そして研ぐ。
「と、……ところで??その、ロッテだったらどういうデートに憧れるかしら?」
…………しまった。
つい怒りのあまり、放心してしまった私を気遣ってかプライド様が自らロッテへ話題を変えた。
そうですね!とロッテも私と思う所は同じ筈にも関わらず、必死に私の失敗を挽回してくれようと声を弾ませる。頬に汗を伝えさせながらも笑顔に務めてプライド様へ返す彼女は、本当に昔から土壇場に強い。
プライド様にあろうことか気を遣わせてしまった自分を叱咤しつつ、口の中を飲み込み気持ちを取り戻す。
落ち着け、どちらにせよ私に婚約者候補がどういう人間性の男なのか言及する権利も「もっと良い男性を」とプライド様のお考えを否定する権利もない。…………プライド様を女性として扱えないようなお相手であれば、先ずジルベール宰相やステイル様が黙っておられない。
いっそ一時の噂通り近衛騎士のカラム隊長が婚約者候補であれば、しっかりとプライド様をそういったことに誘って下さったのではないかと夢見てしまう。あの御方ならきっとプライド様を女性として扱って下さる筈だ。
「私は普通のが良いですね。一緒に城の外をお買い物したり、仕事終わりに「お疲れ様」ってお茶をしたり。あっ、ですがこうしてー……!」
ハッ!!と、そこでやっと気づいたのか口が止まったロッテに、お陰で私も一気に冷静になる。今、間違いなく特定の一人を想定し話していることに流石に気付いたらしい。
そこから大慌てで「こ、こうして御給仕してあげるのも良いですね」と言い直したが、それで気付かないのはプライド様くらいだと後で説教しなければ。
その証拠にプライド様は不思議そうに首を捻って「素敵ね」と返しているが、ジャックが扉の片隅で茹り切っている。もしプライド様にロッテの恋人の存在に気付かれた場合、間違いなく寡黙な彼ではなくロッテが口を滑らせた結果だろう。
今度は私から話を取り直して貰った礼を返すべく「私は景色の綺麗な場所でしょうか」と落ち着けた声で会話に入る。
色恋に生涯興味はないが、外出であればやはり景色は外せない。
私が調子を戻したからか、ほっとしたように息を吐くプライド様は「素敵ね」と笑顔で両手を合わせられた。こういう話題こそティアラ様も喜ばれるだろうに、今居合わせないことが本当に残念でならない。
きっとこんな会話をしたと聞いたら全身で悔しがられることだろう。
そのまま今度はプライド様が「ジャッ……、……」と振り返った先で言葉が止まる。
顔ごとプライド様から大きく逸らすジャックは、態度だけで会話に入りたくないことを訴えていた。もともと口数も少なく会話に入らない彼に、プライド様も大して疑問に思わない様子で首を別方向へと向けられた。
「エリック副隊長とハリソン副隊長はどうかしら?」
プライド様の興味が、とうとう身近な男性にも振り投げられる。
プライド様の紫色の瞳が照準を合わせられた時点で、肩を激しく上下したエリック副隊長は一気に顔を引き攣らせた。それに対し、隣に佇むハリソン副隊長は僅かに両眉が上がっただけだ。
今日は近衛騎士のカラム隊長がお休みの為ハリソン副隊長が入っているが、なんとも間が悪かったとしか言いようがない。よりにもよってこんな会話を振られる時に数少ない近衛騎士の番とは。
そうですね……と、一度視線を浮かせた後に引き攣った顔を必死に整えるエリック副隊長は仕草が少しぎこちない。まさかプライド様を目の前に理想のデートを語らせられるなど、何かの罰かと言いたくもなるだろう。
「自分も、やはり普通なものが好きかもしれません。ロッテさんの仰るように買い物も良いですよね」
そう言いながらロッテへと笑いかける彼は、恐らく彼女の先ほどの発言への後援もあるのだろう。
よくあるデートの理想ですよね、と共感に柔和な笑みを浮かべる彼は本当に気の利く男性だと思う。ロッテもそれを理解してか、安堵のままの表情で栗色の瞳へ合わせ大きく頷き返していた。
「一緒に何を買うかを選んだり悩んだり。道を歩きながら取り留めもない話で外の空気を味わうのも楽しいですよね。特別なことをしなくても、同じ時間を共有できればそれだけで充分だと思いますよ」
「そうね、エリック副隊長はお話上手だもの。買い物だって毎回すごく楽しいわ!」
ぼんっ、と。予期せぬところで被弾した。
さきほどまで、話しながらにこにこと調子を戻していたエリック副隊長がプライド様からの言葉に一気に顔から白い湯気を放った。目が若干焦点も合っていない。
エリック副隊長⁈と、まさかの赤面にプライド様も声を上げるが、なんでもありませんと慌てて返した彼は珍しく二度噛んだ。
恐らく、自分で言った〝デート〟の定義をプライド様と当然のように行われていることに気付いておられなかったのだろう。
てっきりプライド様と自身を想定して仰られたのかと思ったが違うらしい。ならばプライド様と誰を想定して仰ったのだろうか。
いやしかし今のはプライド様にも責任がある。今の言い方ではプライド様とエリック副隊長がデートをしたことがあるように聞かれても文句が言えない。
ぺこぺこと真っ赤な顔を下げながら「お気になさらないで下さい」と訴えるエリック副隊長と眉を垂らすプライド様を見ると微笑ましく、胸が温まる。全く動かない婚約者候補達よりもこういう健全な青年を選んで欲しい。
「あの、ハリソン副隊長はどうですか?理想のデートとか」
「必要ありません」
瞬殺。という言葉が恐らく私以外も全員の頭に過った。
プライド様も投げかけた笑みのまま固まってしまっている。予想しなかったわけではないが、まさか想像がつかないどころか存在からの全否定とは。
ソウデスカ、とぎこちない言葉を絞り出すプライド様にハリソン副隊長は顔色すら変えない。怒っているようにも見えるが、最初からの無表情だ。彼はきっと本当に感想がないのだろう。
私も人のことはいえないが、彼は彼で恋愛という概念自体持ち合わせていないらしい。
さっきまで顔を赤らめていたエリック副隊長の熱を急低下で冷まさせる威力だ。取り直すように「あの、ハリソン副隊長は外出などは……?」とエリック副隊長がせめてそれらしい答えをプライド様へ提供させようと顔色を伺ってくれた。
しかし、ハリソン副隊長の答えは「買い出しと見回りだ」とやはり冷たい。彼には外で時間を楽しむという考えすら存在しないのかもしれない。
さっきまでプライド様には珍しい恋愛らしい話題で盛り上がっていた部屋の空気まで重量を増す。ここまで空気を変えたのにも関わらず、変えた本人だけが平然としてこれ以上発言すらしようとする素振りも見せないのは逆に尊敬に値する。私にはとてもできない。
コホンと軽い咳を払い、私は少しでも空気を浮上させるべくプライド様へ視線を向ける。
「そう仰るプライド様は、いかがでしょうか。婚約者候補とでなくとも、そういった理想はお持ちですか」
「私?…………私も、そこまで特別でなくても……。海に言ったり観光や旅行とか普通の女の子の振りしてお出かけとかも勿論憧れるけれど、買い物したり景色の良い場所へ出かけるのも理想だと思うし…………」
頬に手を当て、うーんと考えるように眉を寄せるプライド様は大きく頭を傾ける。
本音を言えば「婚約者候補と望むそういったことはないのですか」と聞きたいところを抑えたが、せめてこの投げかけでプライド様からも提案とは言わずともお誘い皆無の現状に不満の一つは覚えて頂きたい。
エリック副隊長やロッテも気になるように注視する中、あくまでなだらかなプライド様の答えは落ち着いていた。
「私との時間を特別に想ってくれるなら、どんな状況でも幸せだわ」
……十九年間。王女として生きているとは思えない言葉が発せられた。
こんな意地らしい女性を相手に、未だ〝特別〟の時間一つも提供できていないのであろう婚約者候補者へ、私は久々に〝殺意〟というものを覚えた。
わかります、と嬉しそうに頬を染め同意するロッテと何の気落ちもなく笑い合っておられるのが救いだ。今握っているのが針でなくペンであれば折れた自信がある。
「…………プライド様。今度の運動着ですが、ネルさんの刺繍を織り込みたいと思うのですかいかがでしょう」
「えっ素敵!」
きらっ!!と紫水晶に輝かせるプライド様の笑みを正面から受けながら、今だけは誰かも知れぬ婚約者候補達を上から説教できる立場と権威があればと心から思った。
こんな可愛い御方を泣かせることだけは許さない。




