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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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選び、


「ッあ?!いや!俺じゃなくてっ、セフェクとケメトは……」

「僕らまだ悩んでるから大丈夫です!」


突然振られたマイクの使用権に、アーサーは激しく肩を上下する。

自分よりも、とまだ歌っていない二人を見たがセフェクとケメトもまだ二人でタブレットと睨み合っている。

自分が気が進まないからといって先輩達に押しつけるわけにもいかないアーサーは、そこで慌ててタブレットに触れた。


今日はずっと皆の歌を聴いているつもりしかなかった為、まさか指名されて歌うことになるとは考えていなかった。

騎士部やクラスでも打ち上げなどでカラオケに行った経験はよくあるアーサーだが、基本的には聞く専門だ。歌は嫌いではないが、人前で歌うのはまた別だった。曲を知っていても、それと自分が歌えるかと、一曲丸々歌えるかはまた違うことも知っている。

カラムから「焦らなくていいぞ」と声を掛けられたが、さっきまで自分が話していた上にマイクまで持たされれば全員を待たせてしまっているような錯覚を覚える。


一瞬、さっき話した父親から聞いた歌も過ったが、今の流れでは間違い無くバレてしまう。他に、他にと取り敢えず自分がまるまる一曲覚えている歌を頭から絞り出す。普段曲を聴くことなど電車の中や通学以外で歩いている時くらいの為、数も絞られる。焦ったあまり思い出せず、自分のスマホをみて思い出す。

「ちゃんと歌えるかわかりませんけど……!」と予防線を張りながら、タブレットから曲を入れたアーサーの選曲には反応が薄くとも、タイトルで歌手名が出れば「おぉ」と数人からは小さく声が漏れた。アーサーが歌うには珍しい選曲だった。

しかし、その選曲にステイルは思わず眉を寄せる。


「アーサー、お前このドラマ見ていないと言ってただろう」

「あーあのドラマか。歌だけ聴いてる」

ステイルからの疑問に一言早口で答えたアーサーは、そこできちんと歌い出しを見落とさない。

アーサーが歌い出したのは、今男性アーティストとして一番人気ともいえる歌手とドラマとのタイアップ主題歌だった。人気歌手の新曲としては人気であるが、ドラマ自体はあまりヒットしていない為知名度もまばらだ。流行にも疎い方であるアーサーの選曲としてはあまりに意外な選曲だった。


言い方からして初めて歌うのであろうにもかかわらず、むしろ上手いアーサーにプライドも感嘆を零してしまう。

男女ともに人気のある歌手と歌ではあるが、同時に歌いにくく難しい歌だというのに高低音きちんと歌えているアーサーに思わず聞き入った。


ステイルもアーサーの歌を聴いていてかなり上手いとは思ったが、同時に疑問に首を捻ってしまう。

自分は気に入っているドラマだが、プライドもティアラも途中から展開が難しくなって観なくなったドラマだ。アーサーに至ってはテーマから興味がないと1話すら観ていないと聞いた。ドラマの主題歌分の長さが歌えるのならばまだわかるが、一曲まるまる主題歌にはない部分もきちんと歌えているアーサーに何故という疑問が浮かぶ。他の相手であれば歌だけ好きになるというのも納得するが、アーサーは流行自体に興味がない。プライドもティアラも脱落したドラマを途中からアーサーが観るとも思えない。聞き覚えがあっても、丸々一曲はまた別だ。


歌い終わった途端、拍手とともに一気に背中が丸くなるアーサーはマイクを切ると同時にぐったりとソファーの背もたれに脱力した。なんとか全部歌えたことに、息を深く吐き出す。

プライド達に「上手だったわ!」「すごいですっ」と褒められてもまだあまり頭に届かない。フォローに聞こえてしまう。


「ドラマを観ていないのによく歌えたな」

「いやテメェだよ」

あまりにも素っ頓狂に思えるステイルからの質問に、アーサーも思わず端的に答えてしまう。脱力した後だから余計に色々省略してしまった。

俺??とステイルが眉を寄せる中、アーサーも遅れて説明不足だと気がついた。もともとテレビも騎士関係でなければあまりきちんと観ないアーサーは、聞いている曲もたまたま耳にした曲ばかりだ。気に入ったら何度も繰り返し聞いて、飽きたら同じ歌手の歌を聴いて、飽きたら暫く聞かないくらいの気軽さである。ドラマの主題歌よりもコマーシャルの歌の方が気に入ってまる一曲覚えていることも多い。

同じ歌手を追いかけることも滅多にない。他に自分が歌える歌も、友人達とカラオケに行った時に周囲が歌っていた歌をなんとなく覚えて気に入ったものが多い。話題の歌も歌えるが、それも単純にティアラが歌った歌のように耳に入る機会が多いからだ。


「お前が鼻歌してた時、なんの歌か一度聞いたろ」

「…………言ったか……?」

「ぼーーーっとしてる時な」

自覚がない。

良い歌だったしな、と。歌を選んだ理由を付け加えるアーサーに対し、ステイルは小さくショックを受ける。鼻歌を零していた自覚もなければ、アーサーに教えた記憶もない。

疑うように自分と共に暮らすティアラとプライドに目を向けると、二人もこくりこくりと頷いて返していた。「ステイルの部屋からたまに」「お姉様やアーサーを待ってる時とか」と言われ、思わず口を片手で塞ぐ。じんわりと頭が熱くなる。無自覚に歌っていたことも、歌を聴かれていたことも衝撃だった。


そんなフンフン言っていたのなら止めて欲しいと思ったが、自分の癖を黙認してくれていた三人に返す言葉がない。「以後気をつけます……」と消え入りそうな声で俯いた。

鼻歌の自覚はないが、そのドラマの展開が気になってここ最近ずっと頭で思い返していた記憶はがっつりある。考え事をしていてアーサーに歌を教えた時も殆ど上の空だったのだろうと思う。


姉妹もアーサーも別段ステイルの鼻歌が気になったことはない。機嫌が良いなと思う程度だ。

アーサーに至ってはあまりに鼻歌が多いから気になって一曲聴いて好きになったくらいだから、むしろ良い影響だと自分は思う。今も無事一曲目は乗り越えられた。

騎士達もそのやり取りにやや微笑ましく思いつつも、コメントしづらい状況に発言を控えてしまう。更にはセフェクとケメトまで「気付かないもんなの?」「歌、って歌いたいからじゃないんですか?」とヴァルに投げるから余計にステイルが居たたまれなくなった。

ヴァル本人はどうでも良いことこの上ない。「知るか」と一蹴し、それよりも酒の代わりに暇潰しになる料理の欄ばかりを眺め続ける。

別に良いのよ⁈兄様のお歌好きですよ‼︎いや気にしねぇけど、と。プライド、ティアラ、アーサーそれぞれから言葉を掛けられても暫くステイルの眼鏡はうっすらと曇り続けた。


「にっ、兄様もアーサーもお上手だったから後でお二人のデュエットも聴きたいです!」

「そうね!二人とも歌の好みも結構一緒だし!!」

なんとか話を切り替えようとするティアラにプライドも全力で乗っかった。実際二人のデュエットを聴いてみたい欲もある。

しかし、途端アーサーは「いや一緒っつーか」とそこで気まずくステイルを目だけで盗み見た。ステイルと歌の好みが合うことは事実だが、自分はステイルの影響で気に入った歌が多い。

ステイルから聞かされたり、今のように鼻歌から知って聞くようになった結果だ。偶然ではない場合が多い。

だが、ここでそれを言えばまたステイルの鼻歌の話になってしまう為、アーサーも上手くそれ以上は言えず目を泳がせた。

そんな仲の良い彼らのやり取りと、マイクが止まっていることにジルベールもそこで小さく笑んで声色を選ぶ。


「ステイル様もアーサー殿も流行をしっかりと掴んでおられて素晴らしい限りです。やはり若者が集まると自然と今時の歌を聴けるものですねぇ」

「……ほぉ?」

イラッ、と。ただでさえ取り乱していた中で、ジルベールからの言葉にステイルの耳が反応する。八つ当たりとはわかった上で黒い覇気があふれ出るのをアーサーは間近で理解した。

おい、と止めようとしたが、それをものともせずにステイルがアーサーがテーブルに置いたマイクを掴む方が早かった。


単純にプライド達の会話に乗ったようにも聞こえるが、ジルベールの発言と思うとただただからかわれているようにしか聞こえない。

黒縁眼鏡の奥から鋭い眼光をジルベールへと向け、マイクをふり上げた。端に座っていたステイルが、そのまま真っ直ぐに反対端のジルベールへとマイクを直線距離で投げ渡す。

突然の攻撃に、思わず目を剥いたプライド達だったがジルベールも表情一つ変えずに片手でそれを受け止めた。

パシンと剛速球を受けたとは思えない軽い音でしっかりとマイクを掴んだジルベールに、ステイルも驚かない。


「ならばお前はさぞかし若者らしからぬ歌も知っているだろう。折角同席しているんだ。年長者としての手本を見せてくれ」

「おやおや、照れますねぇ。まぁ、ステイル様のご希望とあれば微力ながらお応え致しましょうか」

そういう希望かと、ステイルからの無茶振りにいくらか想定はしていたジルベールは優雅な動作でマイクを一度膝に置く。エリック達に譲っていたタブレットを一枚受け取り、曲を送信する。


てっきり今日は監督役に徹するつもりだったジルベールが歌ってくれるとは思ってもいなかったプライドとティアラもこれには互いに顔を見合わせる。

自分だったら硬直すると思うほどのあまりの無茶振りにアーサーも額を湿らせる中、画面に表示されたタイトルに全員が固まった。

ステイルすらも予想をしなかったタイトルに腕を組んだまま表情が数秒固まった。


全員が一度は聞いたことのある曲名と音楽に、部屋が異様な空気に包まれる。

その中で、唯一平然としているのはマイクを持ったジルベールだけだ。まさか、タイトルが違うだけで違う歌じゃないかと想像したプライドも曲の出だしと共に顔が引き攣った。



─演歌……?!!!!



まさかの、ジルベールからは想像できない選曲にティアラも口を覆って目が丸くなる。

うわー懐かしー!とアランも独り言を零してしまう中、ジルベールが歌うのは誰でも聞いたことがある有名な演歌ではあった。定番過ぎて誰でも知っている。テレビでもコマーシャルで使用されることも多い。凄まじいビブラートと共に歌い除けているにもかかわらず、しかし握りこぶしを作るわけでもなく、普通に椅子に掛けているだけのジルベールは耳を塞いでいれば普通の歌をのんびり歌っているようにしか見えない。

あまりの違和感にいっそ歌が別の場所から流れているのではないかと、プライドは一瞬疑い周囲を軽く首で見回した。しかし、声は間違いなくジルベールのものである。

歌自体が有名であることと、歌唱力でそのまま殴られるようにジルベールが歌も上手いということだけは演歌を聞き慣れないプライド達にも理解はできた。

歌い終われば呆然としつつも拍手を鳴らしてしまう中、最初に口を開いたのは瞬きも忘れたプライドだった。


「すごくお上手でした……。あの、ジルベールさん演歌とか聞くんですね……正直すごく意外でした」

「いえいえ嗜むというほどでは。ただ、お偉い方の歌にお付き合いしますと自然とこういう類が喜ばれますので、いくつかは」

「接待用社交術を学生カラオケに持ち込むな」

好みの歌ではなく、彼が接待するような年長者向けの歌を選んだことに、思わず指摘するステイルにジルベールもにっこり笑んだ顔を向けて返す。「おや、ご希望だったのでは」としらばっくれて見せる。


ジルベール自身、歌は幅広くジャンル全てを五曲程度ずつ網羅している。しかしそれは自分が好むというよりも、全て接待で好評な歌を選び覚えているだけだ。

最初はもし歌を振られても、ステイル達に合わせて無難な歌でもと考えていたジルベールだがステイルから「年長者の」と希望されればジルベールも全力で年長者好みの歌を選んだ結果だった。

自分自身が好む歌を選ぶならば妻と昔見た映画の歌や、彼女が出会った頃から好きだった歌ばかりが頭に浮かぶ。


「お望みとあらば次はステイル様が先ほど選ばれた歌も歌いましょうか。私も年甲斐もなく流行の歌は常に把握しておりますので」

「絶ッ対にやめろ。お前が同じ歌など怖じ気が走る」

おや残念です、と。そう流すように肩を竦めてみせたジルベールは、マイクを静かにテーブルへと置いた。ジルベールが持つマイク以外にも部屋に常備されているマイクは複数本ある。

一先ずステイルが調子を取り戻したらしいことを確認し、満足する。予想の斜め上を歌った選曲とあまりに涼しい顔をするジルベールにステイルも自分の恥など忘れてしまった。


ステイルとのやり取りに、ジルベールがクラークと同じ種類の曲の選び方なのだろうと察したアーサーはそこで軽く前屈む。

ヴァルの影に隠れたケメトとセフェクは未だタブレットを繰り返しタッチして曲を吟味しているように見える。時折ヴァルに画面を見せるが、ヴァルから顔を顰めて一言返されるとそこでまた画面を凝視している様子に、もしかして歌のタイトルが思い出せないのかと少し気になった。


しかし選び中の様子の二人にまた急かすように振るわけにいかず、アーサーはまだ一度も歌っていない先輩達へと首を伸ばす。

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