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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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Ⅱ525.騎士子息は踏み出し、


「も~、兄ちゃんてば心配性だなぁ」


託された籠の取っ手を提げ、ブラッドは眉を垂らしながらも柔らかい笑みを兄へと向けた。

砂利の少ない踏みやすい道を歩く彼に並ぶノーマンは「別に普通だろ」と言いながら細縁眼鏡の位置を中指で押さえた。寧ろ心配性と言ってくる弟に自分の方が思うところがある。


少し前までは外に出ることも躊躇いがちになっていたこともある弟が、籠をブンブン揺らしながら歩いている間も彼の行先に危険はないかと本人には気付かれないように留意しつつ確認の目を休めない。

単純に野蛮な人間に絡まれたらだけではなく、弟は転んだだけでも被害は自分だけに留まらない。他人に被害を出してしまうこともだが、そうなった場合のブラッドの精神状況も心配だった。


騎士団から一時的な休息期間を与えられたノーマンは、弟の付き添いに励んでいた。

休息である今、騎士団の団服でもない私服を身に纏い弟と仲良く並ぶ彼を騎士だと気付く者は先ずいない。


「慣れない土地で弟が一人おつかいなんて心配になるに決まってる」

「だよねー。でも大丈夫だよ、本当にすぐ近所だしこの辺の人達みーんな優しいし。それより母さんは置いて来ちゃって良かったの?」

本来今年で十四の弟に対する心配でないことも、そして兄が自分の特殊能力を想って心配してくれていることも理解した上でブラッドは笑う。

前の村でも、一人で水を汲みにいくことも買い物に行くことも普通にあった。完全に引き籠っていたわけではない。しかしそれでもどんな危険があるか完全に把握しきれない場所に付き添ってくれることは、ブラッドも悪い気がしないと同時に心強いことも事実だった。

自分の隣にいるのは兄で、アーサーと同じ騎士なのだから。


兄にここまで気を遣わせてしまうことは未だに居心地が良いわけではない。

だが、こうして人目も気にせず兄と並んで歩くのは何度繰り返しても僅かな胸の弾みをブラッドは自覚する。以前の村では外に出ることはあっても、こんな風に兄と呑気に並んで歩けることなど滅多になかった。

なのに今の自分は人の目が気にならないまま伸び伸びと歩いている。騎士になって忙しくなった兄がどんな理由であれ、こうして休暇を取れたことも自分には少し得な気持ちにさえなった。

騎士団を休息している間も自主鍛錬に手を抜かない兄は、それでも必ず自分に付いていてくれている。……そう。



弟の仕事先である小料理屋にまでも。



「大丈夫だろ。母さんも今は体調が良い。……本当に、今までが嘘みたいに」

「ほんと何でなんだろうねー」

はははっと、若干頭を抱え気味になる兄へ進行方向を向きながらブラッドは笑ってしまう。未だに母親の病気が治った理由はわからない。


火事によるショックで病気が吹き飛んだか、もしくは奇跡としか言いようがない。

保護されてからの母親は一度も咳き込むことなく、保護所を出てノーマンが用意した新居に移り住んでからは積極的に家事にも関わっている。

心機一転、とその言葉では言い切れない。新たな住居に住み始めた母親は別人のように元気が漲っていると二人は思う。ブラッドに至れば今まで自分が殆どを担っていた家事を母親に丸ごと奪われ「もう母さんがやるから」「ブラッドは好きなことしていて良いのよ」と言われる始末だ。


好きなことも何も、この数年で自分の趣味は家事と同義に近い。

こうして仕事という、家事以外にもやることができたのは金を稼ぐ以外の意味でも良かったとブラッドは思う。しかも自分の仕事の様子を見守る為に毎日兄と一緒に母親まで職場まで客として通ってくれている。

兄と母親二人に見守られるのは擽ったさと共に気恥ずかしさも僅かにあった。店主である女性が心広く許してくれていることが救いだ。


城下から少し外れた小料理屋。周囲は田舎というに近いが、喧騒からも離れた穏やかな土地だった。

夜はわからなかったが、翌日太陽が昇っている時間帯に訪れれば緑の広がった広々とした空間は前の村にも少し重なり、しかし全く異なる穏やかな空間に胸が落ち着いた。


アーサーに紹介された小料理屋で初日こそ掃除や皿拭きなど簡単な手伝いをしていたブラッドだが、昨日から〝仕事〟として働き始めていた。

女主人は最初の内は一週間に二日程度で良いといってくれたが、結局今日まで毎日朝から通い続けている。今日にはとうとう「卵と牛乳を貰いに行かなきゃ」と話す女主人であるクラリッサへ自分から「近所なら僕が行きます」と言い出せた。

任された途端、客用の席に座っていた兄まで立ち上がったのも予想はできた。


ゆらゆらとのんびり歩きながら、教えられた通りの目印の方向へ歩けば本当に距離もすぐだった。

道に迷う間もなく目視で確認できた先は、一見変哲もない一軒家だった。

てっきり牧場か店かと思っていたブラッドは扉を叩く前に足を止めて二度見したが、言われた通りの目印と屋根の色をしたそこへ首を傾けながらノックへ踏み切った。

「こんにちはー」と言いながら、扉の向こうへ僅かに口の中が乾いた。三歩背後で敢えて見守ってくれている兄に、やっぱり着いてきてもらえてよかったと今思う。


ノックを四回鳴らして間もなく扉が開かれれば、ふくよかな体格の女性だった。

見知らぬ訪問者に目を丸くしたが、ブラッドから用件を聞けばすぐに籠を受け取って家の奥へと引っ込んでいった。

クラリッサちゃんが人は雇ったの、こんなかわいい子を、今度食べに行くわね、と家の奥からでも聞こえる声で話しかけながら女性は卵と牛乳をいつものように籠へ詰めて戻って来た。妹夫婦がやっている農家から毎週多めに買い取っては友人であるクラリッサが使ってくれているのだと語る彼女は、代金は先に貰っているからと告げ、重くなった籠をブラッドへ手渡した。


覚悟していたとはいえなかなかの重さのある籠に、ブラッドは取っ手ではなく両手で抱えるようにして受け取った。

「いつもは定期的に大量に旦那さんが取りに来てくれるのに」と女性が頬に手をあてながら語った途端、ブラッドとノーマンは同時に無言で息を飲む。


「いくら繁盛してるとはいえ息子さんもいるんだし今更人を雇うなんてと驚いたけど、こんな礼儀正しい子なら雇うのもわかるわ~」

可愛いらしいし、と言いながらにこにこ笑う女性にブラッドもふにゃりと笑顔が浮かんだ。

今は少し慣れたが、店で手伝いを始めた時にはこんな扱いばかりで逆に戸惑った。今まで慣れていた扱いが扱いだった所為で、一日に何度も褒められ普通に接せられるのは不思議な感覚さえした。


ありがとうございます、と笑顔のまま返せば女性にそっと柿色の柔らかな髪が撫でられた。それだけでブラッドはうっかり泣きたくなったが、笑顔で誤魔化す。冷たい態度は慣れきっても、温か過ぎる態度はまだ身体が馴染まない。

気を付けて帰ってね、と手を振ってくれた女性に両手が塞がっているブラッドは代わりに元気な声で返した。背中を向けて再び店に向かい歩き出せば、知らない内に鼻歌まで唱えていた。

再び隣に並んで歩いてくれる兄へ「できたでしょ?」と笑いかければ「ちゃんと前を見ろ」と注意力散漫まで指摘されてしまうほどに。


「本当に皆すっごい良い人ばっかだよねぇ。お客さんなんて僕の特殊能力知っても気にしないでくれるし」

「ああ……僕もお陰で─、……。……しかも、本当に全員特殊能力者に慣れているな……」

ねー、と返しながらブラッドは兄が一瞬濁した先も理解する。

アーサーが話していた通り、本当に店は特殊能力者への理解がある常連ばかりだった。旦那が騎士団長で特殊能力者ということを当然のように知っている客ばかりの中、ブラッドの特殊能力についてもクラリッサから逐一説明をされても目を丸くするだけで誰も嫌な顔一つしない。それどころか拡散の作用を理解した上で「特殊能力者なんてすごいじゃないか」と褒められる始末だ。

客にまで特殊能力を持つ人間が居た時は流石のブラッドも表情が固まった。同じ国の筈なのに、都会じゃ扱いがここまで違うことは衝撃だった。


そして早速昨日、手伝いではなく仕事としては〝初日〟を迎えたブラッドは早速一度失敗した。

食器拭きだけでなく食器洗いも任された際、うっかり食器を割ってしまった時だ。綺麗な皿だなと思っていたそれを重ねる際、クラリッサに呼ばれた所為で注意が散ったまま手から滑り落としてしまった。

家では躊躇なく皿を諦め身を引いて回避していたブラッドだったが、綺麗な皿を割るのが嫌でつい手を伸ばしそのまま割れた破片に指を切られてしまった。特殊能力を抑えることよりも皿を割ったことと怪我を負うことの動揺が勝ってしまった。


結果、指の切り傷を作ると同時に同位置でクラリッサとカウンター席にいる客まで小さな切り傷が及んだ。

中には肌だけでなく服まで切れてしまった客もいた為、ブラッドも振り返った瞬間蒼白だった。「痛い」「おお?!」と突然の痛みに声を上げる客もいる中、兄と母もすぐにブラッドだと理解した。慌てて謝罪をするべきかと反射的に腰を上げた二人と、焦燥のあまり棒立ちになってしまうブラッドだったがクラリッサの対応は冷静だった。


謝罪をしつつ怪我の具合だけ確認し止血の道具を配布した後は「今日は一皿おまけするから」とそれだけで場は収まった。

クラリッサからの呼びかけでやっと身体が動いたブラッドが慌てて謝罪をしても、客の中で目くじらを立てる者は一人もなかった。


『いいのいいの。こんな傷じゃ怪我にも入らねぇよ』

『それよりお前も切ったんだろ?ちゃんと血を止めるんだぞ』

『クラリッサちゃんは平気??』

『特殊能力が制御できないと色々苦労するもんだよなあ……うちの孫なんかよぉ』

まさか自分の心配までされるなんてと、うっかりブラッドは耳を疑った。

手の甲に切り傷を負ったクラリッサから「ほらブラッド君も止血止血」「今日は水仕事はしないように」と言われても、ぽかんと口が開いたままだった。遅れて綺麗な皿を割ってしまったことも謝ったが「私が作業中に呼びかけたからね」と許された。


あんな温かい優しい場所でアーサーが育ったのならあんな格好良い大人になれるのも納得できた。

「こんなすごい特殊能力なら君も騎士を目指せば良いのに」「知ってるか?実はこの人の旦那さんと息子さんは」と客に騎士を目指すことを打診されたのは少し困ったが、それも真正の騎士であるアーサーにとってはただただ心地良い環境だったのだろうと思う。

少し羨みも覚えてしまうほど、ブラッドにとってあの店は天国だった。騎士への打診も、「えー。でも騎士って格好良いですよねぇ」と慣れていた手法ではぐらかせばすんなりと流された。それどころか騎士関連の談話に付き合ってくれる客も多い。

時々ロデリックやアーサーのことらしき話まで聞けた時は思わず話を振ったまま前のめりになった。


お蔭で昨日は人を怪我させてしまったというのに、むしろ肩の荷は軽くなっていた。〝実際怪我をさせたらどうなるかわからない〟という不安がごっそり取り除かれた。

仕事後にクラリッサから傷が塞がっても今後皿洗いはするか控えるかと選択肢を提示されても、殆ど躊躇いなく「やりたいです」と答えられた。もう皿洗い中は話しかけないようにするわねと、機会をくれただけではない寛大過ぎるクラリッサにも救われた。

あんな素敵な人なら騎士団長さんも好きになるよなぁと、今思い返しても納得する。


籠を両手で抱える自分に、ノーマンから「持とうか?」と声を掛けられたが断る。

兄もすんなり引くのを見ると、きっとこれは自分の仕事にしたいのだと理解してくれているのだろうと思う。これから先は兄と共にではなく、自分一人でお使いに行くことが当たり前にもなるのだから。


「兄ちゃんは平気~?明日から騎士団復帰でしょ。ちゃんと不死鳥さんと仲良くできる??」

「やめろ……その呼び方は僕にするな……。…………アーサー隊長には、……いつも通り関わるつもりだ」

「それってまたつんけんしちゃうって意味??」


思わず額に手を当てて俯いてしまうノーマンは、弟の手痛い言葉に「ンぐっ」と口の中を噛み肩が強張った。


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