Ⅱ518.嘲り王女は情報共有する。
「……あ゛ー?俺に話だぁ?」
そうです。と、片眉を上げて壁際に寄り掛かり床に座るヴァルに私は言葉を返す。
極秘潜入も終えたことで本業へ戻ったヴァルが、お昼になり書状の回収に我が城へ訪れてくれた。いつも通り彼から書状と報酬の受け渡しを終えて、あとは新しい書状を任せるだけなのだけれど……その前に今回は用事があった。
ティアラは父上の補佐中だけれど、今日はどちらにせよあの子も来る必要はあまりないだろう。
なにせ、今日〝も〟彼一人なのだから。
「一体何の用だってんだ」
「これから説明します。もう少しこのまま待っていて下さい」
いつも一緒に並んでいたセフェクもケメトも今はいない。
一人荷袋だけを壁に立て掛けた彼を見るのも、今日が初めてではない。つい二日前もこうして単身で訪れた。
セフェクもケメトも二人とも学校で、二日に一回ヴァルに会う時以外は寮住まいだ。前から決まっていたこととはいえ彼の左右に誰もいないのは、未だになんだか違和感がある。
ティアラも王妹業務で忙しくなってるし、セフェクとケメトも学校。ちょうど良い機会かもしれないけれど三人が遊べる機会も一気に減ってしまった。……まぁ、もともとお菓子やお勉強会だけでなくこっそりナイフ投げ練習込みだったのだけれども。
ティアラも「今度お二人も来た時は絶対休息取りますっ」と意気込んでたし、ステイルとアーサーの稽古と同じくきっと回数が減るだけで断続はされるのだろうなと思う。
私からの命令にケッと吐き捨てたヴァルは、面倒そうに足だけを組み直した。いつもならここでセフェクとケメトが何か言ってくれるんだろうなと思うと私の方がちょっと寂しくなってしまう。
「セフェクとケメトは元気ですか?」
「たかが二日三日で変わるかよ。今朝もぎゃあぎゃあと絡まれたばっかだ」
つまり昨日は一緒にいたということだろうか。
やっぱり仲の良さは相変わらずのようでほっとする。二人が元気そうなのに息を吐いたら、ヴァルから顰めた顔を向けられた。
大した用がないなら寝かせろと言いたいのかもしれない。むしろ二人不在で一番平然として見えるのは彼だろうか。あくまで〝みえる〟だけだけれども。
「二日に一度の約束は継続できそう?」
「何処ぞの主の御命令で毎日フリージアに帰ってた時と比べりゃあな」
んぐ。
痛いところを突かれた。確かにそれを言われればもう指摘のしようがない。学校が始まってから彼には一週間中五日間毎日学校に潜入しては配達も平行してもらっていたのだから。
「それに」と、ついでのような口調で溢す彼を見返せば、続きを言わず首を横に振られてしまった。「なんでもねぇ」とため息混じりに言われ、私からも聞き返せなくなる。
ただ、……何となく以前尋ねた時よりも落ち着いている気がするのと、どこか機嫌が良さそうに見えるのは以前彼が言っていた〝開放感〟とは違うような。
「……今ここで、以前と同じ問いをしたら別の答えが返ってきますか?」
「いつの事を言ってやがる」
はっきり言いやがれ、と気を遣ったつもりが逆に怒られた。
隷属の契約で大概の質問はすぐに答えるヴァルからの切り替えしに、本当にわかってないらしいと理解する。
あの時も聞いてしまうことすら若干後悔したのに、とは思いながらも明らかにもう引っ込めれないくらいヴァルに鋭い目で睨まれた。ここで「やっぱり良いです」と言ったら逆にもっと怒られそうだ。
背後に控えている近衛騎士のアーサーとエリック副隊長も気になるように私を見つめるから、もっと言いにくい。
仕方なく彼の眼前まで距離を詰め、ドレスの裾が床につかないようにたくし上げながら視線に合わせてしゃがむ。
私が近付いてきたことに少し驚いたのか眉を寄せる彼に、自分の口元へ手を添えてみせる。その動きで今度は察してくれたらしく、言う前から顔の角度を変えて片方の耳を貸してくれた。
褐色色の耳に口元を近付け、以前と同じ質問をそのままこそこそと耳打ちする。
やっといつのことかわかったのか、鋭かった目を少し丸くしたヴァルが肩から力を抜くのがわかった。肩を落とした、というよりも呆れられたに近い様子だ。
「ねぇな。例の潜入で離れるのも前より慣れたんだろ。ケメトもセフェクも相変わらずだ。二日に一度ってのはうるせぇが。……なんともねぇ」
どうでも良さそうに言いながら、最後の一言は少し声が柔らかく聞こえた。多分、それだけはセフェクとケメトのことではない答えなのだろうなと思う。
ヴァルにとっては面倒でしかなかった極秘潜入だけれど、結果として二人にとってのワンクッションになったというのなら救いだ。いや、三人だろうか。
そうですか、と一言返しながら彼へ前のめりの姿勢からゆっくり立ち上がる。
立ち入ったことをまた聞いてしまったことに謝罪をすれば、途中でうわ塗るようなわざとらしい欠伸で返された。これは謝罪却下ということだろうか。
思わず私からも途中で唇を結べば、欠伸を終えた彼からはニヤリと悪い笑みが向けられた。
「ガキ共もいねぇんだ。なんなら二日に一〝夜〟は逢いにいってやろうか?」
「二人がいない日にもフリージアに帰っていたら結局今までと変わらないではありませんか」
冗談を言ってくるのも未だ変わらない。
セフェクとケメトがいない間の彼の日常生活が心配になる。人の日常生活まで命令したくないけれど、この人の場合は夜中に飲み歩くのは禁止にすべきか時々悩む。朝夜逆転生活とかしそうな気がしてならない。
そう思うとセフェクとケメトは居るだけで彼の健康を守っていたのかなと考える。……いや、逆に実は二人が不健康な生活に付き合っていた可能性もあるけれど。
コンコンッ。
ノックが飛び込み、振り返る。
近衛兵のジャックから誰が来たか知らされる前に、扉の向こうから声が聞こえた。私から一言返し、すぐに扉が開かれる。
振り返ったままステイルの先頭に続く二人を迎えれば、ヴァルの方向からはげんなりした声が吐き出されるのが聞こえた。もう拘束時間延長というだけで面倒なのに、更には彼らが控えているのだから無理もない。
いつもの癒し枠のセフェクもケメトもティアラさえもいない中、せめてもと発言ができる私から「わざわざありがとう」と彼らに言葉をかける。
「こちらこそお待たせ致しました姉君。ヴァルは大人しくしていましたか」
「お待たせして申し訳ありません、プライド様。途中でセドリック王弟殿下とも先に合流致しまして」
「すまないプライド、ヴァル殿。俺が少々ステイル王子殿下とジルベール宰相殿と立ち話をしてしまった」
ステイル、ジルベール宰相、そしてセドリック。
本来は私がセドリックの城へ向かうか、もしくは私の部屋に皆で集まるかだったのだけれど、ちょうどヴァルが来るのならば意見も直接聞いてみたいというセドリックの希望だった。
結果、我が宮殿の客間でヴァルがいる場所に三人が足を運んでくれる流れになった。
彼ら三人の面々を見れば、ヴァルもある程度は予想がつくだろう。特にセドリックが関わるとなると寧ろそれしかない。
「国際郵便機関についてお話が」
ア゛ァ⁈と、さっきよりも強い唸りと共にヴァルの眼光まで鋭くなる。
もともと王族嫌いの彼はセドリックとも関わりたくないらしい。……いや、関わりたくないで言えばきっとステイルやジルベール宰相にもなのだろうけれども。
席に掛けてから本題を早速口にしたセドリックだけれども、早速ヴァルが牙を剥くから凄く狼狽えている。「申し訳ありません」「しかし引き止めてしまった以上先にこちらの話題からの方がと」と会話だけ聞いているとどちらが上司かわからない。
セドリックとヴァルの会話に苦笑を浮かべるジルベール宰相とちょっと楽しそうなステイルも、ヴァルに意見を聞くところから始めるのには異論がないようだ。
本人もこの上なく不満そうだし、早々に話題を終えて帰してあげた方が良いだろう。
どこまでも下手な口調のセドリックに、ヴァルもヴァルで気味が悪そうに顎を反らしてから舌を打った。言い返されないのもそれはそれで調子が狂うらしい。
「それで」と自分から促すヴァルに、今度はジルベール宰相が「宜しければ私からも」とセドリックへ発言権を求めた。対ヴァルに慣れた助け舟に、セドリックもすんなりと続きを任せる。……うん。その方が良い。
少なくとも私が知らされている質問内容は、またヴァルが文句を言うに決まっている。
「ご存知の国際郵便機関ですが、実はセドリック王弟殿下の広い御心とご理解により、とある案が採用されまして」
にっこりと優雅な笑みを壁際のヴァルへと向ける中、聞く側よりも何故かセドリックの方が肩を硬ばらせているのがひと目でわかる。
喉をごくりと鳴らしながら大きく頷くセドリックに私まで緊張してしまいそうになる。ヴァルに確認したいことがあると、更には私にも事前に確認を取って置きたいと言われた内容を詳しくは私もまだ知らない。私が知らされているのはヴァルに確認の方だ。
だけど今の言い方からしてまずは私が知らない方から話してくれるのかしらと検討付けながら口を固く閉じる。
ジルベール宰相に語られたのは国際郵便機関に向けた人員募集の開始。最初に管理職とかの責任ある立場の人から決めて、更には一般職の公募も決める。
大規模な機関に則りフリージア王国内にも、……とそこからはジルベール宰相から、あくまで〝セドリックの功績〟と聞こえる形で私達の前で語られた案にヴァルは
「トチ狂ってやがんのか……」
そう、溜息混じりの第一声が感想だった。まぁ無理もない。
私も聞いて驚いた部分が大きい。
ヴァルからの若干引いたような疑うような言葉に、ジルベール宰相は笑顔のままだ。むしろその言葉すら賞賛と受け取っているようにも見える。
既にジルベール宰相から聞いて知っていたのであろうステイルも今は平静の表情でカップを傾けている。更には「良案だ」とジルベール宰相に対して告げている様子はむしろステイルにしては珍しい。いや確かに私も凄く良い案だと思うけれども‼︎‼︎
でも何が一番驚きって、それをよりにもよってセドリックが受け入れてくれたことだ。ジルベール宰相が説明してくれる間もすごく肩に力が入っていて抵抗感があるのがわかった。
それもそうだ。本来の意図を理解したからって、彼からすれば別の感覚がして気持ちの良いものでもないだろう。それでも最終的には本来の意図として受け入れてくれたのは、もう流石未来を担う郵便統括役だ。そして流石天才謀略家。
「フリージア王国の民の為、必要な試みだと、そう、信じております……‼︎」
セドリック。……本当に大人になって。
なんだか姉を通り越して母親のような気分になってしまう。拳をぎゅっと握りながら膝を突き立てるセドリックの姿に頭を撫でたくなる。
力一杯肯定を言葉にする彼に、ジルベール宰相とステイルの眼差しも少なからず温かい。セドリックがここまで我が国の民のことまで考えてくれるのも嬉しい。
確かに、この案は良いと思う。これから始まる新機関、そして新事業であることも上手く利用できている。
私からも良い案だと思うと言葉にした上で、改めてヴァルを見る。面倒そうに首を左右に曲げた彼は、曲げた膝を揺すりながらジルベール宰相に視線を向けたところだった。
「でぇ?俺様にそれでどうしろってんだ。こっちは関わらねぇぞ」
「勿論ですとも。貴方にそういったことは毛頭期待しておりません。ただ、セドリック王弟殿下よりこの試みを取り入れるのであれば貴方の同意を得てからと。強い希望がありましたので」
なるほど。国際郵便機関関係者として経歴だけでいえば上であるヴァルに配慮してくれたということだ。
確かに、ヴァルの受け取り方から考えても確認と理解は必要だろう。……国際郵便機関の最高責任者がセドリックで本当に良かった。
ヴァルにそこまで配慮を考えてくれるのは彼だからこそだ。
座ったまま姿勢ごと頭を低くするセドリックに、ヴァルはまた嫌そうに顔を歪めた。もうそこまで配慮してもらう事自体彼には気味が悪いのだろう。
「うぜぇ」と独り言のように呟いた彼は、そこで犬でも払うようにセドリックへ手を振った。
「勝手にしろ。こっちのやることは変わらねぇ」
「!感謝致します……‼︎」
ヴァル殿……‼︎と今日一番力強く言うセドリックに、またヴァルの背中が反った。
ソファーと壁で距離があるのにまるで眼前まで迫られてるような反応だ。サラッ……と荷袋の中から砂が出てくる動きに、また物理的に壁を作ろうとしてるのかなと考える。
ステイルも同じことを察したのだろう、「待てまだもう一つ残っている」と面会謝絶にされる前に言葉で止めた。
ステイルからの命令にピタリと砂も身体の動きも止まるヴァルは舌打ちだけでそれに返した。
そう、まだもう一つ残っている。ステイルから視線で次の議題をと、促されたジルベール宰相は持っていた書類の束から一枚を取り出した。
「もう一つ。……こちらの方はまぁ、貴方個人が断っても大して問題はありませんが」
先ほどの話にも通じていますので。と、ジルベール宰相は紙面を広げた。こっちは私も知っているから驚かない。
そのまま遠目でもわかるようにヴァルへと向けて紙面を掲げる。ピラリと広がった内容と、続けられるジルベール宰相の説明が合わさり見事にヴァルの顔の筋肉が引き攣ったように見えた。……うん、やっぱり。
「断る」
「でしょうね」
「だろうな」
ふざけんなと感想を言う間すら惜しんだ大拒絶。
まぁ彼がそういうタイプではないと知っていたし、仕方がない。私も一秒だけ目を閉じ、心の中で頷いた。これについてはもう私からも彼は別枠だからという方向でお願いしていた。
ヴァルの拒絶にセドリックだけが少し残念そうに肩を落とす中、ジルベール宰相とステイルからは敢えてだろう間髪いれない返答だ。むしろここで彼が肯定的な言葉を放ったらその方が騒然としていたに違いない。
サララッと耳でも拾えるくらいの音がして振り返れば、今度こそ面会謝絶の土壁が形成されていた。
「では、こちらの方はヴァルは数にいれない方向で進ませて頂きます」
「宜しくお願いします、ジルベール宰相……」
ヴァルの代わりに頭を下げながら、取り敢えずは滞りなく話が進んだことにほっとする。
いえいえと笑顔で手を振って返してくれるジルベール宰相は、書類を元の紙束の中に戻した。確認する前からヴァルの返事はどちらも予想通りだったのだろうなぁと思う。
セドリックからヴァルへの用件は終えたのだしもう帰って貰っても、と配慮が出たところでステイルが「いや」と止めた。
どちらにせよこの後の話し合いも終えたら早速書状に書いてヴァルへ任せた方が良いという案だ。確かに、その為に私もまだ書状を彼に預けていない。
壁の向こうからチッと薄く聞こえた気がするけれど、今は気にしないでおく。面会謝絶状態で今は許して欲しい。
「次は俺から」とステイルが手帳を懐から出しながら眼鏡の黒縁を押さえた。
「母親とヴェスト摂政からです。プラデストの問題も改善策が取り組まれ落ち着いたところですし、そろそろ〝他の〟学校についても進めていきたいとのことでした」
他の、と。その言葉に私は思わず口の中を飲み込む。
こちらもそろそろ来ると思っていた議題だ。私の予知の関係でひと月間極秘視察をした結果、もともと試運転も兼ねていた学校の改善点と対策法が見つかった。だからこそ本来の学校へと動きを進ませるべきだということだ。
「同盟共同政策も大詰めですね。建設も滞りありませんし、順調に各国教職員も生徒も志望者が募っております」
こちらは数も絞る必要がありますね、と続けるジルベール宰相はなかなかの満足げだ。
プラデストの方は順調に入学希望生徒が増えているとはいえ、一部は定員割れ状態だから志望者いっぱいなのが嬉しいのだろう。プラデストの宣伝効果もあり、注目も評判も高まっている証拠だ。
建設はずっと前から行われていたし、プラデストでの改善点も取り入れれば問題なく学園創設もできるだろう。
学校の仕組み自体には微調整や改善が入っても、カリキュラムは変わらない。早くて来年には開校可能と見通しも立ちつつある中、正式に次の式典で発表をと母上達からの意向に私も頷いた。
プラデストと違い、こちらは学力向上が目的ではないけれどずっと取り組んできた同盟共同政策だ。私個人としても早い方が良い。何せ今は
全攻略対象者の大事な手掛かりの可能性もあるのだから。
「一日でも早い学園開校へと進めて行きましょう」
……まぁ、三作目だけは〝それ〟以外に手掛かりがないというわけでもないのだけれども。
そうは思いながらも重大な可能性は捨て置けない。同盟共同政策も当然ながら!
ジルベール宰相とステイルへ全速前進の意思を告げながら、私は膝の下に重ねる手へ力を静かに込めた。
国際郵便機関のフリージア王国内人員確保の動きと共に、セドリックの同意も得た二つの新案導入。
次の式典では同盟共同政策についても新たな発表があると。その旨を記したハナズオ連合王国への書状をセドリックにより用意されてから無事ヴァルへの書状全て依頼を終えた。
次に戻ってきた時には各国へも同盟共同政策の進行について依頼する書状が増えることと、……これからハナズオ連合王国へ至急書状配達という事実に、ちょっと不機嫌な様子の彼を私は玄関まで見送った。
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