Ⅱ65.支配少女は受ける。
「ディオス!クロイ‼︎こっちに来なさい!」
学校五日目。朝登校してすぐ、私達は校内を駆けずり回ることになった。
今朝はジルベール宰相の図らい通り、特待生制度導入と試験が公表されて一安心したところだった。三日前にジルベール宰相に提案した制度を、お願いした昨日の今日で形にしてくれたのは流石としか言いようがない。
私が提案した時から「それは素晴らしい」「早速取り入れましょう」「王配殿下の許可と学校への手続きはお任せを」と喜んでくれたジルベール宰相は、早速その為の予算から実施人数、学校への根回しまで取り組んでくれていた。
ジルベール宰相も下級層の生まれから、奥さんのマリアの為に宰相まで成り上がった人だしきっと賛成してくれるとは思ったけれど、まさかの即日で殆ど仕上げて父上から許可まで取ってくれたのには驚いた。
二日前の段階で「プライド様のお許しがあればいつでも実施可能に」と言ってくれたし、お陰でファーナム姉弟に特待生制度のことを話すことで説得もできた。城に帰ってからはもう「では早速、私から話は通しておきますので」の一言返事だったから凄まじい。
本当はディオスとクロイを説得して特殊能力を使うのをやめさせてから、頃合いを見て実用段階に移そうかと思っていた。けれどもうクロイは耐えれる域を超えていたし、……放ってもおけなかった。
〝特待生制度〟〝奨学金〟
私の前世であった学校の救済制度の一つだ。
前世では残念ながら私は平均前後で特別優秀というわけでもなかったし、良くも悪くもそういうのに縁もなかったから存在自体忘れていたけれど学問に意欲がある上で家に事情がある子には大事な制度だ。
前世の日本では奨学金といえば学生最初の借金とかいうイメージがあったけれど、今世では返金不要の給付金に決めた。現状で学費不要の学校でも通えないのに、借金なんかして安心して勉学に集中できるわけもない。
ジルベール宰相もステイルもそれには賛成してくれた。幼等部と初等部のようにそれ以上の学年まで全員無料で寮や食事提供とすると、確実に別の用途で学校に入学したがる子どもや入学させたがる親が出てきそうだから流石にできない。でも、希望者の中で勉学に意欲の高い子に機会を与える為になら各学年で三名程度は良いと思う。
今日発表して休日二日を挟んで来週頭に試験。その為にも、今日から他の生徒と同様に彼らには猛勉強が必要だ。……なのに。
「どうしてセドリック王弟殿下のところに来てるの‼︎」
もう‼︎と私は朝から高等部の特別教室前で怒ることになった。
ディオスは、教師陣からの図らいでクロイと同じクラスに入学させて貰えた。だから私達も登校してすぐにクロイの教室に行ったのだけれど……二人ともいなかった。
もしや、と思ってセドリックの居るであろう特別教室に行けば案の定だった。こうして教室の扉から覗いてみれば、二人並んで座るセドリックの傍にぴったりくっついている。
「だって、昨日までもずっと……」
「辞めると言ってないのに急にお迎えしない方がまずいでしょ」
扉の前から顔を出して怒鳴る私に駆け寄ってきてくれた二人だけど、あまり反省がない。
ディオスは口篭るし、クロイは淡々としたままだ。確かに!確かにセドリックのバイトは辞めなさいとは言ってなかったけれど‼︎王族相手に急にさぼる方が色々と大問題だけど‼︎
そう思いながらも、私はうっかり釣り上がった眼差しでセドリックに目を向ける。その途端、私達と無関係を装ってくれているセドリックの肩が上下した。
取り敢えずセドリックがこっちを見ていることを確認してから、私は二人に向き直る。声を抑え、私の顔がちゃんとセドリックに見えるようにだけ気をつける。横目でちらっと再び確認すれば、セドリックだけでなく傍にいるアラン隊長も状況を察したように苦笑いを浮かべていた。
セドリックも顔色が見事に悪い。唇を結んで何とか誤魔化しているけれど、ここが城内だったら「すまない」の一言は言ってきそうな顔だった。
「貴方達にはもう一分一秒も時間なんてありません‼︎今日は仕事もお休み‼︎‼︎今すぐ殿下にも許可を頂いていらっしゃい‼︎」
ええっ、と二人の声が重なった。
直後には声を上げてしまったことを焦るようにそれぞれが口を押さえた。二人揃って目を丸くして、振り返るようにセドリックと私を交互に見返す。王族相手に許可やお断りなんて気が引けるのもわかっている。庶民の二人には言うことすら不可能なのも。だからこうしてこの位置で言えば
「ディオス、クロイッ……その、だな……今日はもう、良い。例の特待生制度の試験を受けるのだろう?ならばそれまでは勉学に集中してくれ」
二人が言い出すより前にセドリックがその場から声を上げてくれた。
タイミング良いセドリックからの申し入れに、二人は数秒返答も出来ずに振り返ったまま固まっていた。教室の外と中とはいえ、ある程度距離は離れて声も抑えていた中で聞こえるわけもない。それなのにこちらの事情がわかったかのように突然申し入れされれば、驚くのも当然だろう。セドリックが空気を読んでくれたとしか思えない。……実際は、読唇術で完璧に私の台詞を読み取ってくれただけだけど。
行くわよ!と、無事にセドリックの許可を得た二人の腕をそれぞれ引っ張る。あ、うん、とぼそぼそ零しながら、二人ともセドリックにその場で頭を下げてから足を動かした。
それぞれディオスとクロイの右手左手を握りながら中等部に戻るべく駆ければ、ステイルとアーサーがそれぞれ二人の背中を押してくれる。二人に押される形になったファーナム兄弟から手を離し、私も怒られない程度に前に向き直って廊下を走る。
「あ、ちょっ……ジャンヌ!なんでっ……なんで本当に特待生のこと知っ」
「そのことは他言無用と言ったでしょう!どちらにしても勉強は今日から始めるのだから全員同条件です‼︎」
知っただけで対策は今日からなのだからズルではない。全校生徒が同条件。だからこそ、彼らは一分一秒も遅れはとれない。そしてまだ現段階での彼らの学力を私は知らない。
ディオスの言葉を一刀両断して叱り付け、渡り廊下を抜ける。中等部に入り、自分達の教室を過ぎてさっさとクロイ達の教室に向かう。以前行ったクロイの席まで引っ立てると、ディオスが慌てて隣から自分の席を引っ張り出した。
「今日から貴方達の勉学を私達が面倒見ます。三日後の試験まで死に物狂いで勉強なさい!」
クロイのテーブルを両手叩き、前のめりに宣言する。
二人とも言われることは予想がついていたらしく、そこまで驚かなかった。けれど、数拍遅れてからクロイがじんわりと眉を私に寄せてくる。
「授業内容を教えてくれるのは助かるけど。……君、人に教えるほど勉強できるの?」
じーっと若干疑うような冷ややかな眼差しに、ディオスも「あっ」と口を開けてから私を見る。
まぁ今の私は二人と同い年だし、疑うのも当然だ。ここで「できるわよ!」とか言っても信じてもらえるのは難しいだろう。完全に売り言葉に買い言葉感がする。
ディオスとクロイは、お金が無いからノートも授業中にとっていない。共有授業は私のクラスと一緒だろうけれど、二人が授業内容を反復するのは難しい。だからこそ教え役をちゃんと選別したい気持ちはわかる。
そう考えていると、また追撃するようにクロイが「僕ら、授業で習ったの以外は文字もまだ読むことしかできないけど」と言い出した。意外と初期段階‼︎
でも、まだ学校が始まって一週間だし授業内容自体は大して進んでいない。生徒に合わせて読み書きも授業に取り入れているから二人も基本が少しは頭に入っているはずだしまだ全然挽回できる勉学量だ。実力試験範囲を含めても前世の中間や期末試験とかのえっぐい試験範囲と比べればむしろ優しいくらいの小テスト範囲だし、今からみっちりやれば
バンッッ‼︎‼︎
……突然、凄まじい音が空気を割った。
思わず叩かれた机の前に座った二人だけでなく、私まで両肩を上げて耳を塞いでしまう。
瞬きを繰り返してから見返せば、私達の間に立ったステイルが何かを机の上に叩き付けていた。あまりの音にアーサーも目を丸くするし、周囲の生徒もこちらに振り返って鎮まり返る。
え、怒ってる⁇と思い、見返せばにこやかな笑顔を浮かべているステイルからは若干黒い覇気が見えた。目立つわけにはいかないと言っていた筈なのにこんな脅迫みたいな圧で言うことを聞かせるのはと、昨日二人を脅迫したばかりの私が思う。二人も怯えているんじゃないかと心配すれば、……ステイルを見ていなかった。
二人の視線はステイルの黒い笑顔にではなく、彼が手をついた先に向けられていた。私も追うようにクロイの机に視線を落とせば
「……あ」
「これでもジャンヌの成績を疑いますか?」
思わず声を漏らしてしまう私に続くように、ステイルが二人に投げ掛けた。
アーサーも遅れて気がついたように、視線を落として声を漏らす。あー、と気の抜けた声に反して私は口角がヒクついた。まさかこれを出してくるとは予想外だった。
ファーナム兄弟も見事に目が点になって口が開いたままだ。数秒の間をとった後、最初にクロイがまじまじと私を上目で見た。ディオスの方は未だに首が固定されたかのようにそれを見つめている。ステイルにより突きつけられた
私の実力試験の答案用紙を。
学校初日に全校生徒で行った実力試験。そこでうっかり満点を取ってしまった私の答案だ。
昨日、ジルベール宰相との打ち合わせ後にステイルに貸して欲しいと頼まれて預けていたものだけれど……まさかここで使うなんて‼︎
クロイからの私へのみる目が文字通り変わった後、更にステイルは懐から同じ枚数の紙束を出して重ねるように机に広げた。今度はステイルの答案用紙だ。
「僕もジャンヌほどではありませんが、勉学は得意な方です。少なくとも中等部程度は網羅していると思います。そしてジャンヌは全問満点……それで、他に質問は?」
いやステイルも本気出したら余裕で満点取れるんですけど‼︎
その言葉をごっくりと飲み込みながら、私は唇を絞る。とうとう金縛りが解けたディオスが動き、「うわっ……」と私とステイルに化け物でも見るような目を向けてくる。
「たった四日でお前らより頭良くなれるわけないだろ……」
「無理ですね。ですが問題ありません。僕ら三人は特待生試験は受けませんから」
「なんで。君らが僕らにそこまで遠慮する必要ないでしょ」
ディオスの質問に即答するステイルに、今度はクロイが突く。
確かに特待生試験は普通の生徒なら魅力的なものだ。山育ち一般人設定の私達がそれに飛びつかないのはおかしい。
「意味がないんです。僕らは毎日食事は持参していますし、家の都合で毎日お世話になっているギルクリスト家に帰らないといけません。山に帰ればお爺様がたくさん本を溜めていますから必要もありません。それに、奨学金を貰ったところで〝子どもの分際で〟とお爺様に嫌われるだけです」
だから受けません。と締め括るステイル、流石策士。
なんだかどんどんアラン隊長のお父様兼私達のお爺様が会ったこともないのに凄い厳しい人に設定されているけれど‼︎でもお陰で二人とも口をぽっかり開けたまま納得はしてくれた。
「あぁ……」となんとも言えない表情が、私達を羨めばいいのか同情すればいいのかわからないような顔だった。
二人が取り敢えず納得したことに満足の笑みを浮かべたステイルは一度口を閉じる。笑顔をそのままに、机に広げた答案用紙を私と自分のとでそれぞれくるくる纏めて見せた。
「それで。……改めてジャンヌと僕に言うことはありますか?」
言い方こそ穏やかだけど、なかなかの圧だ。
ディオスとクロイも言わんとしていることがわかったらしく、互いに一度顔を見合わせた。目で会話するように唇を絞ったまま数秒間見つめ合った二人は、同時に喉を鳴らす。机の前に座ったまま、姿勢を正すように私とステイルの方に身体ごと向き直る。動きも一緒、姿勢も一緒の二人は同じ若葉色の目をステイル、そして私へ順に向けた。そして
「「宜しくお願いします……」」
ぺこり、と全く同時に頭を下げた。
さっきまでの態度が嘘のように誠心誠意を見せてくれた二人に、私からも一言返す。
「勿論よ」
これは全部私が言い出したことなのだから。
今日と明日、明後日で必ず二人に一週間分の学問を完璧に叩き込む。大丈夫、彼らはゲームでも三年に飛び級した秀才だ。機会さえあればきっと掴み取ってくれる。
彼ら自身が望む、生き方を。
Ⅱ39-2.
Ⅱ40.49.63




