そして並ぶ。
「ローランド、待たせてすまなかった。話の途中だったな、行こうか」
くるりと振り返り、カラムは自身の背後に控えていた騎士を見る。
エリックとブライスの間に入るまで、食事も共に取りずっと会話をしていた十番隊の騎士だ。「いえ」と一言返すと共に食器を片付け、カラムと共に食堂を後にする。
これから近衛騎士任務があるアランと同じく、カラムもまた王居へ向かわないといけない。
せめて片道分だけでも同行してくれるなら話の続きに付き合おうと提案したカラムに、食事を早めに終えたローランドも頷いた。
扉を通り、外の風を受け二人は歩く。騎士団演習場内を一方向へ向けて進みながら、人通りがまだ少ない空間で最初にカラムが口を動かした。
「それでだが、……先ほども言った通りお前ならば問題ないと私は思う。お前の優秀さについては先日話した通りだ」
中断させた部分から綺麗に会話を再開させる。
以前、騎士団長からも箝口令を解かれ自分達がプライドの護衛についていたことも問われるようになった時も、その夜の飲み会でカラムは一晩中ローランドに付き合っていた。
どういう経緯か詳しくはまだ言えない、何故お前を推薦したのかも正確にはまだ、しかし間違いないと今でも思っている、時が来るまで待って欲しいと。
未だ近衛騎士任命の話は出ていなかったが、既になんらかの試験だったらしいことを気取っていたローランドへそう繰り返し、彼の優秀さについても客観的視点で語り彼自身が満足いくまで話を聞き続けた。
ローランドもローランドでティアラやステイルから口留めされた分を口外することはできない。しかし、せめてその極秘任務があったことだけでも口にできる以上どうしてもすぐにでも愚痴を言いたかった。確実に自分の身に何かが起こっているという期待か恐怖かもわからない気配を飲み込み続けるのは戦場にいることと同列の負担だった。
「しかし、私は隊長格ですらありません。特殊能力の必要性については理解しましたが、それでももっと適任はいるかと……。まさかカラム隊長が私の家柄だけで推薦をしたわけはないと承知しておりますが……」
「確かに家柄も鑑みた。しかしそれはほんの一部であり、全てではない」
家柄、というよりも式典での対応や迅速さをと。誤解を招かない内容から優先してカラムは言葉を始める。
エリートやサラブレッドと呼ばれてこそいるが家柄も特殊能力に重きを置かない実力重視の騎士団の食堂では、ローランドにとって言いにくい話題だった。
薄金色の髪が編まれた部分と共に風に吹き上げられながら、自分の隣に並ぶ騎士隊長に肩を狭める。
年齢こそカラムと近いが、騎士歴も立場もそして家柄すらもカラムに勝てていない彼は今も自分が選ばれた理由がちゃんと知りたい。
まさか先輩でもあり上官でもあるカラム相手にどうして選ばれたのかと、遠回しに「褒めろ」と言っているような望みはそれだけでも畏れ多い。
カラムやアラン、エリックとハリソン、アーサーも隊長格になっている中でまだ副隊長ですらない自分にとっては女王付き近衛騎士など誉れ高くこれ以上ない待遇だ。
これで家の人間も満足するだろうと思えば、安堵も正直ある。王族の近衛騎士、しかもその中でも尊い存在である女王の近衛騎士など誉れ高く、騎士団長のロデリックに告げられた時は身震いを覚えたほどだった。
以前にティアラへお茶会で丸め込まれかけた時には彼女の近衛騎士になれればとも思ったが、それ以上の大物が待っていたなど夢にも思わなかった。
「……私は、叙任式以降は陛下とお目通りすらしたことがないというのに」
「祝会でプライド様とはダンスをしただろう」
奪還戦後の、とそう続けるカラムの言葉に、ローランドの顔色がじわりと火照っていく。
下唇を薄く噛み、表情こそ平静を装うがそれでもカラムに小さく笑まれてしまう。騎士団でのプライドの人気は誰もが知るところだ。
当時まだ新兵だった彼が、エリックと思う所はきっと通じるものがあるだろうとカラムは思う。そういえば当時にもプライド様にはお会いしているなと口にしようとしたが、途中でやめた。ここでそれを言えば完全に彼の気持ちを突くことになってしまう。
奪還戦後の祝会で彼がプライドのダンスを終えた後に壁際で潰れていたこともカラムはよく覚えている。
「……カラム隊長、陛下はどのような御方でしょうか。もちろんとても優れた御方とは存じておりますが……」
「評判通りの御方だ。プライド様とティアラ様の御母上なのだから、そう考えれば必要以上緊張することもないだろう」
プライド達と違い、女王であるローザを含む最上層部に滅多に会える者はいない。
今は立場も異なり女王相手にも〝ボルドー卿〟としてローザに挨拶をしたことも他の騎士より多いカラムだが、印象は変わらない。
最初の頃は王族に会うのも初めてだったからもあり、現実味のない女性だという印象が強かった。だが、ここ最近の式典ではそれも思わない。
プライドの気高さとティアラの女性らしさを併せ持った女性、という印象だ。
今回の近衛騎士についてもステイル曰く、女王はすんなりと提案を受け入れ更には選出についても騎士団と提案したステイルに一任している。そこから考えても、騎士団をある程度信頼していると思う。ただし……プライドの母親だからとはいえ期待し過ぎるのも良くないと、そこでカラムは軽い咳払いを落とした。
「プライド様のように騎士一人一人に興味を持ってくださるかもわからない。そこまで気負わずいつも通り護衛として集中すれば良い」
自分の名前すらも覚えてくれるかわからない。王族という立場の人間がそこまでのことを近衛であろうと全員がしてくれるかはカラムは未だに懐疑的だった。
一度少しでも関わった騎士を積極的に覚えていくプライドが珍しいだけで、ステイルも騎士の名前を覚える程度。ティアラも自分が直接関わった騎士や親しい騎士以外は覚えていない。
プライドの影響を受けている弟妹だからこそ彼らも名前や数人覚えてくれているだけで、プライドと接触も少ない両親までそうなるかはわからない。何年も近衛任務についていて、最後まで名前ではなく「近衛騎士」としか覚えられない可能性も当然ある。
「流石にカラム隊長のように親しくなれるとは、私も思っておりません。しかしせめて期待にお応えできればと……」
「期待についてはお前ならば心配していない。だが、その、親交については私ではなくプライド様からのお声がけのお陰であってでだな……私からは全くそういったことは」
肩を落とすローランドに、前髪を押さえながらカラムは訂正する。
実際はアーサーからの紹介があってこそが大きいと思うが、それは彼にも言えない。今の近衛騎士がどういう選抜法だったかも極秘である。
カラムの謙遜にも聞こえる言葉に、ローランドは「本当ならそこからどうやって婚約者候補者に」と喉まで出かかったが止めた。自分で認める以上にカラムが他者へ配慮し心を傾ける人間だと、ローランドもまた身をもって知っている。少なくとも〝親しい〟を否定しない時点で、今はプライドと少なからず睦まじいのだろうと静かに理解した。
黙して返すローランドに、彼が家の名前を高めることも望むのであればやはり最初の挨拶が勝負だろうなとカラムは彼の今後についても対応策を考え、……思い出す。
「…………女王付き近衛騎士としての陛下のお目通り。確か、プライド様も同席すると仰っていたな」
えっ。と、間の抜けた声がローランドから零される。
次の瞬間には姿が透け消えたが、カラムから「透明のまま王居に入れば衛兵に止められるぞ」と言われればすぐに姿を戻した。しかし戻った途端、先ほどよりも顔の血色が良いのもカラムに見られてしまう。
大丈夫だ、プライド様は歓迎して下さる、胸を張っていけばいい、と背中をパンと軽く叩いて気合を込める。真っすぐ歩いていた筈なのに若干よろめき出したローランドは、髪が乱れていないかと手のひらで自分の頭を頭頂部から撫でおろした。
「もし近衛騎士として不安や悩みができたらいつでも相談してくれ。仕える相手は違えど、同じ近衛騎士としてできることはしよう」
「ありがとうございます……」
心強い言葉に、歩きながらも首が大きく降りた。
隊が異なるにも関わらずここまで親身になってくれるカラムに、改めて感謝しながらも思わずローランドは大きな溜息が落ちた。
「大丈夫だ」と重ねるカラムから仲間内でも相談し合うと良いと提案されたが、それは首を横に振る。
「他の近衛騎士……全員、少々私からは話しかけにくく……」
「そう言うな。ケネスもブライスも話してみれば親身に聞いてくれる」
温厚とはいえ普段は口数が少ないケネスと、そして普段は良い先輩だが気性も荒い隊長二人をフォローしつつカラムはその肩へ手を置いた。
貴族出身である彼が、貴族でも騎士の家系でもない実力派の騎士隊長二人に引け目を感じているであろうことも痛いほど理解する。
しかしローランドを含めた〝三人〟とも今後近衛騎士として関わり合えば自然と打ち解けられるとも思う。そして自分の目から見ても間違いなく〝四人〟は良い騎士だとも。
…………
「はっくしゅんっ……」
「兄ちゃん風邪ーー??」
約一名。ローランドと同じく隊長格ではない、更には同じサラブレッドでもある八番隊騎士が最も誰にとっても話しづらい相手であることも察した上で。




