そしてご機嫌になる。
「〝稀代の天才発明家〟と〝若き天才による革命〟……どっちが興味を誘うかなぁ」
フリージア王国の特殊能力者による発明ということだけ提示して、まだ発明家の正体は伏せ続けた方が良い。
それでもほんの少しの事実を明かすだけでも価値は跳ね上がる。たった十三歳の少年がこれを作ったなんて知ったら、それだけでも驚く人間は多いだろう。この姿絵写しは、特殊能力の効果を抜いても精巧さから見て十三歳の子どもが作れるような品じゃない。
プライドが提案もしたと聞いたけれど、言われただけで本当に作れるなんて間違いなく天才だ。今は僕が彼の代わりに売買やフリージアへの許可も手続きも全て肩代わりしている状態だけれど、これから彼がどんな発明を作るのか見届けたい気持ちも連なっていく。
そう考えると、今もこの発明がどんな効果を発揮させるのか今から心が疼いた。まだこの発明による姿絵を僕は目にしていない。
「…………見本の姿絵。一枚くらい同封して貰えば良かったかな」
そう言いながら、自然と視線は棚上に飾られた品へと向く。
そこには机に置かれた発明と全く同じ形をした物体が鎮座していた。今日届いた品じゃない、僕が二週間前にネイトから個人的に買い取った方の品だ。
試しに姿絵をと試そうとしてくれた彼だったけれど、最初から僕が買うつもりだったし自分で使うから良いと信頼の証も込めて断った。プライドの紹介してくれた子が偽物を王族に売りつけてくるとは思わないし、自分で買って試すのが一番良い。利点も欠点も一番わかりやすいのは口での説明よりも実践だ。
たった三回の姿絵。そう思うと勿体なくてなかなか手をつけられなかったまま飾っていたけれど、こうやって売る手前までくると使ってみないとなと思う。
席を立ち、僕は棚上の発明へと歩み寄る。一瞬で姿絵、それも簡単な動作ですぐに。売り出すにしても、やっぱり実際の出来上がった姿絵を見せる方が良い。…………何を、残そうか。
姿絵、と考えるとやっぱり一番最初に浮かぶのは自分自身か家族の姿絵だ。だけど王族の姿絵なんて、これから先卸す候補客にはもの珍しさもないかもしれない。
同じ一族同士での姿絵なんて王侯貴族であれば皆一枚は持っている。それを額に入るには足りない大きさで完成と言われてもつまらない。
それに僕自身、折角残すのならば今までにない一枚が欲しい。家族の姿絵なんて良くも悪くも城に溢れかえっている。
「……プライドの、……は難しいかなぁ」
うーん、と自分で言いながら細く唸ってしまう。
正直、僕が欲しい姿絵といったら最初に浮かぶのは彼女だ。三枚中一枚くらいは彼女の姿を残したいという欲はあるけれど、まず最初の一枚はあくまで商品を売る為の〝見本〟でもある。
大勢に見せびらかす姿絵を彼女、もしくは僕と彼女のなんてしたら不要な噂を立てられてしまうかもしれない。まだ僕とプライドが婚約者だったという事実は風化していない。
あくまで同盟国、盟友、販売するアネモネ王国と発明元であるフリージア王国の王族同士と説明しても疑う人は疑う。何より、弁明が必要になるようなものを見せびらかすのは得策じゃない。
あとは、と他に手元に残したいと考えれば僕にとって貴重な友人達が浮かんだけれど、彼は彼で絶対許可してくれないんだろうなぁと確信する。
セフェクとケメトは快諾してくれそうだけど、彼は自分の姿絵を他者の目に晒されるのも僕が持つのも嫌がるだろう。しかも、僕個人の希望としてはプライドの姿絵でもヴァル達の姿絵でもせっかくなら一緒の枠に僕も入りたい。
プライドは「良いわよ」って言ってくれそうだけど、ヴァルは僕と一緒の姿絵と言っただけで顔を歪めるのが鮮明に想像できた。気持ち悪いとか虫唾が走るとか言いそうだ。セフェク達三人との姿絵ならなんだかんだ言いながら二人に押されて認めてくれそうだけど。勿論、自分の物になる場合限定で。
僕や他の人間の目に晒されるのはきっと嫌がる。未だに我が国へ配達で訪れる時だってフードに口布の彼だ。あまり自分の容姿を好んでいない可能性もある。
プライドだけも駄目、ヴァル達も駄目。僕個人の希望を除けば、別に侍女でも従者でも景色でも何でも良いのだけれど。でも商いの為とはいえ、折角僕個人で手に入れられた夢の発明なんだから僕にとっても大事なものに使いたい。……なら、やっぱり。
「……うん。欲しいな」
ふふっ、とそう思った途端笑い混じりに声が出た。
思いついたら早速欲しくなって、使いたくなって、僕は急遽予定の変更を決める。部屋の外の従者へ呼びかけ、馬車の用意と用件を伝えた。
父上にも報告をと重ねてから、改めて〝僕の〟発明の方を手に取る。毎日侍女が掃除している部屋に置かれたそれは、当然埃の一つもない輝きのままだ。
窓の外へと視線を投げれば、晴れ渡った美しい景色が広がっていた。
何度見ても飽きない美しい光景に、それだけでつい手の中の発明を使いたくなったけれど我慢する。今日なら海も穏やかだし今日上陸する貿易船も多いだろうから港に行く予定だった。
でもこの発明を使うと決めたら仕方がない。港はまた明日にしよう。帰ったら残りの荷物と書状の確認に、父上とアネモネ王国の学校創設についても打ち合わせを進めないといけないんだから。
今日は、僕の愛しい時間を切り取りたい。
……
「レオン様!!よくぞいらっしゃいました!!」
「キャアアアアアアアアア!!レオン様!レオン様がいらっしゃっているわ!!」
「レオン様!?てっきり広場で何か催しだと思ったら嘘みたい!」
「催しよりずっと良い!!レオン王子殿下だぞ⁈おいうちのパン持ってこい!!」
「レオン第一王子殿下!!どうか、どうか一言お礼をさせて下さい!まさかあんなに早く井戸に着手をっ」
「おい!レオン王子が持っておられる物はなんだ?!新種の武器か⁈」
「馬鹿お前!レオン殿下が俺達にそんなもん向けるわけがねぇだろ!」
愛おしい。
馬車を降りてすぐに湧き上がる熱狂と声援に、胸が高鳴った。
手を振り返し、名前を呼んでくれる先へ視線を向けて心から愛しさのままに笑いかける。……前列で口を覆っていた女性が数人が一度に膝から崩れてしまい、慌てて後列へと運ばれていった。
つい、これからの楽しみに浮かれすぎてしまったんだと自覚し反省する。しまった……大事な時を前に数を減らさせてしまうなんて。
だけど民一人一人の熱のこもった眼差しや活気の溢れた笑顔を見るだけで愛しさが溢れて溜まらない。やっぱり港ではなくてここにきて正解だったと思う。
アネモネ王国城下広場。
市場にも港にも民家にも、我が城にも繋がり各方向見渡せる城下で一番大きな広場だ。国外の人間も多く行き交う港と並び毎日大勢の人が集まる場所でもある。我が民の数で絞れば、きっと一番の人口だろう。……だから僕はここが良かった。
アネモネ王国の港も美しくて活気に溢れて好きだけれど、やっぱりアネモネ王国の民が集まるここが一番愛しい。
暫くは一人一人と語らいながら、いつものように彼らの生活や近況に耳を傾ける。中には僕へ手紙を書いてくれた本人まで居合わせてくれて、あまりに嬉しくて従者に発明を預け彼の両手を取った。是非この後もここに居て下さいと願えば何度も潤んだ瞳で頷いてくれた。
やっぱり今日ここにきて良かったと同じ事を二度、三度、十と民と語らう度に思う。
いくらか語らい終わり、それでも後列には語らい切れず声援をくれる民もいたけれど、時間も迫りここで一度区切った。いつもならばここで馬車に戻るか、周囲の店や民の元に足を運ぶところなのだけれど今日はちょっと違う。
僕の合図で布告役の従者が声を張る。これからレオン第一王子殿下の御望みで、と説明が語られる。
発明、ということは今は伏せ、全員なるべく一か所に集まりあれを見て欲しいと。安全性については僕からも重ねて保証の声を掛ければ、全員それぞれ納得したように指示に従ってくれた。
発明の操作方法を説明して預けた従者が馬車の上に乗り、それでもなるべく民一人でも多く入るようにとつま先立ちにまでなって発明を構えてくれる。
三、二、一の秒読み後、カシャリと紙を丸めたような音と共に可愛い閃光が瞬いた。
宜しいです、と言われるのは本当にそれからすぐで。発明の下部から押し出されるように紙が出てくるのはあっという間だった。姿絵だったら下書きの構想を練る段階かそれより早い。
もう動いて良い、解散して良いと従者と衛兵が彼らへ報せる中、馬車から降りた従者がきらきらした目で僕に小さな姿絵を手渡してくれた。
発明の操作を説明した時は半信半疑にも見えた眼差しの彼が、たった一回で虜になったように「素晴らしい」「こんな鮮明に」「文字通り切り取ったかのような」と声高だった。そして僕も、それを手に取ればすぐにその気持ちを理解した。…………美し過ぎる。
アネモネの民一人一人の輝く顔が、こんな鮮明に。
僕を中心でなくて良い。なるべく一人でも多くの民を共に写して欲しいと望んだ一枚は、本に挟める程度の大きさにこれでもかと言える数が鮮明に入り込んでいた。
場所がわからないくらい景色よりも民を中心としたお陰で、後列の最後の最後まで入っている。一人一人の顔は僕の爪の大きさ程度もないのに、しっかりとその表情までわかる。顔の部位一つ一つが省略されることもなく残されている。
こんな鮮明で細かく正確なこれを本当に〝姿絵〟という言葉で片付けて良いのかと疑問に思う。本当に、本当に美しい。
僕の姿が護衛の衛兵や民と混ざり並んでいる、夢のような一枚だった。
きっとどれだけ腕のいい絵師を呼んでも、こんな素晴らしい一枚は残せないだろう。
ネイトの発明による姿絵の立証としての見本にも、……何より僕個人の大事な一枚としてもこれ以上ないと言える品だった。たった一枚で、こんなに大勢の民の存在と時間を感じられるなんて夢のようだ。
いっそ、この発明を僕一人が全て買い取り続けたいと思ってしまいそうなほど衝撃だった。
ご協力ありがとうございます、素晴らしい物が残せました、また来ます、何かお困りのことがあればいつでも城に、と馬車へと足をかけるまで何度も何度も民へ感謝を告げ、手を振った。
このままここに居たら残り二回も衝動のままに城下で使い果たしてしまいそうだ。
御者により扉が閉じられるまで民へと手を振りながら、今は反対の手で発明よりも輝かしい一枚を皺ができないように胸へと押さえ仕舞うばかりだった。
帰ったらすぐにこの大きさに合う額縁を発注しよう。隣に控える従者も、発明を両手で抱え込むように厳重に守ってくれている。
扉のカーテンが閉められたまま、馬車がゆっくりと動き出す。
それでも民から声が耳を澄ませなくてもはっきり聞こえていて、カーテンを開けない代わりに姿絵を覗けばまるでそこの彼らに語り掛けられているようだった。一枚に入り込んだ民の顔一つ一つが愛おしい。
自慢の商品を抱えたままの商人や子どもと手を繋いだ女性、腰を抜かした女性らしき人達が座り込んだまま端にいた。目が丸かったり閃光の所為か閉じてたり違う方向に視線が傾いている民も多いけれど、皆が皆僕の愛した表情を浮かべてい
「…………あれ??」
ふと、気付く。
民の顔を一つ一つ端から順になぞり確認していたら、一番後列の端で引っ掛かった。
横幅はどれだけ引いても民全員は入りきらず半分で切れている人もいたけれど、奥の後列は最後の端まで入るように残されている。その中で、後列の中でもこちらを向いていない。
恐らくは集まろうとしたのではなく、人混みの背後を通り過ぎようとしたところで入り込んだだけ。そして彼は、我が国の民ではない。だけど、入っていることに思わず口が緩んだ。
褐色肌にフードを被り荷袋を肩に鋭い眼光で人混みを睨む彼は、僕の友人だ。
「来てたんだ……。この方向だと、城じゃなくて市場かな?」
あまりにも素晴らしい間過ぎて、ついぽつぽつと独り言を呟いてしまう。発明を両手で抱え込むように厳重に守ってくれている従者が「どうかなさいましたか」と気になるように僅かに前のめるから、指で指し締めた状態で姿絵を見せてあげた。
彼もヴァルの顔は知っているから、すぐに気付いて大きく瞬きを繰り返した。フフフッ、と僕もその反応にとうとう笑いを音にして溢してしまう。
姿絵の中の彼は、発明の方向を向いていない。眉間に皺を寄せて民の背中を睨んでいる。
偶然だろうけれどちょうど僕のいる方向を睨んでいるから、たぶんこの人混みの先に僕がいると察してこの顔なんだろうなと思う。「邪魔な人だかりを作りやがって」とこの顔が言っている。
傍にセフェクもケメトも影すら見えないから、今日は一人だ。この時間帯だと二人とも学校だから当然だけど、なんだかまだ彼一人というのは新鮮に思う。
セフェクとケメトがいなくて、その上でアネモネ王国に寄ってくれたということは彼もやっぱり僕の国をそれなりに居心地良く思ってくれているのかなと自惚れてみる。市場の方向だし、きっとこれから食事とお酒だろう。
彼のことだし酒場かも、と想像を含まらせばまたクスクスと音が零れてしまった。彼が仕事に関係なく個人的に我が国へ訪れてくれていた証拠が残ったと知ったら、一体どんな顔をするだろう。もしかしたら今までも僕の城に来ないだけでアネモネには訪れてきてくれたことはあったのかな。いつでも何回でも来てくれて良いのに。
うっかり彼も入っちゃったけれど、これは不可抗力だしこんなに小さいなら良いかなと思う。大勢の中の一人だし彼一人に注目されることはまずない。
姿絵の中の彼はセフェクとケメトがいなくても全く変わらない。いつもの調子で元気そうなのはほっともするけれど、やっぱりこうやって見ると僕が物足りなくも感じてしまう。
「…………やっぱり、次は彼〝ら〟と一緒のも欲しいな」
一度は我慢した筈の欲に息を吐き、カーテン越しの光に翳す。
意図せず彼と一緒の一枚を手に入れられたのは得をした気分だけれど、やっぱりまた撮り直したい。民との一枚も本当に愛しくて愛しくて幸福感で詰まっているからこそ、これから先の一枚一枚も素晴らしいものになると確信できるから。
僕と、ヴァルと、セフェクとケメト。そしてプライド。そんな一枚が手に入れば、間違いなく金にも勝る宝物だ。
そういえば近々ちょうど良い機会があるなと思い出し、ちょっとした野望を胸に僕は城へと帰った。
その日結局夜になってもヴァルが城に訪れてくれなかったことが、今回だけは少し嬉しかった。
配達以外の用事でアネモネに足を運んでくれたんだと、証明されたから。
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