そして希望する。
「楽しんでくれてますか?」
「……仕事というものが単純に楽しめるか否かで判断すべきかは一度置いておきます。弟はとても仕事を楽しんでいます。自分や母が驚くほどに常連の方々にも打ち解け、本当に良くして頂いています」
二日前には怪我人を出してしまいましたが、と苦しそうに続けられたけどそれはもう知ってるし大した騒ぎにもなってない。
ブラッドの方も焦ってはいたけれどその後も問題なくいつもの調子で仕事に集中できていたと、ノーマンさんが続けてくれれば俺も肩の力が抜けるだけだった。
母上も平気なふりはしたけど実は結構気にしたらしい。常連に怪我させた時のブラッドやノーマンさんと母親さんの反応が尋常じゃなかったから「きっと苦労したのね」ともう察していた。ノーマンさんの目からもブラッドが平気そうだったんなら何よりだ。
ブラッドが仕事を楽しんでいるようなのも、すげぇ勢いで常連と馴染んでいるのも母上から毎日聞いてる。…………なんか、昼まで女性客で忙しくなってきてるらしい。そう、笑ってた。
もともと忙しいから手が欲しくてブラッドを紹介したのに、逆に忙しくしちまったかなと聞いた時は少し焦った。ブラッドは愛想が良くて接客も上手いから客に人気らしい。
昨日ブラッドのことを心配してくれてたプライド様にそのことも話したかったけど、結局言えなかった。
別に悪いことでも隠すようなことでもねぇけど、カラム隊長達他の騎士の人の前でノーマンさんもブラッドも言いふらされたくないに決まってる。……………………プライド様が「ブラッドの様子見たいわ」とか言ってステイル達と一緒にうちの店に来たいとか言ってもずっっっっっっっっげぇ困るし。
「聞いたのですが、……アーサー隊長は、あまり帰られないのですか?」
「!あ、いえ!そのっ……まぁ騎士館がありますし。休みの日は一応畑もあるし帰るようにはしてますけど、……店にはあんま顔出さねぇですね」
すみませんここ最近毎日帰ってます。
まさかバレてんのか、母上が言っちまったのか。そう考えながら引っ掛かったままの喉で思いきりノーマンさんから目を逸らす。
食事を飲み込んだ後、どこか探るような上目の眼差しに全力で逃げる。冷や汗も沁みてくるし、まさか毎日帰って様子聞いてるなんて深入り過ぎとか思われてンのか。いやでも俺が誘ったんだし何かあったらと思うと聞いておかねぇと‼︎
最近までは母上の手が回らねぇからと、奥での料理とか皿洗いとかは寧ろ手伝ってた。でもブラッドがこのまま仕事に馴染んでくれるなら寧ろ今後はまた店に出ねぇで良いかなと思ってたとか言ったらすげぇ怒られる気がする。「貴方が楽をしたくてまさかブラッドを斡旋したのですか」とか言われたらすげぇ困る。いや楽になって欲しかったのは母上だけで!!俺は別に身代わりにする気はねぇンだけど!!!
でも接客とか客の相手は苦手だし、俺はやっぱできるなら一人で畑だけ耕すぐらいが落ち着くと思うのは本音だ。
母上からブラッドの接客が上手いってベタ褒めを聞く度に、マジで助かったと思った。
もともとブラッドは人に被害与えたくねぇだけで話すのは好きっつってたのは知ってたから誘ったけど、本当に話すの俺より上手いし絶対向いてンだろうと思う。
「勿論!次の休みの日はちゃんと挨拶します!!別に全部放り投げてとかそういうつもりはマジでねぇですから!!」
「何故そういう勝手な思い込みで判断されるのですか。自分がアーサー隊長に挨拶を催促していると思われるような発言はやめて頂けますか。もともと紹介して下さっただけでも充分感謝しております。今のは単純に疑問が浮かんだので尋ねたまでです。大体紹介した程度で毎回その相手の様子見や仲介までする義務などはありません。アーサー隊長も休みの日は好きに過ごされるべきですし、自分も休日は家族と勝手に過ごします。ただ小耳に挟んだ話を確認しただけで勝手に話を大きくしないで下さい」
「すみませッ、はい。そうっすね。はい、自分もそうします……」
駄目だやっぱ怒らせた。
今のは確かに俺が勝手に大げさだったと、振り返れば頭がグラつくぐらい熱くなる。片肘をついた手で額を抱えながら俯くと、また食器の音がした。
順調に食ってるノーマンさんに、これはもう帰れっつー意味かなと考える。俺も取り合えず詫びとブラッドのことも確認できたし、じゃああとは陛下との挨拶頑張ってくださいと言って席を立とうかとした時。
「……あと、一応こちらも確認させて頂きたいのですが」
急に小さくノーマンさんが自分から話した。
確認⁇と繰り返しながら、何か言い忘れてたことあったかなと思う。ブラッドのことか、店のことか、それとも女王付き近衛のこと……は他の近衛騎士のことも含めて父上から説明されてる筈だ。
そういやぁノーマンさんから話題振ってくれるのも珍しいなと、そこで気付く。
この前引き留めた時は別として、こっちから話しかけたら答えてはくれてもあんま自分から聞いてくれることはなかった人だ。
母上もノーマンさんのことは礼儀正しい人とは言ってたけど、ブラッドのことがないと常連や母上が話しかけても会話が続かないと言ってた。……じゃあその常連について聞きたいとか。まさか俺のことで変な噂聞いてねぇよな、と急に背中が冷たく
「…………近日買い替える予定の品や欲しい物はありませんか」
「はい??」
うっかり間の抜けた声になる。
自分でも目が丸くなるのがわかりながら、首を捻っちまう。ンでそんなこと聞いてんだ。
潜めただけじゃなく、低い声だしさっきまでの怒涛の捲し立てが嘘みてぇな口調で呟くから一瞬独り言かと思った。でも目を合わせた先の水色の眼差しはすげぇ真剣そのもので、その欲しい物が俺のなのか母上のなのか聞くのも躊躇われた。
口で言ったら怒られそうで、人差し指で自分を指してみたら小さいけどはっきり頷きだけで返される。やっぱ俺のか。
なんで俺の、と聞きたかったけどそれを言うと多分質問に質問で返すなって怒られる。取り敢えず言われた通り頭の中を捻るけど、正直全然思い浮かばない。
剣も新調する気はねぇし寧ろ今度すげぇ完璧に磨いて貰える。買い替える……部屋の家具はもともとあったもんが殆どだし、服も足りてる。生活用品も、……今のところわざわざ買うもんねぇな。
欲しい物って言われても、店で売ってるようなモンはパッと思いつかない。大体今あるもんで足りてる。
一瞬、ネイトのあの発明が頭に浮かんだけど、あれはすげぇ高価だし騎士とはいえ勝手に売り出す予定とか言うのもなと口にはせずに飲み込む。
最終的に「ないですね」と正直に返したら、すげぇ顔に眉を寄せられた。そのままノーマンさんが「でも、あんなのじゃ……」と苦々しい声で聞超えた気がするけど、聞き返しても聞こえなかったかもしくは無視された。
苦そうな顔のノーマンさんに、もしかしてこの前みたいにまだブラッドと買い物行った時のお返しとか考えてくれてんのかなと思う。もともとアレも、俺の為に色々もてなす為の買い物をしてくれた礼だし気にしなくて良いのに。
このままじゃお互いに贈り合ったまま終わらない。でもこの人が必要だと判断すンなら、俺で断っても逆に正論で捩じ伏せられそうだし……、…………あ。
そこまで考えて、ぽっかりと口が開く。一音だけ声も出て、きっちり拾ったノーマンさんに「何ですか」と鋭くなった目を向けられる。
いや大したことじゃないンですけど、と断りながら俺は言葉を選ぶ。
「欲しいっつーか……、それとは少し違っちまうンすけど。……ノーマンさん、来週空いてます?」
「来週のいつ、時間帯はどれですか。丸ごと空いてるかどうかによっても意味が異なります」
ンぐ、と。選んだつもりの言葉もぶった切られる。
確かにそうだよなと思いながらも、既に断られたような気分で俺は改めて日時を伝える。ノーマンさんも俺も休息日じゃねぇけど、演習後の時間だし予定さえなけりゃあイケると思うんだけど。
返事はすぐにはなかった。寧ろ「…………」って表情まで固まってみえる。予定でもあったか?
「無理なら断ってくれて大丈夫です。ノーマンさん、まだ城下に移り住んで日も浅いですし」
「何故よりにもよってその日を指定されるのですか」
急に食い気味に返された。
よりにもよって、って言葉にやっぱ予定と被ったかと一度口を結ぶ。何故、……と答えたら流石にノーマンさんも遠慮とか気負って無理やり予定空けちまうんじゃねぇかなと思うと言うか悩む。母親さんやブラッド関連の予定かもしれねぇし。
いえ別に、と濁してみたら「答えてください」って強めに怒られた。仕方なく諦めて、頭を掻きながらノーマンさんと目を合わせて声を潜める。
「実は、翌日が自分の誕生日で。気恥ずかしいンすけど……毎年、母が前日に祝ってくれるんで夜は実家に帰ってるんです。それで色々ご馳走作って待っててくれるンすけど、気合いが入ってて毎回すげぇ量で」
来週の誕生日。
この年でわざわざ親に祝って貰いに帰るなんて口にするのは少し恥ずかしいけど、やっぱ生んでくれた母上に感謝と挨拶はしたかった。
父上は誕生日当日にも騎士団演習場で会えるし祝ってくれるけど、母上は家だし俺が行くしかない。母上も毎回すげぇ喜んでくれて、……ンですげぇ大量に好物を作ってくれる。俺がその夜食って、それでも残るから毎回いくらかは持って帰ってる。やっぱ食えるならその日に食いきりたい。
ノーマンさん家族のことは母上も好きになってるし、食いに来てくれたら絶対喜ぶ。
「僕らが金銭や食事に困っているからを鑑みてのご配慮でしょうか。もしそうでしたらお気遣いは結構です。まだ関係の浅い自分達よりも親しい方を誘うのが普通ではありませんか。アーサー隊長ならば御友人も多いでしょし常連の方々もで祝う人には事欠かないかと」
「いや‼︎……、自分、騎士団以外のダチや常連に誕生日で集まられンのは……。……あまり」
また眉を寄せながら捲し立てようとするノーマンさんを今度は俺が喉を張り上げ、遮った直後にまた萎れる。
そりゃあ近所に昔からのダチはいるし、常連の人達も言えば付き合ってくれるとは思う。
けど、「騎士すげぇ」程度の話ならまだしも、聖騎士とかプライド様とか近衛騎士とか話題にされる度に隠したくて焦るし言葉に詰まる。折角の誕生日だし母上もいるんだから落ち着いて過ごしたい。ノーマンさん達なら大概は隠す必要もない。……ダチに、今更また祝ってくれも気まずい。
たらたら汗を流しながら目を逸らし、最後は喉が鳴った。
中途半端なところで口が止まったけれど、ノーマンさんから続きの促しはなかった。長い沈黙で、そろそろノーマンさんも出ないといけない時間かもなと思った時。
「……家族に、聞いてみます」
ぼそりと、そう呟かれたのを確かに聞いた。
へ⁇と聞き返したら、最後の数口を食べきるまでノーマンさんは無言だった。他の人の声を聞き違ったかなとも思ったけど、食べ終えた食器を片付けようと立ち上がったところでさっきまで食う為に中断されてた口がまた動いた。
「自分一人の独断で家族の予定を決められるわけがありませんから。母は体調は良くなりましたが毎日ブラッドの働き先へ足を運んでいますしブラッドも仕事を覚えてきたばかりです。ただでさえ今後は夜も時々働きたいと話していますし張り切り過ぎて体調を崩したら大変ですから。まさか欲しいものから僕らの予定をと話が飛ぶとは予想もしませんでした。結局何も解決はしていませんが、これで失礼致します。自分は急ぎ王宮へ向かわなければなりませんので」
すみませんと言いかけて、また途中で止まった。
そのまま足早に一人で王居へ向かっていくノーマンさんを演習場の門まで見送った。
取り敢えず俺が最後に言えたのは、ありがとうございますと「手土産とかは結構なんで」だけだった。




