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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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Ⅱ515.追いやられし少年は引かれ、


「た~だいまぁアムレット!兄ちゃん帰ったぞ~」


フィリップ、って自称するそいつに連れられたのは小さな家だった。

周囲にもたくさん家があって、民家なんだなと夜でもわかった。森を出てすぐに家が立ち並んでいて、あの距離じゃきっと森にいたところで朝には誰かに見つかってたなと思う。

ぴしゃぴしゃと水滴を落としながら歩いて、結構すぐに肌寒さに襲われた俺は自分の両腕を摩りながら玄関をくぐる。初めてなのに、なんでか懐かしい匂いと空気に包まれた。


小さな明かりが部屋の中心に吊るされていて、薄暗い部屋だけど全然怖くない。

テーブルのランプの傍で本を読んでいた女の子が、こっちへ顔を向けるなり目を丸くしてから本を手放した。胡桃色の短い髪の女の子は「兄さん⁈」って声を上げて駆け寄ってくるけど、背後の俺に気付いた瞬間怯むように途中で足が止まった。怯えられたってわかる反応にそれだけで胸が痛む。

でも「大丈夫だ」って俺の肩に腕を回しながらフィリップが笑って見せるから、その途端また不用心に触れられたことに心臓がひっくり返ってすぐ忘れた。なんでだからこんなベタベタ平気で触ってくるんだよ。馴れ馴れしいし暑苦しくて、……でもちょっとだけ泣きたくなる。


「さっき友達になったパウエルだ。森で迷ってたんだけど兄ちゃんがうっかり湖に突き落としちゃったんだ。悪いけどタオル持ってきてくれるか?」

「兄さんが⁈もう!ちょっとそこから動かないで!!」

床濡らさないで!と叫ばれて、バタバタと走り去っていった女の子は小さい身体で一度に何枚ものタオルを纏めて抱えてきた。

フィリップが二枚纏めて受け取って俺に手渡すと、俺が頭から拭いてる間にバサバサと服をその場で脱ぎだしたからちょっと驚いた。

女の子が「着替え持ってくるまで脱がないでよ!」って叫んだのに、またどこかの部屋に消えていった途端フィリップは上から下までとうとう裸足にまでなって真っ裸になると、濡れた全部を玄関に脱ぎ落して先に部屋へ足を踏み入れた。

頭を雑に拭いて、最後に腰にタオルを巻くとそのまま暖炉に薪を入れ出す。


「ちょっと待ってろよパウエル~!今温かくするから」

「えっと……あの、俺……どうすれば…………」

夏も夜になるとやっぱ冷えるよなと世間話みたいなことを言いながら薪に火を点けだすフィリップの横顔に、俺一人がタオルを握り締めて棒立つ。

ちょっとでもやることを探すように頭拭いたり身体を拭いたりするけれど、服がびっしょり水を吸っていてすぐにタオル二枚も重くなった。

フィリップの後を追いたいけど、床を濡らしたらあの女の子に迷惑をかけそうで動けない。おどおどと言葉を零す俺にフィリップは「脱げば?」とか普通に言ってくるから、余計どうしようもなくなる。

初めて入る家で子どもでもねぇのにいきなり脱ぎ散らかすなんて普通じゃないって俺でも知ってる。


口を結ぶ俺に、フィリップは薪が湿気ってるのか上手く火を点けられず一人で何度もマッチを擦ってる。

水分を含みきったタオルを一回絞ろうかと、一度玄関を開けて外に出ようかとドアノブを握ったら「兄さん!お客さんの前でやめて!!」って悲鳴に似た声が聞こえて慌てて手を離した。今の悲鳴が外に聞こえたら人が来る。


振り返れば、さっきの女の子が着替えだろう服を両腕に抱えて顔色を変えていた。…………俺じゃなくて、フィリップに。

女の子に怒られてる間も「いやだって火は兄ちゃんが付けないと危ないだろ?」ってケロッとした顔で言うフィリップは、やっと暖炉に火がつくとゆっくり立ち上がった。


「アムレット、タオルと服持ってきてくれてありがとうな。もう夕食はちゃんと食ったか?遅くなってごめんなぁ」

「そんなこと良いから服を着て!!暖炉の前で火をつけるのも裸じゃ危ないからやめて!!」

「いやだって床濡らしたら駄目だし、パウエルが身体冷やしてるから早く暖炉つけたくて……」

「そんなの私にもできるから!!」

アムレット、ってさっきも呼ばれていた女の子はすごくまともな子なんだなとわかったら急にほっとする。

抱えて来た服を一度ソファーに降ろしてフィリップを暖炉から引きはがそうと腕を引っ張っている。わかったわかったと言いながら自分の足でも後退するフィリップは、ソファーに積まれた服を一枚一枚着ると靴は履かずに靴下のまま歩き出した。

ソファーの背凭れに最初からひっかけられていた毛布を片手に「ごめんごめん」と妹と一緒に歩み寄ってくる。


「アムレットー、脱いだ服は兄ちゃん洗うから置いといてくれ。先にパウエル着替えさせてくるから」

「ちゃんと後で説明してよ!」

使い古した匂いのする毛布で身体をぐるぐる巻きにされたと思えば、やっと足元の水滴が収まった。

濡れたタオルもフィリップが脱ぎ捨てた服の上に落として、背中を押されるままに扉のついた部屋に行く。


そこは明かり一つもなくてちょっと怖かったけど、生活感のある家具や可愛い小物が窓の月明りと居間からの薄い明かりで見えた。

掃除された部屋で、棚の引き出しだけが三つとも開いている。服が詰まっていたから、さっきの妹が着替えを取り出した時のままなのかなと思う。

服の棚も一つあるだけで、こじんまりした部屋だから誰かが隠れられるわけも隠れているわけでもないと思えた。…………扉を閉められ掛けた途端、やっぱり怖くなったけど。


「あっ…………あの、扉は……っ」

「?狭いの怖いか⁇ごめんなーここ狭いもんなぁ。これでも昔はアムレットと一緒に使ってたんだけど」

思わず声を出す俺に、フィリップは少しだけ首を傾けると閉めようとした扉を全開まで開けてくれた。

明かりの漏れる居間の方向に向かって「アムレット―!扉開けたままだけど覗くなよ!!」って叫んだら、直後には「覗くわけないでしょ!!」ってすごい怒った声がした。……兄妹なんだなってわかる。

羨ましい、って思ったらまた喉が突っかかった。


狭い場所が怖いんじゃない。でも、閉じ込められる感覚は背中が勝手にぞっとした。

今までは気にならなかったはずだし寧ろ人から隠れて過ごす時は誰の目にも入らない感覚がほっとしたくらいなのに、信じられないくらい拒絶感が込み上げた。やっぱりついさっきまでのことは全部現実だったんだと思い知らされる。

夢みたいにこうしているけど、感覚もなくべったり全身に恐怖感が冷たく張り付いている。

整頓されてる部屋に、開けっ放しになっていた引き出しから服を探るフィリップの背中を見ながら…………そういえばこいつはなんで俺が〝苦手〟じゃなくて〝怖い〟ってわかったんだろうと少し考える。


「パウエル身体でかいからなぁ。今いくつだ?俺十四」

「あ……俺は、多分…………十三?だと思う……」

「おっ年下!やった勝ち」

これ着れる?って手だけで掲げて見せられた服に一言返しながら、自分でも年に自信が持てなくて眉を寄せる。

年齢なんて、最後に村を飛び出してからちゃんとは数えてない。でも冬がきた数を思い返せば多分間違っていない。…………今が何月かもよくわかんねぇけど。


ポンポンと次々服を上から下まで引き出しから取り出し終えると、巻いていた毛布を引っ張られながら今度こそ「よし脱ぐぞ」って言われる。

そのまま湿った毛布を剝ぎ取られて、もう女の子もいないし部屋だしと思うことにする。なんか全部が全部一からやってもらうのがむず痒いし変な感じがする。もう何年も俺一人だったのに、一日でこんなに色んなことをしてもらってばっかなんかやっぱり夢かもしれない。


上から脱いで、床に置こうとしたら「濡れるからこっち」といってフィリップが抱える毛布に受けとめられた。さっきまで俺が巻いてたのだ。なんか兄貴っていうより母親みたいな奴だなとこっそり思う。

…………母親、か。


「…………おっ。またパチッってした」

「!すまねぇっ……大丈夫か?怪我無いか⁇」

しまったまたやった。嫌なこと思い出すだけでもこれだ。

綺麗じゃん、大丈夫って繰り返しながら笑ってくれるフィリップは、さっき棚から取り出した服を着るように言う。

裸のままなのは俺も嫌だし、言われた通りに袖を通せば思ったよりもちゃんと着れた。フィリップより俺の方が絶対身体がでかいのに、服はうしろちょっとブカッとするくらいだった。

なんでだろうと思って聞いてみると「近所の人達のお古だから」って言われて納得する。最初から貰い物ならそりゃあでかくてもおかしくない。


まだうっすら身体に湿り気は残ってたけど、乾いた服を着たらなんかすごい身体が軽く感じた。

すごい上機嫌のフィリップに「よしじゃあ戻るぞ」ってまたぐいぐい背中押されて、部屋を出る。さっきの居間へ戻ると、信じられないくらいさっきより暖かくなっていた。

濡れた服を着替えた所為か、暖炉のお陰か両方か。「お待たせー」って明るい声で言うフィリップは、玄関へ向かったけどもうそこには脱ぎ落した服は散らばってなかった。

代わりにさっきはなかった籠が置いてあって、フィリップが「アムレットが入れてくれたのか?!」って嬉しそうに妹へ振り返ってた。両腕の毛布ごと俺の脱いだ服もその籠に放り込んで、それから「ありがとなあ!」って妹の頭をわしゃわしゃ撫でる様子は本当に仲良いんだなって思う。


妹の方は「これぐらいはするわよ」って両手にさっきと違う毛布を抱えながらちょっと頬を膨らませたけど。


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