締めくくり、
「私達まだ料理注文してない‼︎フレンチトースト食べたかったのに‼︎」
「うるせぇ。食いたけりゃあ注文すりゃあ良いじゃねぇか」
「セフェク、来た料理も全部美味しそうですよ」
さっきまで曲検索と吟味に忙しく、料理注文を後回しにしていたセフェクにヴァルとケメトがそれぞれ返す。
ドリンクを選んだ時からデザートのフレンチトーストが気になっていたセフェクは、そこで慌てて曲目からページを切り替えデザートを注文した。
ジルベールが全体用に注文した料理の他に、それぞれドリンクと共に一部は個人で注文した料理も目の前に置かれていく。
ティアラとプライドはデザート目当てだった為、ジルベールが頼んだ料理をつまむ程度である。騎士部とケメトも手伝う中、一番偏って料理が並べられたのがヴァルの前だった。ケメトも隣で見て知っていたから他にメニューを頼まなかった。
「ヴァル、ちゃんと食べきれるのでしょうね?」
「どうせ皿がでかくても量はケチッてんじゃねぇか」
貴方がそういうメニュー頼んだんでしょ‼︎そうプライドは心の中で叫びながら今世の初体験未経験者として黙る。
高級嗜好のカラオケ店だからこそメニューもまた豊富である。カラオケらしいシェア前提のデカ盛りメニューもあれば、通常のレストランにも並ぶような高級嗜好の料理も幅広い。
今日はジルベールが全額支払うと聞いていたこともあり、ヴァルに遠慮はない。酒も飲めないならば後は美味いものをと言わんばかりにいつもは注文しないような料理も並べていた。
普段の彼は頼まないだろう高級料理が並んでいるのは、酒を飲めないせめてもの意趣返しか。それとも一緒に食べに行くことも多いレオンに庶民料理を付き合わせるだけでなく、彼もやはり高級料理の味を知ってしまっている部分もあるのだろうかとプライドは考える。一般にはあまり味が想像できないような料理まで注文している。
ケメトやセフェクも遠慮なくヴァルの皿から摘み出すのを見れば、やはり皿の量はともかく料理は全て食べきれそうだなと思い直した。
肉料理が積み上がっているのも彼らしいとプライドは密かに思う。
「ンなことよりテメェらいつまで悩んでやがる」
「そう言うヴァルなんて歌う気もないじゃない!」
「僕ヴァルが歌うのも聞きたいです!」
うんざりと吐くヴァルにセフェクも噛みつき、ケメトがタブレットを彼へと提示する。
ステイル達もヴァルがどんな歌を所望されたのかは気になり少し覗き込んだが、ヴァルの顔横にくっつくほどの距離で提示されたタブレットは本人にしか見えない。ハリソンと同様、ヴァルもまたマイクを握る意思も見せていない。
「酒も飲めねぇのになんでわざわざ恥晒さなけりゃあならねぇんだ」
恥晒し……‼︎と、プライドは思わず顔を覆いたくなる。カラオケで一番言ってはいけない、まさに禁句だと思う。しかもまだ歌っていない自分にはマイクを握るハードルを上げる台詞だ。
ヴァルの歌など聞いたことがない全員だが、本人も歌うのが嫌いなのは想定できた。ジルベールから「酒代に相応する量はご注文されてますが」と平坦な声で指摘されたが、ヴァルは完全に無視をする。
値段が同じでも酒と料理は別物である。こんなことなら酒を持ち込んでおくんだったと、今も食べながら思う。
完全に一人だけ食べ放題の場として構えているヴァルだが、プライド達も無理に歌わそうとはしない。もともとセフェクとケメトの付き添いである。しかも歌わないのはハリソンも同じだ。カラオケで全員歌わなければならないわけでもなければ、既に歌わない人物が一人いるのに強制はできない。
「なによ!」とぷんすか眉を釣り上げるセフェクは、ヴァルの皿から軟骨揚げを奪い取ってからとうとうタブレットを操作する。ケメトに確認を取り、ばちばちとさっきまで悩んでいた曲を入れ出した。
ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッと。勢いにまかせ曲が入っていくところで、完全に食事タイムの雰囲気だった彼らはその曲の勢いに反応が遅れた。
一曲目が始まり、あわわとケメトがカラムからマイクを受け取る中、ティアラがセフェクを覗き込む。
「⁈せ、セフェク?宜しいのですか?全部曲入っちゃってますよ⁇」
「えっ?これ保存とかじゃないの⁇」
えっ‼︎と直後には声をまた上げるセフェクに、騎士達も声には出さず笑ってしまう。カラオケ初心者にたまにあることだが、まさか続けて六曲も入れるのはなかなかいない。
てっきり自分のタブレットにだけリスト保存できるのだと思ったセフェクだが、今まで一曲ずつだった曲目が今は再生されている曲以外も5曲入っている。
消さなきゃ!と思うセフェクだが、その間にも一人でマイクを握るケメトに気付き慌ててマイクも探す。未使用のマイクが背後に置いてあったが気付かず、ジルベールから差し出されたマイクを慌てて受け取った。
「えっあっこれどうすれば良い⁈」
「歌えば良いじゃねぇか全部」
「!あっ、そっそうですねっ!お二人さえ良ければ!」
焦るセフェクへ投げやりに言うヴァルに、ティアラもぱちんと手を叩いた。
セフェクの代わりに予約曲を消そうかとタブレットを受け取ったティアラだが、確かにそれも良い案だと思う。ねっ!と言わんばかりにプライド達を見回せば、それぞれからも肯定の意思が返ってきた。
ちょうど食事も手元に届いた今、別段急がない。この後のデザートがメインのセフェクも続けて歌うのは良いが、ケメトは食べなくて大丈夫かと振り返った。真面目に歌いながらもセフェクへ大きく頷き示すケメトも、たった今空腹というわけでもない。
意図せず二人のライブになったところで、プライド達も温かく見守る態勢へと落ち着いた。
最初の歌い出し一曲目は、微笑ましくも古き良き有名アニメ映画の歌である。二人らしい可愛らしい歌にほくほくしながら食事や手拍子を鳴らしたプライド達だが、……途中、段々と曲目に首を捻りそうになった。
ちょっと、と。四曲目に入ったところでプライドはティアラとセフェクの背中越しにヴァルへと小声で呼び掛ける。
「ねぇ、二人の選曲ってどういう基準?」
「あー?知るか。暇してると二人で動画ぐるぐる流してやがるからそれだろ」
最初こそアニメ映画の歌だった。が、そこから明らかに二人の世代ではない、むしろ自分達の親世代の女性アイドルの歌や民謡、そして今はタイトルどころかグループ名も知らない謎のロックグループの歌とあまりにも幅が広過ぎる。この後に待ち受けている二曲も、タイトルを確かめればプライドもよく知っているボーカロイドと、そしてプライド達の世代で一時期流行ったビジュアルバンドの代表曲シングルに収録されたカップリング曲である。
住んでいる部屋にテレビこそあるが、最近はセフェクもケメトも携帯の動画を見ることも多い。
いつでもどこでも無料で好きな動画や曲を聞ける為、普通のテレビ番組よりも最近は視聴率が高い。三人で観る時はテレビが多いが、それ以外は携帯を流しっぱなしも多い。
なるほど……と、ヴァルの説明にプライドもゆっくり深く頷いた。だからこその一般的に定番とは離れている歌や無名の歌手だ。ある意味、この面々の中で一番幅広いと、現代人の最先端を走る二人にプライドもいっそ感激してしまう。良い歌に世代は関係ないとしみじみ思う。
ジャンルも世代も全く違う歌だが、音程が安定したケメトもセフェクも低すぎる音で苦戦することはあってもリズムや早口の歌詞にも見事に詰まることなく歌いこなしている。知らない歌が多く比較のしようがない時もあったが、揃って上手いと贔屓目なしにプライドは思う。
二人が六曲歌い終わり一息吐いたところで、拍手と共にちょうどセフェクの注文した特大フレンチトーストが届いた。
ぐびぐびとドリンクを一気に飲み切った二人の前に、カラオケスタッフが丁寧に皿を置いた。おかわりのドリンクを注文しようとタブレットを取ったところで、スタッフが口頭で注文を受け付ける。ドリンクが届くまで待ちきれずフレンチトーストにかぶりつくセフェクとケメトは、また喉が渇いては今度はヴァルのドリンクを取った。
完全に食事体制になった二人に、置かれたマイクを一つティアラが手に取った。
「お姉様は何を歌われますかっ?」
ぎくりっとプライドの肩が上下する。今の今まで視聴側を満喫していたことがバレていたと妹の可愛い声に気付かされる。
もともと前世でもカラオケ経験がある分、勝手はわかっている。しかしそれでも緊張するものは緊張する。歌うよりも聞く方が好きな為、本音を言えば自分もヴァルやハリソンと同じ側に座っていたい。しかし、もうアランとアニソンのデュエット曲をいくつも約束した今は歌わないわけにもいかない。
歌うのが嫌いなわけではない。ただたた緊張が倍増する。
「ええとそうね……」と言葉を零しながら、ティアラと共にタブレットを操作するプライドはまるで今更考え始めたかのように曲を検索する。
アランと歌う約束はしても、自分一人だけで映像が流れるかもしれないアニソンを歌う勇気がまだ持てない。せめて五、六周くらいみんなが歌った時に紛れ込ませたい。
既に幅広いジャンルが出た今、どの歌を歌っても誰も迷惑な顔はしないと理解している。そしてだからこそ、悩む。いっそ誰とも被らないジャンルを選ばなければならないような気がしてきた。カラオケではなく心境は一発芸に近い。
どうしようかしら……と優柔不断にプライドが悩む中、全員が急かすことも先に入れることもなくプライドのタイミングを待ち続ける。プライドが彼らの歌を聴くのが初めてであるように、彼らにとってもプライドの歌を聴くのは今回が初めてである。
悩む姉に妹も覗き込む。歌いたい歌がありすぎて決められないのかしらと少し顔を傾けた。自分と一緒に音楽番組も観てくれる、映画もドラマもアニメもなんでも興味津々な姉は、自分よりもジャンルが広いと思う。自分が姉に歌ってほしいものならそれこそ数え切れない。
そんなことを考えている中、姉が検索していた歌手から一つティアラが見つけ出す。
「!あっ、お姉様っ。この歌はいかがですかっ?私好きなんです!」
「えっ?!……ええと、……でもこれ……ちょっとハードルが高いというか……」
「大丈夫ですっ!とっても良い歌ですもの!」
まさかの選択に思わず喉がヒクつかせたプライドだが、ぐっと両拳を握って期待いっぱいに目を輝かせるティアラの熱量に圧される。まさかよりにもよってこの歌をティアラに希望されるとは思わなかった。
なんとか諦めさせる言葉を優秀な頭脳で考える。しかし、既に今の今まで歌いきってくれた全員により全ての否定要素を削がれた後である。
むむむ……と絞った唇を震わせるが、もう逃げ場がない。こんなことになるならばもっと早く、定番の歌を選ぶんだったと今更後悔する。しかし、逆を言えばこの歌を歌えばもうどんなものを歌っても怖くないとも思える。それくらい自分の中では最大値のハードルだった。
えいっ!と心の中で叫びながら妹のリクエストに腹をくくる。
もうこれさえ歌えば残りは何を歌っても許されると自分に言い聞かす。清水の舞台から飛び降りる覚悟でとうとうプライドが入れた曲は、この場でアイビー姉妹しか知らないタイトルだった。歌手名に反応した空気にすら、プライドはマイクを握る手が早くも汗ばんだ。
プライドとティアラの会話を聞いても、そして歌のタイトルを聞いても、歌手名を聞いても一体何の歌なのか誰もピンとこない。
一緒に住んでいるステイルすらプライドとティアラの会話のお陰で大まかに想定はできたが、聞き覚えはない曲である。曲が始まり合わせた映像が流れても、ライブ映像もなければ関連映像でもない、カラオケ店独特のイメージ映像が流れるだけだ。
一体何の歌なのかを男性陣が思考できるのはそこまでだった。短く息を吸い上げたプライドが歌を放った瞬間、ピシンッと音もなく空気が固まる。彼女の歌声とあいまった画面に映る
凄まじく甘い恋の歌詞に。
「…………………………………………」と、その場の男性全員が瞼を無くし固まった。
ヴァルですら爆笑を通り越して理解不能に固まった。砂糖を煮詰めたような恋の歌詞に、一体何をコイツは歌っているんだと思う。
ジルベールに至っては、この場でこっそり携帯で歌の出所を検索したい気持ちをぐっと堪えている。
恋の歌は、ジャンルとしても幅広く割合はむしろ高い。歌手によっては恋愛や恋が絡んでいない歌を探す方が難しい時もある。
しかしその中でもプライドの歌いだした歌はあまりに恋愛要素を押し出している歌詞だった。あくまで決められた歌を歌っているだけなのだから意識するなと頭ではわかっていても、直接的な乙女の歌詞に男性陣はどうのめり込めば良いかも混乱しそうになる。
しかも何より恐ろしいことに、プライド本人の歌がまた凄まじく上手い。ラスボスプライドの〝王女として〟の能力は性格以外完璧である設定のお陰で、教養としての芸術方面は優れている。元の歌を知らない男性陣だが、それでも彼女の歌唱力が高いことはよくわかった。
更には彼女の歌い方がただ上手いだけではなく、妙に歌詞に感情移入しているような熱の入り方だから余計に思考は戸惑った。強弱だけではない、感情がこもっている。
「何も言わず抱き締めて」「好きなのに」「貴方の腕の中で」「愛しすぎて寂しい」「今夜こそ貴方に会いにいこう」「甘い囁きに耳が熱い」と、単語単語を聞くだけでこそばゆくなる。
プライドの好きな歌と思って身構えていた分、余計に歌も歌詞も情報全てを飲み込んでしまった男性陣は静かに撃沈した。
ただひたすら、彼女の歌声に意識を集中させるしかない。あくまで彼女が好きな歌であって、それが彼女の心境そのものなどというわけがない。そんなことは全員わかっている。
そして一番緊張で歌いながらも心臓が破裂しそうなのはプライド本人だった。ティアラのリクエストとはいえ、この場の誰もが知らないであろう
乙女ゲーム主題歌を歌っていることに。
─大丈夫……!歌詞は、歌詞はちゃんと良い歌だもの……!!!
そう、自分に言い聞かせながら、億が一にも映像にゲームのコマーシャルが出なくて本当に良かったと思う。
きっと何も知らない彼らには、ケメトとセフェクが歌ったような知らない歌手の知らない良い歌にしか聞こえない筈だと信じる。
前世でもハマっていたように、今世でもこっそり乙女ゲームを嗜んでいるプライドにとってはゲームの主題歌ぴったりの主人公と攻略対象者の心情を語った歌だった。
アニメ界隈としては有名な女性歌手が主題歌を担当したこともあり、歌の完成度も高い。キミヒカのゲームの世界にいる自分にはキミヒカをプレイすることができない今、一番ハマっている乙女ゲームのテーマそのものの歌だ。気に入らないわけがない。
主人公と攻略対象の恋愛を頭に思い浮かべればそれだけで力も入る。しかも、今世で自分の歌唱力という名のラスボスチートにこっそり気付いていたプライドにとっては好きな歌を上手く自分が歌えるのはそれだけでも心地良かった。家の中でもステイル以上に口遊んでしまうことは多い。
マイクを持って、大好きなゲームの大好きな歌を最高の音響環境と歌唱力で歌えれば、感情移入しない方が難しい。恥ずかしさもあるが、しかし歌への愛も強い。
最初は絶対に歌わないと思っていた歌の一つだったが、ティアラと一緒に何度か同じ乙女ゲームをプレイしたことがあったのが仇になった。しかも、これを歌わない理由も全て自分の順番に来るまでの間に封殺された後である。
「みんなが知らない歌だし」も「ゲームの歌だし恥ずかしい」も、カラムとアランの歌を全力でむしろ前のめりに受け入れた自分が言える台詞ではない。セフェクとケメトにもジャンルの幅広さで横殴りをされたばかりで、もう断る理由が見つからなかった。どうせ誰も知らない歌という一縷の希望に掛け、ここは全力で歌を楽しんだ。
歌い終われば、ティアラよりも顔を真っ赤に染めて燃焼しきったプライドはじんわり頬が濡れていた。
温かな拍手に迎え入れられる中、誰も歌の出所については追及しなかったことに心の底で安堵する。「とってもお上手でした!」とにこにこと声を弾ませるティアラに、今度は同じ乙女ゲームのキャラソンまでタブレットで進められた時はやっと断った。
流石にそれは歌の正体がバレかねないと前世でよく知っている。
ティアラの声を呼び水に、全員から「上手でした」「めっちゃ上手かったです」「良い歌ですね」と歌詞には触れずに褒め言葉をかけられればまたプライドの顔がじんわり赤く火照った。これは聞いてはいけないのだろうと、一番最初に察したのは曲の正体もうっすらとだが見当がついているステイルだ。コホンと咳払いと共に眼鏡の黒縁を抑えつける。
「……そろそろ、全員好き勝手自由にいれましょうか。順番は気にせず、歌いたい歌が見つかった方から何度でもお好きにどうぞ。アーサー、一曲付き合え」
「良いけど次はお前が付き合えよ」
「あっ、じゃあ俺らも!カラム、次いつもの歌おうぜ!プライド歌ったばっかでまだ休むだろうし」
「それは良いがアラン。総理秘書が居られる前ではその呼び方は控えろ」
ステイルからの提案に、そこでやっと空気が一度切れる。
一曲ずつではなく、全員自由にという言葉にやっとそれぞれがタブレットを手にさっきのプライドの歌については深く追及しないことにする。カラオケでそれこそ野暮である。
全員がゆっくり選びやすいようにジルベールがタブレットを操作をし次の一曲に誰も歌わない聞き流す用の曲を流したところで、その次に早速ステイルがアーサーとのデュエット曲を入れた。こういう時は王族である自分達の誰かが先人を切るのが一番波風も立たない。
ジルベールが選曲時間を設けたこととステイルの先手によって、他の面々も次々と今度は曲を入れだした。プライドとデュエットを狙っていたアランも、今の真っ赤な彼女に連続は厳しいと判断し次は騎士部での定番に切り替えた。
「ケメト、次何歌いたい?」
「えっと、えっと、僕はどれでも良いですよ。知ってるのならなんでも楽しいです」
「セフェク、テメェだけで好きに歌えば良いじゃねぇか」
「一曲も歌ってくれないヴァルは黙ってて!!!」
フレンチトーストを半分食べきれたところで周囲の空気に流されるように再びタブレットを取るセフェクだが、ケメトはまだ食事に夢中になっているところだった。
セフェクも充分歌えるのだから二人で全部歌う必要がないと思うヴァルだが、そもそも歌う気のない相手に言われたくないとセフェクも目を吊り上げる。
本当はヴァルとも歌いたいのは自分もケメトも同じなのに、付き合ってくれないことにむくれる。しかし、こういう時は自分がどういってもヴァルは歌ってくれないことも知っている。
もぐもぐとまた料理を頬張るケメトは、まだ歌っても良いがセフェクと一気に六曲歌えて半分満足してしまっている部分もある。ヴァルの言葉に「僕もセフェクの歌も聴きたいです」と言ったが、それは彼女に断られた。せめてもうちょっとケメトと歌った後じゃないと落ち着かない。まだカラオケ初心者である。
「あの、ジルベールさんタブレットをどうぞ。自分はカラム先輩と共有しますので、こちら使って下さい」
「お気遣いありがとうございます。ですが、私のことはどうぞお気になさらず。……それよりもエリック殿、こちらのお歌はいかがでしょうか?プライド様とティアラ様もお好きですから」
ハリソンが歌わないことで一枚余ったタブレットを譲ろうとするエリックに、ジルベールがやんわり断った。
もともとステイルにバトンを投げられたから受け取っただけで、そもそも今日歌うつもりはなかった。
歌う手札は無数にあるが、今日はその日ではない。にこやかに笑みながら、自分を気遣ってくれたエリックにお礼と言わんばかりにジルベールは渡されたタブレットを操作し返した。
本人が歌う基準やジャンルを把握したところで、この場で最適な歌を提案するのもお手の物である。
プライド達と長い付き合いでもあるジルベールは、彼女達が好きな有名男性ボーカルやバンドもある程度は把握している。その中で定番に値する歌を表示した状態で渡せば、エリックも微弱に肩を揺らしてから弱く肯定を返した。
まだ一曲しか歌っていないのに、自分の持ち歌の一つを把握しているジルベールがいっそ恐ろしい。
しかしプライド達の好きな歌と言われれば、静かにそのまま送信ボタンを押した。
途端にタイトルに気付いたプライドとティアラから黄色い悲鳴が上がったから今度は本気で顔が熱くなる。
プライドとティアラが喜ぶ、という言葉にハリソンも少しだけエリックが受け取ったタブレットに目を向けたが、やはり自分は知らない。
すると、まるで視線を読んだかのようにジルベールが今度は自分の携帯画面をハリソンに突きつけた。突然画面を見せられ一瞬目を見開いたハリソンだが、そこに書き連ねられたのは指令ではなく箇条書きの歌のタイトルと詳細である。
「ハリソン殿も。今回はご縁がありませんでしたが、こちらを歌われるだけで大いにプライド様もティアラ様も喜ばれるかと。今後もこういう機会がある際に、一曲も歌えないか否かで異なることも増えると思われます。あのロデリック騎士団長もご経験がおありのようですし……?」
「…………。……承知致しました」
先ほど数少ないハリソンの反応していたアーサーの話から、騎士の憧れの的である騎士団長を引き合いに出しつつ曲提案をくり出す。
あくまで今回歌わせる為ではない。大勢のカラオケを楽しみ、嵌まり込んでいこうとしている王族三人の為の次なる一手をこの場で用意する。
また同じ面々で歌いたいと依頼があれば、その時に今よりも楽しんでもらいたいと思うのはジルベールとして当然のことである。
酒がなければ歌わないヴァルと違い、ハリソンは歌自体に抵抗がないのなら陥落も難しくない。彼の声質に合い、プライド達が好みそうで一般的に定番かつ歌いやすそうな歌をいくつかリスト化して見せた。
この場で覚えることも難しく、大人しく携帯の写真機能をメモ代わりにハリソンは起動した。タイトルを見てもどれも全く何の歌かすらわからないが、今度クラークに会えた時に意見を聞いてみようと考える。騎士団長と副団長の好む歌も知るにもいい機会だと、一人結論付けた。
「お姉様っ、皆さんも入れていますし次はどの歌を歌いますかっ?!あのっ、私今こちら見つけて……!」
「!良いわね!!ティアラも一緒に歌う??」
「私はお姉様がこちらを歌われるのならば、エンディングの方を続けて歌おうかと……!!」
アイスティーを凄まじい勢いで飲んでいるところで、また新たな曲候補をタブレットに写し見せるティアラにプライドも一瞬肝が冷えたがすぐに取り直す。
今度はキャラソンではない、最終回を迎えたばかりの今季一番自分がハマったアニメのオープニング主題歌だ。アニメが始まる前からずっと楽しみで心待ちにしていた上に、オープニングもエンディングもうっかり口遊んだことも数知れない。
ティアラやステイルも一緒に楽しんでくれたアニメだからてっきりデュエットのお誘いだと思ったプライドだが、まさかのオープニングエンディング続けての曲順提案に目がきらめく。前世でも好きだった曲の入れ方だ。
素敵!!と言いながら、あの可愛いエンディングをティアラの歌声で聞けるのがまた胸躍る。自分も大好きなオープニングをラスボスチートのお陰で完璧に歌えるのが今から嬉しい。
せーのっ!と順番に曲を入れれば、そこで新たな達成感が湧いた。
カラオケ開店時間から始めたプライド達のカラオケ挑戦はその後は一度も曲間が途切れないまま18時まで大いに盛り上がり続けた。
帰りには第二回目を企画することを固く誓い、……翌日には数名が喉の不調を訴えるほどに。




