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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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知り、


「あ、クラリッサさん。今日僕、夜分まで居てもいいですか?兄ちゃんが送ってくれるの今日までだから」

「?良いけど。今日も朝から入ってるでしょう?疲れるわよ」

「大丈夫でーす。夜はすっごい賑やかでしたしあっちも楽しそうだからずっと気になってて。兄ちゃんが迎えに来てくれる日は夜も入れたらなぁって」

最初に会ったおじさん達にも挨拶したいし、と。注文を全て取り終わりメモをクラリッサの目の位置へ引っ掛けるブラッドは満面の笑みだった。


この辺は治安も良いとはいえ、やはり特殊能力者の未成年を夜中に一人家まで歩かせるのは母親もブラッド自身も心配だった。しかし、翌日休息日であれば家へ帰るついでにブラッドを迎えに行くとノーマンが決めた。

もともと前の村のように毎日帰れない距離でもない。翌日が休みであれば、弟の様子を見に行くにもちょうど良いと思う。何より、ブラッド自身が「夜の酒場みたいな空気も気になるなぁ」と前向きに仕事を楽しんでいる今、できることはなんでも協力したかった。


料理を一巡は作り終え、ブラッドの言葉に料理の皿と共に客のいる広間へ顔を出す。ブラッドの保護者席へと目を向ければ、彼の声が聞こえていたノーマンと母親からぺこりと頭を下げられた。

自分からもそれに礼で返し、クラリッサは再び厨房へと戻る。一般の台所よりも二回り程度大きいだけのそこは、彼女にとってはどこよりも使いやすい厨房だ。

今日は夜までいるのなら、ブラッドの賄は何にしようかしらと引き続き次の料理をしながら考える。


「クラリッサさん、そのパンケーキ。また僕が最後に飾り付けだけやっても良いですか?」

「ああ、シェリー達?良いわよ勿論。可愛くやってあげてね」

はーい!と、楽し気な声がそのまま注文を取りに遠のいていくのを聞きながらクラリッサはつい笑ってしまう。

料理が得意とはいえ、まだ店にも慣れていない彼に料理は最低限盛り付けや簡単な作業だけを任せている。しかしパンケーキに飾りを任せた時は、予想外に可愛らしい出来にクラリッサも驚いた。

ジャムやソースだけでクマやウサギの絵や綺麗なメッセージまで乗せたそれは女性達にかなり評判だった。「飾り過ぎました⁇」と当時ブラッドは少し心配そうに眉を垂らしたが、結果として若い女性客のシェリー達には大好評だった。

ブラッド本人からの「可愛いお姉さん達にだから飛び切り可愛くしたくて」という発言も好評に手伝った。

妹を喜ばせる為に家でよくやっていたと彼の母親と兄から後からこっそり聞いた。まさかそれを年上の女性達で有効活用するとは妹も思いもしなかっただろうとクラリッサは思う。


「そういえばアーサーさんっていつ帰ってきますか?」

料理を一通り作り終え、調理作業が落ち着きカウンター前へと戻って来た後。食べ終えた皿を片付けるノーマンの言葉にクラリッサは小さく音を漏らす。

食事の最中の客が増えた為、一時的に店内も声が簡単に通る程度には静かになっていた。

ブラッドの背後には、未だに彼へ熱のこもった視線を突き刺している女性達がクラリッサの目に入る。更に別方向からは目を丸くしてブラッドと自分を見比べるノーマンの姿も。


更には〝アーサー〟という言葉に、店の常連である客全員が何の気はなしに視線をクラリッサへと向けていた。

あまり客の前に立つことは少ないアーサーだが、昔から通ってくれる客は全員それが女店主の息子の名前だと知っている。

アーサーは元気かと、そういう話題が投げられることも珍しくないクラリッサは今日の日付けを思い出しながら一度視線を浮かべる。そうねぇ、と言いながらも彼女自身息子と夫の予定を全て把握しているわけではない。

休息日にはなるべく帰ってきてくれる騎士二人だが、彼らにも彼らの用事もあれば任務で急に予定が変わることも頻繁だ。更には夫はともかく、アーサーからはあまり客にも自分が帰る日とかは言わないで欲しいと言われている。ならばここでブラッド達に勝手に言うのも憚られる。

……ブラッドを紹介するようになってから、彼の様子を聞く為だけに店が閉まった時間を見計らいここ毎日実は帰ってきているとしても。


「たぶん次は来週かしら。毎年その日は一度顔を見せに来てくれるから」

「????その日??」

しかし口止めされてないその日くらいは答えても差し支えないだろうと考える。

ブラッドからすれば、次の休み、もしくは今日は会えるか次は自分も会えるかくらいの感覚で尋ねたが、〝毎年〟という言葉に素直に首を捻った。騎士団の休みが固定休でないことは、騎士の家系である彼もよく知っている。

しかし疑問のまま目を丸くするブラッドと違い、周囲の常連の中には「あ~……」と声を漏らす者も多かった。特に年配の客に多い。もしかしてクラリッサさんの誕生日とかかなとブラッドは見当をつけ




「アーサーの誕生日。前晩とかには任務でもない限りちゃんと顔を見せに来てくれるのよ、あの子」




当日は騎士団の人達に祝われたりで夜まで忙しくて帰ってこれないから、と。そう続けるクラリッサの言葉に、ブラッドは回収したカップを落としかけた。

ぽっかり空いた口で両足を止め、数秒の空白の後に勢いよく首を兄へと回す。ぐるん!!と風を切る勢いの先では、テーブルに肘付いたノーマンが両手で顔を覆っていた。細縁眼鏡の隙間に指を刺し込み、顔全てを弟の視線から守る。


向かいの席に座る母親が平和に「あら良い息子さんね」と紅茶を飲む間、ブラッドは速足でカップを奥の流し台へと一度片付けてから一直線に兄へと突撃していった。常連客から「今年でいくつだっけか?」「もうそんな時期なんてねぇ」と投げかけられるクラリッサを横切り、今は詳細をもっと聞きたい人物へと水色の眼光を差し続ける。

顔を覆ったまま自分から目を合わせようとすらしない兄へ、勢いよくテーブルへ音を立てて手を突く。鼻先が指に触れるほど顔を近づけ声を潜める。


「兄ちゃん⁈知ってた⁈知ってたよね⁈アーサーさん誕生日近いって!!!」

「………………………………一応……」

こそこそひそひそと、兄が騎士であることは隠しているブラッドは極限まで声を潜めながら息の音で兄を問い詰める。

クラリッサが騎士団の人に祝われていると言う以上、同じ騎士団でしかも同じ隊に所属している兄が知らないわけがないと確信する。

弟からの言及に消えいりそうな声を絞り出すノーマンは、今にも自分が消えたくなった。


上官であるアーサー、更には自分にとって尊敬する騎士である彼の誕生日は当然ノーマンも把握している。

騎士団は人数規模も多い為、逐一全員で一人一人の誕生日を祝ったりはしない。あくまで仲の良い間柄同士で祝いたい者が祝う程度だ。そしてアーサーの誕生日にその周囲では夜になると飲み会が行われていることも知っている。

アーサーと仲の良い先輩や同期に後輩、近衛騎士が更に三名発足してからは彼らも必ず同席することになった。そしてその中に……




八番隊は、いない。




「どうしよう!誕生日祝いとか用意してる??贈り物とか、兄ちゃん毎年何か」

「してるわけないだろう!!ぼっ、僕ら八番隊がそういう類の隊じゃないことはお前もよく知ってるだろ!!」

大勢の騎士に誕生日を祝われているアーサーだが、ハリソンも含めた八番隊の騎士で彼の誕生日祝いの飲み会に参加する者は皆無だった。

そして当然ノーマンもその一人である。昔からアーサーを慕ってこそいるが、それを表面に出せたことのない彼にそんな飲み会へ自分から参加したりわざわざ贈り物などできるわけがない。

自分にとっては尊敬でも、アーサーからすれば大して親しくも関わりもない部下に飲み会の同席や祝われても戸惑うだけだろうと本気でノーマンは思う。

理由がない。遠目でアーサーが祝われている人望を尊敬しつつ、自分はいつも通りに過ごし続けた。その為、アーサーの誕生日を日付けとして記憶はしているがこれといって気にしたことはなく、今日までその日が近づいていることも完全に忘れていた。

そしてアーサーもアーサーで普段全く関わりを良しとしない八番隊の騎士にわざわざ自分の誕生日を祝わせる為に誘おうとも思わなかった。


「ねぇ今年は用意するよね⁈ていうか僕どうしよう?!贈り物なんて家族以外にもう何年もしてないのに!!」

「わかってる!でも僕に聞くな‼︎僕なんか一度もないんだぞ!!!」

しかし今年はそうもいっていられないと、ノーマンもよく思う。

今では自分の隊長というだけではなく弟の職場を紹介してくれた人物、更には職場先の息子でもある。何より、ついこの間あんなにまで騎士を辞めようとしていた自分を引き留めてくれたアーサーに対してもう「祝う理由がない」などとは口が裂けても言えない。


顔を覆い現実から目を逸らす状態から、ノーマンは今度は頭を両手で抱えて俯いてしまう。

こんなに世話になっているのに誕生日を忘れてすらいた自分が凄まじく申し訳ない。しかもそれを弟越しでアーサーの母親から教えられる始末だ。

自分と同じようにブラッドもアーサーの誕生日を祝いたいと思っていることはわかる。もともと接点さえなかっただけで、自分と同じくアーサーに憧れを抱いていたブラッドだ。しかもここ最近は面倒を見て貰った身としてアーサーの誕生日を祝いたがるのは当然の流れだった。


しかし、もともと母親の治療費と仕事ができない家族三人をノーマン一人で養っていたこともあり、もともと彼らの家に金銭的余裕はない。村からの援助で生活をしていた彼らが贅沢を良しとするわけもなかった。

ノーマンがケーキを買い、ブラッドがご馳走を作る。それが家族共有の誕生日の過ごし方だ。

昔は仲の良い友人達に山で積んだ花や珍しい虫、手作りの品などを送っていたブラッドだが、村人から厄みを受けてからは全くそういったことはしていない。そしてノーマンにおいては贈る友人すら一度もいない。


兄弟同士コソコソと息の音で叫び合う二人に、向かいの母親はなんとも困り顔になってしまう。

贈り物一つでここまで悩むようになってしまうのも自分の病気の所為だと思えば複雑だった。しかしノーマンについてはもともとの性格の所為でもある。


「~~っ、クラリッサさんー!アーサーさん何か欲しいものとかありますかぁ??お祝いとか何すれば喜ぶとかー!!」

戦力外である兄を思い知りつつ、ブラッドは直球で再びクラリッサへと振り返る。

母親である彼女ならば何か良い案を貰えるのではないかと尋ねれば、クラリッサだけでなく周囲の常連まで目に見えて眉を寄せ首を傾け出した。さっきまできゃあきゃあ言っていた女性席からまで、うーんと細く唸る声が聞こえてくる。


常連ならアーサーの誕生日を騎士のように祝ったことがあるのではないかと、ふとブラッドは助けを求めるようにくるくると見回すが誰からも自信を持った表情はない。

試しに近くの席にいた女性に「シェリーさん達は祝ったことは?」と投げかけてみる。

やめろおおごとにするなと兄が女性よりもか細い声と指先でブラッドの裾を引っ張ったが、今は女性の返答を得るために無視された。


「小さい頃以来、私達アーサーの誕生日に何かしたことないから。……ごめんね?」

「スチュアート達なら確かやってたけど……」

「今はなんでも喜ぶとは思うし、…………気持ち⁇」

なんとも心もとない返事しかもらえない。

人名を聞き返せば、他にもアーサーの友人の名が何人か上げられたが、彼らもそれぞれの生活がある今別段お互いに集まって祝い合ったりもしない。そして、性格も良ければ今では騎士一直線であるアーサーが欲しいものなど彼女らも思いつかなかった。


続けて今度は最有力候補である母親が「そうねぇ」と口を開いたが、その声の色から既に望みは薄いと兄弟は早くも察する。


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