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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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そして迎える。


「そっかぁ、頑張れよアムレット。怪我だけはしないようにな?針とか包丁は特に気を付けろよ」

「?…………それだけ??」


きょとんと朱色の目を丸くして俺を映すアムレットは、ぱちりぱちりと瞬きを繰り返した。

ん?って俺からも首を傾けてみせる。背凭れに両腕の肘を乗せてぐったり全体重もかけて脱力すると、アムレットはまだ信じられないみたいにまた選択授業の科目を繰り返した。……ちゃんとわかってる。アムレットがなんで今俺に改まって聞いたのかも。


良いの?と最後にまた念押しされた。良いのも何も、もうそれで決まったら俺にどうすることもできない。

アムレットもそれをわかってるから決まった後にわざと打ち明けてくれたんだろう。

ふ、と力が抜けた身体で今度は肺からも息を抜く。不思議そうなアムレットを見つめながら、どう切り出そうかなと遅れて考える。言えないことが多すぎるし、まだ本当に叶うかもわからない。でも、取り合えず今間違いなく言えることはある。


「国外のこととかマナーとかも、昔からアムレットが本でも一生懸命勉強してたことだもんな。兄ちゃんは勉強の方はからっきしだから学校でたくさん学んできてくれよ」

「興味があったからだけじゃない、将来に役立てたいから選んだの。学校卒業したらいつか、将来お城で働きたいからー……」

「ああ頑張れよ。兄ちゃんも今度城の使用人受けるから」

えっ?!!と、今度はアムレットの甲高い大声が隣から耳を劈いた。

さっきまで一つ一つ俺に確かめるみたいに嚙み砕きながら並べていたアムレットからの叫喚だ。それからすぐに慌てた様子で何か謝ってくれたみたいだったけど、キンキンと脳まで響く声に両耳を手で押さえたままだから聞こえなかった。たぶん「ごめん」とかだろうなと察しは付く。


俺も声はでかいけど、アムレットは声が高いから余計耳が辛い。

なんとか耳鳴りが収まるまで耳を押さえ続けたけど、その間もアムレットは俺の袖を引っ張って揺らしてくる。うっすらと「どういうこと?!」「兄さん城嫌いだったんじゃないの⁈」とか言っているのは聞き取れた。


昨日まで、ずっと俺はアムレットがその選択授業を選ぼうと考えること自体ちょっと避けたかった。

他にもアムレットが興味のある科目は聞いただけでも色々あったし、国外とかは明らかにアムレットが何を見据えて選びたいかわかったから。教養ならまだ将来的に色々な仕事で役に立つけど、アムレットの場合は城で働く為だ。


歴史や周辺諸国のことをわかってないと始まらないって、自分から読みたがるのも学校を始まる前からそういう本が多かった。アムレットに城で働いて欲しくなかった俺は、そんな潰しが利かないのよりも経理とか数字とか貿易とかそういうのが良いんじゃねぇかって言ったこともある。

趣味程度なら歴史の本も地理の本も国外のことが書かれた本も今まで通り兄ちゃんが買ってやるって。……その後も、結構長い言い合いになった。

やっと耳の痛みが治まって、両手をゆっくり降ろす。耳から離れた途端、アムレットがソファーに両膝をついて前のめりに俺に顔を近づけて迫って来た。


「どうして?!兄さん、ずっと私が城を目指すことあんなに反対してたのに!!何があったの?!あのっ、お友達は……?」

「えーーーと……。……もう、良くなったから」

ぼんやりした声になりながら、返せたのはすごく単調な言葉になった。

何が、とかもともと俺が城で働くのを反対してた理由もちゃんと知らないアムレットはわからない。ずっと、ステイルが城に黙って行っちまったことを俺が根に持ってると思ってる。

俺の為にステイルを探そうと、ステイルが元気でいるか確かめようとしてくれた。どうして連絡が取れなくなったのかとか色々聞こうとまでしてくれた。

勿論城で国の為に働きたいのがアムレットの一番の理由なのは変わらないけど、…………規則違反になるのも王族になったステイルに過去の関係者なんかが現れて困らせるのも嫌だった。

アムレットの夢を応援できないのが苦しかったけど、やっぱりそれだけは譲れなくて。

単調な言葉が、今の俺にとって一番間違いない気持ちで、口にしたらそれだけで口元が緩んだ。説明不足な言葉を返した俺に、アムレットはぽかりと口が開いたままになる。



「……ずっと、応援できなくてごめんな」



俺は兄ちゃんなのに。そう言いながら同じ瞳の色を見つめて胡桃色の頭を撫でる。

その途端、眉が垂れて下唇をきゅっと噛んだアムレットはちょっと目が潤みかけていた。本当は兄ちゃんの俺が一番アムレットの夢を応援しないといけなかったのに、ずっと否定しかできなかった。


俺があんなに駄目だとか別の夢持てとか嫌なこと言っても変わらず勉強を続けてたアムレットが、俺の為だけでそうなりたいと思ってるわけがないってことは俺が一番わかってた。

アムレットが俺らみたいな親のいない子どもの為に何かしたいって、本気でそんな風に考えれるくらい良い子で立派に育ったことも。

目の前で唇を結んだまま首を横に振ってくれるアムレットに、改めてそう思う。

あんなに一生懸命な気持ち否定した兄ちゃんを許してくれる、きっとアムレットなら国の為に頑張れる立派な大人になれる。


「兄ちゃん、先行って頑張るから。雇って貰えて、もしダチに会えたらちゃんと報告するからな。だからアムレットはもう何も気にしないでやりたいこと目指して良いんだぞ。兄ちゃん、これからは全力でアムレットの夢を応援するから」

今度また王都の本屋にも一緒に行こうな。そう約束しながら、ぴょこんと跳ねた毛先まで髪を撫でる。

アムレットは覚えていない、母ちゃんと同じ髪。アムレットは瞳の色以外全部母ちゃん似だった。

気付けば自然に顔の力が抜けて、たぶん笑ってた。最後に撫でおろした指で妹の目元を拭う。その顔をみたら、本当に言えて良かったと思う。


膝でソファーの上に立ったアムレットが一音を返してくれた後、今度は細い腕で自分から抱き締めてくれた。

「兄さんも頑張って」って少し掠れた声で言われた瞬間、もう死んでも頑張って城目指すってまた決めた。

俺からも腕の力で返して、さっきのお返しに背中を摩る。ぐすっと短く鼻を啜る音に、最近までは悲しませて泣かせたばっかだったなと胸が痛む。俺が反対する度、駄目だっていう度に部屋でたまに泣いてたのも知ってる。

だから今こうして本気で応援できるのがすげぇ幸せだ。


「…………兄さん。ちょっと良い?」

するりとアムレットの腕から力が抜かれる。俺からも離せば、ソファーから降りたアムレットは何も言わないまま棚へ近づいて引き出しを開いた。

アムレットの背中で何を取ろうとしているのか見えずに首を左右に傾ける間にもすぐに振り返る。さっきまで前にしていた両手を背中に回して俺に正面を向けて戻ってくる。

これはもしかして、と思ってちらりと時計を見るけれどまだ日付けは回ってなかった。


俺の視線が時計に向いたのを気付かれたのか直後には「本当は日付けが回ってから渡そうと思ったんだけど」と言われる。

もっとちゃんと気付かない振りするんだったとものすごい後悔する。勘のいいアムレットならそりゃあ今のでわかるよな。

ソファーに座ったままの俺の前で両足を揃えてアムレットが立ち止まる。うっすら瞳の色と関係なく赤みがかった目を俺に合わせてから、背中に隠してるものを差し出してくれた。


「お誕生日おめでとう、兄さん」


そう言って一番嬉しい言葉と一緒にくれたのは、両手のひら大の小さな包みだった。

包むのはすごい頑張ったのかそれとも手先の器用な子に手伝って貰ったのか、今年は綺麗に店みたいな包装だった。いや、もしかしたら本当に店で買ってきてくれたのかもしれない。

誕生日を祝うようになってから用意してくれるのは手製が殆どだったけど、アムレットももう十四だ。


ありがとう、すっげぇ嬉しい、今年は何だろうなぁ、って浮き立つ胸のままに近所迷惑を考えない声になる。

だって嬉しい。アムレットが俺の為に用意してくれたんだから。しかも最近は喧嘩も増えて会えない日も増えだしてたから余計嬉しい。俺が夢応援するって知る前からアムレットはちゃんと今年も贈り物を容易してくれていた。


手に取れば思った以上に軽い。貰った包みを膝の上に置いて、紐から丁寧に外して纏める。

アムレットがくれた物は包みまで全部とっておきたい。今年は店みたいだけど、あまり器用じゃないアムレットが皺を作りながら一生懸命包んでくれた包装もそれはそれで嬉しかった。

包みを外し、すんなりと中身が姿を表した。ハンカチ……じゃない、もふもふという質感からしてタオルだ。

畳んだ状態だとハンカチとそう変わらない大きさの小さな真っ白のタオルは、普通のハンカチより吸収も良さそうだなと思う。一体どこで買ったんだと尋ねそうと口を浮かした時。




〝フィリップ・エフロン兄さんへ アムレットより〟




そう。端に刺繍が施されているのに気が付いた。

タオル生地に埋まらないように、何度も何度も糸を通してやったんだろう太い文字の刺繍。朱色の糸で作られた刺繍文字は、アムレットの字の癖が残ってた。

まさか、これをと口をあんぐり開けたまま目が皿みたいになっていくのが自分でわかる。しっかりと糸同士の間が空いていない文字に、指の腹で撫でて確かめたけどやっぱり書いたんじゃなくて刺繍だった。


あのアムレットが、裁縫で毎回糸を結ぶのにも苦戦していたアムレットがと、信じられずすぐには言葉が出ない。

穴が開くほど刺繍文字を凝視してから、次にアムレットへやっと視線を上げる。俺の隣に座り直さず、身体の正面に両手を重ねて肩だけ上げるアムレットはちょっと緊張してるようだった。


「被服講師の先生に手伝って貰ったの……。すごく良い先生で、兄さんに贈りたいって言ったら昼休みに毎日付き合ってくれて……」

今週で辞めちゃうけど、完成した後も包装まで協力してくれた優しい先生だと。そう続けられるのを聞きながら、やっぱりこれはアムレットがやったんだなと知る。

しかも黙って聞けば、タオルを買ってわざわざハンカチの大きさに切って縫い直して作ったらしい。

しかも学校の昼休み!俺の為にあのアムレットがどんだけ時間をかけて作ってくれたのか考えるだけで震える。


「最初はハンカチにしようかと思ったんだけど、……異国では良い意味にならないって前に本で読んだから。先生は愛情の証でもあるしフリージアではそんな意味に捉える人いないって言ってくれたけど、兄さんに〝そういう〟意味になるのは不吉で嫌だしそしたらジャンヌがこんなのはどう?って提案してくれて……」

タオルなら刺繍もできるしハンカチの大きさなら仕事先でも持っていられる。アムレットの説明ひとつ一つに首が壊れるほど頷きたい。


ハンカチの意味は知らねぇけど確かにこっちの方が良い!タオルそのままでも嬉しかったけど、この大きさなら服の中に仕舞って置ける‼︎アムレットから貰った物を肌身離さず‼︎最高過ぎる。

一回しか会ったことがないジャンヌを思い返し、今この場にいたら両手で撫でまわしたくなる。

頬を指先で掻くアムレットを前に、嬉しさのあまりタオルを広げながら「おおおおおおおおおぉぉっっ!!!」と遅れて雄叫びみたいな声が出た。


「アムレットすげぇな!!こんな難しい刺繍までできるようになったのか⁈兄ちゃんびっくりだぞ!!すごいなあ、店でやったやつみたいだ。やっぱりアムレットは物覚えが早いなあ」

タオルなのも持ち歩きやすいのも嬉しいけど、やっぱり一番はそれだった。

針に糸を通すのにも苦労して、指を刺したこともあるアムレットがこんな綺麗な刺繍ができるなんて信じられない。

しかも俺の名前とアムレットの名前‼︎兄ちゃんとしてこんなに嬉しいものはない。気付けばさっきより胸がぽかぽかしてきて顔のにやけが止まらない。

じっとしてられなくてタオルを両手に広げたまま部屋の明かりの中で身体ごと色々な角度に変えて表からも裏からも眺める。どこからどう見ても上手すぎる。

すごいな、格好良い、綺麗な字、上手い、良い色って思いつく限り誉め言葉を張り上げる。「大仰だってば」って途中から慌てるようにアムレットが言ったけど「ありがとうな!」ってお礼で返す。本当に本当に嬉しい。絶対明日から持ち歩く。


「すげぇなぁ、すげぇなあ。こんなに短期間で上手くなるなら今度から裁縫とか料理とかはアムレットに任せる時が来るかもなあ、兄ちゃんよりあっという間に上手くなるかもな!!もうアムレットも十四歳だもんなあ」

そう言った途端、さっきまで照れくさそうにしていたアムレットの顔がパッと輝いた。

緩んだ頬が桃色になって、笑い皺ができるほど嬉しそうに笑う。白い歯を見せてくれながら「頑張る」って言うアムレットを見たらそれだけでまた胸が羽でもはえたみたいに沸き立った。そうだ本当にアムレットは十四だ。


子どもの頃から知ってたアムレットだけど、今はもう十四だ。あと二年で成人で、きっとこれからもっとできることが増えていくんだろうなと思う。皿を割る数も減って、この刺繍みたいに兄ちゃんが全部やらなくても少しずつ苦手からできることを増やしていく。

大人になってるんだなぁって、俺の誕生日の筈なのにアムレットのことを思う。でも今はきらきらさせるアムレットの目は子どもの頃のままだ。


「タオルはわざと真っ白を選んだの。……これを真っ黒にはしないくらい無理しないでねって言いたくて」

でも仕事減らすよね?とそこで上目に俺を覗くから思いっきり舌を噛みかけるほど頷いた。

城で働けるようになるまではわからないけど、取り合えず城で働くようになったら流石に他の仕事と両立するような都合の付かせ方はできなくなる。何より城の使用人はかなり給与も良いし、……本当にステイルが言った通りのことになればもっと。

こう考えるとやっぱり規則って大事だったんだなって思う。知り合いが王族になったからって自分の働き先を斡旋させたがる人間が出るのもきっと当然だ。いや俺はむしろ逆だったけど。

俺の返事に良かったと胸を撫でおろすアムレットは、今度は探る目から口元がちょっと笑んでいた。


「お城でもし働けても絶対無理はしないでよ。もし大変だったら遠慮なく辞めても良いんだから自分の身体を一番に考えてね。…………()()()()()


っっっっっ!?

さっきまでうんうん頷いて返してた首が途中で固まる。えっ、今アムレット俺のことっ⁈

目を剥いて疑えば視線の先のアムレットは唇を絞りながら、はにかんでいた。アムレットにお兄ちゃんとか呼ばれるなんてそれこそ何年振りかわからない。

だばああああっ、と視界が滲んで一気に崩落した。さっきまで浮き立っていた胸が熱した鉄みたいに熱くなる。まさかまたアムレットにお兄ちゃんって呼んで貰える日が来るとは思わなかった。うわどうしよう一番嬉しい。喧嘩するよりずっと前から兄さん呼びになってたのに。

急に俺が泣き出した所為で、直後にはアムレットから「兄さん⁈」ってまたいつもの呼び方で叫ばれる。


「もうなんでそこで泣くの!ほら使って、せめて泣くなら贈った時に泣いてよ……」

「ごめん、いや兄ちゃんいま死んでもいい、本当に嬉しい……アムレットすげぇ速さで大人になっちまったから……」

幸か不幸か早速もらったタオルで目を拭われることになる。モフモフとした感触が心地良い。

子どもの頃アムレットは「お兄ちゃん」って呼んでくれていた。最初に俺のことを呼んだ時は「にーちゃん」で物心つく頃に「お兄ちゃん」って呼んでくれて、それで…………本当にすぐ成長して「兄さん」って呼ぶようになった。


アムレットが兄って呼んでくれるならそれで充分嬉しかったけど、本当に「お兄ちゃん」って呼ばれる間が短かったから。

あんな小さかったのに結構早々に一人で寝れるようになって、一人で出かけられるって言って、俺が起こさなくても自分で起きれるようになって、本を読んで勉強するようになっていつの間にか大きな将来の展望まで定めてた。

本当に、俺がこんななのにアムレットは良い子でしっかり者に育った。誕生日だって、アムレットが言ってくれなかったら今でも俺は祝ってない。



『なんでお兄ちゃんは誕生日にお祝いしないの?』



そう言われたのは確かアムレットがまだ六歳の頃。

ずっと自分の誕生日を祝わないようにしてた。十一年前、両親が俺の誕生日祝いを買いにいって死んでから。

いつか物心ついて両親の命日と俺の誕生日が近いのに気付いたら、どうして死んだのかも気付くかもしれない。それで俺の所為だってアムレットに知られるなら



俺のせいで死んだって、いつか大事な家族に憎まれるくらいなら



もう俺の誕生日なんか祝われなくて良いと思った。

うちは裕福じゃなかったし親もいなくなったし、俺の誕生日を祝うくらいならその分アムレットの誕生日を奮発して祝うって決めた。街の人にも俺の誕生日なんか良いからその分アムレットをって頼んで、それでも皆友達や大人もいろいろ気を遣って祝ってくれたけど…………正直嫌だった。

ただアムレットに悪いと思うだけじゃない。俺自身が誕生日を実感するのが嫌だった。


誰に祝われてもどうしても、今までみたいに親がいないってことを思い知らされてその度に身がちぎれるように痛むから。

今はもう親の顔をうっすらくらいしか思い出せないけど、アムレットと違って俺はまだ親がいた誕生日を覚えてた。

だからアムレットしかいない誕生日も、親がいる友達の誕生日との違いも思い知らされて苦しかった。祝われて贈り物貰っても尽き返したかったくらい、あの日だけは本当に祝われる言葉すら嫌だった。

だからアムレットにそう聞かれた時も「兄ちゃんは良いんだ」「アムレットが元気に育ってくれるのが一番だ」ってはぐらかした。

でも成長してアムレットが八歳になった頃。もうはぐらかせなくて、とうとう両親が死んだのが俺の誕生日祝いを買いに行った帰りだと知ることになったアムレットは。



『お兄ちゃん。今度からお兄ちゃんの誕生日もちゃんと祝おう』



俺の目をじっと見て両手を取って、真剣な顔でそう言った。

きっと泣くよなとか、もう嫌われちゃうかなとか、でも俺だって隠してたんだから仕方ないとか色々思ってた中でアムレットはそのどれでもなかった。むしろ俺が「ごめん」って言いかけた途中で「だから兄さんはずっと祝わなかったの?」て言われた。そのまま逆に諭された。


『せっかく私達を生んでくれたのに、自分の所為でお兄ちゃんが誕生日を祝えなくなったらきっと天国のお母さんとお父さんは悲しむよ』


あの日、両親が死んでから初めてアムレットの前で泣いた。

その通りだったなって思って、アムレットが俺が思ってるよりも強くて立派に育ったのが嬉しくて。

それからは毎年お互い誕生日は必ず贈り物もご馳走も用意して気合いれて祝うようになったし、パウエルと出会ってからは余計賑やかになった。今じゃ誕生日を祝って貰えるのが毎年楽しみにもなった。

本当にどうしてと今も思うくらいアムレットは昔からずっとしっかり者の良い子だった。


「当たり前でしょ、ずっと兄さんを見てたんだから。私の為に料理して掃除して仕事して服を縫って守ってくれて……だから私は城で働きたいの。ステイル様みたいに優秀な補佐になって、国中の私達みたいな子どもを兄さんみたいに護ってあげたいの」

何度拭われても止まらない涙に、困り眉を垂らしながら当たり前みたいにそう言って笑う。

「明日は別の贈り物もあるんだから」と言われて、もうこんな最高なものくれたのにまだあるのかとまた泣けた。最後は溜息混じりの笑顔だったけど、お陰で余計涙の量が絶対増した。

やっと目を拭わなくても良くなったのは、時計の針が日付を回ってからだった。


ステイルに会えて、アムレットを応援出来て、最高の贈り物を貰えた。

まだ誕生日が始まって五分過ぎただけなのに、人生一番の誕生日になると確信できた。


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