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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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そして前を向く。


「あの子、大概必要なものは自分で買うから。子どもの頃はそれなりに贈ったけれど、今は私も料理を振舞うくらいで」


それに、……と。そこでクラリッサは続きを言わないように意図して口を閉じた。

子どもの頃は親としてアーサーの誕生日祝いには色々贈りもした。同年代の少年が喜ぶような品や服も王都で奮発したこともあったが、結局騎士関連の物や父親のおさがりが一番喜んでいた。そしてある時をきっかけに騎士を目指すのを辞めると言ってからは、その一番喜ぶ品も贈れなくなった。

騎士関連を避けた品を贈りはしたが、その度に本人は感謝は言ってくれるがその目の色を沈ませるばかりだった。あの頃は自分や夫よりもクラークの方がアーサーを喜ばせるのが上手かったと思う。

再び騎士を目指すと言い出してからは再び騎士関連の品にしたが、成人してからは「毎年みたいに祝って貰えるだけで充分嬉しいです」と本人から品物は断られてしまった。

それから自分は料理、夫も剣の磨き直しをしてやるくらいだ。


そして今ではアーサーは収入も高く、更にはわざわざ騎士関連の品を贈る必要もない聖騎士だ。騎士関連、というのも難しい。

常連にもアーサーが子どもの頃は誕生日を甥っ子感覚で祝いたがる客もいたが、アーサー本人が客を避ける時期が長くあった所為で自然と特別祝うことはなくなった。

アーサーの友人は祝ってくれていたが、女の友人からの贈り物は花が多かったなとクラリッサは思う。今、店内にいる常連にもアーサー狙いの子はいるほど息子が子どもの頃からそれなりに人気があったことは把握しているが、きっと彼ら彼女らもアーサーへの贈り物には自分達と同じように色々苦労させられたのだろうと思う。

子どもの頃から良い子ではあったがなかなか扱いが大変だった。

そこまで考えてから、ふと大事なことに気付く。目の前で恐らくは自分の息子の誕生日に何かを贈ろうとしてくれているだろう二人について。

「……というか、ゲイルさん家は確か今そういう金銭的余裕は─」



「そういう問題じゃないです!」

「そういう問題ではありません!!」



系統が違うように見えた兄弟二人が途中まで声を綺麗に合わせた。

細かい事情は知らずとも、村ごと家が焼けて急遽城下に引っ越してきたということはブラッドの保護者二人からも聞いている。

アーサーが突然人を雇って欲しいと頼んだのも、そういう事情があったならばと納得できた為よく覚えている。家族に本隊騎士がいるのならばある程度の生活は賄われるだろうと、クラリッサもよく知っているがそれでも家を失くしたばかりの彼らには人よりも自分のことをどうかと、御節介とわかりながらも言いたくなる。

ただでさえ毎日こうして自分の店で正式料金で料理を食べている保護者二人がいる。


クラリッサの呟きに、他の常連達も首を伸ばした。金銭⁇ブラッド君お金ないの?お小遣いあげようか?今度夕食招待しようか?かんぱするか、と。善人ばかりの常連が口々に声を上げる。

突然一人雇ったのもそういう理由かとそれぞれが納得までしてしまう。中には金銭面で困っていた時期にこの店でタダでご馳走して貰ったことが二度三度程度ではない常連も少なくない。


客の温かい眼差しに、肩を狭めるノーマンは「僕が騎士として支えているので問題ありません」と喉まで出かかったが必死に堪えた。ブラッドが快適に過ごす為にもここで自分の立場を明らかにはできない。

貧乏だと思われることは殆ど事実だから構わないと思うが、その為に周囲からこれ以上の善意を受けたら申し訳なくなる。ただでさえ弟を受け入れてくれた店の常連達だ。

横で「兄ちゃん今度王都連れてって!!」と裾を引っ張る弟に、ブラッドは視線を逃がすべく目を伏せてしまう。


クラリッサも、アーサーの誕生日を祝おうとしてくれているのは嬉しい。だがこのままだと本当に息子へ金銭を絞ってでも高い買い物をしそうな兄弟に、うーんと眉を中央に寄せてしまう。

アーサーならなんでも喜ぶ、ということが真実でありそして言われた方が何よりも困る台詞だということも理解している。いっそクラークに相談してみようかと言いたくなったが、ノーマンにとっては上官だ。


「騎士の人からも貰ったとか私はあまり聞かないし……、まぁ何かしらはしてもらっているみたいだけど」

十五の誕生日頃からは近くなるごとにどこかソワソワすることも増えていた。きっとその頃から騎士団で祝ってやるとでも言われてたのだろうと思う。

子どもの頃からなんだかんだと騎士への憧れが変わらなかっただろう息子を思えば、そんな騎士達に祝われるのなど彼にとってはこれ以上ない贈り物だ。


騎士団のことならノーマンの方がアーサーのことをよく知っているのではと思ったが、ここでは指摘できない。代わりに視線だけで尋ねたが、ノーマンは首の頷きも横振りもなく唇を絞るだけだった。彼もアーサーが騎士として祝われているのは知っていても、飲み会にすら参加していない為詳細はわからない。


あとは、と。クラリッサは頬に手を当てる。アーサーならば部下や友人からの贈り物ならば何でも喜ぶことは間違いない。人から貰った物は基本的に「ありがとう」と言える子だと、母親としてよく知っている。

だからこそここで無理に片意地張って高級な品を贈らずともアーサーが喜ぶ品を一つでも提案できればと周囲の客と共に頭を捻る。ノーマンは騎士でも、もう一人はまだ働き始めたばかりの子どもだ。そして



「日常であの子が使うような物といえばー……」



一つ、思いついた案を口にする。

これならば資金もあまりかからないだろうし、と提案すればブラッドはすぐに「それだ」と目を見開いた。殆ど同時にノーマンがそんなの畏れ多いと弟に向けて首を横に振ったが、ブラッドはこのまま押し切るとここで決める。


大丈夫、兄ちゃんは買い物だけお願い、と。きらりと光る瞳で頼まれればノーマンも断れなくなる。

実際、自分にはそれ以上の良案も浮かばない。アーサーの誕生日が間近に迫っている今、ここで決めないと間に合わない可能性が高い。ここまで世話になっておいて、アーサーに結局何も用意できず下手すれば祝いの言葉を言おうとして結局いつもの発言を叩きつけてしまう自分しか想像がつかない。


わかった、と力なく肩を落としながらも了承するノーマンはそこでゆっくりと席から腰を上げた。明日から騎士団で忙しくなると思えば行動は早い方が良いに決まっている。

母親がブラッドを見守ってくれている中、買い物だけならば今こそが最善だと判断する。どうせ今日は夜までブラッドも働くつもりだ。

すぐ戻るから、と言いながら取り合えず多めに食事代を母親に預けるノーマンは気持ちだけで若干フラつく足で店を後にした。


「よろしくね〜!」

手を振りながら兄の背中を見送るブラッドは、扉がパタリと閉められてから改めてクラリッサへと向き直った。

助言ありがとうございます!と頭を下げ、それから一緒に考えてくれた客達一人一人にもお礼を言う。「ありがとうございます」「お喋りしちゃってごめんなさい」「お小遣い?それよりお店でまたお話してくれる方が嬉しいでーす」「シェリーさん達も今年は贈り物してみる?」と声を掛けながらその誰もが笑顔で返してくれるのが心地良い。

まだ知り合って一週間も経っていない相手ばかりなのに、昔からの知り合いかのように温かい。懐かしさも覚える感覚は、村でまだ平和に生きてこれた頃にも似ていると思うが、……それ以上だと。すぐに思い直した。


「ブラッド君、アンバーさんの皿を下げて。あと皿洗いもそのままお願い」

はーい!と、女主人の声に笑顔で足を前に出す。

皿洗いと、その言葉にも不安より昨日の失敗をやり直させて貰える喜びが強い。言われた通り食べ終えた客の皿を回収しようとすれば、そこで「ああ追加で注文良いか?」と尋ねられた。

勿論ですと今の時間帯では少ない男性に笑いかけながら、一度皿を持つのを止めてポケットからメモとペンを取る。前回に注文を取った時も追加注文が多かったのは記憶にも新しい。そして思った通り、男性の注文は四皿と多かった。

最後に「全部包んでくれ」と頼まれれば「今日も奥さん達にお願いされたんですか?」と笑いかけてみる。

ああそうだよと照れ気味に苦笑する男性は、頬を指で掻きながらも「よく覚えているな」と若い店員に関心した。まだ会って二回目なのに、本当に人が好きなんだなと静かに思う。

書き終わり、鼻歌を歌いたくなりながらブラッドはペンをポケットにしまう。そして注文で埋めたそのメモをクラリッサへと渡すべく摘まみ、一枚上からベリリと剥が



─ピッ。



いてっ、と。僅かにブラッドの肩が強張った。

メモを剥がそうとして、うっかり紙で指を切ってしまった。今回は痛みが走った瞬間に抑えようと意識できたが、目の前には注文を受けたばかりの客がいた。

昨日よりも切り傷は浅い、この人は常連さん、痛いとか怒った声は聞こえない。そう瞬時に思考が走りながらも慌ててブラッドは顔をメモの前から客へと上げる。ごめんなさい、と顔を見るよりも反射的に謝罪が口から零れると


「??どうしたブラッド。指切ったか??」

「…………あれ?」


きょとんと、何のこともない顔で席に座ったまま自分を見上げる客がそこにいた。

突然肩を強張らせて痛そうに顔を顰めたブラッドを心配する客は、全くそれ以上の感想はない。ごめんなさいと言われても、顔を顰めたことかとしか思わない。

そういえばブラッドの特殊能力は、と遅れて思い出したが今目の前で傷を負った少年の痛みは全く自分に届いていないことに今度は客まで「んん??」と首を捻ってしまう。


客と同じように目を丸くして固まってしまうブラッドは、数秒表情ごと固まった。

昨日破片で切ってしまった指とまた別の指にできてしまった切り傷は、薄いがほんのり血も出ている。しかも手の位置から考えて服ではなく当たるのは守るものが何もない男性の額だ。昨日より薄い切り傷に、もしかしたら服が切れただけで済んだのかもと思ったが額では服も何もない。

じゃあ自分の貧弱な指より鍛え抜かれたおじさんの額の方が丈夫だってことかなとも思ったが、過去に同じようなことをして「まだブラッドだろう?!」と村人に怒鳴り込まれてきたことがある。

あれ?あれれ??と疑問符ばかりが頭に浮かぶ中、ぼんやりと頭には女性の声が蘇る。



『予知しました。心の安定さえ得れば貴方の能力は完全な制御も難しくはありません。』



ジャンヌ、そしてプライド・ロイヤル・アイビー第一王女。彼女の予知を聞いてからまだ一年どころかひと月も経ってない。

そんなにすぐできるようになるわけがない。そうは思いながらも不思議と今耳の傍で言われたかのように明確に聞こえた気がした。

大丈夫です皿片付けますねと笑いながら、血の滲んだ指で急ぎ皿だけ下げて奥へ引っ込んだ。注文です、と拭うのも忘れた指でクラリッサへ注文票のメモを見える位置へと今度は置けばすぐに「怪我してるじゃない」と血の汚れでばれた。


今度は何で切ったの、大丈夫?自分で止血できる?引き出しの場所覚えてる?と言われながらもブラッド自身表面上は穏やかで心臓は夥しい拍音だった。

大丈夫ですーと言いながらすぐに止血へ努めるがその間も頭では今一体何が起こったのかと考える。


今までも、特殊能力を抑えること自体はできたこともある。落ち着いてさえいれば、瞬時に集中さえできれば範囲を小範囲で留めることはできた。しかしあれだけ近距離だった相手に届くことがなかったことなど一度もない。

止血を終えた後もすぐには動けなかった。自分のバクつく心臓を鷲掴むように手で押さえ、意識的に呼吸をする。怖いのではないただただ期待と、戸惑いが大きい。



『心の安定さえ得れば』



「…………こんな……こと、だったのかなぁ……」

ふー、ふーと息を繰り返した後、ぽろりと口から零れた声は自分にしか聞こえない。

うっかり目に熱が滲みそうになるのを息を飲み込んで堪えた。

どうして今怪我させずに済んだのかはっきりとはわからない。だが、今さっきの自分を思い返せばその理由はぼんやりとだが掴めてしまう。


今までだって何度も何度も制御しようと痛い思いをする度に意識した。それでも範囲を制御することで精一杯で、必ず傷は届いてしまった。

そしてさっきも、今までと同じように痛みを覚えた瞬間最初に抑えようと考えた。しかし痛みの大きさ以上に、あの時の自分が昨日ともそしてこれまでとも決定的に違う感覚が今、心臓の中にある。あの時、痛みを受けた瞬間確かにあったのは




〝大丈夫〟だと。




恐れでも緊張でもない、ただただ純粋な安堵。

今まで責められることに慣れ過ぎて家族にも迷惑をかけるのが怖くて、常に痛みを放ってはいけないという恐怖心しかなかった。

受けた物理的な痛みよりもずっと自分を締め付け責め立てた恐怖心が、今は全くなかった。「やっちゃった」とは思ったが、恐怖心のない感覚は客への謝罪すらも一拍遅らせた。

今までは被害が広がれば広がるほど許されない世界にいた自分には妙とも思える感覚だった。


激情に駆られれば駆られるほど、拡散の範囲が広くなっていたことはブラッドも嫌というほど理解している。だからこそ表面上だけでも気持ちが荒ぶらないようにと務めていた。そして今、……その〝先〟があるのだと静かに理解する。

心が満たされ穏やかになるだけで、こんなにもと。



「……いつか、料理ナイフも握らせて貰えるようになるのかなぁ……」



ぽこんっと浮かび口の中で留まった一つの希望に、ぎゅっと止血した指の手を強く握った。

今は危ないことは任されない。ブラッド自身、家ではまだしも店ではナイフを握らせて貰うのはちょっと怖い。だが、この先があればいつかは自分が最初から最後まで作った料理もお客さんに食べて貰える日が来るかもと希望が浮かぶ。その時はきっと今よりもっと幸せな気持ちになるだろうとも。


騎士として剣など握りたくない。痛みに慣れたいとも思わない。…………それで良いと。静かに思える自分にそれだけで顔から力が抜けた。

平穏なこの生活が続けば、いつかはそんな日々もきっと夢ではない。許してくれる世界に今自分はいる。


「ブラッド君、もう平気だったらできた順に料理包むの手伝ってくれる?」

「!はーい、もう元気いっぱいですー!」

傷が増える手に、希望しかない。

声に呼ばれるまま振り返り、弾む胸で棚へと手を伸ばした。確かアンバーさん用の器ってこれですよね?と預かっている器を手に取れば、上から食器を降らさないようにと注意をされる。

今だけはもう一回怪我して確かめてみるのも良いかもなと思ってしまう自分を振り払い、慎重に容器を掴み取った。

痛みを欲しがるなんて普通じゃない。


そんなことを思う自分が少し可笑しく、ブラッドはうっかり破顔した。


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