことしちまう。頼むからその服は燃やすなよ?替えも数が知れてるんだから」

「うるせぇ!テメェがいつもいつもいつもっ……!!」

パァンッ!!と、直後に両手を顔の前で叩かれた。

苛立ちに増して火量が倍増した瞬間、ライアーの判断も早かった。火が消え、突然の衝撃に目が猫になるレイの肩へ腕を回す。

わかったわかったと言いながら仕方なく、早期退散を決め



「ちょっとそこの人。怒るなら鍋持ってくれる??そんなところで燃やされても迷惑で無駄」

「!あっそういえば今夜はポトフだっけ」



……る、前に。

ガタン、と椅子が鳴る。先ほどまで勉強に集中していたクロイが冷ややかな眼差しで席を立った。ディオスも集中を切らしたように顔を上げ、クロイへ名判断とばかりに声を上げる。


は??とレイ本人が低い声で一音を返したが、ここ連日レイの悪態にも慣れた彼らは全く気にしない。

台所へと足を進めるクロイを追うようにディオスもテーブルに手を突いて立ち上がった。相手は没落貴族で、自分達の上司でもないのだから怯えたところで仕方がない。今や王族や騎士と友人になれた彼らにはそこまで恐ろしい相手ではない。

台所から戻って来たクロイの両手には、宣言通り今晩の夕食が入った大鍋が握られていた。ライアー達が早めに家へ訪れた為、夕食の下ごしらえも早めに終えたヘレネの力作でもある。

不機嫌を露わに瑠璃色の眼光で睨んでくるレイへ、クロイはライアーを肘で押しのけ「はいこれ」と大鍋を突き出した。当然、そこで素直に受け取るレイでもない。


「ふざけるな。俺様は釜戸じゃねぇ」

「むしろ釜戸より役に立ってないことを考えたら?」

なんだと?と、直度にはレイの周囲にボワリと再び火が灯る。

その鍋の中身の食材は誰が施してやってると思うんだと、喉の手前まで出かかったが実際それを持ってきているのは自分ではなくライアーだ。更にはヘレネの料理の手伝いもライアーであり、自分が全くこの家で働いていないことは事実だった。


ふざけるな、俺様がなんで役に立ってやらなければ、だいたい好きで来たんじゃないと続けて言い張るが、クロイは右耳から左耳へと綺麗に聞き流した。

レイが家に来なくても良いと思っているクロイだが、何もしないのならせめて家を焦がす恐れのある彼に調理用釜戸や暖炉程度の役には立って欲しいと本気で考える。鍋を突き出したのは勉強中に騒がれたことへの嫌がらせも半分あるが、もう半分は無駄な火を有効活用したいこともある。


このッ……と、とうとうレイが考えも無しにクロイの鍋を払い落そうとした時。顔色を読んでいたライアーが先に手を伸ばした。

「おっとぉ?!」とおどけた声をあげながら、クロイから受け取る形で両手で鍋を奪う。同時にべしりとレイの手が鍋の代わりにライアーの背中を叩いた。


突然間に入られたことに目を丸くするクロイとレイに、ライアーは夕食の安全を確保できたことに両腕で鍋を抱き締めた。

レイが火を今度は放っていないことは安心だが、鍋をひっくり返されてはたまらない。


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