そして義弟は捕まえる。
「近衛騎士を受けて下さり、心から嬉しく思います。貴方とは是非一度〝ステイル〟としてお話もしてみたいと思いました」
「ステイル第一王子殿下が、自分に……⁈」
てっきり先日の話題を皮切りに、謝罪の羅列になるかと覚悟していたノーマンは目が丸くなる。
遠回しな嫌味かそれとも裏の意味かと考えていれば、ステイルはノーマンからの聞き返しに肯定で返した。貴方と、と重ねてから眼鏡の黒縁へと指を添える。
まだ口を開かれる前から言いようのない嫌な気配を感じつつ、ノーマンは逃げられない。せめてあの時のことは……‼︎と胸の内で願った瞬間、軽やかな声がステイルから投げかけられた。
「そうそう、お菓子は美味しく頂きました。アーサー隊長は誰からかまでは知らないので、ご安心を」
ぎくっっっ‼︎‼︎と、肩を今度こそ大きく上下させてしまうノーマンは足を止めかけた。
さっきまでなんとか堪えていた筈の顔に一気に熱が込み上げてくる。隣を歩くステイルが横目でわかるほど顔色を茹らせながら、しかし顔を向けられない。進行方向へ固定されたように首を向けながら、今この場で逃げ出したい欲求に駆られる。
アーサーには知られてない、という一部分に関しては安堵しながらそれでも当時のあの子ども達がやはりステイルやプライドだったのだと思い知る。
『こっ、これはその、……お詫びだ』
「重ね重ね本当に大変失礼を致しました……。知らなかったとはいえ、王族の方々にあのような……」
王族に‼︎よりにもよって安物の菓子を‼︎‼︎勘違いとはいえなんてことを‼︎と、今日までも何度も頭を抱えた現実にステイルが死神に見えて来る。
何とか正しい言葉を選び口を動かしながら、思い出すたびに顔に熱が増していく。早くも額を拭いたくなりながら、次の引導を待つ。
「とんでもありません。寧ろ、王族としては知り得なかったノーマン殿の素顔を見れたことは幸いでした。お優しい兄君であることも、…………姉君の大事な近衛騎士を批判し困らせるだけの騎士ではないことも知れましたし」
菓子も美味しかったです、と。
明るい声から急激に低めた声、最後にまた明るい声を続けながら笑うステイルに、目が合わせられない。
顔が熱いのに、ひやひやと背筋が冷たくなる感覚を覚えて思考を回すことも拒絶したくなる。やはりご不快に思っていま、あんな安菓子、と思う気持ちを背中から刺すように今度は当時のやり取りに心臓が波打った。
自分がどれだけ王族の前で恥を上塗り続けたか。一度はそれが騎士を本気で辞そうとした要因の一つでもある。
あくまで柔らかい言葉に、精神が確実に削られていく。
楽しげなステイルと、騎士団ではなかなか見れないほど小さくそして動きが固まっていくノーマンに、前方を行くプライドの背後に控えたアランとエリックは互いに目を合わせた。会話こそコソコソと顰められ聞こえないが彼が、ステイルの前で小さくなっている理由は単に王族だというだけではないことはわかっている。
『自分の見誤りでした。勝手な憶測と失言の数々、大変申し訳ありませんでした』
そう、ノーマンが謝罪に来てくれたのは記憶に新しい。
〝王族との極秘任務と知らなかったとはいえ〟など、自分を守る言葉や弁明もノーマンの頭ならいくらでも思いついただろうと二人は思う。しかしノーマンはどの言葉も使わず、ただただ自分の誤解や失言を真っ直ぐに自分達へ謝罪していた。
騎士館を出た途端、入り口の前で待たれていた時は早めに演習所へ出たアランも、そして三十分後のエリックも驚いた。「アラン隊長が御親戚と部下に不当な扱いと勝手に考え」「エリック副隊長へ勝手な憶測を繰り返し、ありもしないアラン隊長についての誹謗中傷を繰り返し」と謝罪自体は受け止めたが、実際は二人もノーマンの誤解についてはもともと気にしていない。プライドの極秘訪問の為事実を捻じ曲げていたのだから、誤解が解けたならばそれで良いと思う。
きちんと謝罪を告げた後は「以上です。僕への叱咤等あれば何なりとお申し付けください」と言われて断れば、きっかりとその場を後腐れなく去っていくのは彼らしかったと二人は思う。
早朝演習で同じ一番隊として顔を合わせた二人は、そこでお互いが同様に朝一番にノーマンから謝罪を受けたことも知った。
そんなノーマンが、まさか王族の目の前で彼らの近衛騎士に失言を気にしていることは容易に理解できた。
そして実際、ノーマンはそれ以上に恥ずかしい姿を王族の目の前に晒している。
「弟君はお元気ですか。あれから姉君もずっと気にかけておられまして」
「!はい、お陰様で今は大分落ち着いております。本当にステイル第一王子殿下とプライド第一王女殿下には感謝してもし尽くせません」
「いえいえ僕は。全ては姉君によるものなので。今後はどうか母上を宜しくお願い致します。アーサー隊長の期待を得たノーマン殿ならきっとやり遂げて下さると僕もティアラも、そして姉君も心から信じています」
話題が自分のことから弟に逸れ、やっと大きくノーマンは呼吸を思い出した。
生徒として目にしたノーマンの態度と比べれば、どちらと比べても別人のように畏まった姿だが、ステイルもそれには違和感も大してない。極秘視察が始まるまでは、寧ろ今のノーマンの方がステイルにとってもプライドにとっても通常だったのだから。
まさかあそこまで騎士同士になると棘の刺さった言葉を投げることも、そして奥底の内面も全く知りえなかった。
勿論です、覚悟して務めさせて頂きます、この御恩は忘れません、と繰り返すノーマンは誰の目から見ても他の騎士達同様の誠実な姿だ。
彼からの意思を持った意気込みにステイルの笑顔が静かに、アーサー以外は気付かない微弱な差のまま薄気味悪さが消えていく。単なる心からの笑みを浮かべたままノーマンへ返す彼は声も変わらず穏やかだった。
「安心しました」と口にしながら、前方のプライドやティアラが会話を一区切りつきそうだと視界の隅で確認する。
ポンと、軽く弾ませるような気軽さでノーマンの手を叩いたステイルは、そこでぐっとノーマンへ顔を近づけた。柔らかい笑みのまま騎士のノーマンよりも高い背から迫るステイルは、言う前から僅かに引き上がった口元で囁くようにその耳へ言葉をかける。
「〝不死鳥〟……僕も、実は結構気に入っています」
「~~~~~~っっっっ!!!!!!!」
ぶわぁぁあああああ!と、直後にノーマンの顔色が今日一番の熱量で上気した。
妖しい声で囁かれた言葉に、本気で心臓が一度止まった。思わず自分から顔を反らし、銃撃を受けた時のように一歩飛びのきそこから止まってしまう。
突然の床を蹴る音に全員もそこで一度振り返ったが、そこには上機嫌な笑顔のステイルと顔を塗ったように真っ赤にしたノーマンだけだった。敵の攻撃もなければ、ステイルもノーマンもお互いしか見ていない。
今度こそ本気で走って逃げたくなったノーマンだが、城内のしかも王宮の、王族の前でそのような無礼許されない。羞恥のあまり涙目になりそうなところを口の中を噛みきって耐え抜いたが、それでも暫く饒舌だった舌が何もいえなくなった。
ぱくぱくと口を空っぽのまま開き、吸っても吸っても呼吸が回らない。当たり前でわかっていた筈なのに、やはり覚えられていたのだという事実に頭を金槌で殴られたかのようだった。
「すみません」とステイルの方から明るい謝罪が掛け、プライド達へもなんでもないと手を振った。
再びおもむろに歩き出す王族と騎士の流れに、ノーマンもゆっくりとまた足を意識的に動かした。隣にステイルがまた並べば、やっぱりあの時のことを怒っていたのかとも考える。
ステイルの評判は騎士団でも有名だが、プライドの近衛騎士達と親しいこともアーサーと友人であることもノーマンはよく耳にしている。
そんな中、近衛騎士であるアランやエリックに無礼な発言をして、更には友人であるアーサーにあんな恥ずかしい熱弁まで………と思ったところで一度思考が止まった。
……今、気に入っていると仰られなかったか……?!
まさか、いや、でも、と。
〝不死鳥〟の響きが恥ずかし過ぎてその後があまり頭に入っていなかったが、確かにステイルがそう言っていた。当然、嫌味やからかいの可能性もと思い直そうとしたノーマンだがその頃合いを見計らったかのようにステイルが「驚かせてしまいすみません」と笑い混じりに言葉を続けて来た。
「実は、ずっと言いたくて。どうか胸の内だけで留めて頂けると助かります」
くくっ……と、とうとう零れた笑い声まで漏らしながら話すステイルからは、全く嫌な感じはない。むしろ楽しそうな笑みは、アーサー以外の騎士に見せるには大分砕けたものだった。
ノーマンのアーサーへの評価を知ってから、ステイルの中では既に彼への評価も信頼も定量を超えていた。
アーサーをあそこまで慕って、良さをちゃんと理解してくれている彼と話してみたいとは思っていたが正体を隠している間はそれもできない。村襲撃があった後では極秘視察を終えたても理由もなく関わるのは難しかった。
アーサーにまさかの理由で呼ばれた時も時間がなかったが、いまやノーマンはステイルにとっては女王付き近衛騎士内どころか騎士団の中で今最も話してみたい相手でもあった。
茫然と眉の間が離れるノーマンへ「なので」と言葉を続ける。ポン、と今度は彼の背を叩き、今日は午前にアーサーを近衛から避けとくように手を回しておいて良かったと心から思いながら。
「貴方のことはかなり好きですよノーマン。……今度ともアーサー共々宜しくお願いしますね」
「はッ……畏れ多い御言葉です……!!」
ステイルの柔らかな笑顔に、やっと頭が現実に追いついたノーマンは廊下に響いてしまう声で再び頭を下げた。
まさかさっきまでの言葉全てが嫌味でも遠回しな圧でもなく、ただただ純粋なステイルからの友好だったのだと今理解する。
アーサーを慕う彼が、その相棒に好かれないわけがなかった。
「近衛騎士の次は近衛兵かしら。いつもジャック一人で大変だもの」
「!そうですね。姉君の近衛兵増員と同じく、将来的には王配と摂政にも近衛兵は付けたいと俺も思います」
「ならいつかは私と兄様も近衛兵が付きますねっ!」
その後、女王付き近衛騎士と王族三姉弟妹との会話は王宮の扉まで穏やかに続いた。
無事ノーマンがプライドにも弟の不敬を謝罪できたのは最後の最後だった。
Ⅱ46-2




