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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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夢を見る。


『さぁ、選びなさい?隷属を取るか、それともこの場で死を選ぶか』


あの時も、そうだった。

城からの伝達で、何も知らず呼び出された日。隷属か死か、悪魔の一方的な選択肢に俺は声も出なかった。

城に入った時から合わせる顔がなくて変えた姿で、誰も知らない顔で見上げた先には悪魔が笑ってて、……隣には。

わかって、見えて、もう駄目だった。その後に死人が出て契約書を書かされても、抵抗する気が湧かないくらい涙をぼだぼだ垂らして喉を引きつらせるだけだった。きっと誰よりも最初に隷属の契約書にサインを書いたのは俺だ。

もう自分がどうなっても書くしかできることなんかなかった。俺にはそれが相応しいとすら思った。そして今も、あの時と全く同じことを頭で叫ぶ。





─ ごめん。





「…………ふぅん。なるほどねぇ?まぁ、及第点にはしてあげる。ちゃんと他にも色々利用価値がありそうだもの」

俺の特殊能力を受けてから、鏡を男から渡された悪魔から能力の詳細まで絞り出される。

さっきまで何も喋れなかったのに、悪魔の質問に答える為だけに馬鹿みたいに声がちゃんと出た。言いたくなくて何度も顎に力を入れて口の中まで噛んだけど、いくら抵抗したくても無駄だった。

全部、誰にも言わなかった特殊能力の知る限り吐き出させられて、その度胃に裂けるような激痛が走った。


どうでも良さそうに聞く悪魔が、満足げに笑むのを見るだけで死にたくなる。こいつだけは死んでも喜ばせたくなかった。

男が褒める言葉を繰り返す中、最後は妖しく光る眼で俺を見る。今の俺の目にも、間違いなく記憶と同じ顔の整った化物と同じ顔が蘇った。

化粧を整えた後みたいに指先で頬に触れる仕草すら吐き気がする。いくら元の顔に戻してもその下は中身と同じバケモンだ。



─ ごめん、ごめんなぁ、ごめんなぁごめんなぁごめんなぁごめんなあステイル。



「やっとこれで着飾るのも楽しくなるわ」

長い髪を搔きあげ流す仕草すら、その色であの日の血の海を思い出す。

ステイルが瞬間移動して死体を広場に移した後も、血の海だけは床に残ったままだった。昔の無表情とは別物の、冷たい陶器みたいな顔と死んだ目が血で靴を濡らして俺の横に立っていた。

死んだ人間を前に眉一つ動かさない目は、光が少しも宿っていなかった。まるで人の死に顔すら見慣れたような顔に、それだけで胸も肺も締め付けられて苦しくなった。もう俺が知ってるステイルはいないんだって、すぐに理解した。



─ お前、こんな化け物の傍にずっと居たんだな。



変わっちまって当然だ。おかしくなって当然だ。

こんな、頭の可笑しい化物女王の傍にいて、噂通り酷い目に遭い続けてた。人の死を見ても、凄惨なところを見せつけられてもなんとも思えなくなった。

あんなに優しい奴だったのに、リネットさんと幸せに過ごしてた筈なのに、俺が見捨て続けた所為でずっとずっと苦しんできた。本当は俺がそこに立っているべきだったかもしれないのに。

ステイルがリネットさんと一緒にいるべきだったかもしれないのに。そのリネットさんだって今はこの世にいないのに、ステイルはそれすら知ることができないままだ。


リネットさんが誰かに殺されて、ステイルは巻き込まれずに済んだと思えたのが唯一の救いだった。

ステイルが養子になってからひと月くらいしてすぐだったから。リネットさんは城から莫大な報奨金を貰ってたはずだからそれ目当ての強盗かもって大人も最初は話してたけど、……誰もいなくなった家からはごっそり一度も使われた形跡もない大金袋が遺されたままだった。



─ ごめんなあごめんなあごめんなあ……怖かったよな辛かったよな家に帰りたかったよな?



隷属の契約書にを書きなぐりながら思ったことがそのまままた浮かび続ける。

悪魔が目の前で笑ってるのに俺はまた何もできない。誰より自分が憎くて、食い縛り過ぎた歯が砕けた感触がした。ジャリジャリしたものが喉へと落ちて、それをどうも思えないくらい嗚咽ばかりが口から洩れる。

自分でもわかるくらい顔がこれ以上なく歪めば、悪魔がそれを見て頬杖を突いた顔で至近距離からまた笑んだ。この場で殺してやりたいくらい憎いのに、隷属の契約で殺せない。


顔を濡らすのが汗なのか泥なのか涙なのかもわからない。

フーフーッと食い縛った喉が息を漏らして引き攣った。手も足も自分のじゃないくらい、もうなくなっちまったんじゃないかと思うくらい感覚が死んでいた。瞼が熱い、喉も熱い、肺が熱い、心臓が焦げて爛れてる。表面は冷たくて寒いのに内側がまるで竈だ。



─ ごめんなごめんなあごめんなぁごめんなあごめんなあ、あんな眼をするくらい嫌なもんたくさん見せつけられたんだよな。逆らえれないくらい怖かったんだよな。



契約後に、女王と同じくらい摂政になったアイツの悪評も囁かれるのを聞いた。

俺は知ってる。あんなに良い奴が簡単に変わるわけがない。絶対に〝変えられちまった〟んだってわかってた。あんなに優しくて、俺の話を何度も何度も聞いてくれて庇ってくれたステイルが王族になっただけで簡単に変わるもんか。酷い目にあって、何も感じられなくなるくらい苦しめられ続けたに決まってる。


今の俺の状況なんかも大したことないくらい、絶対ステイルの方が苦しんだ。隷属も、…………それに今だってステイルが受けた十年と比べれば毛ほどもない。

こうして目の前に立たれるだけで歯が鳴って全身の毛が逆立って虫が這いまわるような吐き気に襲われて、声を聞くだけで耳を削ぎ落したくなるこの女に十年も従わされ続けた。死にたくなるくらい辛かったに決まってる。


革命が起きて、ティアラ女王の摂政にそのまま残ったって聞いた時は泣くほど嬉しかった。国がとか俺が隷属から解放されたとかなんかよりずっと、ステイルがやっと幸せになれるんだって思えた。でも、…………悪夢も悪魔もまだこうして残ってる。

涙で歪んで滲んだ視界でも、悪魔がまだ笑ってるのがわかる。時々クスクスと擽る笑い声にそれだけで全身の肌が剥がれ痺れるくらい怖気立った。



─ これも、報いだ。



「ほらほら、せっかく迎えに来てあげたんだから喜んでも良いのよ?これからずぅ~~っと私の為に使ってあげるんだから」

ニタァァァァァァ……と歪んだ視界の中でさらに悪魔の笑みが歪んで広がった。

悪魔の声を聞きながら、もう逃げられないんだと急に受け入れた身体が内側から重くなる。さっきまでずっとあの時と同じことばかり考えていた頭が、冬の池に突っ込まれたように冷める。ぼろぼろの涙が一回止まった。水たまりをつくった顎の下の地面が、ぴちょんと音を立てた。


あれだけ帰りたかった家に、……向かわなくて良かった。アムレットだけでも巻き込まないで済んで良かった。見つかったのが帰り道の途中で本当に良かった。

嬉しくないはずなのにアムレットだけでも助かった安堵で初めて深く息を吐けた。拭う必要がないくらい纏めて大粒で頬を伝った後の視界は、驚くくらい開けてた。俺の顔から力が抜けた所為か悪魔は少しつまらなそうに眉を寄せ出す。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ仕返せたと思えば胸が空




『兄さん』




「ーーーーーーーーーーーっっ………!!」

だばり、と。過っちまった瞬間また目から水が噴き出した。

視界がまた滲んで塞がる直前、悪魔がまた嬉しそうに笑うのが見えちまった。ハハハッって今度は二重の笑い声まで聞こえる。解きかけた拳にまた力が入って、もう一回逃げようかと曲げた足に力を込めれば直後には「逃げちゃだぁめ」と声を垂らされた。

ごめん、ごめん、ごめんと。今度は友達じゃない、大事な家族の顔が頭から離れなくなった。ステイルを、友達を犠牲にして見捨てて手に入れた幸せのくせにまた諦めきれない。

今日は無理せず帰ってきてって言われたのに。明日は仕事休むって約束もして、祝いたいって言ってくれたのに。父ちゃんと母ちゃんが死んでから、絶対代わりに守るって決めたのに。寂しいって思わないくらい傍に居続けるって決めたのに。なのに、ごめん、ごめん、ごめんアムレット、兄ちゃんずっとずっと居たかったけど





─ もう、帰れない。





「さぁ馬車に乗りなさい私の奴隷。勝手に死なないでちょうだいよ?……アッハ!なぁにその汚くて見苦しい顔。まるで野犬じゃない」

手足を縛られることもなく、その言葉だけで抗えなくなる。

悪魔の命令に身体が勝手に動く。あんなに感覚も消えた腕も、力で入らなくなった足も震えながら俺の意思とは関係ない。

起き上がる為に涙で湿った地面に手をついて、帰りたかった家とは別方向にある馬車に足が進む。土と顔中の液で汚れた俺の顔を指差して嘲笑う悪魔に振り向く気力もない。明かりひとつない馬車はきっと地獄に繋がっている。


「良いわぁ、貴方は特に大事な特殊能力だものね?特別に私の犬にしてあげる。ほらほら、わかったらワンと言いなさないな」

一方的に注がれる言葉が重ねられるごとに、何かを感じることすら嫌になる。

命令通りまた口が開いて、自分じゃ信じられない言葉を一声だけ吐いてまた喋れなくなる。直後には甲高い笑い声がまた耳を劈いた。

アハハハハハハッハハハハハハハッ!!!アッハハハハハハハハハハハハハハ!!と、あんなに怖気が走った笑い声が、今は耳鳴りだ。…………ああきっと、あいつもこうやって心が殺されたんだなって思う。

七歳の時から、ずっと。俺がアムレットと一緒に飯食ってる時も、友達と遊んでる時も、笑ってる時もずっと、ステイルはこの悪魔に嘲笑われ続けて来たんだ。


「今日は気がすんだわぁ、目当てもちゃんと手に入ったし。帰るわよアダム」

仰せのままに。そう男が楽し気な声で返すのが聞こえたのを最後に、俺は自分の足で馬車の荷台に乗り込んだ。

つんと鼻を摘まみたくなるような異臭もどうでもよくなって、鼻から突っ込むようにして倒れた。これが何か悪い悪夢だったら良いのにと思いながら、今日が俺の人生の最期なんだなって知る。

目から零れるものが今度は馬車の中で垂れ流れ続けた。目が俄かにだけ開いたまま、これから奴隷や犬になることよりもアムレットに会えなくなることが死ぬより辛かった。それでも



ステイルが自由になった次は、俺が同じ目に遭う番なんだって。……頭だけが受け入れていた。







…………








……









「…………さん、兄さん、…………兄さんっ起きて!どうしたの⁈」


…………あれ………?ここは……。

ぼわりとした頭で、なんか暑くて苦しい。誰かに揺さぶられてるのに気付いたら、視界が薄く開けてきた。なんでか胸が大きく息を吸い上げて、……懐かしい匂いがすると思う。いつもに慣れた匂いの筈なのに、懐かしい。


大丈夫⁈怖い夢でも見た⁈って、話しかけてくる声に返そうといつも通り口が動いたのに声がすぐには出なかった。

その声が聞こえるだけで開けたばっかりの目が熱くなって顔が湿った。なんでだろう、すげー身体がどこも重い。泥濘から這い出た後みたいだ。心臓の音まで重くて遅く聞こえるし、なんか息も切れてる気がする。

ぼやけた視界を手で擦れば、やっと俺を覗き込む顔が見えた。当たり前の顔を見た途端、今度はわけもわからないのに熱が喉に来た。


「あ~ムレットぉ……」


ぐにゃんぐにゃんの声で妹を呼びながら両手を伸ばす。

きゃあ⁈って悲鳴が聞こえたけど、それでも離さない。嫌がられたら離すけど「もう!」って声を上げた後はそのまま抱き締め返されたからやっぱり離さない。本当に優しい子に育ったなぁ……。

なんで寝てたんだっけってぼんやりした頭を動かせば、近い記憶からなんとか手繰り出す。たしか日雇いの仕事もけっこう早めに終わって帰ってきて、飯作って食った後アムレットが今日は食器洗うって聞かなくて…………任せてたらそのままソファーで寝てた。


「兄さんったら大丈夫⁇すごく魘されてたから起こしちゃったけど……怖い夢見た?やっぱり仕事減らしてもっと休んだ方が」

いや今日はむしろ仕事量少なかった方なんだけど。

そう言いたかったけど、上半身だけアムレットにくっついたまま下半分はべったりソファーから今も動けない。仕事量よりも、……多分今日はアレがあったから疲れてたんだろうなぁと思う。飯食ってからもまだどう言えば良いかわかんなくてアムレットに打ち明けられてないし。


魘されてたって、どんな夢を見てたかどころか夢を見たかどうかも覚えてねぇけど、取り合えず顔が目を中心にべしょべしょだからうっかり泣いてたんだなぁと思う。

今日のことを振り返れば嬉し泣きかもって思うけど、なんとなく胸に鉛を飲んだ感覚がまだ残ってるから良い夢な気がしない。

俺のことを心配してくれながら後頭部を撫でてくれるアムレットの手は皿洗いの所為かちょっと冷たくなってた。そんな手じゃせっかく勉強するのにペン握るの辛くなっちまう。だから皿洗いも兄ちゃんに任せとけっていつも言ってるのに。


「今日だって私の為にペンやノート買って……、物はすごく嬉しいけどこういうのを買うのやめたら兄さんも仕事一個くらい減らせるんじゃないの?」

「ん~兄ちゃんはアムレットの為に働くのが一番幸せだ」

「私だって兄さんが無理しないでくれるのが幸せよ」

変わらずべったりしがみ付く俺に、アムレットが宥めるみたいに今度は背中をぽんぽん叩いた。

最近はこんなにべったりするのはなかったのに、なんか今はすげぇくっつきたい。ステイルのことがあったからか、それとも単純に寝ぼけてるせいかなぁと思う。

子どもの頃はアムレットの方が離れなかった時もあったなぁとか思い出したら、なんか顔までふやけてきた。


今日は特に甘やかしてくれる妹の背後に顔が向いてるうちに、手早く顔を全部袖で拭った。魘されて心配かけちまうなんてやっぱ俺もまだまだだなぁ。

今だって俺は働くのも家事も慣れてるのに、アムレットは隙あらば手伝おうとしてくれるし心配してくれる。そんな気にしなくても全部兄ちゃんに任せとけばいいのに。


視界が開けてから、壁に掛けられた時計を見る。寝てたのもほんの二十分くらいかなと思いながら、今度は目だけで台所の方向を見たら…………食器が一枚割れたまま床の隅に纏められていた。

今回は一枚だけならアムレットも頑張ったなぁと思う。二人分の食器に二十分近くも時間を掛けた成果だろう。

でも皿が割れる音にも目が覚めなかったなんて、大分俺も熟睡しちまってたなぁと痛感する。もしかすると今甘やかしてくれてるのも皿のことが言いにくいのがあるかもしれない。別に皿の一枚や二枚割ってもアムレットが無事なら兄ちゃんは気にしねぇのに。


「…………アムレット。手、怪我してないか⁇どっか切れてたら包帯巻こうな?」

「えっ?……あっ‼︎ごめっ、兄さん、でも違うの!その、今回は手を滑らしたんじゃなくて!!怪我は勿論ないんだけどコップの上にお皿を置いたらうっかり」

「そっか~!!良かった怪我ないんだな⁈なら兄ちゃんは大丈夫だ。皿洗い手伝ってくれてありがとうなぁ!」

アムレットは良い子だなぁ、って声にも出してしがみ付いてた手を離す。代わりによしよしと頭を撫でれば、ちょっとアムレットの眉間に皺が寄っていた。ついまた最後まで話聞く前に返しちまったと今気付く。いやだって本当に皿ぐらいどうでも良いし買うし。

「皿くらい洗うわよ」って言いながらアムレットはちょっと頬を膨らませた。昔は頭撫でたらすぐににこにこだったのに、やっぱり大きくなるとそんな簡単には誤魔化せない。…………大人になったんだなぁ。

「明日は本当に兄さんは何もしなくて良いからね。私とパウエルで全部やるからちゃんとゆっくり休んで」



明日は兄さんの誕生日なんだから、って。



そう続けられたらうっかりまた真新しい目の奥の熱がぶり返した。改めて部屋を見回せば、夕食を作ってる間に飾り付けられた飾りや花瓶の花が目に入る。


そうだ明日は俺の誕生日だと、なんでか目覚めてからすごい今更なことを思い出した。


Ⅱ132


また、本日二話更新分、来週月曜日は更新お休みになります。

火曜日からまた宜しくお願い致します。

月曜日22時に活動報告更新いたします。

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