Ⅱ521.騎士達は話し、
「いや良いじゃん良いじゃん!お前優秀だし奪還戦でも活躍したんだろ?!」
ばしんばしんと背中を叩く音が響く。
ざわざわ全体の騒めきがいつもより強い中、アランは隣に座る騎士へ笑いかけた。背中を叩かれた騎士は頭を抱えたまま俯いている様子は、明らかにアランとは明暗がわかれていた。
騎士団演習場内にある食堂。そこで朝食を摂る騎士達の中でアランの横にはガタイのしっかりした騎士が腰を下ろしていた。
アランよりも肩幅はあるが、太ってはいない。あくまで鍛え抜かれた身体である彼はいつもならば背中を叩かれた程度でも微動だにしないが、今は軸から揺れていた。未だ食事に手をつけようともせず、溜息ばかりが口から零れている。
騎士団長ロデリックによる正式な任命から、正式発表。それを受けた彼は、この後の予定にも胃が重く鉛でも飲んだかのようにもたれ続けていた。
「アラン、お前そんなこと言っておいて……絶対、絶対お前、〝隊長〟と〝特殊能力〟だけで推薦しただろ……」
「あ、バレた?」
はあぁぁぁぁぁぁ……と、次の瞬間には騎士の唸り声と違えるほど大きなため息が零される。
軽い笑い声で誤魔化すアランから「冗談だって」とまた背中を叩かれたが、冗談とは思えない。アランよりも年齢も入団歴も上だが、隊長歴はアランより浅い騎士である彼は同期という関係もあり強くは怒れない。
ただでさえもともと普段は温厚なこともありただただ自分の中にため込んでしまう。
周囲を見守る騎士達すらアランのあっけらかんとした言いぶりに若干困惑の色を見せている。隊長同士の会話に下手に口を出せない騎士には眼差しで、そしてアランと言葉が砕ける騎士には言葉で「アランお前……」と呟かれればアランはもう一度大きな声で「冗談だって!!!!」と同じ言葉を繰り返した。
「なんだよお前だって別に悪くねぇだろ⁈王族の近衛だぞ!女王だぞ⁈奥さんにも自慢できるだろ‼︎そりゃあお前は大好きなプライド様の近衛じゃなくて残念かもしれ」
「声がでかい!!!!!」
相変わらずの包み隠さないアランの大声に、今度は流石にケネスが怒鳴った。
いつもは口数の少ない彼が放つ大声は、一拍二拍の沈黙を作るほどに大きかった。カッと顔を赤らめながら叫んだケネスと、両耳を両手で塞ぎながら仰け反るアランを見れば振り返った騎士達もどちらが悪いかはすぐに理解した。
お前の方がでかいって、とすぐにまた笑ってケネスの肩をポンポンと叩いたアランはそこで初めて目の前の食事へ手を伸ばした。
「まぁ俺だったら女王の近衛じゃあ正直受けたか分かんねぇけど。プライド様のお力にはなりたいけど護衛よりも演習に出たいし。でもお前は違うだろ?」
「ああ……そうだ……そうだお前は本当、そういう奴だよ……」
昔っから……!!と、僅かに感情に乗った声で噛み締めるケネスは黄茶色の髪をかきあげるようにして赤らんだ顔を両手で覆い隠し、そこで大きく肩を落とした。
アランがもともと王族に興味もなければプライドに対して尋常でない好意を持っていることは騎士団全体で有名だ。だが女王というこの国最大権力者の近衛騎士という名誉を得られた自分の前で、はっきりと明言するところは本当コイツはとしか言いようがない。しかもその男こそが自分を女王付き近衛騎士に推薦した当事者だ。
ケネス自身、女王近衛に選ばれたことは誉れ高い。王族に与し、王族を守ることこそが国をそして民を守ることになる。アランやカラムのように出世の早い優秀な能力に溢れた騎士と違い、一つ一つ段階を踏んで時間をかけてここまでの立場を得られた自分だが、まさか近衛騎士などという直接女王を護衛することを許されることになるなど予想もしていなかった。
「しかし、いや本当に……お前には感謝している……。お前の推薦がなかったら王族の近衛に俺が」
「いや~??どうだろうなぁ。むしろ今回の四人じゃお前が一番可能性高かったみたいだけど。特殊能力置いといて」
なに?!と、また響く声で太い首がぐるりを回る。
今のは初耳だと目を大きく開くケネスへ、アランは「これは本当」と言いながらパンを大口で食いちぎった。
周囲の聞き耳を立てていた騎士達も詳しく聞きたいと若干姿勢がアラン達の方へ傾く。特にケネスの隊である九番隊騎士が気付けば自分達の周囲を囲んで配置していることに、アランは目だけで確認すると飲み込む前に思わず苦く笑いかけた。
さっきより気配まで増えている気がして注意して周囲へ気を払ってみれば、何人か気配を消しても潜んでいる。
なんだかんだでこういう部下に好かれている人徳のあるところがケネスを自分が選ぼうと思った要因の一つだとも思うのだが、きっと本人は謙遜するんだろうなと頭の中だけで結論付ける。
ごくん、と喉へ食べ物を通し、自分が食べきるまで続きを待つケネスの熱い視線を見返す。
今ここで冗談でも自分が「嘘」といったら今度はケネスと二度目の殴り合いがこの場で行われると確信する。温厚な騎士ではあるがその分怒ると怖い。どうして自分があんな謎の護衛任務に抜擢をと詰め寄られた際に「んじゃ俺を殴れたら答える」と冗談で言ったら本当に間髪いれず殴り込まれたことはまだ記憶にも新しい。
「いやだってステイル様もプライド様もティアラ様も全員お前のことよく覚えてたし」
彼なら、彼ね、あの方ならっ、と。
当時最初にケネスの名前を近衛騎士候補としてステイルが出した時の反応を思い出しながらアランはフォークを手に取る。
極秘視察で偶発的に印象をステイルとプライドに刻み残したノーマンを置けば、間違いなく今までの功績で一番印象を残していたのはケネスだったとアランは思う。ステイルが一部の騎士の名前程度は把握していることと、そしてプライドが名前も顔もしっかりと一人一人認識していることも、ティアラが一度関わった騎士を覚えていることも知っている。
しかしそれでもケネスへの印象は他の騎士三人と比ではなかった。
ステイルが奪還戦でケネスに守られたことも、プライドがハナズオ連合王国の一件で直接協力して貰ったことも、そしてティアラはその両方を覚えていた。
三人の王族の中で統一してケネスのことは「優秀な良い騎士隊長」と記憶されていたことを食べ飲みの合間合間に気軽に語るアランに、暫くはケネスも言葉が出なかった。
アランが朝食全てを食べきった時には自分とケネスの周囲にいる人口が更に増えていたことを肌で感じたアランは「あー美味かった」と食事終了を呟いてから最後にグラスの中身も飲み切る。
驚愕で瞼がなくなったのではないかと思うほど大きく見開いたケネスへ「な?」と最後に歯を見せて笑った。しかし
「エリック!!俺は、俺は本当にお前に目をかけていたんだぞ!!」
突然、別方向からあがった怒声にアランは顔ごと向けて顔が引き攣った。
ブライス……と呟きながら、自分が座っているとは正反対の方向で攻防を繰り広げている同僚と自分の部下を見る。
助けに行こうかと腰を上げたが、その直後がばりとケネスに肩を鷲掴まれた。エリック救出にと断りをいれようと向き直ったアランだが、まだ話は終わっていないと言わんばかりのケネスの眼差しに舌が止まった。
更には自分をぐるりと取り囲んでいると錯覚させる九番隊騎士達に、彼ら全員を蹴散らしてエリックのところへ向かうのは流石に骨が折れると諦める。食堂のテーブルを壊さず済ませられる自信がない。
まぁエリックなら多分大丈夫だろと考え直し、改めて「食わねぇの?」とケネスへ正面を向けて座り直した。
Ⅱ475-1




