Ⅱ526.騎士は確認し、
「おはようございますアーサー隊長。た、……ッ。大変、ご迷惑をお掛けいたしました。ノーマン・ゲイル、本日を以て改めて八番隊で勤めさせて頂きます」
ぴしり、と。
姿勢を正して、最後は頭を深々下げたノーマンさんが最初に挨拶に来てくれたのは早朝演習が始まるよりも前だった。
俺の部屋前で、しかもノックを鳴らすこともなくただ待ってくれていたから流石に驚いた。
俺も俺で今日は早朝演習前にノーマンさんと話そうと思って早めに外に出てようと思って出て、その上でノーマンさんが待っていてくれた方が早かった。下手すりゃあ三十分以上俺の部屋前で待ちぼうけ食らうところだったんじゃねぇかなと本気で思う。
もともと演習に遅れたことがないノーマンさんだけど、俺だって毎回結構早めに出ている筈なのに。
昨晩は演習場に戻らず、今朝早くに家族の新居から通ってきたというノーマンさんは全身に力が入っていた。
表情もパッと見る分はいつもの表情だけど、すげぇ平静を取り繕ってるんだろうなってのがすぐにわかる。
なんだかんだ俺もノーマンさんに会うのは数日ぶりだけど、ノーマンさんなんて騎士団に戻るのも騎士と顔合わすのも団服に袖通すのも一週間ぶりだ。連休のことやブラッドや引越しまで丁寧にお礼を言ってくれた。
そりゃあ肩に力入るよなと思いながら、こっちからも挨拶を返した。
おはようございます、こちらこそ復帰ありがとうございます。これからも宜しくお願いしますって。形式通りの挨拶をして、折角だしとそのまま早朝演習が始まるまで一本手合わせでもどうですかって調子に乗って誘ってみたら即答で断られた。
早朝演習に集中する為に体力は残しておきたいって言われて、まぁそりゃそうだよなと思いながら俺の肩ががっくり落ちた。まだ色々話したいことはあったけど、やっぱ挨拶以外はノーマンさんが話してくれることがそんなもんなのは今までと変わんねぇし。
この後休息時間が被ったら何か話してくれるかなと軽く期待して諦めた。
早朝演習を始める為に全員外に一度整列し始めた時には、ノーマンさんが副隊長のハリソンさんへ同じように挨拶に行ってすぐ列に戻ってた。ハリソンさん、一言分しか口動かしてなかったし俺以上にノーマンさんと会話してなかったようだけど。
「ノーマンさん、すみません今大丈夫っすか?」
やっと二度目話しかけれことができたのは、早朝演習も終わっての朝食後だ。
同じ八番隊なのに演習中は基礎鍛錬とはいえノーマンさんもすげぇ気合入ってたし、集中切らせちゃ駄目だと思ってなかなか話しかけられなかった。
ハリソンさんと朝食食い終えて、食器を片付けようとしたところでノーマンさんが食堂に来た。早朝演習後の朝礼で父上達へ挨拶に行ってたのは知ってたし、遅れて飯にしたノーマンさんが食ってる間だけなんとか時間を割いて貰えた。
「構いませんが」と言いながら、食い始めたらすっげぇ無言のノーマンさんの向かいに座ってもう悔い終えた後の俺は机に両腕を置いて少し前のめった。
すげぇ話しにくいけど、ここで黙ってたら黙ってたで絶対「僕に話があったのではないのですか」って怒られるから覚悟を決める。
「きっ、騎士団長からの話……聞きましたか?その、いきなり休み明けに驚いたでしょうけど、もう騎士団では三日前」
「三日前正式に女王付き近衛騎士が発表されたのですよね。ええ存じております。お察しの通り自分もつい先ほど騎士団長により勅命を頂きしお返事致しました」
まさかこんなに早く任命されるとは思いませんでしたが、と、早口で言うノーマンさんに俺も慌てて「すみません!!」ってテーブルに額がぶつかる勢いで詫びる。
今朝せっかく挨拶に来てくれたのに、それを言えなかった。いやもしあの時時間を開けてくれてても騎士団長の父上を差し置いて俺がバラシちまうこともできねぇけど。誰より先に女王付き近衛を教えちまってたのは俺だ。
ガン!!ってテーブルが音を立てた途端、またノーマンさんから怒られた。
物に当たらないで下さい料理がひっくり返りますから、で始まって食うのも中断して説教を浴びせられる。
「まさかアーサー隊長が事前に教えて下さらなかったからと僕が苦言を言うとでもお考えですか。大事な勅命は騎士団長からお伝えいただくことが〝普通〟ですが?アーサー隊長からの推薦ということは光栄に思います。しかし、その上で推薦して下さったご本人から謝罪を受けることの方は聊か心外です。何の謝罪ですか?僕のような騎士を分不相応にも女王近衛という重大任務に就けてしまったことを今更になって荷が重かったと後悔していらっしゃるのであれば納得はしますが。どちらにせよ隊長格かつ僕の上司であるアーサー隊長がそのように僕へ頭を下げるのは辞めて頂きたいと何度も申し上げている筈ですが」
すみません、って言いかけて今度は喉で詰まる。
復帰そうそうすげぇまた怒らせた。長い言葉で怒られるとその間も食う手を止めさせちまっていることも申し訳なくて、口の中を噛む。
しかも〝普通〟ってちょっと強調されたところは、俺が前にどういう理由であれステイル巻き込んでノーマンさんに明かしたことにも怒ってるのかなと思う。でもあの時はああしないと本気でノーマンさんに信用して貰える気がしなかった。
でも、ノーマンさんはすげぇ正しいことを大事にする人だし、後から考えたら俺の行動も許せなかったのかもしれない。
この前はブラッドとか母上の前だから我慢してくれただけで、やっぱ鬱憤が溜まってたらしい。
…………ノーマンさんを推薦したのも、別に後悔はしてねぇのに。
そこだけはちゃんと以前話した時にわかってもらえたと思ってたけど、やっぱまだ説明が足りなかったのかもしれない。
でも取り合えずは父上から正式に俺からの推薦なのも、女王付き近衛騎士が騎士団全体にも公表されてることを知った分ノーマンさんも話しやすくなったかなと思う。この前はこういう会話も人前じゃできなかった。
「ご存じの通り、朝食後には自分も一度演習を抜けて女王陛下へご挨拶に伺います。プライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下も同席なさるとのことでしたが、……ところでアーサー隊長本日の近衛騎士任務はいかがでしょうか」
「あ、自分は午後です。午前はアラン隊長とエリック副隊長の予定です」
女王陛下とプライド様とのお目通り。正直俺もケネス隊長達の任命を見てみたかったけどここは仕方がない。後で午後に交代したらステイルかアラン隊長達に聞いてみよう。
俺を含むプライド様の近衛騎士は、就任決定の日にプライド様とあと補佐のステイルやティアラが立ち会う中で挨拶を済ませただけだけれど、今回は女王だ。
当然挨拶する相手が違えば、立ち会う人も違う。プライド様も近衛騎士の立案者として、ステイルも近衛騎士の女王付きを提案した身として同席するらしい。
こういうことまであるのを思うと、せめて休みに入る前にノーマンさんに推薦だけでも知らせれて良かったかもなとも思う。今日挨拶ってのは流石に落ち着かねぇだろうけど、せめて女王付き近衛ってことだけでも覚悟できただけ気持ちは違うと思う。
そうですか、と溜息混じりに返してくれるノーマンさんはほっとしてるのか困ってるのかもわからない。
丸渕眼鏡を中指で押さえたノーマンさんに俺から「どうぞお気にせず食べて下さい」つったら、再び朝食に手を動かした。
「…………ブラッドは、元気っすか」
「はい。あれから毎日通っています。本人からも元気にやっていますとのことです。昨日は閉店まで一日通しましたが、大きな事故はなく本人も大分落ち着いたようです」
声を潜めて尋ねてみれば、ノーマンさんからも落ち着いた声で返された。
俺と同じで、がやがやと騎士の人達の会話に紛れ込むようにしてるんだなってわかる。俺がノーマンさんの弟に仕事を紹介したのをあんまり言いふらしたくないのと同じで、ノーマンさんも隠したいようだ。
頼む手間も省けて、お互いにどこの仕事、かは言わずにそのまま意思疎通できる。こういう時ノーマンさんは察しが良い人で助かるなと思う。
昨日は閉店まで、と聞きながら腹の中だけで「だったな」と相槌を打つ。本当は聞かなくてもそれくらいは昨晩母上から聞いて知っている。
ブラッドに仕事を紹介してから「明日から」っつーからせめて通ってる日だけでもその日に様子を聞いておこうと思って俺も演習が終わったら母上に話を聞くために帰ってる。
流石に毎日気にして俺が家に帰ってるなんてブラッドもノーマンさんも気にするだろうし、毎日俺に様子を見に来られても困るだろうしで会っていねぇけど。…………客には、もっと色々聞かれるのも困るから店に顔も出せねぇし。もともと客の前に出るのは苦手だし、常連からブラッドのこととか聞かれると上手く返せる気がしない。
騎士隊の部下の弟なんて言えねぇし、隠し通す為にもやっぱ暫く客前には出たくない。
結局店が閉まる時間を見計らって演習場を出て、店の片付けだけ手伝いながら話聞いてまた演習場に帰ってる。昨日はいつも通り閉店の時間に帰ったらもう全部片付いた後で、早めに閉めたのかと聞いたらブラッドが最後まで入って手伝ってくれたと聞いたから驚いた。
ブラッドの様子とか、常連からの反応とかは母上から大体聞けている。でも、やっぱそれはあくまで母上から見たブラッドで。
「楽しんでくれてますか?」
「……仕事というものが単純に楽しめるか否かで判断すべきかは一度置いておきます。弟はとても仕事を楽しんでいます。自分や母が驚くほどに常連の方々にも打ち解け、本当に良くして頂いています」
潜めた声で恐る恐る尋ねれば、少し身構えることを言われた後にそれでもほっとする答えが貰えた。




