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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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Ⅱ528.騎士隊長は発散する。


「ッよっ、と。ほらちゃんと当てに来いって!!そんなんじゃ意味ねぇだろ?」


鋭く打ち込まれた拳に背中を反らすだけで避けたアランは、余裕を示すように両手をバチンと叩いて見せる。

騎士団演習場。その演習所の一角で休息時間にも関わらず手合わせを楽しむアランは、全く疲労していない。午後になり近衛騎士の交代を終えた彼にとっては寧ろ嬉しい運動量だった。

近衛騎士後に休息時間を得ている時は基本プライド達の場にそのまま居座るか、もしくは自主鍛錬や手合わせが多い彼にとって今こうしていることも何ら珍しくない。ただし、彼が今日手合わせをしている相手だけは少し珍しかった。


「戦闘中に遊ぶな……あとお前もお前で攻撃して来い……。アラン、お前本当にさっき近衛から戻って来たばかりなんだろうな?」

「本当本当。別にいつものことだろ?お前とこうして手合わせすんのはあんまなかったけど」

「王居からエリック置いて走ってきておいて息切れ一つせずこれか……!!!」

はぁぁぁぁぁぁぁ……と、九番隊騎士ケネス・オルドリッジは大きく溜息を吐いた。

手合わせを始めてから構えていた剣を手の中だけで握り直しながらも、自分の方が肩が重くなってくるのを感じる。今目の前にいる一番隊隊長の実力に、知ってはいたが圧倒されてしまう。

同じ隊長格でこそあるが、アランと自分では戦闘での格が違う。今も、自分が溜息を吐いたところで一度構えを解き首を捻って見せるアランへすかさず手の動きだけで突きを繰り出したが、やはり逃げられるどころか大きく背中を後方に反らす動きだけで避けられる。

「おぉっ!」と楽し気な声をアランにあげられるが、決して彼が自分を小馬鹿にしているわけでも挑発しているわけでもないことはケネスも理解している。しかし、本気を出さないと本当にアランに剣と格闘術のみで競うことは難しい。


「いや今日は本当にプライド様の背後立ってただけだし。お前の方こそ九番隊の演習あったろ」

「生憎俺も午前は女王陛下へご挨拶させて頂いたし、その後はダンに九番隊の報告だけ聞いて狙撃演習と投爆演習の監督だ。身体は疲れてない」

今度は自分から、とアランが突如視界から消えたケネスは目で判断するよりも先に飛び上がった。空中に避難してから視線を落とせば、アランが自分の足を狙い低姿勢の回し蹴りを繰り出していたところだった。

相手がアランだからと警戒していたから避けることはできたが、これが初見相手だったら消えたのが特殊能力かどうかと判断に悩む間に一撃当てられたなと冷静に考える。特に自分の所属する隊にはそう言った特殊能力者の割合も多い。


隊長格は特に演習によっては実質動かないこともある。部下達へ指示や指導、監督を担うのも彼らの職務だ。

そんなケネスに比べ、アランは同じ城内とはいえ王居から離れた騎士団演習場へ走って戻って来たばかりだ。

カラムの場合はそのまま駈け出したアランを放っておくが、エリックの場合はなるべく隊長の足に追いつけるようにと特訓も兼ねて毎回アランを追いかけている。そしてエリックが本気で追い付いてくれば来るほど速度を上げるアランは、今日も部下である一番隊副隊長に大差をつけて騎士団演習場にゴールした後だった。

そのまま軽い足取りで演習所へ向かおうとしたところで、ちょうど休息時間を得たケネスに「暇なら発散してかね?」と声をかけたのもアランだ。

元はと言えば自分が推薦して近衛騎士に抜擢されたケネスに、大きく手を振りながら遠回しに「話を聞くぞ」と伝えれば彼の返答もまた早かった。


「まあまあとにかくおめでとさん。陛下にも期待してるって言われたし良かったろ」

「ああ良かった……ものすごく良かった……。…………アラン、銃使っても良いか?」

「いやそれ死ぬだろ」

ぶはっ、と大笑いで返すアランだが、ケネスの目は本気だった。

まさかケネスが自分を殺そうとするとは思わないが、その目を見たアランは一撃くらいは狙われるかもなぁーと呑気に思う。銃相手でも撃たれる前に奪うか弾けば良いと思うが、ケネス相手にそれが上手くいくかはわからない。


八番隊でもない限り、騎士同士の戦闘で銃を使うようなことはない。

ケネスからすれば自分が銃を使っても充分にアランが優勢だと思うが、仕方なく断られたまま懐に伸びかけた手を降ろした。しかし、今でも謁見の間で自分を見て終始笑顔だったアランを思い出すと言いようのない気持ちになる。

昔から人との距離が近いアランと自分が親しいからこその手が伸びる怒りだった。正直あそこで手合わせに誘って貰えて良かったと思う。


「何度も言ったろ?お前実力もあるし絶対女王近衛向きだって。特殊能力の強さ気にしてたらプライド様の近衛なんかハリソンとカラムだけになっちまうし」

「特殊能力だけじゃなくてな……アラン、お前はわかってないかもしれないが王族の護衛に付かせて頂くだけでも本当に騎士としては名誉なことで、特に現女王のローザ陛下は」

「わかってるわかってるって!その辺はカラムにもエリックにも言われてるから」

言葉こそゆっくりと言い聞かすようなケネスだが、その動きだけは俊敏だった。

剣を横へ振るい、アランが二歩分跳ねて避ければその着地を見計らい逆手で剣を一瞬で持ち直し追撃へ地面を蹴る。避けきり態勢を立て直す暇もなく斜め横から向かってくる刃にアランも今度は声を漏らす余裕もなかった。背後へ倒れ両手をついて跳ね上がる。


そのままでも追撃の恐れがあると理解し、接近してくるケネスから更に距離を取るべくトントンッと三度連続手で着地しては宙返りを繰り返し離れた。

剣を腰に仕舞う間もなかった為、左手だけの宙返りになったが、軸のブレもよろめきも全くない。土埃のついた両手を叩き合わせるようにしてはたきながら、苦笑いで目を合わす。


当時プライドの近衛騎士になると決まった後、カラムからもエリックからも無礼がないように何度も言い聞かされた。

近衛任務初日になど「プライド様に手合わせをねだってもいけませんよ?!」とエリックに本気の形相で念を押されたのも今では懐かしい思い出だ。


「それも含めてお前はあってるって。寧ろ未だ王族に関してピンとこねぇ俺よりずっと王族の近衛に向いてるし。まぁプライド様大好きなお前」

「そ、れ、を、い、う、な!!」

お前は!!!と、次の瞬間にケネスは懐から整備された銃を取り出した。

中距離をものともしない銃の存在に、流石のアランも一瞬焦る。「いえごめんって!!」と叫びながら身体は銃弾の弾道を読むべく身構えるが、その銃口に注目してしまったところで別の物体が顎に直撃した。ガツッッ!と、痛い音が耳の奥まで響いたところでアランも「やられた」と痛みに声を上げる前に思う。

反射的に二撃目を放たれる前に顎を押さえながら横に転がるが、ヒリヒリとした痛みだけで顎には血も銃痕もない。おとりに目を奪われたほんの一瞬で、地面に転がっていた小石を命中させられたのだと気付くのはケネスが銃を懐に仕舞ってからだった。


「アラン。お前、それプライド様には言うなよ……?近衛騎士でそれを言いふらしそうなのお前ぐらいだから本気で俺もブライスもローランドも心配してるんだからな。そろそろブライスにも釘刺されるぞ」

「いや~??でも騎士団が全員プライド様好きなのは周知の事実だろ。別に俺が言っても言わなくても」

「本人に明言されるのとじゃないのとじゃ心臓が全然違う」

コンッ、と低い声で断言しながらケネスは地面も見ずに足先の動きだけで小石を今度は垂直に蹴り上げた。

二撃目三撃目も辞さないぞとそれだけで意思表示するケネスに、アランは地面の均されてない演習所を選ぶのは失敗だったかなぁーと頭の隅で思う。結果としてケネスに飛び道具を与えてしまった。


ぱしんっと蹴り上げた小石を片手で掴むケネスは、今度は親指の先だけで跳ね飛ばした。

たかが小石、しかも銃弾や騎士の剣戟よりも遥かに遅い攻撃だがアランは大きく避けた。両足で地面を蹴り、空中に大きく上がり避難しつつ剣で身構える。予想通りまた石を三個投げられたがその程度ならばアランでも剣で弾ける。当たっても痛い程度の方が、ケネスに距離を詰められるよりはマシだった。


わかったわかった!と声をあげながら着地するアランは、慌てた口調に反して生き生きとした笑顔だった。

「俺からは言わねぇから、な?」と言いながら、やはりケネスとの手合わせも楽しいと思う。


今や騎士団全員から支持の高いプライドだが、それを「自分が」と明言できる騎士は多くない。

アランのように誰にも本人にまで堂々と大声で言える騎士など極僅かだ。しかもケネスと二番隊隊長のブライスに至っては既婚者。アランの隠さない言葉で誤解を招いたらそれこそ大変なことになる。


「でもなぁ、ブライスか。あいつに脅されたら怖いよなぁ。お陰でエリックも最近怯えちまってよ。ブライス見かける度逃げまくってる」

「エリック……あいつは本当に良い奴だから。本当に、いや実力だけで言えばそりゃあ推薦するのはわかるが……ブライスを推したらあいつが怒り狂うのもわかってただろうに……」

はぁ…………、と今度は隙を作る為ではなく本気で片手で頭を抱えてしまう。

謁見の間を後にした時も、扉が一度閉められ緊張の糸が解けた途端一番にブライスが一人舌打ちをしたのは忘れられない。その後に追いかけてくれたプライド達にあの音が聞かれなくて良かったとケネスは心から思う。


ブライスを含め、今度共に女王の護衛を担う近衛騎士達を思い返せば溜息しか出ない。頼れるのはブライス、そして良い子なのはローランドだろうと考えながらやはり一番近衛騎士に不相応なのは自分な気がしてならない。

ノーマンも人間性はさておき若いのに個としての実力も判断能力もある騎士だということは、隊同士での演習でケネスも理解している。

ブライスも、王族の護衛なんて誉れ高い任務にさえ置かれなければ、ただただ頼れて男らしい良い騎士だ。隊長歴も近衛騎士の中では誰より長く、支持も高く功績もある。

しかし王族の近衛騎士という立場に関しては前のめり且つ積極的でも、最も不満も持っている。


その中で、今後自分がどういう立場になるかと考えれば必然的にと。


そこでケネスは剣を振るった。

今までの攻撃と異なり、一直線に真っすぐ振り下ろされた渾身の剣に、アランも片手で足りず両手で自身の剣を握った。ガキィィンッ!!と金属同士の音が響き、顔色を変えないケネスに歯を食い縛る。身体が思っていたより重い斬撃に、一拍堪えてから弾き返した。


「ま、あ!頑張れよ。お前が多分纏めることになるんだろうし。ノーマンとローランドはまだ絡んだこと少ねぇだろうけど」

「ローランドは良い。問題はノーマンだ。…………大体全員俺より未来か才能もしくは両方あるのになんで俺が……」

「いやお前も充分すげえって。もう騎士隊長なんだし部下達に慕われてるんだから自信持てよ」

「ほんとお前は良いよ……俺は未だにお前はカラムと同じ特殊能力じゃないかと時々思う」

ハハっ!!とその言葉に特殊能力者ではないアランは大声で笑ってしまう。ないない、と手を振りながら事実カラムと特殊能力込みでの力勝負じゃ勝てたことがないと思う。

いっそ本当に特殊能力の一つでもあれば面白いが、周囲の目には特殊能力に映る実力も、本人にとって単なる〝積み重ねられた結果〟でしかない。そしてそれこそが周囲に尊敬される要因でもある。


しかし切り込み隊でもある前衛特化の一番隊の隊長として輝くアランは、それこそケネスには若干眩しかった。

自分より後に入団したアランに嫉妬とは言わずとも羨みや尊敬を覚えたこともある。自分など当時温度感知の特殊能力がなければ九番隊にも入れてもらえなかったのではないかと今でも思う。

続けて今度は休む間も与えずに繰り替えす連撃も、アランは片手の剣で軽々さばいてしまう。逆に真っ向勝負で両手持ちに剣を構えられれば、今度は自分が本気で身構える番へと必然的に追い込まれる。


「ケネスは!アレだっけ?プライド、様の!お役に立ちたいって言ってたよな?!」

「まぁそんなところだ。ッ、お前には、何度も言っただろ」

互いにガキンガキンと剣を打ち合い、攻防を入れ替えながら会話だけは穏やかになっていく。

昔からプライド談義を毎日のように騎士達と楽しんでいたアランは、八番隊を除いた大体の騎士であればプライドのどんなところを慕っているかも大まかにだが把握している。入隊時期が同じケネスに対してもまた同様だった。


「ぃやっぱ!騎士団奇襲事件のアレだよなぁ!当時の騎士は殆ど目にして全員そこからだし」

「お前もだろ」

連撃の攻防中、アランが前足でケネスのガラあきになった鳩尾を蹴り上げる。

ガッと、手ごたえを最初は感じたが思ったより固い感触だった。一瞬の疑問の直後、自分の足が直撃したのは腹部ですらなく同じケネスの靴裏だったと気付く。

自分の攻撃を呼んで防がれたと、理解したアランはニヤッと笑うとそのまま足裏に力を込めて更に蹴り込んだ。ケネスの軸をわずかに崩し、同時に自分は宙へと跳ね上がる。くるりと、空中で綺麗に回転したアランはそこで再び態勢を立て直す。


当時、騎士団奇襲事件でも本隊騎士だったケネスは今でも事件のことはよく覚えている。

僅か十一歳の少女が盗賊相手に混戦したことも、更には騎士団長を救い、話し合いの場での一部始終も全てが衝撃だった。

当時は子どもだったアーサーが今ではプライドの近衛騎士となり、聖騎士にまで伸し上がったことも思い返せば感慨深い。


ケネスがプライドを慕う理由も、カラムに似た理由だったなとアランは剣を横に軽く振りながら思う。ただそこで決定的に違うのは、彼はもともと王族への支持が強かったというところだ。

その上で更には騎士団長を救い新兵を救い、騎士へも最大級の敬意とその価値を認めたプライドがどれほどケネスにとって高潔で眩しい存在か。それについても、アランは酒の席で三度語りを聞いている。



─ まさか、生徒としてとはいえあんな無邪気な会話を楽しまれているのは驚いた……。



「格好良いよなぁプライド様」

「…………お前みたいにすぐ言葉にするのは得意じゃない」

知ってる。そう笑いながらアランは飛び上がる。空中から叩きつけるように剣を振り下ろすアランに、ケネスも迎撃するべく先に奥歯を噛んだ。

アランの剣を受けるほんの一瞬の間、思考の中には先ほどの王居での会話が蘇る。

最初にまさかの女子寮の一件を謝罪され、それからもローランドと共に会話を続ける中で彼女のその口から満面の笑みと共に向けられた言葉だ。


『本当にケネス隊長が居て下されば安心です。一緒に居て頼れる騎士だって、私もステイルも身をもって知ってますもの!』


そう言って、まさかのハナズオでの一件まで語られた。

ステイルが奪還戦での自分を覚えていてくれたことも嬉しかったが、まさか戦ですらなく壁を超えるだけの動向で自分がプライドに関わったことまで覚えてくれているとは思わなかった。

まるで昨日のことのように「軽々と私を持ち上げて登ってくれて」「とてもお優しい方で」とローランドの前でまるで自慢するように褒められた時は顔から火が出るかと思った。

当時はまさか憧れの第一王女をこの手で〝三度〟も触れることになるとは思いもしなかった。

その内の二度はあくまで往復の為の壁超えによるものだが、もう一度は……。


「あ。わりっ」

ドスッ、と。

今度こそアランの後ろ蹴りがケネスの腹にめり込んだ。

幸いにも寸前にアランが加減を入れられたことと鎧を着込んでいた部分だった為、骨までは到達しなかった。が、それでもケネスの肺から酸素を奪い切った。

戦闘で五本の指に入る一番隊隊長は、別のことを想起しながら対等に戦えるほど実力が甘くはなかった。


思わず片膝を付き、空いている手で腹を押さえて堪えるケネスにアランも慌てて再度謝るが、今回は自分が悪いとケネス自身が思う。アランを相手にうっかり隙を作った自分の落ち度だ。

顔がみるみる赤くなっていくケネスの背中を摩りながら、息はできるかとアランは確認を取る。ちょっと加減が間に合いきってなかったなと思いながら、ついついケネス相手に楽しくなって本気になってしまったことを反省する。

いつものケネスなら絶対に避けるか反撃だろと勢いをつけ、敢えて招かれたとしか思えない隙を突いたが……本当に命中してしまったのはアランも予想外だった。

動けるかー、と声を掛けながら酸素不足かのように赤い顔でこくこく頷くケネスが




うっかり第一王女とのダンスを思い出してしまっていたとは思いもせずに。




『ダンス、お上手ですねケネス隊長!』

王族を尊ぶ彼にとって、理想の王族であるプライド・ロイヤル・アイビー。

祝会で自分の手を取ってくれた彼女の実の母親であり、自分が入団するより前から数々の功績を打ち立てたローザ女王を死んでも守り抜かねば……‼︎と、ケネス・オルドリッジが謁見の間で最も熱く覚悟を決めていたことは誰も知らない。


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