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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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そして探られた。



「お待ちしておりましたっケネス隊長、ブライス隊長、ローランド!」


女子寮への侵入も含めた極秘護衛。

表向きは〝特別任務〟として出動した三人は、入城してからも騎士団演習場へは向かわずその足で王居へ向かった。

王族のみが住むことを許されるその区間は、当然騎士である彼らも気軽に訪れられるわけがない。宮殿へと入れば二人に合わせて休息時間を得ていたティアラに笑顔で迎えられた。

「兄様は忙しくてごめんなさいっ」と鈴の音のような声で微笑まれ、流石の騎士達も緊張が走った。防衛戦、奪還戦を乗り越え今ではプライドほどでなくともティアラも充分騎士団全体に人気が高い。


応接間へと通され「お茶はいかがですか?」とにこにこと騎士団にはない少女らしい可愛い笑顔で尋ねられ、一瞬何故自分達はこんなところにと呆けた。

椅子を薦められても腰を下ろすことすら躊躇った。てっきり〝異常なし〟の一言で済むような応対だと考えていたのに、まさか王女に茶まで用意されているなど考えもしなかった。

早速本題をとやんわり促したケネスに、ティアラは「そうでしたっ」とパチンと両手を合わせて目を大きく開く。にこにこと満面の笑顔で彼らへ兄に任された任務報告を命じ、そして


「それで、お姉様は女子寮でいかがでしたかっ?お友達の女の子とは仲良くできていましたか⁇」


ン、と。

純粋無垢な眼差しに三人は目を合わせ合うこともなく同時に息を止めた。

姉妹仲が良いことで有名なティアラからは当然の投げかけだ。大好きな姉が学校生活でどのように過ごしているか、更には彼女自身もレオンへ学校見学案内という名目で協力者の立場である。そんな彼女が姉の様子を知りたいのは当然だった。

今も目をきらきらと宝石のように輝かせ、湯気を零す紅茶を三人分と甘いクッキーまでテーブル中央に置かせた王女は期待いっぱいの眼差しだった。


夢いっぱいの王女を前に、思わず数秒の沈黙に返してしまう。

しかしティアラは全く気にする様子もなく言葉を重ねた。「お姉様に仲の良いお友達ができたと知って嬉しくて」「私は忙しくて一緒に潜入できなくて」「兄様が羨ましいくらいです」と、まるで部屋全体が温かな春を迎えたような空気感は、屈強な騎士三名がいても許されるほど柔らかかった。

いえ、それは、とそれぞれ予想外の危機に言葉を濁す中、最初に口を開けたのはローランドだった。


「プライド第一王女殿下は、無事筒がなくご友人との時間を過ごされました。不審者の影もなく、どうぞご安心下さい」

「!良かったですっ。お姉様も楽しい時間を過ごせたのですね!それで、どんなお話をされていましたか⁈」

胸に手を当て深々と礼をしながらの当たり障りない騎士の返答も即殺された。

まだ質問には答えて貰えていませんよ?と言わんばかりのティアラからの切り返しに、三人は背中の糸が攣っていくように固まった。

どういうことだ、まさか彼女は知らないのか、とそれぞれ思案しながらも容易にここで会話できない。目の前にいるのは第二王女だ。


しかも今も目の前で、それでそれでとわくわく笑顔を浮かべ自分達の返答をただただ椅子に座り良い子に待つ彼女は下手な圧迫よりも始末が悪い。

これがロデリックのような圧迫面接であればそれなりの緊張感にも慣れていた歴戦の騎士達だが、相手は正反対の女性の為全く慣れない。

誰もあいまいにしか言えず、それでも満足も折れる素振りもなくしまいには「紅茶も遠慮なく冷める前に飲んでくださいねっ」と微笑むティアラに、彼らは自分でも信じられないほどの居心地の悪さだった。

今まで祝会や任務でティアラを目にしたことはあるが、ここまで早く彼女の前から消えたいと思ったことなどない。

防衛戦では姉兄に続き統率者としての手腕を魅せ、奪還戦ではアネモネ王国の騎士隊援軍を引き連れ姉を救った功労者だ。彼ら三人もそれぞれティアラには好感しかない。


十五分過ぎた頃、今度はブライスがおもむろに手を顔の位置まで上げた。

「申し訳ありませんティアラ第二王女殿下」と口を開きながら、本当はこの場で一番自分がむやみに発言したくないのにと胸の中で唸る。


「プライド様の女子寮に関しての会話は、我々全員ステイル第一王子殿下より箝口令を命じられています。なので……ティアラ第二王女殿下にもお伝えすることはできません」

「!そうなのですか」

きょとんっ、とティアラは目を丸くする。

座ったままいつもは背筋が伸び切っているブライスの低姿勢に、騎士二人は心の中で胸を撫でおろした。

やはり知らなかったのか。ステイル様……、と嘆きにも愚痴にも近い呟きを奥に収め、ティアラが本当に任されただけなのだなと考える。


あくまで自分達に命じられたのは異常なしの有無。たった一言で終わる報告に、妹へ必要以上注意事項を並べる必要もない。更にはステイルがなんだかんだ妹を可愛がっていることも城内では有名な話だ。

喧嘩の際に第一王子相手に耳や頬を引っ張るのが許される相手など知る限りは姉妹ぐらい。更にはそれを実行しているのはティアラだけだ。


そんなに重要なことがあったのですか?と首を傾けて見せるティアラに、騎士三人は「申し訳ありません」と言葉を揃えやはり答えない。

正直に言えば、重要なことなど全くない。許可さえあれば正直酒を片手に話し込みたい内容も多く含まれてはいたが、どれ一つ取っても重大と判断できる内容はない。敢えて気になることを一つ上げるとすれば、女子寮の寮母が自分達だけでなくプライドも目を丸くしていたほどに〝偶然〟第一王子に似ていたことくらい


「大丈夫ですっ。兄様には言いませんから!」


パキリッ、と。

悪意のない第二王女の言葉に彼らは一気に背筋の氷が割れた。

まさか、と嫌な予感が頭に浮かびながらもティアラの一挙一足から目が離せない。額の汗が冷たくなるのを感じながら彼女の唇が動く様子をただ見つめ続けた。

ぱちんとまた両手を合わせ、いたずらっぽい笑みを浮かべる彼女は全く問題ないと言わんばかりに軽やかな声だった。


「勿論、国家や民を揺るがすような内容は秘匿して頂いて大丈夫ですっ。お姉様がどんなことをお話して、お友達とどんな様子だったかだけで良いので教えてはいただけませんか?あくまでお茶飲みのお話として」

あくまで情報を引き出そうとする流れの強さはあっても、恐ろしさを感じるほどに圧を感じない。

ただただ柔らかい春風に包まれるように〝おねだり〟されている。純粋に彼女は姉のことが好きで、心配をして、悪気もなくただただ興味を持っている。それを身体の細胞全てが受け入れる。

自分達が持っているプライドと女子生徒の会話があまりにも緊急性がない所為で余計にそのおねだりに屈したくなる。更には


「もしもの時は〝次期王妹〟の命令だったと捉えて頂いても結構ですっ。兄様とお姉様には私がちゃんと謝りますから」


〝王妹〟

その発言に、騎士全員の喉から薄くヒュッと音が鳴った。

一度はステイルから立場を奪ったこともある、プライドに続く権力者である第二王女。

今では啓示の特殊能力を開花させた歴史上初の王妹。つまりは自分達へ命じたステイルよりも立場上は〝命令権〟が強い。

そして彼女が求めるのは国家を揺るがす機密情報でもない、ただただ姉と友人の茶飲み話。それをもとに楽しい時間を騎士と過ごしたいのだと全身で示すティアラに、誰も警戒することなどできなかった。


「ここだけのお話で」「お願いします」と重ねられ、愛らしいティアラに吸い込まれる眼差しで望まれる。

正直に言えば騎士三人も〝話したい〟欲だけは当然あった。もし単なる秘匿だけであればこっそり議論し合いたい。プライド様が愛らしかった、パウエルとは誰だ、王女殿下が刺繍などやったのか、まさかプライド様が恋愛相談を受けるのを目にするとは、と。

そして今目の前でその話題を間違いなく喜ぶ可愛い王女がいる。しかも男性ではなく女性相手と思えば女子同士の会話を教える罪悪感も減る。

しかし、ステイルから「僕にも」と言われた秘匿内容を、王族とはいえティアラに言えるわけもない。ステイルの信頼を裏切れない、プライドの私的な内容を流出などできない。しかし目の前にいる王女もまた



「私、もっと皆さんともこれを機会に仲良くなりたいんですっ」



騎士団に人気のある王女に違いがなかった。

最も人気があるプライドを置いても、ティアラに人気がないわけではない。むしろナイフ投げという戦闘力を魅せつけ活躍もした人気急上昇の王女だ。

その王女にお近づきになるきっかけがここにある。しかも引き換えになるのはたかが女子生徒の会話。あまりにも代償が安すぎる。立場がステイルよりも上の王女だ。


騎士として命じられた指令は守らなければならない。騎士道に則り女性同士の私的な情報を意味もなく流出するなどもっての外。しかもその内容はティアラより立場が高い第一王女話題。しかし悪用されるとは思えない。

様々な要因に心境と判断が左右に揺らされながら、目の前で何度も純粋にお願いしてくる第二王女の黄金の笑顔を浴び続ける。


申し訳ありません、我々には、ステイル様から命じられておりますので、プライド様の個人的なお話なので、と。ひたすら重ねながらも騎士達はまるで夢を持つ子どもの夢を踏みつけにするような罪悪感と闘わなければならなかった。

あまりにもくだらない女子の会話を守る為に目の前の純粋無垢の王女の好意と興味を拒み、せっかくの王族とお近づきになれる機会を自ら折る。その拷問から解放されるのは、視界の端に入る時計が四十分の経過を示してからだった。


そうですか……、と目に見えて肩を落とす第二王女にやっと今度こそ乗り切ったと彼らも頭を深々下げながらも安堵した。

しかし直後にパチンと再び柔らかく手を叩く音が聞こえた途端、彼らの肩が今度は大きく上下した。またとんでもないことを言われるかもしれないと、彼女の軽やかな声を聞く前から胃を重くする。


「それでは、代わりに騎士の皆さんのお話をお聞かせ願えますか?たとえば~……そうですね」

ほっ、と思わずケネスは目に見えて口から息を吐いた。

あくまで無礼にならない程度の口の小さな動きだが、それほどに開放された安堵が強い。

第二王女を落胆こそさせてしまったが、お茶会の話題が代わっただけ。機嫌をそれ以上傾ける様子もなく、むしろ身構えていた以上に平和なものだ。ティアラが表向きだけでなく、内面も間違いなく温厚な王女だということは信じていたが、それでもやはり長い間拒み続けたことへの圧迫感は彼ら自身の心臓に悪かった。

新たな話題が騎士であれば問題もない。自分の頬に人差し指を当て、少し考える動作の彼女に今は僅かながら癒されもする。

期待に応えられなかった分、次の話題こそきちんと応じようと三人の誰もが気持ちを一つにした。そして





「〝皆さんから見て、お姉様の近衛騎士の方々を率直にどう思いますか?〟」




他の騎士の方々からの評判や噂でも!と。

その問いに、彼らも嘘偽りなく軽やかな口で応えた。先ほどまでの苦い沈黙と謝罪が嘘のように甘い菓子と紅茶も進み、話も乗った。


〝ティアラ相手に情報の死守〟そして〝近衛騎士への見解〟

それがまさか滞りないプライドの極秘護衛に続いたステイルによる人格試験だったとは、当時彼らは思いもしなかった。


兄から任されていた通り近衛騎士達への悪評も言える条件を続けたティアラの誘導尋問に、彼らが出た苦言はハリソンにだけだった。

自分達を推薦していたアラン、エリック、カラムに関してもアーサーにも妬みも悪意もなくただただ褒める彼らにティアラも満面の笑顔でお茶会の終了を告げた。

今日はありがとうございました、とても楽しかったです、と言いながらこれならステイルも自分もそしてプライドも安心して母親へ彼らを推薦できると考える。そして最後に




「皆さん()()()()()()()()()()()()()()っ。()()()()()()()()()()()()!」




今日のお茶会についても秘密で、と。……そう、退室の間際に告げられた騎士三人は、改めて彼女は〝次期王妹〟だったのだと思い知らされた。

今後、まだ自分達に何か試練が待ち受けているのだろうとそれぞれ覚悟するには充分なほどに。


妙な任務に自分を推した推薦者に、潜入任務完了まで〝試験〟の本意を尋ねたい欲求を抑え続けた。


Ⅱ331

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