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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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まわり、


「兄ちゃんは平気~?明日から騎士団復帰でしょ。ちゃんと不死鳥さんと仲良くできる??」

「やめろ……その呼び方は僕にするな……。…………アーサー隊長には、……いつも通り関わるつもりだ」

「それってまたつんけんしちゃうって意味??」


一週間の休息。それももともとはアーサーに押され騎士団長からの特別な心遣いで得られた連日休息だった。

しかも最後に会った日はアーサーに職場を紹介され引っ越しまで手伝って貰った。そんな中、最初にアーサーに顔を合わせた時に本来ならばどう振舞うべきかはノーマンも頭ではわかっている。


しかし想像すれば確実にいつも通りの態度や「何ですか感謝すべきだとはわかってますが、それを自分から仄めかすような言動のはどうかと」と余計なことまで言ってしまうことしか想像つかない。

少なくとも絶対今回の連休のお詫びとお礼と、ブラッドのことと引っ越しの手伝いについてはまとめて挨拶しようと考えている。そして、できることならばその後につい口が滑る前にさっさとアーサーの前から離脱したい。


「アーサーさんによろしくねぇ。僕は元気にやってますって」

「……わかっている。……本当に、せめて今日会えたら色々先に挨拶できたのに……」

結果は変わらないんじゃない??と、直後にはブラッドから二撃目を受ける。

引っ越しの日以来、ブラッド達が知る限りアーサーは一度も家に帰ってきていない。もともと休みの日以外騎士団演習場に居る彼は、毎晩帰ってくるわけでもないと知っている。しかもブラッドも朝からの仕事が多く、アーサーが帰ってくるような時間帯には自分も家に帰っている。


頭を重そうに片手で押さえる兄に笑いながら、ブラッドは一歩一歩慎重に歩いた。

怪我もしたくなければ、卵と牛乳を台無しにもしたくない。そして今は緊張感はあっても恐怖感がないことがそれだけで嬉しかった。

アーサーへの最初の会話に悩み小さく唸るノーマンと共に、とうとう再び店に辿り着く。「ただいま戻りましたぁ」と足と肘を使って自分で扉を開けながら声を掛ければクラリッサの「おかえりなさい」と共にと客からも声をかけられた。

今日は初対面の客も当然いるが、それでもブラッドは心臓がきゅっと縮まない感覚に自分で安堵する。


籠ごと奥の調理場へと牛乳と卵を置いてから、再び客の前に出る。

早速注文を取ってくれる?とテーブル席を目で示しながら頼むクラリッサにブラッドも伸びのある声で返した。兄がテーブル席へと腰を下ろしているのを確認し、母親と兄へと軽く手を振る。それからメモとペンを手に、軽い足取りのままカウンターを抜けていった。

「お待たせしました~。注文は決まりましたか?」


「ブラッド君私パンケーキ一つ!」

「ブラッド君、もう正式に仕事することにしたんだね。クラリッサさんからさっき聞いて、本当におめでとう。私すごく嬉し」

「ブラッド君まだその、アーサーには会ってない??後でまた話聞いてくれる??」

「うわ可愛いちょっと待ってまだ心の準備できてないのにっ……」


「ごめんなさい。お姉さん達もう一回順番に言ってくれますか~?」

黄色い悲鳴混じりの言葉を一斉に浴びせられ、ブラッドは笑顔のまま首を傾げる。接客として注文を取ることも始めたブラッドは、聞き返すことも昨日から慣れてしまった。

いま注文を取っている四人中三人は、前回自分がまだ手伝いだけをさせて貰っていた時に挨拶した女性客だ。その時からお話好きでとても優しくて可愛い人達だったことはブラッドも覚えている。


もともと特殊能力に目覚める前までは女性からのそういう態度も慣れていたブラッドには戸惑いよりも懐かしさが勝った。世間話や恋の相談、自分についての興味津々の話などどれも女の子との会話は楽しいと改めてブラッドは思う。

パンケーキ前回も頼んでましたよね、ありがとうございますこれからも会えるの楽しみ、うんうん聞く聞く~、初めてですよね?綺麗なお姉さんだぁ、と。改めて順番に掛けられた言葉へ返しながらにこにこ笑うブラッドは、彼女達にとっても可愛い青年だ。

クラリッサが若い頃から馴染みの常連客、その娘や親戚、常連の職場の子などの彼女達もまた、常連の枠組みだった。


「クラリッサちゃん……本当に人雇って良かったなぁ。昼までこんな忙しいんじゃ身体もたねぇな」

「そうねぇ……ブラッド君が来てくれたのは勿論良かったけれど。…………これは彼が入ってからだから……」

カウンター席で丸い背中の男性に、クラリッサは思わず苦笑いをしてしまう。

もともと夜の時間帯に比べ、昼はそこまで客が多くなりにくいこともあってブラッドに朝の準備から来てもらっていた。しかし、彼が手伝いとして入ってからまだ数日にも関わらず確実に昼の客人口が日に日に増している。

もともと常連ばかりの店の為、店内の噂も客同士で広がりやすく、また店の外でも客同士は顔見知りの為ブラッドという新人が入ることが広まるのもあっという間なのはクラリッサも想定できていた。しかし、まさかいつもは余裕があるように仕入れてた卵と牛乳が足りなくなるほどとは思わなかった。


最初こそ新人が入ったことで顔を見ようとするだけの客だったが、確実にブラッドに二度三度会う為に通う頻度を増やした女性客やその友人女性が連れてこられることが増えた。

今まで昼の時間帯は比較的客も少なかった方だというのに、今は七割近くも席が埋まっている。


たらりと汗を一筋流しながら呟くクラリッサに、常連男性は軽い声で笑う。あれだけ良い顔をした青年ならそりゃあ女受けも良いだろうと思う。

ただでさえ常連の女性は成人が多いが、若い娘も多い。そんな中ブラッドのような子どもが可愛がられるのも当然だった。顔も良ければ愛想も良い、接客に向いた性格だと男性は思う。


「……ロデリックもアーサーも、接客向きじゃなかったからなぁ……」

「まぁ、アーサーはあの人似だから」

昼も賑やかになってくれるのは嬉しいわ、とクラリッサは肩で溜息を吐いた。

常連の層が見事に昼と夜に別れ、昼は暫く女性客が絶えないだろうと考える。目の前で楽しそうに働くブラッドを見れば、これも良いと。少なくとも同じ状況でロデリックやアーサーは確実に奥へ引っ込んでしまう。

女性からの黄色い悲鳴にも騎士関連の悪意のない圧も上手く受け流して分け隔てなく愛想を撒くブラッドは、初対面で思った以上に良い働き者だった。

しかも料理もできて掃除も食器洗いも丁寧なのだから言うことがない。



『母上。手が足りないって言ってましたよね』



最初は単純に信頼できる子ならと思ったが、本当に良い子を紹介してくれたものだと息子に思う。

アーサーが紹介してくれたのだから人間性としては心配ない子だと考えたが、ブラッドだけでなくその兄もそして母親もとても良い人達だった。礼儀正しく、ブラッドのことも過保護と言えるかもしれないくらい本気で心配している。

客の席が埋まってくればその度に自分達だけでも退席すべきかと視線を彷徨わせる親子は微笑ましかった。時々料理を注文してお金も払ってくれているのだから、常連が長居することも珍しくない店で気負う心配もない。


しかしここまで周囲の人間に気を遣うことに敏感な母親と兄を見ると、接客が初めてだと話すブラッドが気が回る理由もわかった気がした。

アーサーからブラッドの前の村での扱いまでは聞いていないクラリッサだが、それでも拡散の特殊能力者に対して心配するブラッドとその母と兄を見れば大体は想像もつく。そしてこんな良い家族がいれば、それがブラッドにとって良い見本にもなったのだろうとも。……まさかその気遣いできる兄が騎士団では上官であるアーサーや他の騎士達に容赦ない物言いを繰り返しているとは夢にも思わない。


実際、ブラッド特殊能力による被害と苦労はささやかながらあるが、本人の度量は申し分ない。

こういう時、常連ばかりだからこその融通が効く部分もありがたいものだとクラリッサは思う。客も軽い失敗程度は笑って許してくれる。

子どもだった自分が料理にうっかり卵の殻を入れて客の舌をケガさせてしまった時も、若かったロデリックが迷惑客を殴り飛ばして騒ぎを起こした時も、子どもだったアーサーが皿ごと料理を客へひっくり返してしまった時もそのまま何も言わず店から逃げ出してしまった時も許して今も通い続けてくれている優しい客達なのだから。


「クラリッサさーん!パンケーキ二つとミルクティーと、あとサラダ大きい方お願いします!」

はいはい、と。明るい声に返しながら、クラリッサは早速奥へと下がる。

ブラッドからどうしても直接注文を取りたいと言って、彼が帰ってくるまで減らせたお腹のまま待ち続けていたテーブルの彼女達がやっと注文をしてくれた。更には他のテーブル方向からも「こっちも」「ブラッド君」「次こっち」と一斉に声が響く。

もともと昼は休息を求める女性層、そして夜は酒を求める男性層が多かったが、これはこのままブラッドには昼時間の仕事は定着して貰おうかと考える。


もともと客が多い夜もゆくゆくは手伝って貰おうと思っていたが、昼の方が女性客が喜ぶ。


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