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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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821/1000

Ⅱ516.追いやられし少年は知った。

本日、ラス為アニメ10話が放送されます。

よろしくお願いします。


「よぉおおおしパウエル!今日こそ外出るぞ!!」


地獄から助け出されて一週間。

フィリップに腕を引っ張られる俺は、相変わらず床に座り込む。


「いや良いって……俺みたいな余所もん来たら嫌な顔するし、ちゃんと、いつか目処が立ったら街も出ていくから……」

「何言ってるの!!パウエルはもううちの家族みたいなもんなんだから!!ッ兄さんも!無理強いしたら可哀想でしょ‼︎」

「街で暮らすからこそちゃんと顔見せねぇと!!兄ちゃん今日は仕事休みだけどいつもはあんまり昼間いねぇし!!今日行かねぇと今度いつになるかわかんねぇだろ?!」

一日だけの宿だと思ったのに、今もフィリップもアムレットも当たり前みたいに俺を住まわせてくれている。

行くところはないし、本当にありがたいけどやっぱり人がいるところに出るのは怖かった。迷惑をかけるならいっそまた街ごと出ていこうと思ったのに、何故か二人に思い切り引き留められる。俺だってそりゃあここにずっといられるなら居たいけど。


朝日を浴びれて、毎日食べ物が食べられて日中はアムレットが一緒にいてくれて、夜はフィリップのお陰でよく眠れる。

今までの暮らしを考えれば信じられないくらい恵まれた暮らしだった。今日までなんて三日も特殊能力が出ていない。


フィリップの家は小さくて、それでも昔は両親もいたから四人で暮らしてたらしい。

今はフィリップとアムレットの二人暮らしで、フィリップが毎日出稼ぎしてる。住んでいる街は結構な広さで、それもその筈でここはフリージア王国の城下街の一つだった。城下になると特殊能力者も移り住んでいることが多いとかで、そこまで特殊能力者が珍しくもないらしい。流石に俺と同じ特殊能力はいねぇけど。


街の人に俺を紹介するって毎日のようにフィリップに言われても、どうしても二人以外の奴らに会うのは嫌だった。

二人が優しいだけで、やっぱり全員が俺の特殊能力を知って嫌な顔をしないとは思えない。

最初はその日だけ気が進まないくらいの感覚だったけど、日を重ねるごとに段々出辛くなった。もうこの家の中だけが安全地帯な気がして、何度フィリップに誘われても街の人と直接関わるのは拒否し続けた。


「大丈夫兄ちゃんついててやるから!!皆良い奴だし絶対大丈夫だから!!もうパウエルがうちに住んでることは皆知ってるぞ!?」

俺が話した!!と叫ぶフィリップに、それでも俺は床にしゃがみ込む。

フィリップは俺よりでかくはないのに力は結構強い。子どもの頃からアムレットとの生活の為に街中を駆けずり回ってたらしい。

本当にすごい世話好きの奴なんだなってことはこの一週間一緒に暮らしていく中でわかったけど、ちょっと馴れ馴れしいというかうっとうしいというか暑苦しい……お節介だ。


嫌なら俺自身が今夜にも出ていけばいいのに、って自分でも思う。

ずっと食わせて貰って寝床を貰ってばっかで何もできないで、人の家に引きこもってる。これなら森の中で一人で過ごす方がずっと誰の迷惑にもかからない。

でも、朝になると「おはよう」って笑いかけてくれて夜には当たり前みたいに一緒に寝てくれる人がいる空間から抜け出すのは真冬に外へ放り出されるよりも嫌だった。


俺が抵抗し続ける中、どうしても諦めないフィリップはぐぐぐっと背中だけを反らすとそこでハッと目を開いた。何か思いついたのかとわかりやすい顔を見れば「そうだ!パウエル!!」って一回引っ張ることだけ止めて俺の手を握る力だけをこめる。


「髪!髪切ろうぜ!!ずっと伸ばしっぱなしだろ⁈そんな前髪してるから暗い気分になるんだって!なっ⁈俺らの髪切ってくれる人のとこ連れてってやるから!」

髪??と思わず掴まれているのと反対の手で前髪を摘まむ。

そういえば最後に髪切ったのはいつだろう。昔は短かったけど、今は大分伸ばしっぱなしだ。

フィリップの言葉に今度はアムレットも「良いかも!」と手を叩いた。きっと髪を切ったらすっきりするって言われて、初めてアムレットにまで一緒に外に出ようって誘われる。「私も一緒についててあげるから」ってもう片方の手までぎゅっと掴まれた。両手をフィリップとアムレット両方に捕まって、しかも今度は二人して目をきらきらさせてくる。

そんな目でこの二人に言われたら逆らえるわけがない。


「…………わかった」

口を一度結んで、それから息を思い切り吐いて言えた言葉は凄く小さかった。

それでも目の前にいる二人にはちゃんと届いて「よぉおし!」「やった!」って両手を離して本当に嬉しそうに笑う。その途端身体のあちこちがくすぐったくなった。

長くは見てられなくて、顔ごとそっぽに逸らしていたら「パウエル!」って呼ばれた瞬間アムレットが飛び込んできた。


びっくりして座り込んだまま後ろに一緒に倒れ込みそうになって、アムレットまで倒れたらまずいと思って俺からも両腕で受け止める。

黒髪のフィリップと同じくらいの年のアムレットは、もっと小さくて細くて力を込めたら折れちまいそうだけど腕の力は兄譲りかって思うくらい強い。

もう俺の特殊能力について知っているアムレットだけど、今もぎゅって首にしがみ付いて頬がすり合うくらいくっついてくれる。最初は少し戸惑ったけどここ一週間殆ど毎日だから慣れて来た。


「大丈夫だからね。私も兄さんも一緒だから怖くないよ、街の人達みんなすごく良い人ばっかりだから!」

「ああ、…………ありがとな」

腕の細さがわかるくらい強く抱き締められると、すごくほっとする。

更には頭がわしゃわしゃ撫でられたと思って顎を上げればフィリップが笑ってた。今じゃ俺のことを本当に弟扱いしてくる。自分のことを「兄ちゃん」って言うことも多いし、アムレットと殆ど同じ扱いだ。…………まぁ、仕方ねぇかもしれないけど。


よし行くぞ!って最後にばしんばしん背中を叩かれて、アムレットから両手を降ろして俺は立ち上がる。

もう抵抗する気もないのに、行こうとすればまた二人がそれぞれ俺の手を引いてきた。居間の中ではいいけど、扉を潜ることになった三人じゃ狭くてなのに離してくれないから三人揃って変な歩き方になった。

まだ一週間しか経ってないのに、こんな風に懐いてくれるアムレットがずっと一緒だと本当に妹でもできたみたいだ。すごく可愛い。


玄関の扉をフィリップが開けて、外の空気が吹き込んできたら少し心臓が冷えた。

今まで殆ど外で暮らしてきたのが嘘みたいに、眩しい太陽の光すら触れただけで焼かれるような怖さに身を竦めた。

大丈夫、ってアムレットが俺の手を強く握ってくれて、止まりかけた足が何とか動いた。一歩外に踏み出せた途端、今度は人の声が聞こえて後退しかけたら今度はフィリップに繋いでいた手で肩を受けとめられる。


「おおおおおおおぉぉぉぉい!!!どうだコイツがパウエルだぞーーー!!!!!」


…………瞬間。すっげぇ耳が壊れるほどの大声で叫ばれた。

目立つとか、わざわざ言うなよとか止める間もない勢いで、声に押されるようにフィリップと反対方向に傾いた。声が止まっても頭がぐわんぐわんするし耳が痛くて眩暈までする。本当にこいつは声がでかい。

アムレットと繋がってるのと逆の手で耳を遅れて押さえている間に「もうっ兄さん!パウエルの耳が壊れるでしょ!」って聞こえた気がしたけどすごく遠かった。本当に耳が壊れたんじゃないかと思う。


ぐらぐらする視界がやっと落ち着いたと思ったら、玄関先なのにもう結構な数が足を止めるか集まってきていた。十以上の目で見られて一気に身体が強張って口の中を飲み込んだ。

ばしんっ!ってその途端フィリップが俺の肩に腕を回しながらまた大声を出す。


「なー⁈格好良いしでかいだろ!!髪切ったらもっと男前になるぞー!!」

そう言って勝手に前髪をかき上げられる。髪でちょっと塞がっていた視界が広がって、十どころか二十の目で見られていたことに気が付いた。どいつも瞬き一つしないで俺を見てて、……全然怖い感じがしなかった。

へー、とか格好良い、とかでけぇとか。楽しそうに口を開けてて、フィリップみたいな仕草で手を振ってくれたり俺らと同じくらいの子どももでかい大人も皆笑ってた。

俺が知ってる集団の目と違うから、心臓の音が段々増えていく。


「アムレットの話してたお兄さん?!」って今度はアムレットの友達らしい女の子達まで集まってくる。

こんな小さいし怖がって当たり前なのに、俺を見て「いいなーー!」っと声を揃えられた時は流石に耳を疑った。やっぱり騙されてるんじゃねぇかと思う。


あまりの柔らかい空気に、フィリップに背中を押されたら簡単に足が動いた。

ぐいぐいと押されるまま街を歩いて人がすれ違う度やっぱりフィリップとアムレット以外は怖い。俺がどうすれば良いか考えるより先に「おはようございます!!」「こいつがパウエルです!!」ってフィリップがガンガン響かせて言いまわるから俺は一言もしゃべらなかった。話すのが下手で苦手な俺の代わりに全部話してくれる。

アムレットに手を引かれたまま歩く中、俺も俺で会話までは喉が張り付いて絶対できる気がしなかった助かったけど。


顔見せって、本当に顔を見せるだけだったんだなって思う。

二人に紹介されまくりながら連れてかれた先は、思ったよりずっと近くだった。フィリップん家より二倍はでかいけど、他の並ぶ家と比べれば同じくらい。

短い階段の先に繋がった玄関まで登れば、そこでフィリップが無遠慮に扉を叩いた。おはようございますって呼びかければ、玄関が開けられる前に近所の人がまた窓から顔を出して俺達を見た。

わりとすぐに扉の向こうから返事の声とパタパタと音がして、扉一枚向こうから足音が近づいてきた。パタンと扉が開けられて「いらっしゃい」と笑いかけてくれる




ーその人に。顔を見た途端、涙が止まらなくなった。




「おおおおおぉおおおぉおおお?!どうしたパウエル⁈大丈夫だぞ⁉︎リネットさんは怖くねぇぞ!!?」

本当に、一瞬で。

その顔を見た途端、別の奴を思い出して声も出ずに水だけが目から溢れ出した。

さっきまですれ違った人達みたいな緊張とか肩の狭くなる感覚とかは逆に無くて、ただただ重なって仕方ない顔に視界が滲んですぐ見えなくなる。

でも、見た顔は本当に信じられないくらいアイツの顔で、女の人だし大人だって頭ではすぐわかったのに身体全部が駄目になった。

だばだば壊れたみたいに涙が零れて落ちて、瞬きができないくらい滲んだその人から目が離せない。二人が心配して声を掛けてくれるのに、返事ができない。涙が大粒落ちる度ほんの一瞬開ける視界に映るその人は何度みてもアイツに似てた。


フィリップ、って一度口が動いたけど声にはならなかった。

違う、あいつなわけがない。背もあいつより高いし女の人だし絶対違う。

でも偶然って思えないくらい似すぎていて、思わずこの場で縋ってありがとうって言いたくなった。神様みたいな奴がまた俺の前に現れてくれたような気がした。


「大丈夫?フィリップ、この子が昨日話していたパウエル君⁇いらっしゃい、家の中で一度休みましょう」

声は、違う。

やっぱり女の人の声だ。優しく肩へ手を添わされて家の中に招かれる。

すみません、お邪魔します、さっきまでは平気だったのに、って俺の代わりにまたフィリップとアムレットが話してくれる。黒髪のフィリップと違う声に、やっと少しだけ頭が冷えた。

促されるまま居間に入って椅子に掛けさせてもらう。

大丈夫か?大丈夫⁇って両側からフィリップとアムレットが頭を撫でだり涙を拭いてくれる中、塞がった涙粒の向こうでここにいない奴が映る。

もうあいつは傍にいないってわかってるのに、思い出すとやっぱりだめみたいだ。


女の人は目の前から一回消えて、一方向からカチャカチャと食器の音がする。

「知らない人が目の前に現れてびっくりしちゃったのかしら」って絹みたいな声に俺もゆっくり呼吸を繰り返した。口が動くかなって、試しに大丈夫の「だ」を言ったら一応言えた。ガラガラの声だけど、ちゃんと。


「…………すまねぇ、大丈夫だ。なんか、…………急に泣きたくなって……」

まさかあっちのフィリップを思い出したなんて言えない。

あいつは男だし、子どもだし、こんな綺麗な女の人にそいつが似てるなんて言えない。まだ、アムレット達にも俺が捕まっていたかも打ち明けられていねぇのに。


なんとか言葉を返せた俺に、フィリップが何故か「ごめんなそんなに外怖かったか⁇」とかアムレットが「大丈夫だからね。リネットさんすごい優しいから」って背中を摩って慰めてくれる。

折角二人が紹介してくれて連れてきてくれたのを台無しにしたのは俺なのに。


アムレットが貸してくれたハンカチで目を何度も擦って、暫く涙が止まるのを待つ。

パチンッ!ってまたあの音が聞こえた途端、また頭が冷えた。こんな人の家で、また特殊能力を見られたらって思ったら込み上げてきたものが引っ込んだ。

鼻を啜って、深呼吸を何度も何度も繰り返したら特殊能力もそれ以上出なかった。

視界が開けた時には、リネットさんと呼ばれた女の人が戻ってきてテーブルの上にカップを置いてくれるところだった。


「すみま、せん…………俺、その、急に泣いたりして……」

「良いのよ、男の子でも泣きたくはなるわよね。フィリップから聞いたわ、大変だったわね。家族亡くして行くところがないなんて。この街は皆助け合っているから、パウエル君も困ったことがあったらいつでも頼ってね」

亡くして⁇ってそんなこと話したかなって俺は一人で首を捻る。

リネットさんはやっぱりあいつに凄く似てるけど、声や話し方を聞けば聞くほど別人ってわかって落ち着く。フィリップに視線で尋ねると、俺には合わせてくれないままリネットさんに「そうなんですよー!!」ってでかい声で返した。……もしかして、俺のことを上手く言っててくれたのかなって思う。

嘘ついた下級層、ってことまで多分隠してくれてる。本当は家族は多分生きてるし、下級層じゃなくてただの田舎で、……奴隷になりかけてた元商品なのに。


俺の代わりにフィリップとアムレットが、俺の髪を切って欲しいって頼んでくれる中、それからずっとその人から目が離せなかった。

やっぱり似ていて、あのフィリップは本当に人の姿を借りた神様だったのかなとまた思う。だって、そうじゃないと同じ名前の奴や同じ顔の人に続けて会うなんて偶然信じられない。


「どうする?パウエル君。刃物を使うし、怖いならまた今度にするけれど、無理はしないで良いのよ」

「あっ……いや大丈夫、です。お願いします……」

ここまで来て、泣いて宥められてお茶ご馳走だけされて帰るなんてできない。

せっかくフィリップ達に連れてきて貰ったんだし、せめてちゃんと目的は叶えたい。俺の返事に「そう」って柔らかな笑顔で笑ってくれたリネットさんはそこで席を立った。

早速髪を切る道具を持ってくるのかなって思ったら、湯気を吹き出すポットを手に戻って来た。フィリップが「俺やります!!」ってポットを受け取ると、そこでリネットさんはまたくるりと踵を返して台所の方向へ向かった。


「その前に、三人とも食事を一緒にどう?フィリップも久々にお仕事が休みなんだし、ゆっくりしていってね」

えっ、って声を漏れたけどアムレットとフィリップの「良いんですか⁈」「マジですか!!」の重なる声に潰された。

ポットを一度テーブルに置いたフィリップが「俺も!俺も料理手伝います!!」って台所へ駆け寄っていく中、アムレットが腕をぷるぷるさせながらポットの中身を俺の分のカップへ注いでくれた。

「良かったね」って笑いかけられて、よくわからないまま目を合わせると街の人はたまにこうしてフィリップ達に料理をご馳走してくれる時があるらしい。

それだけフィリップとアムレットが良い奴だからか、それとも街の人がすごい良い人なのか。多分両方だ。


料理、って聞いた途端それだけで喉がごくりと鳴った。

少し中身が零れたカップをアムレットが勧めてくれれば、台所から振り返ったフィリップが「!アムレットそれまだ蒸らさねぇと薄いから!!」って叫ぶ。

耳で聞こえた筈なのにカップを傾けて、薄い味をした液体を口に含む俺は今から〝料理〟の味ってどんなんだっけと頭でぼんやり考えた。


それから。……リネットさんとフィリップが作ってくれた料理に、俺はまたボロボロと涙が止まらなくなった。


あんまりにも、美味しくて。


Ⅱ43-2

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