Ⅱ527.嘲り王女は追い、
「皆の働きに期待します。新たな近衛騎士発足を心から祝しましょう」
下がりなさい。その許可と共に、一声を揃えた四人の騎士達は跪いた体勢から立ち上がる。
女王付き近衛騎士の任務内容詳細から各騎士の紹介まで確認を終えれば時間は掛からなかった。叙任式よりも遥かに短い。
しかし、多忙な女王の時間を割くには充分に与えられた時間でもあった。
王配と摂政を左右に携える女王へ、騎士達は深々と頭を下げる。
最上層部と共に控える第一王女、第二王女、そして第一王子も見守る中新生近衛騎士と女王との邂逅は筒がなく幕を閉じた。謁見の間から順々に退がる四人の騎士を、第一王女の近衛騎士二人も張り詰めたまま見送った。
音もなく重い扉が閉められ、一度沈黙が王族の耳をも塞ぐ。
数拍置いてから、更に今度は立ち合いの為に呼ばれた第一王女と第一王子、第二王女が退席を許された。摂政と王配はこのまま女王と話があると、先に次世代の三人がその場を後にする。護衛の近衛兵、近衛騎士を連れて一礼後に退室した第一王女達は
「待ってください!」
重厚な扉が閉められてすぐ、駆け出した。
目で合図を交わす必要もなく、一斉に駈け出した王女達の視線の先には未だ長い回廊を進む騎士達の背中があった。
聞き覚えのある凛とした声が響き、彼らは同時に振り返る。謁見の間に現れた時には動作一つ一つが揃い整頓され規律の行き届いた動きをする騎士達だったが、今は歩幅から歩速までそれもバラバラだった。
退室したばかりの謁見の間の方向を首の向きから始まり上体を捻るようにして見れば、先ほどまで落ち着いた所作で女王の元に控えていた王女達がパタパタとこちらに駆け込んでいた。
上等な靴を引っ掛けないようにとスカートを小さくたくし上げ、全力疾走とは言えずとも王族が見せるには珍しい急ぎの足だった。
まさか第一王女達自ら、何か不備でもあったのか、まさか、緊急事態かとそれぞれが一瞬の間に深刻な場面を予測し身体ごと向けたが、直後に王女達の背後に続く近衛騎士二人の顔を見れば緊急性がないことはすぐに理解した。アランもエリックも半ば口が笑っている。
しかしそれでも、王族三人が揃い駆け寄ってきたことに騎士四人は足を止めたままその場で跪いた。バサリと白の団服が風圧で裾から広がり首を垂れる騎士達に、プライドはすぐ「引き留めてごめんなさい」と起立を求めた。
走った拍子に乱れた深紅の髪を耳へと駆けるプライドと、眼鏡の位置を指で直すステイルが軽く息を整える。その間、数秒遅れて第二王女のティアラも追いついた。
はぁはぁと短距離ではあるが彼女なりに重い身とドレスで必死に走ったティアラは汗まで薄く伝ってしまった。
王族三人がわざわざ駆けて来た状況に騎士の一人が説明を求めれば、プライドが最初に姿勢を正して口を開いた。
「先ほどは挨拶だけできちんとお話ができなかったので……。少しでも良いので、改めてご挨拶をさせて頂けますか?」
謁見の間では女王ローザに一言紹介されただけで、言葉を交わすこともできなかった。
自分が迎えた時は近衛騎士達とお互いそれなりに会話をすることもできたが、今回の主役は女王だ。当然、立会人でしかない自分が王女とはいえ気軽に母親の近衛騎士に話しかけるわけにもいかなかった。
お忙しい中ごめんなさい、と謝罪を重ねたプライドはそこでやっと目を合わせる。当然、王族でもよりにもよって〝プライド王女〟にそこで断れる騎士がいるわけもなかった。
ここでは話にくいでしょうし歩きながら話しましょうか、とステイルが提案するままに騎士達と王族は一纏めになり歩き出す。
「あの、ケネス隊長、ローランド。…………本当に、例の件ではご迷惑をお掛けしました……。私の我儘にご三人の手を借りることになってしまい本当に申し訳なく思っています……」
「!いえ!御任命頂き、感謝しております」
「私も同じです。我々は騎士団長の御命令の元動いたに過ぎません」
落ち着かず胸の前で指を組みながら肩を丸めるプライドに、反して騎士二人の背筋が伸びる。
アムレットに呼ばれ、女子寮へ訪れた際に派遣した騎士達へやっとの謝罪にプライドはゆっくりと呼吸を繰り返す。あれから忙しく、また極秘視察のこともあり表立って彼らへ会話ができなかった。
凄まじく今更になってしまったと自覚しつつ、改めて「感謝します」と礼をした。
立場上、護衛や侍女達に見られる中過ごすことは慣れているが、それでもあのアムレットとパウエルの恋バナも聞かれていたんだなと思うとじんわり耳の先に熱を感じた。
あの時は顔を見なかったが、こうして相対するとこんな屈強な騎士達をアムレットのお部屋に侵入させていたことが両者にも申し訳なかった。あとでもう一人にも同じ謝罪と感謝をしようと、そこでちらりと妹のいる方向に目を向ける。
「ブライス隊長っ。母上を宜しくお願い致します。ブライス隊長ならばきっと母上も、傍にいる父上やヴェスト叔父様をお守り下さると信じております!」
「恐縮です。畏れ多くはありますが、全身全霊を持って務めさせて頂きます」
ぴょこんっ、と弾む胸と共に陽だまりのような笑顔で両手を合わすティアラに、ブライスは低い声で深々と礼をした。
にこにこと満面のまま自分への期待を心から露わにしてくれるティアラの視線が僅かに痛い。ブライスにとっては日焼けした肌を照らされるかのようだった。
他の騎士はともかく、自分に騎士としての理想像を重ねられるのは良心が痛む。プライド同様ティアラのことも可愛いと思うブライスは、まるで彼女を騙しているような感覚に襲われる。気付けば首元の団服を指で引っ張り緩めていた。
王族相手に目を逸らすことが許されたら今背後に控えているエリックに「ほらみろこんな可愛いお姫様が俺なんかと歩いてるぞ」と意思を込めて睨んでいたほどだ。
彼女はこのまま純粋であって欲しいと、ブライスは切に思う。
頭を上げれば身長差のままにティアラのつむじまで見えてしまう。近くに立つと余計に小さく見える彼女が、本当にナイフの使い手なのかと今でも心の中で疑った。ナイフどころか彼女があの目つきの鋭い王配と血が繋がっていることすら彼は不思議に思う。
防衛戦には参加せず、奪還戦ではティアラと接触もなかったブライスは未だ彼女の腕前をこの目にしていない。
可憐でプライド以上に簡単に手折れそうな彼女が、まさか今もドレスの下にナイフを隠し持っているなど思いもしない。
第一王女、第二王女がそれぞれ順に挨拶すべく騎士の傍に並び言葉を交わし合う。
今話している彼らとだけでなく、歩きながら他の近衛騎士とも順々に挨拶を交わしたいと考える。社交界や式典で慣れた彼女達には、王居を出るまでの道のり間でたった四人の近衛騎士全員と会話を済ますことなど雑作もない。ただし
「〝先日は〟どうも。ノーマン殿」
「そ、その折には大変失礼致しました。お見苦しいところも数々お見せし、大変申し訳なく……‼︎」
第一王子だけは、最初から最後までじっっっくり彼と話しても良いと思う。
ノーマンの隣に迷いなく並んだステイルは、歩きながらにっこりとした笑顔を彼へと向ける。アーサーがこの場にいれば薄気味悪さを感じた笑みを浮かべ、第一手から早速ノーマンの肩を揺らさせた。
一瞬息を飲んだノーマンは肩が強張り出すのを自覚しながら、〝先日〟の意味に口の中を噛んで堪えた。
自分がアーサーと共に初めて〝女王付き近衛〟を第一王子自らの口で伝えられた時だ。村襲撃ではその場に居なかったステイルに対し、あの時が一番恥ずかしい姿だったと思いながら、……途中でそうでもないと思い出す。
気付いてしまった瞬間、ぐっと下ろした拳を握り締めれば力が入り過ぎ小刻みに肩ごと震えた。
ノーマンからの繰り返される謝罪に、ステイルはやんわりと手の動きでそれを止めた。
「いえいえ」と言いながら、思考の中では本当に王族の前では違うなと思う。




